星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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 評価、感想、誤字報告ありがとうございます。

 話の展開的に無理があるかな? と思いますが、書いてて楽しかったので投稿します。
 長めです。



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 怒涛の依頼ラッシュが終わり、ようやくユーリの依頼に取り掛かる事が出来たのか。数か月後に、壊れていた槍の修復が完了した、という旨の連絡が届いた。

 

「ほら。コレがお前の槍だ」

「流石はエクターね。まさか、新品以上になって戻って来るなんて」

 

 ユーリの手に収まる一本の槍。

 無骨で地味な印象が強く、過度な装飾は皆無。

 されど、名工であるエクターの手によって直された。心なしかその姿は輝いて見える。

 

 軽く槍を振る。

 空を切り裂く音が微かに耳朶を打つ。

 

「何も問題ないわ。直してくれてありがとう」

「礼など構わん。儂は只、依頼をこなしただけだからな」

 

 目的は果たした。

 エクターに改めて礼を言った後、自宅に戻ろうとする。

 

「ああ、ちょっと待て」

「どうかしたのかしら? もしかして、以前に直した扉の調子が悪かった? 完璧に直したつもりだったけれど、何処かで不備が発生してしまったかしら?」

 

 背中越しに声を掛けられて足を止める。

 首を動かし、エクターの方を向く。僅かながら真白の髪が揺れる。

 

「違う。実は少し前にコレを貰ったんだが、生憎儂はこんなものは使わん。なんでも、グロスターで話題になっている高価な品らしいが、倉庫で腐らせるには勿体ないと思ってな」

 

 エクターが渡して来たのは、白い箱。

 受け取り、蓋を開けてみる。

 

 中に入っていたのは、使用用途不明の品々ばかり。色とりどりな事は分かるのだが、ユーリにとっては馴染みのない物だ。

 何なんだこれは? と、思わず眉をひそめてしまう。

 

「化粧道具らしい。何でも、女が自身の見た目を奇麗にする為に使う物だとか? 儂は男だし、自分を奇麗にするなんぞに興味はない。少なくとも、女であるお前が使った方が、まだこの化粧道具たちも浮かばれる事だろう」

 

「使用用途については分かったけど、私が使う必要はある? 私は十分に奇麗だと思うのだけれど」

 

 端的に言ってユーリは美人だ。

 雪化粧のように白く、艶やかな髪。顔のパーツ1つ1つが整えられている、端正な顔立ち。血を閉じ込めたような真っ赤な瞳は、見つめ続ければ吸い込まれてしまいそうな程の魔性を放っている。

 

 本来であれば、鼻に付くような自慢。しかし、ユーリ程の美人が口にするのであれば、それは絶対的な事実を知らしめているも同然だ。

 化粧道具を使用した所で、大きな変化は生じたりしない。

 

「……だったら、まあ、お前の娘にでも使え」

 

 何か言いたそうにして、けれど言いたかった事を飲み込み、化粧道具の別の使い道を提示するエクター。

 

 裏を返せば、ユーリの娘であるアルトリア。

 金色のアホ毛と、余りの猪突猛進ぶりから魔猪の氏族と呼ばれる彼女は、余り美人ではないという事だ。

 

 仮に本人がこの場で化粧道具の話を聞いていれば「なんだと!?」と、エクターのノンデリカシーな発言に憤慨し『選定の杖』や自身の拳を振るい、エクターの頭をポカポカと殴っていた事だろう。

 

(白粉みたいなものかしら? 私は別段興味はないけれど、誰かに使ってみるというのは面白そうかもしれないわね)

 

 断ろうか、とも思ったが何か良い使い道があるかもしれない。

 

「それじゃあ有難く受け取っておくわ」

「ああ。もしもその槍で、何か気になる事が有ればまた来い。後、化粧道具を娘に使ったとしても止めたりしないが程々にしておけよ」

 

 化粧道具を受け取った後、今度こそユーリは自身の家に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

「アルトリア。化粧をするわよ」

 

 早朝。

 目が覚め、顔を洗い、朝食を食べ終わったアルトリアに告げられた一言。

 

 アルトリアの目の前に立ちはだかるのは、白い箱とその中の一部を手に持ったユーリ。

 ――嫌な予感がする。

 

『妖精の眼』によって、ユーリが一体何を考えているのか読み取る。が、読み取れない。厳密に言うので有ればユーリの心の中を覗く事は出来た。しかし、意味の分からない文字の羅列や、アルトリアの頭では到底理解する事の出来ない映像。

 

 意味が分からないのだから、読み取れていないも同然だ。

 兎にも角にも、関わったら不味い事だけは理解した。

 

「ごめん! 今日は魔術の練習で忙しいから!」

 

 自身の師であるマーリンと共に行う魔術の練習を出汁にして、即座にその場から逃げ出そうとするアルトリア。

 肩をガシッと掴まれる。

 振りほどこうとするが、万力の如く強く掴まれており、全くもって振りほどけない。

 

「一体、何処に行こうというのかしら? 私が手ずから貴方に化粧を施してあげよう、と言っているにも関わらず、逃げる理由が何処に存在しているというの?」

 

「嫌だぁ!? 絶対、何か良くない事が起きるに決まってる! 多分、最終的に私が酷い目に遭う奴だから! 絶対に嫌だ!」

 

 必死に藻掻き、拘束から逃れようとするアルトリア。

 だが、アルトリアは無力だった。

 

 哀れ引きずられてしまい、半ば強制的に化粧を施されてしまう事になる。

 それから、一体どれ程の時間が経過したのか。

 

「……あの、お母さん。鏡とかないの? 何をされたのか分からなくて、一度自分の顔を見ておきたいんだけど」

「残念ながら最近壊してしまったから無いわ。諦めなさい」

「また壊したの!?」

 

 ユーリは定期的に鏡を壊してしまう。

 別に、彼女が癇癪持ちと言う訳ではない。

 

 原因は良く分からないものの、ちょっとした出来事を引き金として鏡が壊れてしまうのだ。うっかりぶつかってしまい床に落とす。誤って投げた石が鏡を割る。アルトリアが口を滑らせてしまい、ユーリに怒られている最中に割れる。

 

 エトセトラ、エトセトラ。

 2人が住まう自宅において、一年ももった鏡は存在していない。

 

 ある種の鏡キラーとも呼べる、曰く付きの物件なのだ。否、物件と言うよりもアルトリアとユーリの2人に鏡特攻が付与されているのかもしれないが。

 

「問題はない筈よ。この化粧、と呼ばれる代物は女性を奇麗にする為の道具と言っていたから。私なり、貴方が奇麗になれるように手を尽くしたつもりよ」

 

「とても不安だ……! というか、それって遠回しに私の事を不細工って言ってるよね!?」

 

「さて。暇つぶしのお陰で丁度良い時間になったし、私はそろそろ直った槍の具合を確かめに行ってくるわ。留守番は任せたわよ」

「暇潰し! 今、暇潰しって言った!」

 

 娘に対する愛情は存在していないのか!? というアルトリアの抗議を意図的に無視するユーリ。槍を手に「行ってきます」と一方的に言った後、外に出るユーリ。

 

「お母さんの馬鹿!」

 

 アルトリア1人だけになった室内。

 彼女の悲痛な叫びが、僅かながら木霊するのだった。

 

「後、ついでに壊れた鏡も買って来てよ!」

 

 既に扉はしまっている為、本人の耳には届かない。

 それでもアルトリアは懸命に叫ぶのだった。

 

 出来る事なら、ここで小一時間ユーリに対する愚痴や悪口を口にしたい所。しかし、時間は有限。ユーリの悪口を口にした所で、本人の耳に届いてしまえば地獄が待っている事は確実。

 

 だったら、この悔しさをバネにしてより一層魔術の練習に打ち込んだ方が効率的と言うものだ。

 

「という訳だからマーリン! 今日も魔術の練習をするよ!」

「そんなに大きな声を出さなくても……って、アルトリア!? 一体、どうしたんだい!? その、顔は!」

 

 壁に立てかけていた『選定の杖』を手に取り、意気揚々と叫ぶアルトリア。

『選定の杖』から聞えて来るのは、やや胡散臭い雰囲気を漂わせた男性の声。声の主は花の魔術師と呼ばれているマーリン。

 

『選定の杖』を介してアルトリアを連絡を取っており、声のみしか届かないがアルトリアの魔術の師匠も務めている。

 普段は余裕そうな声をしているが、今日は余裕が無さそうだった。

 

 まるで、楽しいピクニックに来たつもりだったのに、道中で凶悪な獣に出くわしてしまった! とでも言いたげな反応だ。

 

「え? 私の顔が……ハッ。まさかお母さん、娘の顔に対して悪戯をしたな! くそぅ! だから嫌だったのに! 絶対、変な事になるから!」

 

 マーリンの驚き様から見て恐らくはとんでもない仕上がりに違いない。

 若干、自分の顔にどのような化粧が施されたのか気にならない訳ではないものの、化粧を落としてしまった方が良い。

 

 テーブルに置かれていた布を手に取り、乱雑に自身の顔を拭く。力を入れて、ゴシゴシと。少し顔が痛くなったが、コレで化粧は確実に落ちた筈だ。

 

「どう? マーリン。私のお化粧は落ちてる?」

「…………その、大変言いにくい事なんだが、アルトリア。君に施された化粧は落ちてないようだ」

「どうして!?」

 

 その時、アルトリアはユーリが言っていた事を思い出す。

 ユーリが持って来た化粧品はグロスターで人気の品。だとするのであれば、只の化粧品とは考えづらい。

 

 恐らくは何らかの仕掛けが施されており、それが原因で化粧を落とす事が出来なくなってしまっているのだろう。

 

「一体、どうすれば……!」

 

 ユーリが何かをした、とは考えない。

 彼女は魔術方面に対しての知識は疎く、妖精が扱う魔法に対しても不得手だ。恐らくは、普通の化粧品と思って使ったのだろう。

 

「でもそうだったとしたら、どうやって化粧を落とせば良いの!? マーリン! マーリン魔術で何とかしてよ!」

 

「残念ながら、マーリン魔術は素晴らしい魔術ではあるが、そんな素晴らしい魔術でも出来る事と出来ない事が存在している。そして、君の顔に施されてしまった化粧を落とすのは出来ない事に分類されているんだ」

 

 終わった。

 この先、どうすれば良いんだ。

 戻って来たユーリに聞いた所で、きっと本人は分からない。

 

 最悪の場合、ユーリが施した化粧と共に生きて行かなければならない。軽く想像しただけでも、アルトリアの胃に甚大なダメージを与えて来る。

 

 普通に嫌だ。

 なんとかして、この化粧を落とさなければいけない。

 

「……正直に言えば、この方法を君に進めたくはなかった。しかし、君に施されてしまった化粧は早めに落とした方が良い」

「やっぱり、今の私の顔って怖いんだ」

 

 マーリンの言葉に少なからずショックを受けるアルトリア。彼女が落ち込んで見せると、彼女の頭頂部に生えているアホ毛も落ち込むような素振りを見せる。

 

「村の皆を頼ってみたらどうだい?」

「え!? 村の皆を!? いや、無理だよ! 多分、助けてくれない」

 

 アルトリアが住んでいる家は、ティンタジェルと呼ばれる村から少し離れた場所に建っている。

 ティンタジェルは小さい村ながらも、幾人もの妖精達が住んでいる。その殆どが、アルトリアでは行使する事の出来ない魔法を扱う事が出来る。

 

 つまり、魔術しか行使する事の出来ないアルトリアの完全上位互換。

 いずれ妖精達全てを救うと言われている『予言の子』と言う大層な肩書を持っているものの、その肩書に見合うだけの強さを手に入れられていない。

 

 完全に肩書に押しつぶされてしまっている形だ。

『予言の子』と言った所で、誰も頭の中でアルトリアの顔を想像する者は居ない。

 

 そして『予言の子』と言う肩書を持ち、本来の妖精とは異なる場所で生まれてきたアルトリアは、村に住む妖精達から嫌われてしまっている。

 

 例外はアルトリアを引き取ってくれたユーリと、漂流岬に住む鍛冶師のエクター。マーリンは妖精なのかそうじゃ無いのか分からないが、まあカウントしても問題はないだろう。

 

 だからこそ、アルトリアが村の皆に助けを求めるのは難しい。仮に助けて下さい、と真摯にお願いした所で、表面上は優しく接してくれたとしてもその実、内心ではアルトリアの事を見下しているか、何か良からぬことを考えているに違いない。

 

 普通なら分からないのかもしれないが、他者の心を覗く事が出来る『妖精眼』を持つアルトリアは嫌でも分かってしまう。

 

「アルトリア。君の言っている事は正しい。だが、現状は手詰まりだ。最悪の場合、ずっとそのままかもしれないという可能性を鑑みれば、行動した方が良いと私は思うよ。……それに、ずっとその化粧のままと言うのも何と言うか……今の話は忘れて欲しい」

 

「私は一体、何をされたの!? 鏡が見たい! 一体、どんな事をされたのか気になる! でも、少しだけ見たくないって言う気持ちもある!」

 

 こんな事をしでかした元凶であるユーリには、必ず一発パンチを食らわせねばなるまい。そう決意して、アルトリアは村へ向かう事を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、流石に顔を晒して村に行くとかできないよね」

 

 ユーリがアルトリアの顔にどんな化粧を施したのかは不明。

 マーリンの反応を見る限り、良くない感じなのは何となく想像が付いてしまう。その為、フードで顔を隠してティンタジェルにやって来た。

 

 尤も、アルトリアの格好は傍目に見ても不審者同然。

 露骨なまでに顔を隠してしまっているのだから、不審な視線を向けられてしまうのも仕方がない。

 

『選定の杖』を持っていると自身の正体がバレてしまう為、布や縄を使ってぐるぐる巻きにして分からない様にしている。

 それでもマーリンとの会話は可能だ。

 

「誰か心当たりとかある? 私の正体がバレてしまうと面倒くさい事になっちゃうけど、今はお母さんが施した化粧を如何にかしたい。本当に、一体、どんな風にしたのかとても気になる所ではあるけど、それよりも先に落としたい。後、お母さんは後でパンチする」

 

「アルトリアの考えている事に反対はしないが、彼女を殴るのだけは止めておいた方が良いと思うよ。ほぼ、確実に返り討ちに遭ってしまうから」

 

 薄緑色の瞳に闘志を燃やすアルトリア。

 そんな彼女に対して苦笑しつつも、マーリンはアルトリアの行動を諫める。

 

「……うーん、ここはやっぱり化粧品に詳しい人物を当たった方が良いかもしれないね。だが、この村は小さい上に、住人だって裕福とは言えない。そう考えると、案外そんな妖精は存在していないという可能性も……」

 

「えぇ!? ソレは流石に困る!」

 

 一目見ただけで、変な反応をしてしまうアルトリアの化粧。

 出来る事なら迅速に片づけておきたい所だが、もしかすると難しいかもしれないというマーリンの意見。

 

 なるべく声を抑えていたが、思わず叫んでしまう。

 同時に風が吹く。

 激しい風に思わず目を閉じてしまう。

 

 予期せぬ事態が発生した。

 風力が、自身が予想していたよりも遥かに強かった。

 被っていたフードが捲れる。

 

 ヤバイ、と思った時には全てが終わってしまった。

 フードが外れ、アルトリアの素顔が露わになる。陽の光に照らされた、小麦畑のような金色の髪に、何処か弱々しくも強い決意を秘めている薄緑色の瞳。

 

 容姿は未だ幼さを残しているものの、数年後には誰もが息を呑む美少女に成長している筈だ。尤も、ユーリがアルトリアの顔に施してしまった化粧を落とす事が出来れば、の話にはなるのだが。

 

 アルトリアのフードが外れてしまった事により、その場にいた全ての妖精の注目を集める。並々と注がれる熱い視線。

 仮に視線で人を殺す事が出来るのだとすれば、今頃アルトリアの頭部は消え去ってしまっていた事だろう。

 

(ま、不味い……! 何か、言い訳を考えないと! でも、一体どうすれば? そもそも、何を言ったら良いの!?)

 

 現状を切り抜ける事に必死で、アルトリアは重要な事を見落としてしまっていた。

 ティンタジェルは小さく、閉鎖的な村だという事。

 

 住人の妖精達は排他的だという事。

 そして、アルトリアの顔に施された化粧は、初対面の人間であっても思わず顔を顰めたくなってしまう程に強烈だという事。

 

「……モ、モースだ」

「へ?」

 

 アルトリアを見つめていた妖精の内の1人。

 ポツリと、呟くように言う。

 呟きは、その場にいた妖精達に伝染。ヒソヒソとした話声は、瞬く間に喧騒へと変わって行ってしまう。

 

「な、なんなんだ!? あのモースは! 見た事もなければ、聞いた事もない!」

「見てよ! あの、気持ちの悪い顔を! 多分、新しいモースに違いないわ! 私たち、ここに居たら殺されてしまうわ!」

「逃げろ! モースにされてしまうぞ!」

 

 誤解を解こうとするアルトリア。

 それよりも先に、次々と叫び始める住人達。

 言い訳を口にする暇さえ与えてくれない。

 

 モースと呼ばれる存在は、妖精達にとっての天敵とも呼べる化け物。妖精達が繰り出す、大抵の魔法は効かない。

 

 おまけにモースに触れてしまえば、触れられた対象もモースへと変わってしまう。仮に、モースを大量の妖精が詰まった箱に放り投げようものならネズミ算式にモースの数は増えて行き、目を覆いたくなるような地獄が形成されてしまう事だろう。

 

 モースに対抗できるのは抵抗を持つ牙の氏族のみ。

 そして、ティンタジェルに牙の氏族は存在していない。

 

(いや、私の姿の何処をどう見て……って、お母さんが施した化粧が原因か!?)

 

 アルトリアの姿とモースの姿は明らかに似ても似つかない。それでも尚、村の住人達がアルトリアの事をモースと勘違いしてしまったのは、自身の理解が及ばない程に悍ましいからに他ならない。

 

 鏡が欲しい。

 一体、自分に何をしたのか?

 

「くっ魔法を使え! 効果は無くても足止めする事は出来る筈だ!」

「は? え? いやっ……ちょっ」

 

 逃げ惑う住民の中で、勇気を出してモースに抵抗しようとする妖精。掌から、メラメラと燃え盛る火球が姿を現す。

 アルトリアは弱い。

 

 妖精達が放つ魔法を食らってしまえば、即死せずともかなり大きなダメージを受けてしまう事は確実だ。

 おまけに、勇気ある妖精に続くように、足を止めて次々と魔法を放とうとする数名の妖精達。

 

 魔法が放たれる直前、アルトリアは慌てて建物の陰に身を隠す。

 同時に、先程までアルトリアが立っていた場所に無数の魔法が襲い掛かる。目も眩むような爆炎に、大質量の水を内包した水球が一気に弾ける。荒れ狂う風は周辺にあるもの全てを呑み込み、鼓膜を震わせる轟音。

 

 全てが即死級。

 1つ1つなら問題ないが、全てを一身に受けていればアルトリアは死体も残らずに焼き尽くされた挙句、砕け散り地面の肥料となっていた筈だ。

 

「不味い! 不味いよマーリン! このままだと死んじゃう! 化粧を落とす前に、死んじゃうよ!」

 

「確かにそのようだね。……だけど、申し訳ない。この窮地を脱する為のマーリン魔術は存在していないんだ。だが、君の師匠としてアドバイスを送る事は出来る」

 

「アドバイス?」

 

 マーリンは凄腕の魔術師だと聞いている。

 直接的な支援を期待する事は出来なくても、経験豊富なアドバイスによって事態を解決する為の糸口が見つかるかもしれない。

 内心で期待しながら、マーリンのアドバイスを待つ。

 

「いいかい。アルトリア。――死ぬ気で走るんだ!」

「マーリンに期待した私が馬鹿だった!」

 

 タイミング良く放たれた、魔法の第二射。

 余波を食らうだけでも、アルトリアにとっては辛い。

 

 こんな状況を齎してしまった元凶の母親に対する恨みつらみとは別に、不甲斐ない自身の師匠に対して暴言も吐きながら、急いでアルトリアはその場から逃げるのだった。

 

 

 

 一体、どれほどの時間が経過したのか分からない。

 唯一分かる事は、自身が絶体絶命の状況に陥っているという事。

 四方八方を囲まれた。

 コレでは逃げる事が出来ない。

 

「何なんだ? コイツ? モースにしては、弱すぎる気も……」

「そんな事はどうでもいいわよ! モースにしろ、何にしても、何をしてくるのか分かったものじゃない!」

「魔法もきくみたいだし、皆の力を合わせれば倒す事が出来るか?」

 

 逃げてしまったのが良くなかったのだろうか? 勇敢にも立ち向かった妖精達は、アルトリアが一向に反撃しなかった事もあって、嬉々として魔法を使ってきた。

 

 その結果こそが、今現在。

 何とかして言葉による対話を試みようとするが、全員目がギラギラとしており、アルトリアの声が耳に届いていないのは明白。

 

 そもそも、アルトリアとモースを本当に間違える事があるのかよ? と思わなくはないが、今更常識性をといた所で意味はない。

 

「マーリン。今からでも、如何にか出来るマーリン魔術ってある?」

「何とも都合の良い事に実は一つだけ、この状況を打破できる魔術があるんだ」

 

「え!? 本当に!? この絶望的な状況をなんとかできる魔術が本当に存在しているの!? 凄いじゃん!」

「自らを爆弾に変える事によって、周囲一帯を巻き込む爆弾魔術って言うんだけど」

 

「自爆じゃん! マーリンは、私に死ねって言う訳!?」

 

 掴んだ希望の糸は呆気なく切れてしまう。

 件の魔術を使えば、間違いなく周囲の妖精達を片付ける事が出来るだろう。しかし、自らを爆弾に変えてしまうのだから、当然アルトリアだって死ぬ。

 

 論外だ。自分の身を守る為に、危機的状況から逃げ出したいのに、自分自身を犠牲にして危機的状況に対処するなんて本末転倒だ。

 

(私、このまま死んじゃうの!?)

 

 アルトリアはギュッと目を瞑る。

 同時に、放たれる魔法。

 華奢な体躯は呆気なく吹き飛ばされ、強力な魔法を食らってしまう事によって粉々になってしまう。そんな未来を予想していた。

 

 しかし、幾ら待っても妖精達の魔法が放たれる事はない。

 何が起きた?

 ゆっくりと目を開く。眼前の光景を目にして、アルトリアは思わず目を見開く。

 

「……どう、して? こんな、所に?」

 

 アルトリアの周りを囲む妖精達。

 一体、どうやって現れたのか?

 何処か可愛らしいフォルムとは裏腹に、その全身は濁った闇色。目は仄かに赤く、血走っているようにも見える。

 

「――――――――――――――――!」

 

 奇声を上げる。

 おおよそ、生物とは思えない。錆びた金属同士を擦り合わせたような、酷く不快な鳴き声だ。

 

「……モースだ。モースが、現れたぞ!」

 

 ユーリの手によって、得体のしれない化粧を施されたアルトリアとは比べ物にならない。正真正銘の化け物。

 奇声をあげ終わった後、嬉々として他の妖精達に襲い掛かって来る。

 

 布と縄を解き『選定の杖』を手にしたアルトリア。モースと妖精の間に割って入り、魔術を行使する。

 放たれた火球はモースに直撃。

 

 しかし、モースは僅かに怯んだのみ。

 戦意が失われる事はない。

 寧ろ、耳触りな奇声を響かせて、より一層粗ぶっている風に感じられる。

 

「何してるの! 早く、逃げて!」

 

 アルトリアの顔を見て、僅かに……というか、隠しきれない程に顔を顰めていた妖精。しかし、アルトリアの言う事に従う形でその場から逃げ出す。

 

 そんな妖精を皮切りに、その場にいた妖精達は全員逃げ出す。

 この場に残ったのはアルトリア1人。

 妖精達がモースに襲われてしまった結果、モースが増殖してしまうという最悪の事態を回避する事が出来た。

 

 新たな問題は、アルトリアにターゲットが変更された事。

 逃げる素振りを少しでも見せれば、その隙にやられてしまう。

 

 アルトリアは『予言の子』だが、モースに変わらないなんて保証は何処にも存在しない。

 

「アルトリア。落ち着いて対処するんだ。相手はモースだが、数はたったの一体。攻撃方法だって単調だから、取り乱す事さえ無ければ凌ぎ切る事は出来る」

 

「それは、分かっているんだけど……!」

 

 失敗したら死んでしまう、と言っても過言ではない極限状態。普段は使い慣れている魔術さえも、発動が僅かに遅れてしまう。

 脳裏に「死」の一文字が過ってしまい、普段のように行動が出来ない。

 

 頭の中に僅かに空白が生じてしまう。

 それでもモースの攻撃を凌ぐ事は出来ていた。

 

 腕を鞭のように伸ばしての攻撃。前動作が分かり易い為、回避する事は難しくない。自身の体の一部から生み出しました、と言わんばかりに毒々しい色合いをした球を使っての遠距離攻撃。アルトリアの得意とする魔術で如何にか撃ち落す。

 

 このままではジリ貧。

 しかし、ある程度の対処は可能。何とか凌いで決定的な隙を狙う。

 アルトリアは戦いながら、自身の目標を設定する。が、結論から言うと彼女が目標を達成する事は出来なかった。

 

「そん、な」

 

 目を大きく見開き、心の声が思わず口から零れてしまう。

 アルトリアが戦っているモース。の背後に、新たなモースが現れる。

 二体目。

 

 アルトリアが今も尚、凌ぐ事が出来ているのはモースの数が一体だから。では、新たに二体目が追加されれば?

 

 手数は多くなり、回避や迎撃によって消耗される体力や魔力も増えてしまう。決定的な隙を見つける事も難しくなり、待っている結末は悲惨なものに変わる。

 

「このままじゃ不味い! 一体のモースでも手一杯なんだ。二体目のモースが現れてしまえば、絶望的だ! アルトリア。多少無理でも逃げるしかない!」

 

 マーリンの言っている事は正しい。

 しかし、二体のモース達を放っておく事が出来ないのも事実。

 

 アルトリアは『選定の杖』を強く握り締め、二体のモースの前に立ちはだかる。恐怖はある。自分もモースに変えられてしまったらどうしよう? という不安だって存在している。それでも、目の前に存在している脅威に対して見て見ぬが出来る程、アルトリアは物分りが良くない。

 

「ごめん。マーリン。でも、私は逃げたくない」

 

 ――予言の子。

 アルトリアのもう一つの名、と言っても過言ではない忌まわしき称号。いずれ全ての妖精を救ってくれる救世主様、という話だ。

 その話を聞いた時、アルトリアは思わず笑ってしまった。

 

「出来るわけないじゃん。無理、無理」

 

 彼女は自分自身に対して自信なんて持っていなかったし、予言の子と呼ばれるに相応しい実力だって秘められていない。

 だからこそ、アルトリアは否定する。否定してしまう。

 

 けれど、彼女は理解している。

 自分が予言の子なのだと。いずれは、使命を果たさなければいけない時が来てしまうのだと。

 

 分かっているから。理解しているから。逃げない。

 だって、自分が果たそうとしている使命からは逃げる事なんて出来ない。逃げれるから全てを投げ出してしまおうなんて、そんな考えをアルトリアは許容する事なんて出来なかった。

 

 魔力を込める。

『選定の杖』を介して、魔術が放たれる。

 本気の一撃は、しかしモースに直撃しても目に見えたダメージを与える事は出来ない。

 

 挫けてしまいそうになる。

 いっその事、全てを諦めて逃げ出したくなってしまいそうになる。

 でも、瞼を閉じれば見える。

 

 荒れ狂う吹雪の中、それでも空で輝く一つの星。見なければいいのに、ついつい見てしまう。あの星に手が届きたいから、走ってしまう。走って、走って、星を追って。

 

 果たして何が待っているのか分からない。

 それでも、もう足を止める事は出来ない。

 諦めることなんて出来ない。

 

「来なよ。モース。ここから先を、通す気はないから」

 

「良い口上だと思うわ。けれど、私が施した化粧とは合ってないかもしれないわね」

 

 アルトリアの言葉に対して評価を下す、聞き馴染みのある声。

 隣にいたのはユーリ。

 風が吹き、真白の髪がたなびく。

 

 赤色の瞳は二体のモースを見つめ続ける。

 妖精達にとってモースが天敵なのは周知の事実。しかし、ユーリの表情には一ミリの変化だって存在しない。

 

 能面のような無表情。

 即ち「無」だ。

 

「さて。とっとと終わらせるとしましょうか」

 

 ユーリは槍の真ん中あたりを強く握り締める。

 助走を付けた後、思い切り槍をぶん投げる。

 

 空を切り裂く音と共に吹っ飛ぶ槍。鋭い切っ先はモースの眉間をぶち抜く。体が傷ついた事により、耳触りな奇声を発しながら悶え苦しむモース。

 

 しかし、普通の生物とは体の構造が異なっているのか。そもそも、生物と言う枠組みから外れてしまっているのか、目に見えたダメージを与える事は出来たものの、未だ健在。

 

 ユーリの追撃は終わらない。

 モースが奇声をあげ、痛みに悶えている隙に距離を詰める。

 突き刺さった槍。露出している持ち手の部分を握り、力任せに引っ張る。モースの体内に刺さっていた槍が抜ける。

 

 刃先に付着したヘドロ状の液体を、軽く槍を振るう事で取り除く。

 一部がアルトリアの顔面に付着。

「ぎゃー!?」と、心の底から嫌そうな悲鳴を上げるアルトリアだったが、ユーリは大して気にも留めない。

 

 正面のモースに加えて、背後から回り込む二体目のモース。

 触手のように長い腕を伸ばし、二体同時に攻撃を仕掛ける。

 食らってしまえば、妖精はモースに変わってしまう恐れのある凶悪な攻撃。しかし、ユーリは妖精の振りをしているだけの人間。

 

 モースの攻撃に対して害はあっても、モース化する恐れはない。

 おまけに単調で軌道を読み易い。

 数が増えた所で、回避はさほど難しくはない。

 

 攻撃を仕掛けた事によって、モースは僅かに硬直する。

 その隙を突き、ユーリは再度槍で貫いたモースに攻撃を仕掛ける。何度も、何度も、攻撃を繰り出す。

 

「――――――――!」

 

 けたたましい奇声。されど、何処か苦しそうに感じられたのは、ソレが断末魔の叫び声だったからだろう。

 体を大きくのけ反らせたかと思えば、力無く倒れる。

 やがては、黒い霧となって姿を消す。

 

「……凄い」

 

 自身の顔に変な化粧を施した事。また、モースとの戦闘の最中にモースの体内から生成された液体を自身の顔面に付着させた事は許さないが、圧倒的ともいえるユーリの実力に思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 

 ユーリは自然体だ。

 負けてしまえばモースに変わってしまうかもしれない、なんて恐れを微塵も抱いている様子はない。

 

 普段と変わらず。まるで、日常生活において面倒な作業を片付けるような気軽さでモースを処理していく。

 一体目を倒し、今度は二体目。

 

 モースは闇色の球を放ち、ユーリに対して攻撃を仕掛けて来る。だが、ユーリはまるで球の進行方向でも分かっているのか、一発も被弾する事無く距離を詰める。

 

 触手の様な腕で攻撃を仕掛ける――前に、槍を振るって腕を切り裂く。

 切り裂かれるとは思っていなかったのか、刹那、モースの動きが鈍る。ソレを見逃す程、ユーリは愚かでは無い。

 

「これでお終いね」

 

 槍を使っての一突き。

 一体目のモースと同様に、断末魔の悲鳴を上げながら二体目のモースも事切れる。糸の切れた操り人形のように、クタッと力なく倒れ、やがては黒い霧となってその姿が消える。

 

「さて。何とか片付いたかしら?」

 

 周囲にモースの残党が居ない事を確認した後、アルトリアに近づく。

 

「モースがやって来た、という話を聞いて来たからここまで来た訳だけど、貴方は一体何をしていたのかしら?」

 

「お母さんが原因だよ! お母さんが、こんな化粧を施さなければ、ここまで事態は大きくならなかったよ!」

 

 とは言え、ユーリが聞いたモースの件は恐らくアルトリアに相違ないだろう。

 アルトリアが騒動を起こしてしまった結果、本物のモースが現れた時に、ユーリが助けに来てくれた。

 

 巡り巡って、ユーリが施してくれた化粧のお陰、と言えなくも無いのかもしれないが如何にも釈然としない。

 

「というか、どうしてこんな場所にモースが現れたの?」

 

 村の近辺にモースが姿を現すなんて、滅多に起こる事では無い。

 モースが発生する要因は、自身の果たす目的を失ってしまった妖精が絶望に絶望を重ねてしまった、所謂なれの果て。

 

 理論上、全ての妖精はモースになる可能性が存在している。しかし、一体だけならまだしも、二体もモースが出現した。

 コレはもしかすると、何か良くない前兆なのかもしれない。

 

「ああ、そう言えば頼まれた物を持って来たわよ」

 

「へ? 頼まれた物?」

 

 一瞬、何の事か分からずに首を傾げてしまう。

 ユーリから手渡されたソレを見て思い出す。渡されたのは一枚の鏡。アルトリアは、ユーリが施した化粧がどんな感じに仕上がっているのか見る事が出来なかった為、ユーリにお願いをしていた。

 

 ユーリが外に出かけた時。扉が閉まって、暫くした後にお願いをしたが、まさか聞こえていたとは。

 ユーリの地獄耳に、思わず内心で戦慄してしまう。

 

 何はともあれ、目的の品であった鏡。

 アルトリアは早速鏡を手に取り、自身の顔を見る。

 白い顔。しかし、赤い太線のような物が血管のように張り巡らされている。目の周りにも赤い縁取りが施されている。

 

 白い顔に、赤い曲線。加えて、目の周りの赤い縁取り。

 この二つによって、アルトリアの顔面の圧は凄まじい物に変わっていた。

 

「な、何じゃこりゃぁ!?」

 

 予想外過ぎる化粧の出来に、思わずひっくり返ってしまうアルトリア。

 

(……確かに、こんな顔だったら皆怖がるに決まってるじゃん!)

 

 ひっくり返った拍子に、偶然地面に落ちてた石に頭部がぶつかる。恐らく、モースとの戦闘時の余波で色々めちゃくちゃになってしまったのが原因だろう。

 

「ぐぇっ!?」

 

 アルトリアは到底、花も恥じらう乙女が出してはいけない苦悶の声を漏らしながら、その場で気絶してしまうのだった。

 余談だが、その後アルトリアに施された化粧は何とか消す事が出来た。

 

 驚きだったのは、ユーリ自身はアルトリアに対して嫌がらせを行うつもりは無く、只々善意で施したという事実。

 アルトリアは怖いと感じたが、ユーリにとってはかっこいいという認識だったのだろう。

 

 偶に、ユーリの価値観には驚かされてしまう事がある。

 この人、本当に妖精なのかな?

 

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