キング・シーザーの幼馴染概念   作:ぃぃぃぃん

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取材について

 

 

 

 午後三時を回ったころ、六分街の一角にあるレンタルビデオショップ「Random_Play」のドアが、からん、と乾いた音を立てて開いた。

中から差し込む外光に、店番のボンプ18号とカウンターに突っ伏していたリンは顔を上げる。

 

(あれ、お客さんだ。……って、なんか雰囲気あるなぁ)

 

 入ってきたのは背の高い男性。淡いブラウンのジャケットを着ていて、肩に下げた鞄がやけに重そうだった。歩き方は静かで無駄がない。けれど、彼の眼だけはどこか常に“観察している”ような気配をまとっている。

 

 リンは接客用の笑顔をつくり、カウンターから声を掛けた。

 

「いらっしゃいませー、どんな映画をお探しですか?」

 

 客は一瞬、言葉を探すように黙った。それから少し低めの落ち着いた声で答える。

 

「……パニック系統のものを探しててね。取材だよ、取材。」

 

「取材……?」

 

 リンは首をかしげた。雑誌記者か、テレビ関係者か? それにしては鞄に機材が入ってる様子もない。

 

「雑誌とかテレビとかの?」

 

「ああ、違う。小説の題材にしたくてね」

 

 彼はあっさりと言った。

 

「実は腕を噛みちぎられるシーンを書いたんだが、全然リアリティが無くてね。とはいっても、そんな体験を実際にするのはホロウの中で偶然エーテリアスに遭遇する位不可能に近い。その点、映像作品なら出来は兎も角、視覚的な情報としては十分だろう?」

 

 妙に理屈っぽいが、納得できる説明だった。リンは目を瞬かせ、それからぱっと笑顔になった。

 

「へえ〜、拘ってるんですねぇ。……あっ、この棚です。一応ここら一帯がパニックになってるので。向こう側に行くとホラーが強めのモノが多いですよ。」

 

「ああ、済まないね。ありがとう。」

 

「いえいえ〜。ごゆっくり選んで下さいね。」

 

リンは軽く会釈し、カウンターへ戻った。

 

 男は棚に歩み寄ると、並んでいるパッケージを一つひとつ丁寧に手に取り、裏の解説や制作年を確認している。じっと見つめるその姿は、まるで研究者のように真剣で、さっき口にした「取材」という言葉が冗談ではないとすぐに分かった。

 

(……随分丁寧な対応だったな)

 

 男が小声で呟く。

 

「シーザーがココをオススメした理由が分かる気がする。」

 

 ──シーザー。

 リンは聞き逃さなかった。カウンターに戻っていたが、耳が勝手に反応してしまった。

 

思わず顔を上げ、彼の方を見て叫んでしまう。

 

「シーザーと知り合いなの!?」

 

 店内に響き渡る大声に、男が苦笑して振り向く。

 

「……声が大きい。少し静かにしてくれないか」

 

そう言ってから、彼は少しだけ表情を和らげた。

 

「昔から付き合いがあってね。アイツに資料を探すのに相談したら、ここを勧められたんだ。」

 

「……っ!」

 

 リンは内心ドキドキしていた。シーザーは新エリー都郊外の「カリュドーンの子」のリーダー。そんな彼女と「昔からの付き合い」……?

 

恐る恐る、しかし抑えきれずに言葉が飛び出した。

 

「あ、あの……お名前、伺っても良いですか? 私はリンって言います。」

 

「ん? ああ、マルクスだよ。これでも小説を書いて──」

 

「ええーーーっ!? わ、わわ私、数日前に貴方の本買いました!!」

 

 思わずリンはカウンターから飛び出していた。

 

「めっちゃくちゃ面白かったです!!」

 

「……だから、声が大きい!!」

 

 マルクスが額に手を当てる。だが、口元がほんの少し緩んでいた。

 

 

 


 

 

 

 数分後、興奮が落ち着いたリンは慌ててカウンターに戻り、深呼吸をして接客モードに切り替える。

 

「ご利用は初めて?ウチはランク式の会員制になってるから、会員証を作らなきゃね。身分証持ってる?」

 

「ああ」

 マルクスは素直に鞄から免許証を取り出し、差し出した。リンはそれを受け取りながら、手の震えを必死に抑える。

 

(す、すごい……先生が目の前にいる……!しかもシーザーの幼馴染!?ちょっと待って…情報が多すぎるよ……!!助けてお兄ちゃん…!)

 

 登録が終わると、マルクスは選んだ映画を数本持ってカウンターへやってきた。古めのものから、最近の心理ホラーまで幅広い。

 

「返却は一週間後だったかい?」

 

「は、はい。延滞料金は一日ごとに──」

 

 説明をしながらも、リンの視線はつい彼の横顔に吸い寄せられる。穏やかだが、どこか人を射抜くような鋭さを持った眼差し。文章を書く人間の眼、というのはこういうものなのかもしれない。

 

 すべての手続きを終え、マルクスはカードとケースを受け取った。そのまま立ち去ろうとしたところで、ふと足を止める。

 

「色紙はあるかい?」

 

「えっ?し、色紙ですか?」

 

「あるなら一枚、もらえないかな。」

 

 リンは慌ててカウンター下を探る。イベント用にストックしていた無地の色紙が一束残っていた。

 

「は、はい、ありますけど……?」

 

「折角だ。映画の礼といっちゃなんだが、読者サービスだ。ペン借りるよ。」

 

 そう言うとマルクスは、驚くほどの速さでペンを走らせた。数十秒も経たぬうちに、色紙いっぱいに力強い線が浮かび上がる。

 

 そこには、彼の小説に登場する主人公と女性騎士の顔が、鮮烈な筆致で描かれていた。主人公の鋭い瞳と、女性騎士の毅然とした表情。その下に、マルクスのサインが添えられる。

 

「……うわぁ、すごい……!」

 

 リンは思わず息を呑む。書く人間であるだけでなく、描くことにも長けているのだと知り、さらに尊敬の念が増した。

 

 マルクスは色紙を彼女に手渡し、ほんの少し笑みを浮かべた。

 

「じゃあ。」

 

 そう言って、彼は静かに店を後にした。

 

 ドアの鈴が、からん、と軽やかに鳴った。

 リンはしばらくの間、その色紙を胸に抱えながら呆然と立ち尽くしていた。

 

「……夢みたい……。シーザーの幼馴染で……マルクスの……サインまで……!!」

 

 頬が熱くなるのを感じながら、リンは小さく笑った。

 

「ビデオ屋やってて良かったぁ……!」

 

余談だが、借りた映画の内容は彼曰くどれも表情は伝わったが、腕の出血量の不自然さや周囲の反応がいくら何でも薄っぺらすぎると数日後、返却に来た際に零していた。

 

 

 


 

 

 

 マルクスの住むアパートは、新エリー都の中心から少し離れた静かな地区にあった。二階建ての古い建物だが、書き物をするには十分な広さで、窓からは小さな公園の緑も見える。作家として売れ始めた今でも、敢えてここに住み続けているのは「静けさが保証されているから」だった。

 

 ──その静けさは、しばしば彼女によって破られる。

 

「おーい、マルクスぅ!!」

 

 勢いよく玄関のドアが開かれる。ノックもなく、鍵が掛かっていたはずなのに何故か入ってくる。

 マルクスは机に向かっていた手を止め、深く溜息を吐いた。

 

「……合鍵を勝手に作ったのは、君くらいのものだよ、シーザー。」

 

「へっへー、幼馴染特権ってやつだろ!」

 

 女が、無遠慮に居間へと足を踏み入れてくる。勝ち気な笑顔を浮かべ、まるでここが自分の家であるかのように腰を下ろした。

 

 マルクスは眼鏡を外し、疲れ気味の目を指で押さえながら言った。

 

「僕が“来るな”と言っても来るだろうし、止めるだけ無駄か……」

 

「細けえこと言うなって。……で、例のアレだよ。ビデオ屋、行ったんだろ?」

 

 シーザーは身を乗り出し、興味津々といった顔をする。

 

「ああ、行ったよ」

 

「おっ、どうだった?」

 

 マルクスは少しだけ考えるように視線を宙に漂わせ、それから言葉を選び始めた。

 

「悪くはなかったよ。店内は整理整頓が行き届いていて、作品ごとに系統別の棚が分けられていた。僕が求めていた“パニック”というジャンルも、比較的豊富なラインナップが揃っていたし、旧作から新作まで取り混ぜられていた。あの規模の店にしては品揃えが充実していると言っていいだろう。」

 

「ふーん」

 

「それに、店員の対応も丁寧だった。僕が少し抽象的な注文をしても、すぐに関連する棚へ案内してくれた。客の需要を先読みしているような印象を受けたよ。結果、短時間で目的の作品を借りることができた。効率の良さも高評価に値する。」

 

「へへーん!」

 

 シーザーは胸を張って鼻を高くする。

 

「だろ? オレが言ったとおりだったじゃねーか!」

 

 マルクスは肩を竦め、苦笑した。

 

「君は昔からそうだ。妙に自信満々で、根拠も薄いのに“ここは良い”と断言する。でも、なぜかその直感が当たるんだ。……そこだけは尊敬したいよ。」

 

「……ああ!?」

 

 尊敬されたはずなのに、なぜかシーザーは顔をしかめた。からかわれたと思ったのだろう。

 

「なんか今の言い方、引っかかんだけど!?」

 

「気のせいだろう。」

 

 マルクスは見ないふりをして立ち上がり、彼女の背中に手を当てる。

 

「さあ、もう顔は見た。満足だろう。僕はまだ仕事が残っているんだ。外に出てくれ。」

 

「え、ちょっ、おい押すな押すな!」

 

 シーザーは抗議するが、マルクスは容赦なくドアの方へと彼女を追いやる。

 

「仕事ってまた取材か? 今度は何処なんだよ〜! 教えてくれたりは──」

 

「しない!!」

 

 マルクスは即答した。

 

「ケチ!」

 

「話したらついて来るだろう? しかも場をかき乱して台無しにする未来しか見えない!」

 

「ぐ……否定はしねーけどさ!」

 

「なら結論は一つだ。今日のところは勘弁してくれ。僕は本当にまだ仕事中なんだ。」

 

 ドアの前まで押しやられたシーザーは、ふてくされた顔で振り返る。

 

「おーいマルクス。たまにゃ息抜きもしろよ!」

 

「それは仕事が一段落してからにするよ」

 

「ちぇっ」

 

短く舌打ちをしても、結局は彼女も素直に外へ出る。

 

「じゃあな! また遊びに来てやるからなー!」

 

「合鍵は返してくれ。」

 

「やーだね!」

 

 軽快な足音とともに、廊下の向こうへ去っていく。

 マルクスは再び深い溜息を吐いた。

 

「……君は本当に、昔から変わらないな。」

 

 しかしその声には、どこか苦笑混じりの温かさが滲んでいた。

 机に戻ると、小説を書く前に行っている手の運動を始める。

 

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