また、評価、感想、誤字報告ありがとうございます。
上を見上げれば、空が見える。
雲一つない青い空。
太陽は燦燦と輝き、まるで全てを祝福するかのように柔らかな日差しが降り注ぐ。
縁側にて、空を見上げている少女。
手を伸ばす。
太陽に向かって。
大した理由はない。
こんなにも近いのだから、手を伸ばせば届かないのだろうか? と思っただけ。
或いは、本人は気付いていないだけで、太陽に対してある種の憧れを抱いていたのかもしれない。
尤も、本人が気づく事はない。
人外染みた美しさを持つ少女だ。
濡れ羽色の髪は、肩に掛かる程の長さまで伸びている。絹のように艶やかで滑らか。容姿は酷く整っており、思わず背筋が凍ってしまう美貌を持つ。
髪色と同じ、研摩された宝石のように透き通る瞳は、ジッと見つめられ続けられれば吸い込まれてしまいそうだ。
背は小柄。
少女らしい身体つき。
見た目相応。しかし、纏う雰囲気は少女らしからぬ。
彼女の名前は邦城 百合。
佐渡藩の、とある武家屋敷の長女。
家柄はそこまで高くないが、兄弟姉妹は多い。
が、会ったのは数回だけ。
彼女の兄弟や姉妹の中で、百合の存在を覚えている者はかなり少ない事だろう。
百合は隔離されていた。
離れの小屋にて。
理由は至極単純。彼女は常人とは違っていたから。
異質、と言い換えても良い。
一度聞いた事は忘れない。
学びを得れば、浅瀬であっても深い部分まで潜る事が出来てしまう。
何かをやらせば、その手の求道者と見紛うばかりに上達する。
全てが完璧。
まさに神童と呼ばれる存在。
されど、彼女は人として大切な何かが欠落してしまっていた。感情が抜け落ちてしまい、何時でもどこでも能面の様な無表情。
泣いたのは、生を授かった時が最初で最後。
それ以来、泣き喚くのは愚か、笑ったり、怒ったり、悲しむ事さえない。
まるで造り物めいた人形だ。
幾ら神童と言えど、ここまで不気味な存在を家に置いておきたくはない。或いは、娘とさえ思いたくなかったのかもしれない。
だから隔離された。
座敷牢に監禁され、誰の目にも届かない地下で一生を過ごす――と言う事にならなかったのは、せめてもの情けなのだろう。
百合の家族が、百合に対して情があるのかは兎も角。
「…………」
物心ついた時は分からなかった。
しかし、年齢を重ねると同時に気付かされる。
自分の異常さに。
自分にとって簡単な事は、周りにとっては簡単ではない。自分にとって既知の情報が、周りは知らない。自分にとっての普通は、周りにとっての異常。
感情と言う物は知っている。
書物を通して、知った。
けれど理解はしていない。理解など出来ない。
「……私は、どうしてこんな風になったんだろう?」
果たして「神」と呼ばれるものが存在しているのであれば、質問してみたいものだ。
神様。貴方はどうして、私のような欠陥品を生み出したのですか? そこに一体、どんな理由が存在していたのですか? と。
――欠陥品。
そう。欠陥品だ。
百合の胸の内には、穴が存在している。
先を見通す事が出来ない。暗く淀んだ暗闇に包まれている穴。
それを埋める事が出来れば、もしかすると自分はまともになれるのかもしれない。
根拠など何処にも存在していない。
しかし、何となくそう思っている。
「…………」
百合は再び上を見上げる。
日の光が網膜を焼く。
知った事かと、百合は太陽に向かって手を伸ばす。
届く筈がないと理解していながら。
「……退屈」
今日も今日とて、百合は縁側に腰を落ち着かせる。
と言うよりも、背を預ける事によって寝転がる。
実にはしたない事だ。
整えられた髪も扇状に広がって、あられのない姿を晒す。
礼儀作法に敏感な母親であれば「貴方、はしたないわよ!」と、半ばヒステリックに喚き散らしていたかもしれない。
しかし、いない。
この離れに居るのは百合1人だけ。
時々、使用人がやって来る事もあるが、最低限のお世話を行うだけ。百合の為ではなく、雇い主である両親の為だ。
普通であれば、心が沈むような感覚に襲われる。しかし、百合は良くも悪くも異常だ。悲しい、と言う感情に襲われる事はない。
そんな彼女でも「退屈」と言う名の毒に蝕まれる事は我慢ならないらしい。
暇潰しとばかりに、ゴロゴロと転がる。
距離を見誤ってしまったのか、うっかり外に出てしまい、顔面から地べたに着地してしまう。とても痛い。
「せめて、暇を潰せる何かがあれば良かったんだけど……」
生憎、離れに存在している者は遊び尽くしてしまったか、そもそも百合の暇つぶしの道具にはなり得ない。
百合は天才だ。
まごう事無き天才。
その為、一度学べばスポンジの様な吸収力を持ってして、全てを理解してしまう。一を聞いて十を知る、なんて言葉が存在しているが、正に言葉の通り。
ありとあらゆる分野を学び、その悉く全てを物にした百合。
しかし、家族との間に生じてしまった溝が次第に深くなってしまった結果、学ぶ事を禁止にされてしまった。
これ以上、賢くなってしまえば自分達の手に負えない。
彼女の両親達は、そう考えたのだろう。
だからこそ、与えられる物は彼女が生存する為に必要な、必要最低限の物だけ。娯楽など、滅多に来ない。
「……暇潰しもかねて、何か探してみよう」
寝転んでいた百合は立ち上がる。
百合の家とも呼べる、離れの小部屋。
元々、彼女の為に建てられた物ではない。詳しい経緯は知らないものの、百合にとって祖父に当たる人物の趣味部屋だった。
既に祖父は他界し、かなりの年月が経過した。
悲しい事に趣味部屋を使う者は誰も居なくなってしまい、長い間放置されていた所を、これ幸いにと百合の軟禁場所として使用した。
一応、百合が住む為に建て替え――と言う名目で、趣味部屋に存在していた様々な品は全て撤去されてしまっている。――が行われ、今では寂れた小屋に変わってしまった。
しかし、人は誰しも完璧とは言えない。
もしかすれば、回収し忘れてしまった何かがあるかもしれない。
宝探しでも行うような感覚で、早速隅々まで探してみる。
数時間が経過した。
探し始めは、日が天辺を上った時。目ぼしい物を見つけたのは、日が橙色に染まり、今まさに沈み始めた時間帯。
「これは?」
注意深く観察しなければ、誰にも気づく事が出来ない隠し部屋。
その中にあったのは、一冊の本と幾つかの道具。
百合が興味を持ったのは一冊の本だった。
表紙に書かれている題名は、掠れてしまっており読む事が出来ない。中を開けば、大量の埃が舞う。
咳き込みながらも、一頁一頁めくって内容を確認する。
「これ、槍術の指南書だ」
一体どの流派か分からない。
簡易的な絵と共に、具体的にどの様にするのか? と説明が書かれている。表紙の文字は掠れてしまっていたが、幸いにも中はちゃんとしている。
読む事が出来る。
「…………」
暫くの間、百合は無言で書物を読み進める。
剣術は知っている。
一応は武家。
彼女の家族。兄弟達は、共に剣術を学んでいる。
一度だけ練習風景を見た事はあった。
辛そうにしながらも、何処か楽しそうだった。
書物を読み進めながら、百合はふとある日の情景を思い出す。思い出したところで、特に意味は無い。
それでも、家族が自分の見ていない所で一体何をしているのか? それを知る事が出来る、貴重な時間だった筈だ。
書物に書かれている事を一字一句違わずに覚え、頭の中に詰め込んでいく。
イメージトレーニングは万全。
既に槍術の腕前は達人クラス。
書物に書かれてある通りに動けば、向かう所は敵なしだ。
時間にして、そこまでかかっていない。たったそれだけの時間で、百合は恐らくは何代にも渡って継承されて来た槍術をものにした。
(……折角だったら、実際に使ってみようかな)
普段であれば、知識を得るだけで満足していた。
気紛れにそんな事を考えたのは、書物以外の物も発見していたから。読み終わった書物を床に置き、誰も気付かなかった隠し部屋に向かう。
持って来たのは、百合が辛うじて両手で抱える事が出来る大きさの籠。
中には、無数の木製の薙刀が詰め込まれていた。
此方も同様に埃を被ってしまっており、持ち運ぶ際に幾度となく咳き込んでしまった。
薙刀の詰まった籠を、書物の隣におく。
「うん」
早速薙刀を使い、実戦してみよう――と思ったが、気付けば日は沈んでいる。太陽の代わりに月が姿を現し、微弱ながらも安心する月明かりで周囲を照らしている。
「流石に今日は無理か」
薙刀を使い、実践してみるにしても明るい方が何かと都合が良い。
やや不完全燃焼気味ではあったが、明日やる事にした。
何故か少しだけ、心臓の鼓動が早くなっていた。
槍術の指南書を発見してから、百合は稽古に打ち込んだ。
書物の内容を全て頭に入れたものの、座学と実践では大きく違うと言う事を学んだ。
自分のイメージと現実の違いに、幾度となく壁にぶつかった。
それでも百合は諦める事なく、何度も何度も練習に時間を費やした。
他にする事も無かったから。
何故か、熱中する事が出来たから。
本人は知らぬ事だが、槍術に楽しさを見出していた。ソレこそ、自分の胸の内に空いてしまった穴を埋める「何か」になる事が出来るのでは? と思ってしまう程に。
自分と同じく、志を共にする仲間は居ない。
しかし、練習に費やす時間は幾らでも存在していた。
使用人に見つかり、両親に報告されてしまうと面倒な事になってしまう為、細心の注意を払いつつ槍術の練習に打ち込んでいった。
素振りを行う。
始めは、不格好なフォームだった。
何度も何度も調整を繰り返す事によって、様になっている。
振り下ろす薙刀。
最初は聞こえる事の無かった空を切り裂く音も、今は百合の耳に届く。
教本に書かれていた内容を実践してみる。
実践、とは言ったものの戦ってくれる相手など居ない。
専ら、戦闘相手は頭の中で構築。どうやって動くのか? を想像しつつ、薙刀を振る。
現実世界には存在していないが、少なくとも頭の中には存在しているのだ。
一切手を抜かない。
ちゃんと負かせるつもりで戦う。
その後は、今まで学んで来た事を忘れていないか? 或いは、何処かで不備が生じてしまっていないか? と言う事を確認した後、終了する。
練習が終わった頃には、珠粒の汗が流れ出る。
しっとりとした濡れ羽色の髪は、夕日に照らされて淡く輝く。
もしも百合の姿を見た者が居れば「……美しい」と、目の前の光景に圧倒されながらも、心の底からの感想を口にしたに違いない。
だけど、ここには誰も居ない。
いるのは百合1人。
分かち合う相手など、何処にも存在していない。
本来であれば苦しい事。悲しい事。しかし、百合は他者と比べても感情が薄く、自覚する事はない。
「……そろそろ、1人でやるのも飽きてきたかな?」
額に浮かび上がる汗を腕で乱雑に拭いつつ、ポツリと呟く。
それは率直な感想だった。
自分の実力がメキメキ上達している自覚はある。
しかし、一体どれ位まで伸びているのか? 数値化する事は難しい。
――誰かと戦ってみたい。
ふと、そんな事を思う。実際に戦ってみれば、自分が一体どれ位の強さを持っているのか、何となく知る事が出来る。
(だとすれば、これは一度真面目に検討した方が良いのかもしれない)
前々から考えていた、とある計画。
だが、わざわざ実行に移す理由もなかった為、ずっと頭の奥底に封印していた。
ようやく理由が出来た。
有効活用しなければ勿体ないだろう。
具体的な計画を練りつつ、早速実行する為の準備を行う。
※
時間は夜。
三日月は怪しく輝き、まるで何か得体の知れない化け物でも出てきそうな雰囲気だった。
薄暗い夜道を、提灯を片手に1人の男性が歩いていた。
その男は武士だった。
立派なちょんまげに、質の良い身なり。腰にさした刀は、素人が見ても業物だと理解出来る。
ついさっきまで、酒を浴びる程飲んできたのか、千鳥足。
顔は朱色に染まっており、完全に出来上がっていた。
完全に酔っ払いの顔をしていた男。しかし、自身に向けられた殺気によって、一瞬で酔いが醒める。武士の顔つきに変わる。
「ッ! 一体、何奴だ!」
光源である提灯を地面に落とし、腰元にさした刀の柄に手をかける。
提灯は燃え、周囲に不気味な影を作る。
まるで見知らぬ世界にでも迷い込んでしまったかの様な感覚。男は刀に手をかけたまま、冷や汗を流す。
やがて、正面の影の輪郭がゆらりと変わる。
「なっ!?」
影の中から姿を現すのは、得体の知れない化け物。
人の様な姿をしている。されど、顔面はボロ布でくるまれており、一体どのような表情を浮かべているのか分からない。
身に纏う衣服は襤褸で、纏う雰囲気は異質。
極めつけは、握られている錆び付いた薙刀。
殺傷能力は皆無。されど、幾重にも錆が折り重なる事によって、まるで人の顔らしき模様を作り出している。
酷く悍ましい。
「な、なんなんだ!? 貴様は!」
男の脳裏を過るのは、最近佐渡藩を賑わせている噂。
夜道を1人で歩いていると、怪人が現れるという。
普通なら信じない。男だって信じていなかった。
どうせ誰かの噂だと、そう思っていた。
しかし今も噂は広まっている。
――それは一体何故なのか?
理由は至極単純。
噂は本物だったから。
「き、貴様! 名を名乗れ!」
恐怖心を押し殺し、刀を抜く。
今すぐ逃げ出したいという気持ちを抑え込み、怪人と相対する。武士と言う誇りが、辛うじて理性を建て直す。
されど、相手は不可思議な怪人。
詳しい内容は知らない。しかし、噂の内容は全て荒唐無稽。
平時であれば「そんな馬鹿な」と笑い飛ばす事も出来たが、本物が目の前にいては正常な判断など出来ない。
――もしかして?
と言う疑念が脳裏によぎってしまう。
「…………」
怪人が口を開く事はない。
ボロ布の隙間から覗かせる瞳が、爛々と怪しく光り輝くだけ。
ゆらり、と幽鬼のように揺らめく。
「く、来るな! こっちに来るな!」
何が引き金になったのか分からない。男の理性は崩壊してしまい、子供のように喚き散らす。
怪人はそんな事などお構いなしに、錆びた薙刀を手に持ち、男へと襲い掛かるのだった。
※
歯ごたえが無い。
最近、夜中に辻斬りを行っていたが、余り面白くはなかった。
やはり格好がいけないのだろうか?
百合は武家の長女。
家族からは疎まれているものの、長女と言う事もあってそれなりに顔は知られている。素顔のまま辻斬りなど行おうものなら、その噂は瞬く間に広がってしまい、家族の耳にも入ってしまう事だろう。
もしもそうなってしまえば、良くて勘当。悪くて監禁。或いは、何処か適当な武家か商家に嫁に出されてしまう事だろう。
別段、両親の采配に関して興味はないが、バレてしまうと不味い事だけは理解している。面倒事は避けたい。
だからこそ、百合は顔をボロ布で隠し、女だとバレないように装いも変え、辻斬り活動に勤しんでいる。
尚、人を殺した事は一度もない。
百合が行いたいのはあくまでも「戦い」。命のやり取りを行わなければいけない、真剣勝負ではない。
(辻斬りを行ったのは失敗だった? でも、これ位しか方法が無いし。……やっぱり、怪人関連の噂が流れてしまったのが痛い)
最初はまともな戦いになっていたのだが、怪人関連の噂が流れてしまった後は、戦う以前の問題だった。
皆、百合の姿に腰を抜かしてしまい、戦いにならない。
一応、此方から仕掛けてみるが、全員反応は似通ったもの。戦いの「た」の字にもならないのだから、困ってしまう。
それでも自身の目的を果たす為には、辻斬り以外の選択肢は存在していない。
日は沈み、月が上る。
そろそろ時間だ。
百合は怪人へと姿を変える。
(願わくば、今日こそは)
戦いになりそうな相手を探し、暫く時間が経った。
見つけた。
と言うよりも、見つかってしまったという表現の方が正しいのかもしれない。
「あ、いたいた。見つけました」
周囲は暗闇が充満し、不気味な雰囲気を漂わせている。
にも関わらず、快活とした声が響く。
間違っても、おどろおどろしい夜には似つかわしくない。
「…………」
背後から声をかけられた。
何の気配も感じなかった筈だ。しかし、現に百合の背後には何者かが居る。
ゆっくりと首を動かし、後ろを振り向く。
まるで示し合わせたように、雲によって覆い隠されていた月が姿を現す。
美しい満月だ。
太陽にも負けず劣らず、黄金色の月明かりで周囲を照らし出す。
暗闇に隠れて分からなかった、百合に声を掛けてきた人物の姿も露わになる。
「探しましたよ。折角旅行に来たは良いものの、何やらここら辺を騒がせている『怪人』が居るって話じゃないですか。一応、休暇を取ってる訳ですから放っておこうかな? と思いもしたんですが、やはり新選組に所属している身としては、困っている人を放っておく事は出来ませんから。……と言うか、もしもこの件がバレてしまったら、土方さんに怒られてしまいますし」
少女だった。
桜を彷彿とさせる、桃色の髪。
容姿は整っているものの、何処か幼く、庇護欲がそそられる。されど目付きは鋭い。笑みを形作っているのに、瞳は笑っていない。
獲物を見つめる獣のような目で、じっと百合を見定めている。
装いは、髪色と似通った色合いの着物と袴。
一際目につくのは、腰元にさしている一本の刀だろう。
このご時世、女性が刀を振るうというのは外聞として宜しくは無い。にも関わらず、刀を下げる事が許されたという事は、他者を圧倒する実力を秘めているも同義。
おまけに新選組と言う単語。
目の前の少女が嘘を言っているのでなければ、彼女は新選組に所属している、と言う事になる。
どうしてそんな人物が、こんな場所に旅行に来ているのか?
疑問を覚えるが、やる事は変わらない。
百合は錆びた槍を構える。
「やる気ですか? でしたら、此方としても有難いです……ね」
試合開始の合図は無い。
二人の間に生じていた距離は二メートル。
間の抜けた掛け声と共に、桜色の少女は一瞬で距離を詰めてきた。
まさか、すぐさま攻撃を仕掛けて来る事はないだろう。と言う相手を心理を利用した不意打ちは、しかし百合には通用しない。
首を狙った刺突攻撃。上体を逸らす事によって回避。
「嘘!? 今のを避けるんですか!?」
百合の反応は予想外だったのか、年相応に驚いて見せる。
今度は此方の番。
槍を握り、横に薙ぐ。
空を切り裂く音と共に、錆び付いた刀身が桜色の少女に襲い掛かる。修練を重ねた結果、その速度は高速。
一瞬でも選択を見誤れば、手痛い一撃を食らってしまう。
しかし、流石は新選組と言うべきか。迅速に、刀を縦に構える事でガード。しかし、完全に威力を殺し切れなかったのか、僅かに弾き飛ばす事に成功。
「グッ、見た目に反して力強すぎませんか!? これは厄介な相手ですね!」
刀身を通じて、手が痺れてしまったのか。柄から手を離し、プラプラとさせる。
気を抜いている暇など無い。
お返し、とばかりに今度は百合が打って出る。
槍の有利な点は、そのリーチの長さだ。刀で有れば、もっと近づかなければいけない距離であっても、槍なら容易に手が届く事が出来る。
安全圏からの攻撃。
刺突攻撃を繰り出す。
重視すべきは、質よりも量。
互いに戦っているのは生身の相手。粗雑な攻撃であっても、当たり所が悪ければ致命傷になる可能性がある。
だからこそ、最低限の対処は行わなければいけない。
(でも、判断は素早いし、狙いも正確。……とても厄介な相手)
百合が辻斬りを行っている理由は、自身が習得した技を誰かに試したいから――以外にも存在している。
何時までも経っても、消える事も無ければ、埋まる事もない、胸の内の穴。
もしかすると、自身が身に付けた槍術こそが、胸の内の穴を埋める為の要因になるのかもしれない、と考えた。
しかし、埋め方など分からない。
だからこそ証明するのだ。
自分よりも長く学び続けてきたであろう武人たちを倒す事によって。自分にとって槍術とは、掛け替えのない物なのだと。
(今まで戦って来た人達は、誰も彼も手応えが無かった。でも、この人に勝つ事が出来たなら。その時は……)
余談だが、百合の行っている事は辻斬りだ。
その為、戦っている相手が常に最高のコンディションと言う訳ではない。ましてや、夜中ともなれば酔っ払いが闊歩する時間帯だ。
武人であっても、酒を飲めば判断力は鈍ってしまうし、動きの精度だって落ちる。
だからこそ、多少歯ごたえが無かったとしても、仕方がないと言わざるを得ない。
「……成程。そう言う事ですか」
百合との戦いを通して、一体何を見たのか。
桜色の少女が呟く。
同時に、動きが変わる。
否。やっている事は変わらない。しかし、先程よりも格段に速くなった。百合が繰り出す攻撃を、いとも容易く捌いてしまう。
「…………ッ!」
「なんというか、違和感を覚えていたんですよ。貴方の狙いは正確だし、攻撃も鋭い。戦うので有れば、とても厄介な相手になるかもしれません。ですが」
――不味いと直感が囁く。
先天的なのか、後天的なのか分からないが、何時からか身に着いた野生の獣染みた制度を誇る直感。
それが今まさに、盛大に警鐘を鳴らしていた。
お前では勝つ事が出来ない。
今すぐ、そこから逃げろ、と。
「なんというか、空っぽなんですね。貴方」
「ッ!?」
桜色の少女が刀を振るう。
目にも止まらぬ神速。
三回、攻撃が行われた。
辛うじて攻撃を防ぐ事は出来たが、自身の武器が壊れる。
「戦う理由なんて何一つ存在しない癖に、私と……誰かと戦おうとするなんて、止めて下さい。ソレは侮辱しているも同然です。私たちには戦う理由があって、戦いの場に居るんです。覚悟も無ければ、気概もない。邪魔者は引っ込んでいて下さい」
桜色の少女は、自身が持つ刀の切っ先を百合に向ける。
一体、戦いを通して百合の何を見たのだろうか?
最初に出会った、年相応の表情ではない。まるで、幾つもの修羅場を乗り越えてきた武士の様な顔つきで、百合を睨みつける。
――ああ、成程。
戦いを通して。
否、桜色の少女を観察する事によって、百合はようやく理解する事が出来た。
槍術は、自身の穴を埋める為の要因にはなれない。
理由は至極単純。
桜色の少女が持っている「何か」が足りていないから。もしかすると、今まで百合が倒して来た人々も持っていたかもしれない。
「何か」とは、果たして何なのか?
残念ながら百合には分からない。
だから「何か」と呼称する事しか出来ないのだ。きっと、どれだけ努力したとしても、自分は手に入れる事が出来ないから。
――とても、羨ましい。
不意に、心の中で呟いた本音。しかし、彼女自身が認識する事はない。あくまでも無意識の産物。
直ぐに霧散し、二度と思い出す事はない。
「…………」
抵抗する意思はない。
百合は自身の顔を追っていたボロ布を解く。
息苦しさや、視界の不明瞭さは消える。
代わりに隠し通していた素顔が露わになってしまう。
まさか噂の『怪人』がこんな小娘だとは思っていなかったのだろう。桜色の少女は、驚いたように僅かに目を見開く。
これは必要じゃないのかもしれない。
けれど、自分は駄目な事をした。
馬鹿な事をした。
愚かな事をした。
だからこそ、責任を取らなければいけない。
彼女に謝ったとしても、何の意味もなかったとしても。
「初めまして。私の名前は邦城 百合と言います。この度は、御迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
地面に正座で座り、百合は深々と頭を下げる。
土下座をした。
※
荒れ狂う豪雨。
風の勢いは凄まじい。
時間が経つほどに風力は増していき、船は左右上下に激しく揺れる。
そんな中、百合は船の甲板に出ていた。
周りでは船員が事態の収拾に動いている。尤も、嵐が激し過ぎるせいで、まともに身動きを取る事も出来ていない。
大粒の雨が全身を強く打ち、身に纏っていた着物は水を吸う。
冷たい上に重たい。
最悪だ。
船内に戻れば良いのかもしれないが、無駄だ。
百合の直感が囁く。
この船は、間もなく沈んでしまうと。
今の今まで、自身の直感が外れた事はない。
家族が自分に対して、心ない事を考えていた事も。自分が他者から嫌われていた事も。ようやく厄介払いする事が出来ると、胸を撫でおろしていた事も全て知っている。
結論から言えば、百合は嫁に出される事になった。
『怪物』事件の犯人が百合だという事実は、百合を倒した桜色の少女と、家族以外誰も知らない。
しかし、家族に知られてしまったのは不味かった。
これから先、この様な事が起こってしまっては溜ったものではないと、適当な武家か商家の嫁に送られてしまった。
体の良い厄介払いだ。
相手がどのような人物か分からないが、特に興味はない。
が、船に乗って目的地まで向かう道中、嵐に巻き込まれてしまった。
熟練の乗組員たちでも如何にもならない天災。幾度となく海を渡ってきた船も悲鳴を上げ始め、壊れてしまうのは時間の問題だろう。
まるで意思を持った怪物のように、襲い掛かって来る波。
(……一度くらい、家族に話し掛けておけば良かったかな?)
どうして自分がそんな事を考えたのか?
理由は分からない。
とうとう船は転覆してしまった。
実際、時代的に整合性は取れるのかな? と思いつつも、私が書きたかったので書きました。反省もしていなければ、後悔もしていません。
因みにですが、私は沖田さんの事は良く知らないので、若干エアプになっております。
エアプ沖田さん
・頻繁に吐血する。
・人を斬る事が好きな戦闘狂。
・何かとダブルピースをしたがる。
・織田信長とは犬猿の仲。
・袴の下に水着を着用している。
・セイバーに擬態しているが、アサシンという事がある。