星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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感想、評価、いつもありがとうございます。

今回も、前回の続きになります。


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 意識を取り戻す。

 

「……あれ? ここ、は?」

 

 ゆっくりと目を開く。

 最初に飛び込んできたのは、何とも奇怪な光景だった。

 黄金の雲に、虹色の光によって構成された、黄昏色の空。

 

 ここは日本ではないのだろうか?

 仰向けになっていた上体を起こす。

 不意に、頭がズキリと痛む。

 

 直前までの記憶は、ある。

 天災に巻き込まれてしまった結果、船は転覆。

 乗船していた百合も巻き込まれてしまい、気が付けば今に至る。

 

「私の他に、誰も……居ない?」

 

 軽く周囲を見回すが、百合以外の人影はない。百合が居る場所は砂浜。気を失っている間に、流れ着いてしまったらしい。

 取り敢えず散策してみよう。

 

 水を吸って重くなってしまった着物を脱ぐ。淑女としては、はしたない事この上ない下着姿。しかし、見る者は誰も居ないし、そもそも見られた所で気にしない。

 

「………?」

 

 不意に、視界の端に黒い影が映る。

 何だろう、と思い近づいて確認する。

 

「は?」

 

 百合は思わず自分の目を疑った。

 何故なら、そこにいたのは百合の身の丈以上の大きさをした、巨大なヤドカリだったのだから。

 

「え……ヤド、カリ?」

 

 百合の記憶が確かなら、ヤドカリは掌に収まる程度のサイズだった筈だ。にも関わらず、目の前にいるヤドカリは巨大。

 これは一体、どういう事なのか?

 

 脳が与えられた情報を処理する前に、ヤドカリが動く。

 鋏を打ち鳴らしながら、襲い掛かって来る。

 

「ッ!」

 

 武器を持っていたら話は変わっていただろう。しかし、百合は無手。武器になりそうな物は何も持っていない。

 出来る事は逃走。

 

「ヤドカリなのに、こんなにも速い……!」

 

 六本の足を巧みに操り、追いかけて来る。速度はかなり出ており、このままではじきに追いつかれてしまう。

 何か、事態を打開する方法はないか?

 

 周囲を見回し、森が目に入る。

 森の中に足を踏み入れる。

 

 鬱蒼と生い茂る木々。複雑に入り組んでいるそこは、さながら天然ものの迷宮。攪乱させる為に、敢えて右へ左へ前へ後ろへと複雑な道順で進む。

 

 その甲斐もあって、無事にヤドカリを撒く事は出来た。

 が、ホッと胸を撫でおろす暇はない。

 

「一難去って、また一難……か」

 

 百合の耳に届いて来る、獣の唸り声。

 地面を踏みしめる音と共に、次第に近付いてくる。

 草むらから姿を現すのは獰猛な獣達。

 

 狼のような見た目をしているが、狼の方が幾分可愛げがあるだろう。血走った目に、鋭い牙。口の端からは涎が垂れており、ポタポタと地面を湿らせている。

 

 体躯は普通。

 されど、四本の足が異常に発達している。

 獣達が百合に襲い掛かる。

 

 それよりも先に、先制攻撃を行う。

 百合は何も、この森を無事に切り抜ける事が出来るとは考えていない。巨大なヤドカリが居たのだ。森の中に、どんな得体の知れない生き物がいたとしてもおかしくはない。

 

 だからこその対策。

 両手に握られていた土を、獣達に向けてぶちまける。

 全員を抑える事は難しい。

 

 しかし、一部の動きが止まれば足並みは揃わない。群れと言う絶対的なアドバンテージに綻びが生じてしまう。

 その隙をつく。

 

 後は普通の追いかけっこと変わらない。

 唯一異なるのは、捕まってしまえば命が終わってしまうという点。

 直感も駆使しつつ、捕まらないように工夫しながら逃走。

 

 走り、隠れ、木に登り、偶に反撃。

 ようやく獣達をまく。

 

「……つ、疲れた」

 

 動き易い服装では無かった事。そして、目を覚ましてから一度も水を飲んでいない事も相まって、疲労感は凄まじい。

 白い下着は土や落ち葉で汚れてしまっている。

 

 喉はカラカラ。

 何でも良いから水が飲みたい。

 獣達の魔の手から逃れたと言っても、遭難中という状況は変わらない。

 

「何処か、助けを求める事が出来そうな場所は……」

 

 気が付けば、森を抜けていた。

 緑一色だった世界から一転。

 幻想的な光景が百合の視界一杯に広がる。

 

 思わず、ホゥと吐息が漏れる。

 そこは岬だった。

 海と大地のコントラスト。不意に吹く風は冷涼で、火照ってしまった体を優しく冷やしてくれる。

 

 視線の先にあるのは、一件の建物。

 煙突からは白い煙がモクモクと上っており、誰かが住んでいる事は確実。

 

(良かった。ようやく、誰かと会う事が出来るかもしれない)

 

 百合は扉をノックする。

 反応はない。

 百合は扉をノックする。

 反応はない。

 百合は扉をノックする。

 反応はない。

 

「すみません。誰か、いませんか? すみません」

 

 暫くの間、粘り続けていたのが功を奏したのだろう。

 ドタドタと、激しい足音と共に扉が勢いよく開かれる。

 

「五月蠅い! 儂の作業の邪魔をする……な?」

 

 現れた人物を目にして、百合は思わず目を丸くしてしまう。

 何故なら、個性的なフォルムをしていたから。

 

 ずんぐりむっくり、なんて言葉が相応しい。大人らしい頑強な顔つきとは裏腹に、背丈は成人する前の子供と同等。

 

 或いは、それ以下。

 体格が良い事も相まって、何ともアンバランスに映ってしまう。

 

「……どうして人間がここにいる?」

 

「? 貴方も人間だと思いますが。初めまして。私の名前は邦城 百合と言います。貴方は、ここに住んでいる方なのでしょうか?」

 

 不思議な問いかけに対して首を傾げつつ、百合は丁寧に自己紹介を行う。

 当然、頭を下げる事も忘れない。

 

「違う。儂は妖精だ」

 

「成程。妖精さん、と言うのですね。宜しくお願いします。早速で申し訳ないのですが、私は行く宛が無くて困っています。妖精さんの家に、暫く泊めて貰う事は可能ですか?」

 

 単刀直入。

 遠回しな表現は避け、百合は要件を伝える。

 

「断る」

 

 が「妖精」と名乗った男は、意に介した様子もなく、無情にも断る。

 

「そうでしたか。無理なお願いをしてしまい、大変申し訳ございませんでした。……図々しいお願いだと承知なのですが、水を一杯貰えませんか?」

 

 百合は顔を顰める訳でもなく、淡々と返答する。

 表情は「無」から変わらない。

 やや面食らった様子ながらも「……あ、ああ」と返し、水を一杯持って来てくれる男。

 

 百合は男から水を一杯受け取り、ソレを飲み干した後「ありがとうございました」と礼を言い、その場を後にする。

 後ろを振り返る事は無かった。

 

 

 

 試みは失敗に終わり、百合は宛も無く彷徨う羽目になった。

 

(……けれど、嫌なら仕方ない。無理矢理押しかけると迷惑になってしまう訳だし)

 

 最低限、衣食住は用意しなければいけない。

 そうしなければ、百合は死んでしまうだろう。

 再度、百合は森の中に戻る。

 

「そう言えば、この木の実とかって食べられるのかな?」

 

 木の枝に成った実が目に留まる。

 もしも食べる事が出来れば、衣食住の中の食を解決する事は出来る。

 

「木の枝や葉っぱを組み合わせる事で、簡易的な家を作る事も出来たりする?」

 

 だとすれば、住も解決する。

 残るは衣だが、これも葉を利用すれば問題ない。

 何も、見た目を重視していない。裸を隠す事が出来、寒さをしのぐ事が出来れば文句はない。

 

「いっその事、ここに住んじゃう、とか?」

 

 自分自身の呟きに対して、あり得ないと即座に否定する百合。

 取り敢えず、簡易的な家を作る為に、適当な木の枝を拾い始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 この、よく分からない場所に迷い込んでから、数日が経過した。

 空を見上げれば、黄金の雲に、虹色の光によって構成される、黄昏の空。何度見ても慣れる事は出来ない。

 

 青い空が見たいな、と思うが現状帰る方法は不明。

 百合に出来る事は今日を生き延びる事。それだけだ。

 自身の隣に目を向ければ、そこには頭部に木の槍が突き刺さり、絶命している獣の骸が横たわっている。

 

「……これで5体目」

 

 ホッ、と胸を撫でおろす。

 最初は不慣れだったサバイバル生活も、次第に安定して来た。家は、木の枝と葉っぱで構成された、簡易的な小屋。

 

 比較的大きな木の傍に建てた。

 多少の雨風で有れば、防ぐ事が出来る。

 

 食べ物は、森に群生している木の実や野草やキノコ。毒があるのか、無いのか。判別する方法が分からず、取り敢えず全部口に入れてみる、と言うワイルドな形式を採用したが、幸いにも体に不調を感じたことはない。

 

 また、武器を作成する事によって獣を仕留める事も出来た。

 群れを相手にするのは厳しいが、一対一であれば勝利する事が出来るし、肉にありつける事も出来る。

 

 唯一の懸念は、森から獣が居なくなってしまった時。

 そうなってしまえば、肉を食べる事が出来なくなるが、今は気にしなくても問題はない。

 百合の生活は、概ね充実していると言っても良いだろう。

 

「一体、どういう事だ? 最近、森がやけに静かだと思って来てみれば……お前、何をしている?」

 

 声のした方向を振り向けば、何時ぞやの男性が立っていた。

 

「あれ? 妖精さんじゃないですか。何をしている……言われても、ここで生活をしているとかしか答えようが有りませんが……」

 

「……生活をしている? ここで?」

 

 驚いたように目を見開く男。

 何か、問題でもあったのだろうか? と内心で首を傾げつつ、コクリと頷く。

 

 尚、今の百合の格好は草や葉を編んで作られた、服と呼べないような代物では無く、漂流した時に身に着けていた下着だ。

 

「おもてなしをするべきでした。でも、申し訳ありません。客人に出せるような物は用意していなくて……この木の実や、お肉をお食べになりますか?」

 

 備蓄している食料を渡そうとする百合。

 

「いいや、いらん。と言うか、お前。その木の実は食べない方が良い奴だぞ」

 

 掌を前に突き出して断る男。

 

「え? そうだったんですか? でも、美味しいですよ」

 

 百合の記憶が正しければ、食べた所で特に異常は起こらない。

実際に齧ってみる。

 男はドン引きするように顔を顰める。

 

 口の中一杯に広がる、何とも言えない青臭い味。しかし、仄かに甘味も存在しているお陰か、食えない訳でもない。

 

「……まあ、良い。ここら一帯、儂のものでもないから、住むなら好きにしろ。但し、迷惑をかけたりするなよ」

 

 百合が得体の知れない木の実を食べていた姿を無視し、釘を刺す男。

 当然と言えば当然だ。

 

 問題事を起こしてしまい、彼にも迷惑が掛かってしまうのは百合の本意ではない。頷く事によって同意する。

 話はコレで終わりだと、森を後にしようとする男。

 

「ああ、それと言っておくが儂の名前は妖精ではない。エクターだ」 

 

「分かりました。エクターさん。何か有れば、私の所に来て下さい。豪華なおもてなしは難しいですが、歓迎しますから」

 

 百合の言葉をどんな風に受け取ったのか、鼻を鳴らしながらエクターは帰った。

 それからというもの、エクターとは定期的に顔を合わせるようになった。

 

 百合が何かしら、問題事を起こした訳ではない。

 何か、良からぬことをしていないか? そう言った理由で、百合の家までやって来て差し入れをくれたりする。

 

 きっと優しい人物なのだろう。

 口では酷い事を言ってしまうが、それは本人の性分のようなもの。

 

 曲りなりにも、百合の事を心配してくれていたのは分かっていた。

 エクターとの交流を通して、百合は色々な事を知った。

 自分の迷い込んでしまった場所が、日本とは違う。異界の地。妖精國だという事。

 

 そこでは人間の代わりに妖精が暮らしており、人間は家畜のような扱いを受けている事。

 

 百合のように偶然迷い込んでしまった人間を漂流者と呼んでおり、妖精國は漂流者を積極的に回収しているという事。

 

 何でも、妖精と言うものは人間の近くにいるだけで、様々な良い事が起こるらしい。

 

「つまりエクターさんは私を手元に置いておきたい、と言う事ですか? それならそれで、私としては全く構いませんが」

 

「馬鹿な事を言うな。儂が人間なんぞ、欲しているように見えるのか?」

 

 百合の的外れな予想に対して、返答と共にチョップをかますエクター。

 痛くはない。

 

 ふざけるな、と言う心の声を実際に行動で表したのだろう。

 兎にも角にも、エクターの目的は百合の確保では無かった。漂流者がいる場所に、百合をぶち込む事でもなかった。

 

 ――良かった。

 

 ホッ、と胸を撫でおろすと同時に感じた安心感。

 しかし、自分は何故安心したのだろうか? その理由は分からなかった。

 

 不自由ながらも充実した日々。

 これから先も、ずっとこの森で生きていくのだろう。などと考えていたが、現実は甘くなかった。妖精國だろうと、日本だろうと、そこは変わらない。

 

 降り注ぐ大粒の雨に、激しい風。

 船が転覆してしまったあの日を彷彿とさせる大嵐。

 大きな木に避難したとしても、せいぜい気休め程度。大量の雨によって体は濡れてしまうし、備蓄していた食料は駄目になる。

 

 激しい風に巻き込まれる形で、自作した自宅は崩壊。

 雨に濡れる事によって、体温は急激に低下する。

 

「……さ、寒い」

 

 体温が失われる事によって、体力も摩耗していく。少し前までは耐える事が出来た。でも、今は無理かもしれない。

 体に力が入らず、そのまま倒れる。

 

 湿り気の多い泥が顔面にかかる。

 冷たい。

 気持ちが悪い。

 

 けれど、それ以上に体が怠い。

 今まで体験した事のない、危機的な状況。

 死神の足音が、背後まで迫りくるのを感じた。

 

(私、もしかして、死ぬのかな?)

 

 死を感じたのは今までに一度だけだ。奇しくも、同じ嵐と言う状況下。船が転覆してしまい、そのまま溺死してしまう――と言う展開に比べれば、今回の死に方は幾分マシなのかもしれない。

 

 けれど、ほんの僅かに残っていた力を振り絞り、百合は立ち上がろうとする。

 

 ――死にたくない。

 

 船に乗っていた時には抱く事の無かった、生存欲求。

 何を今更、と思わない訳でもない。

 

 百合はとっくに死んでいた筈だ。生き延びれたのは只の幸運。本来は死んでいた事を考えれば、今の今まで生きていた事に感謝しつつ、潔く死んだ方が良いのかもしれない。

 

 けれど、嫌だ。

 本来なら死んでた、とか。今生きているのは幸運だ、とか。意味が分からない。訳が分からない。頭がおかしいんじゃ無いのか?

 

 百合はまだ、今を生きている。

 例え、数秒後に死んでしまうとしても、生きたいという思いが色褪せる事はない。

 

 だから、最後の最後まで醜く生き足掻くだけだ。

 全身が泥まみれになっても、それでも百合は足掻く。足掻いて、足掻いて、足掻いて、きっとその先には……。

 

「……こ、こ、は?」

 

 全身を蝕んでいた冷たさはない。

 寧ろ暖かい。

 仄かな温もりが感じられる。

 

 百合はベッドで寝かされていた。

 ゆっくりと上体を起こし、自分の上体を確認する。記憶が確かなら、全身泥まみれの雨粒まみれの筈だったが、体は奇麗になっている。

 身に纏っている装いも異なり、西洋風の衣服。

 

「起きたか」

 

 不意に声をかけられ、首を動かす。

 

「エクターさん」

 

 そこにいたのは不機嫌そうに顔を歪め、腕を組むエクターの姿があった。もしかすると、百合が目を覚ますまで、ずっと見守ってくれていたのだろうか。

 

「もしかして、エクターさんが私を助けてくれたんですか?」

 

 百合とエクターは近所同士。

 何か異変を感じて、様子を見に来ていたとしてもおかしくはない。

 しかし、こんな状況で外に出るなんて、と言う驚きはある。後、迷惑をかけてしまった、と言う自覚も。

 

「……すみません。ご迷惑をおかけしました。すぐにここを出て、森に戻るので安心して下さい」

 

 体に異常はないか、手を開いて握り、開いて握りを繰り返して動作確認を行う。問題はない。多少ぎこちなさはあるが、十分に回復した。

 

 ベッドから立ち上がろうとした時、手首を掴まれる。

 目の前には、怒りに顔を歪ませたエクターが居た。

 

「エクター、さん?」

 

「どうして儂を頼らなかった! 初めて出会った時であればまだしも、今で有ればそれなりに仲良くなっただろ! 助けてくれ、と。そう言ってくれれば、儂だってお前を助ける事が出来たのに!」

 

「………………」

 

 何度も見た事がある。

 家族と過ごした時は、決まってこんな風に怒らせてしまう。

 

 どうして分からない? なんでそうなる? お前は本当に何なのだ? そう言って、怒鳴り散らされてしまう。

 分かっている。

 

 悪いのは自分なのだと。

 けれど、分からない。どうして怒っているのか。どうして自分の行いが、誰かを苛つかせたり、怒らせたりしてしまうのか。

 

 胸の内に生じてしまった穴。これを埋める事が出来れば、私はもう、怒られずに済むのだろうか? 或いは、怒ってばかりだった両親に、笑顔を見せる事が出来たのだろうか?

 

 所詮は、もしもの話。

 取り敢えず、今はエクターを何とかしよう。

 きっと、同じ結果を辿ってしまうと理解しながら、百合は口を開く。

 

「頼れば良かったんですか?」

 

 怒っているエクターとは対照的に、無表情の百合。

 淡々とした口調。

 

 エクターの説教が心に響いていない事は明白だった。

 予想外の反応に、面食らってしまうエクター。

 

「だとすれば、すみません。私は一度、エクターさんを頼った……と思います。でも、断られてしまいました。なので、もう頼る事は出来ない、と考えていました。後、すみません。あの時は、誰かに頼らなければいけない、と言う考えが頭の中に有りませんでした。正直に言えば、エクターさんの事も忘れてしまっていたかもしれません」

 

 話す事は苦手だ。

 自分の考えを話す、と言う事が苦手だ。

 口を開き、声を出せば、話してはいけない事まで話してしまう。

 

 表情が変わる。

 怪訝そうな顔から、やがて不気味なものを見るような目で。化物や怪物を見たかのような反応に変わってしまう。

 

 皆、そうだった。

 尤も百合が会話を行った相手は、家族や使用人が全て。

 

 でも、自分と会話を行った相手は全て、似たような反応を示した。

 だから結果なんて変わらない。

 

「大丈夫ですよ。私の事は放っておいて貰っても。第一、自分ではなく他人を気遣う、と言うのは余り良くない気もします。人は誰だって、自分を優先すべきなんですから。ですから、最悪の場合は無視をして頂いても構いません。何方にしても、ここに私の居場所はないですし、死んでしまった所で悲しむ人はいません」

 

 一体、自分は何を言っているんだろう? 

 会話という名の、一方的な主義主張。

 やってしまったと後悔しているのに、言葉は止まらない。

 

 ようやく話し終える。

 が、空気感は最悪。一触即発、と言わんばかりの状態だ。

 

「で。話はそれだけなのか?」

 

「……へ?」

 

 エクターの第一声が余りにも予想外で、思わず百合は呆けた声を漏らす。

 違う。今までとは違う。

 

「お前がなんと言おうと関係はない。……だが、最初にこれだけは言っておかなければいけないな。初めて会った時、悪かった。アレは多分、お前に出来る精一杯の意思表示だったんだろ? にも関わらず儂が無下に扱ってしまった。だから、本当にすまなかった」

 

「…………」

 

 意味が分からず、戸惑ってしまう。

 これは一体、どういう事だ?

 本当の本当に分からない。

 

「居場所がないというなら、新しく作れば良い。死んだとしても、悲しむ人は居ない? 馬鹿を言うな。お前が死んでしまえば、少なくとも儂は少し悲しむ」

 

「あ、少しなんですね」

 

「頼る、と言う事を知らなかったなら、今から知れば良い。困った時は、誰かに助けを求めて良いんだ、と。そう学べ。後、お前は今日からここに住め」

 

「え?」

 

 ついで感覚で、さらっととんでもない事を言わなかっただろうか?

 思わず聞き返してしまう。

 

「いえ、駄目です。よくありません。私はおかしいので、エクターさんに迷惑をかけてしまいます。もしかしたら、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう可能性だって考えられます」

 

 心がざわつく。

 まるで、内側から鑢でゆっくり削られていくような、何とも言えない感覚。

 

 今まで感じた事のない、初めての経験。

 嬉しかった。けれど、怖かった。

 だから百合はエクターの提案を無下にする。これ以上先に踏み込んでしまえば、自分は引き返せなくなるから。

 

 今までとは異なる変化が、酷く恐ろしいから。

 しかし、エクターはまるで百合の心の中を見透かしたかのように笑う。

 

「なんだ? もしかして、怖がっているのか? まあ、怖いという気持ちは分からなくもない。なにせ、初めては誰だって怖いからな。だが、一歩踏み出す事が出来なければ、変わる事はできない。お前だって、思っている筈だ。こんな自分を変えたい、と。だったら踏み出すしかない」

 

 エクターは百合の頭に手を置き、優しく頭を撫でてくれる。

 何かが噴き出しそうになった。

 必死にせき止めていた壁が壊れてしまい、そのまま今まで自分が溜め込んでいた物が全て溢れ出てしまうような。

 

 必死になって耐える。堪える。我慢する。

 きっと赤の他人の前でなら問題は無かった。しかし、エクターの前でそんな姿を晒したくはない、と心の底から思えた。

 

「分からない事があれば聞け。儂自身、説明が上手と言う訳ではないが、お前に理解してもらえるように頑張るから」

 

 ――ああ、きっと大丈夫だ。

 

 自分が欠陥品でも、この人なら大丈夫だ。

 喧嘩をしたり、言い争いになったりしても、百合自身が心の底から恐れるような事にはならない筈だ。

 

 確信すると同時に、せき止めていた壁が決壊する。

 どれだけ抗おうとしても、もう歯止めは効かない。

 だから百合は泣く。

 

 目の端から、真珠程の大粒の涙を流し、子供みたいに泣き喚くのは恥ずかしかったから、必死に声を押し殺して。

 嗚咽を漏らしながら泣いた。

 

 今日は良い日とは言えない。

 嵐に巻き込まれて死にかけたし、恩人の前で子供みたいにワンワンと泣きじゃくる。

 

 けれど、今日。

 ようやく百合は普通の少女らしくなれた気がする。

 

 

 

 

 

「……とまあ、これが奴を引き取った経緯だ」

 

 エクターは昔話を終える。

 

 余談だが、百合の正体が人間だとバレると面倒な事になる為、容姿を大きく変えたり。

 

 工房で一生を終えて欲しくない、と言う思いからティンタジェルに住んでみてはどうか? と勧めたりもした。

 

 無論、百合が人間だった事は伏せている。

 が、人間だったという事実を隠したとしても、衝撃の連続だった事は否めないだろう。

 

 現にアルトリアは「お母さんが、人前で号泣!?」と驚いている。

 

「あれ? と言うことは、エクターがお母さんの親代わりだった、って事だよね?」

 

「別に親の代わりをしていたつもりは無いが……まあ、そうなるのか」

 

「だったら、お母さんがあんな風になったのはエクターが原因の一端を担っているんじゃないの?」

 

 アルトリアの指摘に対して、エクターは咄嗟に否定しようとした。

 が、ふと記憶を漁れば、思い当たる節は幾つかある。

 

「何を! ……そんな、馬鹿な事を……言うな」

 

 咄嗟に否定しようとするが、否定しきれない。

 勢いよく叫ぼうとするも、声量は小さくなる。気まずそうに視線を逸らす。自分の罪を認めたも同然だ。

 

「ほら! やっぱりエクターが原因じゃん! エクターがもう少し、お母さんをお淑やかに教育しておけば、今頃理不尽の権化みたいな風に……うぎゃっ!」

 

 会話に夢中になってしまい、背後に迫りくる理不尽の権化に気付かなかった。

 

 気付いた時はもう遅い。

 容赦のない拳骨が落とされ、アルトリアはその場で蹲る。

 

「昔話に花を咲かせるのは問題ないけれど、当人のいない場所で悪口を言うのは感心しないわね。アルトリア。せめて、本人の前で話すくらいの気概は持ちなさい」

 

 代わりとなる槍を見つけたのか、新品の槍を携えながらやってきた百合。

 表情は無表情。飄々とした態度を貫いているが、何処か恥ずかしそうにしている風にも見えた。

 

「仮にそうしたら、お母さん絶対に私のこと殴るじゃん!」

 

「当たり前でしょう?」

 

「やっぱり理不尽だァ!」

 

 横暴すぎる返答に、思わずアルトリアは叫ぶ。

 そんな2人のやり取りをエクターは眺めていた。

 

 あれから一体、どれ位の月日が経過したのか。かつての、何処か弱々しく、他者と距離を置いていた少女の姿は何処にも存在していない。

 

 それ所か、アルトリアを引き取り、自身の娘として育てる位に成長した。

 保護者として彼女の成長を見て来た者としては、実に喜ばしいと言える。

 

(……只、あの事は話さなかったが、話しておくべきだったか?)

 

 アルトリアも『予言の子』だ。

 

『予言の子』だからこそ、生まれ持った特殊な能力に関して、エクターは知っている。何故なら、エクターは先代と関わり合いがあったから。

 

(隠し通していたとしても、うっかりバレてしまった可能性は否めない。とは言え、実際に言うのと、勝手に読み取るのとでは大きな差がある訳だが)

 

 

 

 

 

 

 百合には秘密が存在する。

 実は、不老不死だという秘密が。

 人間であるにも関わらず、今もなお若い姿で生きる事が出来ているのは、それが理由だ。

 

 尤も、完璧な不老不死ではない。

 あくまでも疑似的。

 紛い物。

 

 老化速度が常人よりも遥かに遅いだけ。

 死んだとしても、生き返るだけ。

 限りはある。

 

 何時かは終わりが来る。

 されど、彼女の姿を見れば誰も彼もが口を揃えてこう言う事だろう。

「あれは不老不死だ」と。

 

 どうして百合は不老不死になったのか?

 彼女自身は知る由もないが、所謂先祖返りと言うものだ。

 かつて、人魚の肉を食した先祖の。

 

 日本であれば、いずれ異物として排斥されていたかもしれない。

 しかし、幸か不幸かここは妖精の國。

 誰も百合の事を不自然に思う事はないし、百合が置いて行かれる事もないだろう。

「死」が訪れる、それまでは。

   




 
 と言う訳で、本作の主人公が持つチート開示になります。
 不老不死と聞くと反則臭いように思えますが、オリ主の実力は人間の範疇に留まっている為、妖精騎士レベルの相手では普通に死にます。
 終わりが来るまで死に続けます。

 しかも、型月の主人公は全員が全員反則臭い為、不老不死であっても割と霞んで見えてしまう。
 宝具すら再現できる投影魔術に、直視の魔眼、ザビーズ、サーヴァントの心臓を得たホムンクルス、手段選ばない人、宮本武蔵の弟子、ミュージアムニウムが足りてない子、人類最後のマスター。
 全員、個性が……! 個性が強すぎる……!

 尚、モチーフとなっているのは八尾比丘尼です。
 もしも鯖になるなら、そこら辺の系譜になるかな? と考えております。

 え? キ〇ラはどうしたんだ、って?
 いや、歩く公然わいせつ物さんはちょっと……。
 早く座に還ってくれませんか?
 切実に。

 また、余談ではありますが、百合は船が転覆してしまった際に溺死しています。
 彼女が不死を持っていた為偶然にも妖精國に流れ着く事が出来ましたが、一般人だったら普通に死んでいます。

 一度の溺死で、妖精國に流れ着いたのか? それとも、幾度とない死を経て何とか妖精國に辿り着く事が出来たのか?
 そこら辺は、読者の皆さんの想像にお任せしたいと思います。 
 
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