お久しぶりです。大学の課題に追われたり岸辺露伴は動かないの映画を観に行ってました。
観終わって書いてたらパチモンの露伴みたいになっちゃった
午後二時、新エリー都の六分街にあるカフェ。陽光がテーブルに柔らかな斑を落としている。
「──この場面、どうしても削れませんか?」
カップに口をつけたまま、マルクスは一瞬だけ顔を上げる。
向かいに座るのは出版社『ヤヌス文庫』編集者のクロエ。彼女はタブレットを手に、修正箇所の候補を映し出しながら眉をひそめていた。
「焚き火を起こすシーンですね。小屋に入る前に。ええと……ここです。『湿気を含んだ枝に、火打ち石の金属臭が短く跳ねた。』って描写。雰囲気はあるんですけど、ストーリー全体のテンポを考えると、少し……あのォ、ね。」
「削れない。」
マルクスはあっさりと言った。ためらいも逡巡もなかった。
「読者はこの場面で初めて、あの森の中に“いる”。湿った枝の重さ、火花の匂い──空気が、熱を孕んで変質していくあの瞬間。そういうものがなければ、ただの紙の上の物語になる。」
クロエがボールペンを指の間でくるくると回しながら、少しだけ息をつく。
「それ、いつも言ってる写実性の話ですか?」
「そうさ。」
彼は静かに答えた。
「幻想は、本物でなければならない。物語の中に『本当にここにいるような感覚』がなきゃ、わざわざ金を払って読んでもらう意味がないと僕は思っている。」
そう言って、マルクスはタブレットの画面を引き寄せた。編集者のマークのついた箇所を一つ一つなぞりながら、説明していく。
「ここ。『風が吹いた』じゃなくて、『潮気を含んだ風が、乾ききらない土を撫でるように流れていった。』だろ?読者に“その場”を想像させるためには、五感を使わなきゃなんだ。」
「はい、でも読者が全員そこまで求めてるかっていうと…。」
「全員じゃなくていい。だけど、気づく人はいる。空気の密度、木の葉の擦れる音、火の熱で浮く灰の粒。そういう描写があるかないかで、“本当の場所”になるか、お話のまま終わるかが分かれる」
クロエはため息をついた。けれど、それは呆れよりも、ある種の納得を含んでいた。
「……先生、やっぱり変わってますね。」
「変わらないさ。書いてるものは幻想だけど、僕は本気で現実を写してるつもりだよ。」
コーヒーの香りが微かに立ち上る。窓の外では風に揺れる街路樹が、静かに枝を揺らしていた。
数日後、マルクスの作業部屋。
珍しく散らかった机の上には、参考資料として取り寄せた植物図鑑、古地図、そして火打ち石の実物まで置かれている。
マルクスは小説の中で主人公が焚き火を起こすシーンを書くために、実際に同じ道具を取り寄せ、火を起こしてみた。石を打ち鳴らすと、火花が散る音が金属的に耳に響く。
その音を、マルクスはメモに残した。
「カチリ」ではない。「パチ」でもない。 火打ち石がこすれる瞬間の“重さ”がある。 鼓膜の奥に、薄く鉄の音がした。
書くという行為は想像することではなく観察すること。マルクスにとってはそれが信条だった。
『幻想』を描く以上、現実には存在しない風景、世界、文明を書くことになる。しかしそれでも、
空想の王国の石畳はどんな匂いがするのか。王の衣はどんな織りで、どんな光を吸収するのか。異世界の森で咲く花は、触るとどう感じるか。
それらすべてが、紙の上に“居る”ための鍵なのだ。
編集部からの連絡は、夜になって届いた。クロエからのメールだった。添付されていたのは、修正後のゲラ*1の一部と、それに添えられた一文。
『焚き火の描写、編集部の中でも好評でした!』
マルクスはふっと笑った。そして、返信もせずに机に向かう。
彼が描く次の章では、主人公が小舟に乗って霧の海を渡る。
霧はどこまで視界を奪うのか。 波が静かなとき、船底が何を語るか。 濡れたロープを引く手は、どれほど重いのか。
細部を拾い集める。些細で見過ごされるような現象にこそ、リアルが宿る。それを疎かにしたら──物語の息は止まってしまう。
幻想を幻想のまま書くなら、誰にだってできる。
しかし、幻想を「本当の現実のように感じさせる」ことができたとき、そこに物語の価値が生まれる。
それが、マルクスが幻想小説を書き続ける理由の一つ目だった。
2つ目の理由は、幼馴染、キング・シーザーが関係している。
昔、左手を失った彼女を元気づけようとして本の話をした。その後、彼女に言われたのだ。
『マルクス、ありがとな!オレもう大丈夫だからよ!』
目に涙を浮かべながら笑顔を浮かべる彼女の表情が、幼いながらとても印象に残った。
あの時、幻想は人を救うのだと子供ながらに思った。作りものの世界であっても、そこに誰かが行けるのなら、それはきっと現実を照らす光になるのだと。
これらが、幻想小説を書く理由だった。