星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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 始まりは、ほんの些細な切っ掛けだった。

 テーブルの上に並べられた朝食。

 ラインナップは普段と変わらない。

 

 森の中で獲って来た木の実や果物や食べられる野草にキノコ。他にも、畑で獲れた品々も並ぶ事がある。

 尚、畑で植えている物は時期によって異なっている為、時期によっては豪華になったり貧相になったりする。

 

 アルトリアの分、ユーリの分。

 

「……あれ?」

 

 互いの朝食を見比べた後、アルトリアは疑問を覚える。

 

「お母さん。お母さんの方が朝食の量多くない?」

 

 認めたくはないが、アルトリアは食いしん坊だ。ご飯を食べる時は、出来る事ならお腹一杯食べたい。

 未だ、アルトリアは10代の少女。

 

 育ち盛りの時期だ。

 だからこそ、自身の成長を促す為に食事の量を増やす事は急務。

 とは言え、アルトリアの朝食の量もそれなりに多い。対して、ユーリの朝食の量はアルトリアよりも少し多い程度。

 

 別段、気にせずとも問題ない差異ではあったが、その事実に気が付いてしまうのは食いしん坊故の性とでもいうべきなのだろうか。

 

「当然でしょう? ここにある品の大半は私がとって来た物なのだから。食事の量は私が自由にしても問題はないわ」

 

 アルトリアによる、口と視線の抗議。

 しかし、傍若無人の権化と言っても過言ではないユーリの前では無意味だ。

 本人は無表情と淡々とした口調で、アルトリアの抗議を一蹴する。

 

「そもそも、アルトリア。貴方は食べ過ぎよ。目を離せば、ついついと食べ過ぎてしまう悪癖。まずは、そこら辺を如何にかしなさい」

 

「ムッ。別に良いじゃん。私は育ち盛りなんだし、沢山食べても問題ないから!」

 

「限度と言うものがあるわ。育ち盛りを免罪符にして、食べ過ぎて太ってしまったらよくないわ。というか、貴方の方も十分に多いでしょう? 我慢しなさい」

 

 ユーリの言っている事は正論だ。

 普段のような、横暴とも呼べる理論展開で有れば嬉々として歯向かう事が出来る。しかし、ユーリの言っている事は正しい。

 

 が、納得も出来ない。

 何故なら、アルトリアは沢山食べたいから。

 ここで一つ名案を思い付く。

 

「……確かにお母さんの言っている事は正しいと思う。でも、私は納得できない。だから、朝ごはんを食べ終わった後、勝負しない?」

 

「勝負、かしら?」

 

 果物を齧り、小刻みに咀嚼しつつ、首を傾げるユーリ。

 

「そう。勝負。実は前々から、勝負事にうってつけの遊びを考えてたんだ」

 

 ユーリが相手では、アルトリアに勝つ事は出来ない。

 知力。武力。瞬発力。制圧力。

 全てがアルトリアよりも上。

 

 しかし、それらは全てスタートラインが異なっているから。アルトリアが走り出すよりも先に、ユーリが走り始めてしまっているからに他ならない。

 

 だからこそ勝つ事が出来ない。

 

(だったら私が有利な状況を作ってしまえば良い)

 

 アルトリアの提案を聞きつつ、齧った果物の咀嚼を繰り返していたユーリ。ゴクン、と飲み込むと同時に答える。

 

「分かったわ。後で、ルールを聞かせてなさい」

 

(よしっ。かかった!)

 

 アルトリアは自身の勝利を確信し、内心でガッツポーズを行うのだった。

 

 

 

 朝食を食べ終えた後、外に出た2人。

 家の周囲は草や木が切り倒されており、開けた場所になっており思い切り走ったとしても問題の無い遊び場のようなものだ。

 

 遊具を幾つか作れば即席の公園になるのかもしれないが、遊ぶのはアルトリアただ一人。それも、成長してしまえばいずれは遊ばなくなってしまう為、遊具を作成する事はなかった。

 

 一体、何処から持って来たのか。木を削って作られた、膝丈位の大きさをした太めの棒が10本。それらをアルトリアは並べていく。

 横に一本ずつ並べるのではなく三角形の形になるように。

 

「それで、肝心の勝負の内容は」

 

「さっき、私があそこに幾つかの木を置いたでしょ?」

 

 並べ終えた後、ユーリのもとへと戻るアルトリア。

 少し離れた場所においた、10本の木の棒たちを指差す。

 蔓や蔦。花などで編まれたボールを取り出す。

 

「コレから互いにこのボールを投げて、木を倒すの。で、倒した木の本数で互いに競い合うの。因みに、倒した木の本数が多ければ多い程、有利だから。頑張って、全部倒せるように頑張ってね!」

 

 その後も、詳しい説明が行われる。

 アルトリアの考案したゲームは実に単純明快。

 

 1試合、10回まで勝負が行われる。その間に、倒した木の枝の数が多かった方の勝ち。互いに交互にボールを投げていくが、当然狙いが外れてしまい木の枝を倒す事が出来ない場合もある。その時の点数はゼロ。

 

 逆に、全ての木の枝を倒す事が出来れば高得点が期待出来る。

 意気揚々と説明を行うアルトリア。

 もしも仮に、現代社会の知識を持つ者がアルトリアの話を聞いていれば、間違いなくこう思った事だろう。

 

 これは間違いなく、ボーリングだと。

 専用のレーンが舗装されていなかったり、自分の手番ごとに二回ではなく一回のみしかボールを投げる事が出来ない、という異なる点は存在しているものの、ソレは間違いなくボーリングと呼ばれる一種のスポーツだった。

 

 尤も、仕組み自体は簡単である為、さほど画期的と言う訳ではない。

 恐竜が住まう世界において、サッカーが国民的なスポーツに発展した、という例も存在している訳だし。

 

「と言う訳で、ルールはこんな感じ。どう、分かった?」

 

「ええ。ルールは凡そ把握出来たわ。ソレで、アルトリア。貴方がコレに勝った場合は、朝食の量を増やして欲しいというのがお願いだったわね?」

 

「うん」

 

 アルトリアの目的は正しくソレだ。

 もう少し沢山ご飯を食べたい。

 

「私が勝利した場合は……どうしようかしら?」

 

「え?」

 

 予想外の言葉に、思わず声が出てしまう。

 赤色の双眸がアルトリアをじっと見つめる。

 

「これは勝負なのだから、当然でしょう? 私も貴方に要求する願いが無ければフェアじゃない。……とは言え、何も思いつかないから後で考えましょう」

 

 もしも負けてしまったら、どうなるんだろう?

 嫌な考えが脳裏を過る。

 額から嫌な汗がダラダラと流れ始める。

 アルトリアの感情に呼応するように、アホ毛もガクガクブルブルと震え出す。

 

(いいや、まだだ。お母さんは初めてだけど、私は何度も遊んだ事がある。得意な遊びと言っても過言じゃない。つまり、私の勝つ確率の方が高い!)

 

 挫けそうになる心を奮い立たせ、アルトリアは勝負に臨む。

 ユーリ対アルトリア。

 2人の戦いが、今、幕を開ける。

 それから数十分後。

 

「……そんな、馬鹿な」

 

 地面に膝を付き、項垂れてしまうユーリ。

 普段は変わらない表情が、珍しく変化する。

 赤色の瞳を大きく見開きながら愕然とする。

 

 勝負の結果はアルトリアの圧勝。

 ボロ負け、とは言わないものの2人の間に生じてしまった点数差を埋める事が出来なかった。

 

 主な原因として考えられるのは、使用されるボールがアルトリアの自前と言うのが大きい。蔓や蔦や花を編んで作られた簡易的なボールは、僅かなそよ風が当たっただけでも進む方向が変わってしまう。

 

 おまけに力加減を調節しなければ、並べられた木の枝を倒す事もままならない。

 ボールの進行方向の予測と、全てを倒しきる為の絶妙な力加減。この二つは、はじめたての初心者にとっては難しい事この上ない。

 

 対するアルトリアは時々遊んでいる為、この二つに慣れている。だからこそ、アルトリアはユーリに勝負を挑んだのだ。

 初めてのユーリに比べて、前々から練習していた自分には絶対的なアドバンテージがある事を理解していたから。

 

「やった! 私、本当にお母さんに勝つ事が出来たんだ! わーい! やったー!」

 

 勝算はあった。

 しかし、本当に勝つ事が出来るのか分からなかった。

 もしかしたら、自身が持つアドバンテージなど通用しない程に、ユーリが無双してしまうのでは? という懸念もあった。

 

 だが、勝負の結果は見事アルトリアの勝利。

 コレで今日からご飯の量が多くなるが、それよりも先にユーリに勝利する事が出来た嬉しさで胸が一杯だった。

 

 多分、日頃理不尽な理由で怒られたり、嫌がらせをされ続けたストレスも溜まっていたのだろう。

 「わーい、わーい」と喜びながら、嬉しくてジャンプをする。

 

 項垂れていたユーリが立ち上がる。

 顔は伏せている為、どんな表情を浮かべているのか分からない。

 しかし、ユーリの手は拳を強く握り締められている。

 

 アルトリアとの勝負に敗北した事が、途轍もなく悔しかったのだろう。

 もしかすると、負けてしまった腹いせにアルトリアに暴力を振るって来るかもしれない。

 

(いや、流石にそこまでする!? 一応、勝負は勝負だけど、所詮はお遊びの範疇じゃん! ……でも、勝負は勝負な訳だし)

 

『妖精眼』を使い、ユーリの心の中を覗く。

 ユーリの心の中は、荒れ狂うような激情の波に飲まれていた。1つ1つがどの様な感情なのか、詳しく精査する暇はない。

 

 しかし、ユーリがアルトリアに敗北した事を悔しがっているのは分かった。

 また、勝負に負けてしまったからと言って、アルトリアに暴力を振るったりしない事も分かった。

 

 覗き見た限り、ユーリの怒りの矛先は全て自分だった。

 

「……それで、今日から朝食の量を多くすれば良い、だったわね?」

 

「あ、他のご飯の時も量って多く出来たりする?」

 

 一度、大きく息を吸った後、深く息を吐くユーリ。

 自身の中で渦巻く激情を外に吐き出すようにして、落ち着きを取り戻す。

 要求の再確認に乗じて、新たな要求を追加するアルトリア。

 

「分かったわ」

 

 何か言いたそうな目でアルトリアを見るが、結局何も言う事はなく、アルトリアの要求を呑むユーリ。

 こうして、2人の勝負は幕を閉じた。

 

 

 

「成程。君と彼女が勝負を行って、見事に勝利をした、と」

 

「うん。そうなんだ。凄くない? 何時もはやられっぱなしの私だったけど、ようやく一矢報いる事が出来たんだから!」

 

 普段の日課。

 魔術の練習を行いつつ、アルトリアはマーリンに昨日起きた出来事を話す。

 

 とても嬉しい。

 何時かは消えてなくなってしまうのかもしれないが、今くらいはユーリに勝利した喜びを噛み締めたとしても問題は無いだろう。

 

 端的に言えば、アルトリアは調子に乗っていた。

 とは言っても態度が横暴になる訳ではない。

 

 単純に自己肯定感が上がり、自信がついた。それのみで有れば良かったのだが、例えユーリが相手であっても自身が考案したゲームで有れば勝利する事が出来る、という謎の自信もプラスαで追加されてしまった事により、若干鬱陶しく感じられる。

 

 アルトリアが考案したゲーム以外の勝利は、どれもこれもユーリに軍配が上がってしまう訳だが、アルトリア本人はその事実が頭の中からスッポリと抜けて居た。

 

 ユーリに勝利した事が嬉しく、アホ毛もピコピコと小刻みに動いて喜びを露わにしている。どうやって動かしているのだろうか?

 

「まあ、勝利の喜びを噛み締める事は何も問題じゃない。だが、アルトリア。師匠として、一つだけ助言をしておこうじゃないか」

 

「助言?」

 

『選定の杖』越しに聞こえて来る、マーリンの声音が変わる。

 普段の、おどけたような声音から一転。真剣そうな声音に。

 

「人が油断しているタイミングと言うのは幾つか存在している。その中でも、勝利した時は大いに油断してしまうのさ。勝負にしろ、試合にしろ、ゲームにしろ、試験にしろ、何せ一度終わってしまったからね。直ぐに次が来る、なんて誰も考えない。考えていないからこそ、隙が生まれてしまうんだ」

 

「…………」

 

 何を言っているのか。

 余り、よくは分からなかった。

 アルトリアに対するアドバイス。その筈だったのに、マーリンは他でもない自分自身に言い聞かせているようにも感じられた。

 

「とまあ、難しい事を言ってはみたものの、アルトリアが正しく理解する事が出来るのか、というのは別問題だったね。はっ、はっ、はっ。ゴメンよ、アルトリア」

 

「まず、私に対しての失礼な発言を謝れ!」

 

 仮にマーリンが目の前に居れば、アルトリアの拳は容赦なくマーリンの顔面をぶん殴っていた事だろう。

 

「私が言いたかった事は、勝利したからと言って油断するんじゃない、という事さ。ましてや、君が勝利したのは彼女だ。敗北したからと言って、素直に負けを認めるような性格もしてないと思うよ」

 

「言われてみれば確かに」

 

 ユーリがアルトリアに対して、再戦を申し込んで来る確率は高い。

 しかし、この勝負に関してのみは絶対的な自信が存在していた。

 

 アルトリアは幾度となく、このゲームに打ち込んできた。尚、一緒に遊ぶ友人など存在していない為、1人で行って来た。仮にティンタジェルにて友人を作った所で『妖精眼』があるせいで、表面上のみのお友達と言うのは嫌でも分かってしまう。

 

 仮に自分の腕前をランク付けするので有れば、上位に位置するA。

 数日。数か月程度の練習で、到達する事が出来るような腕前ではない。

 

「でも、私の勝利は揺るがないよ! わっはっはっ、少なくとも数か月位は私の天下だよ! 私の考えたゲームで勝負する限りは!」

 

「……いや、それ以外だったら確実に負けてしまう、という事実に気が付いた方が良いと思うよ」

 

 マーリンの指摘をアルトリアは聞かない。聞かなかった事にした。

 それからの数日は、何も起こらずに過ぎた。

 要求した通り、ご飯の数は多くなった。

 

 ユーリはアルトリアに敗北してしまった悔しさこそあるものの、ソレを引きずるような事はない。尤も、彼女の奇怪な行動は日常的に行われ、尚且つアルトリアが被害を被る事も一度や二度ではない。

 

 その為、もしかするとアルトリアに敗北してしまったという事実に対しての憂さ晴らしが行われた可能性もゼロではない。

 それでも何か大きなイベントが起きる事もなく、ゆるやかな日々が過ぎて行った。

 

「アルトリア。私ともう一度、勝負をしなさい」

 

 前回の勝負を半分忘れかけていた時。ユーリがボールと、幾本もの木の枝を抱えながらアルトリアに向かっていった。

 予想外の提案。

 

 アルトリアは数回程瞬きを行う。

 ユーリは本気だった。

 前の勝負とは違う。子供にねだられて仕方なく付き合う大人のような雰囲気はなく、本気で勝利を手に入れようとする真剣師。

 

 子供相手に、そこまで本気になれるのだろうか? 不意に思ってしまう。

 

「……もしかして、この勝負に勝ったら何かしらの要求とかのまないといけない感じ?」

 

 全身に纏う威圧感に、気圧される形で一歩退くアルトリア。

 問いかけに対して、ユーリは首を横に振る。

 

「いいえ。特に要求したい事もないから。私が求めている物は勝利よ。アルトリア。貴方に敗北してしまった後、私は練習に練習を重ねてきたの。全ては、貴方に勝つ為に」

 

 表情に大きな変化はない。

 しかし、赤色の瞳のその奥には、燃え滾るような闘志が。

 

(え? 私に負けた事が悔しくて、その後練習してたの?)

 

 勝負とは言っても、所詮はゲームの延長線上の話。

 負けてしまったからと言って、自身の娘に勝利する為に本気で練習を行っていた、というのは果たしてどうなのだろうか?

 

 母親のガチ具合。また、負けず嫌いすぎる執念に対して、若干引いてしまうアルトリア。というか、引いた。

 2歩、3歩、後ろに下がった。

 

 出来ればあまりやりたくはない。が、このゲームに関してだけは自分の方が強い、という自信とプライドが存在する。

 

「うん。分かった。やろう」

 

 アルトリアはユーリからの勝負の申し出を受けるのだった。

 

 家の外。

 三角の形を形成するように並べられた、10本の木の棒。から離れた場所で、ユーリとアルトリアは佇む。

 両者の手には、蔓や蔦や花で編まれたボールが握られている。

 

「ルールの形式は前回と同じで大丈夫だよね?」

 

「ええ。何も問題はないわ」

 

 早速、試合が開始される。

 前回の試合では、アルトリアが先行だった。今回も自身が先行して、ボールを投げようとする。しかし、ユーリに止められた。

 

「今日は私が最初で良いかしら?」

 

「……別に、構わないけど」

 

 アルトリアはユーリを目にした瞬間、嫌な予感を覚えてしまう。

 ある種の直感のようなもの。

 だが、アルトリアは常日頃から嫌な予感を覚える事が多かった。だからこそ、自身の抱いた直感を特に気にも留めない。

 

 ユーリがボールを手にして、思い切り投げる。

 地面と接しながら回転するボール。

 

 命中。

 並べられた10本の木の枝。全てを倒す。

 

「なっ!?」

 

 ストライク。

 空気抵抗を受けやすいボールに加えて、並べられた木の棒たちは太く、ちょっとやそっとの衝撃では倒れる事はない。

 

 にも関わらず、ユーリはいとも容易くストライクを取った。

 無論、アルトリアだってストライクを取れる。

 前回の勝負では全てストライクを取った。

 

 だが、あの勝負から僅か2、3か月程度。

 短い期間で、完全に物にしていた。

 

 一体、どれだけ厳しい訓練を積んできたのか? 想像が付かない。

 口を開け、呆然としているアルトリアにユーリは一言。

 

「何をしているの? 今度は、貴方の番でしょ?」

 

「え? ……あっ、そっか」

 

 ユーリに指摘されて気が付く。

 普段よりもボールが重い。

 投げ慣れている筈なのに、今日は上手く成功できるか自信がない。

 

(ッ……どうして? 私は何度もこのゲームで遊んで来た。私の方が、圧倒的に実力は上の筈なのに!)

 

 数か月前は、ユーリの方が下だった。

 だが、今は同等。

 或いはアルトリアを越えている可能性だって……。

 

 そこまで考えて、アルトリアは頭を振る。

 弱音を吐くのは駄目だ。

 今は、目の前に集中しよう。

 

 大きく息を吸って、吐く。アルトリアは自身の手に握られたボールを、思い切り投げる。ボールは回転して、木の枝10本。全てを倒す。

 ストライク。

 

 しかし、アルトリアに喜びはない。

 ユーリがストライクを出してしまっていたから、というのもあったし、きっとコレからは互いにストライクを出し合う事になると予感していたから。

 

 ストライクを出すなんて当たり前。

 この勝負は既に、互いの点数を競うのではなく、何方かがストライクを外してしまった時点で敗北が決定してしまうデスマッチ方式へと変わってしまっている。

 

 アルトリアとユーリ。

 両者、共にストライクを出し続ける。

 気付けば、呼吸が荒くなっている。

 

 心臓の鼓動は激しく、周囲に聞かれてしまうのではないかと言う程に大きい。

 流れる汗を、自身の腕を使って乱雑に拭う。

 

 既に10ゲームは終わっている。しかし、互いにストライクを取り続けている為、同点だ。

 当然、ユーリは引き分けと言う結果に納得できる筈がない。そこから先は、アルトリアが予想していた通り。

 

 何方かがストライクを逃してしまえば、敗北が確定するデスマッチ。

 ストライクは何度もとって来た。

 けれど、次もストライクをとれる保証なんて無い。

 

 ――もしも、ストライクを逃してしまったらどうしよう。

 

 脳裏に過る不安は、アルトリアの心臓を鷲掴みにする。冷静に判断が出来なくなってしまい、普段の調子を維持する事が出来ない。

 

「アルトリア。貴方には明確な弱点が存在しているわ。何なのか分かる?」

 

 息も絶え絶えな様子のアルトリアとは異なり、ユーリの表情に変化はない。恐れや不安などは一ミリも存在していない。

 

 立ち振る舞いは自然体。

 流麗な動作でボールを投げ、いとも容易くストライクを取る。

 

「貴方は緊張に弱いのよ。張りつめた空気に気圧されてしまう形で、貴方の弱い心が先走ってしまっている。失敗したらどうしよう、外してしまったらどうしよう、と言った具合に。そんな事を考えながら勝負に臨むなんて、精神的な負荷は計り知れないわ。――馬鹿じゃないの? 勝負を行う前から。ましてや勝負を行っている最中にそんな事を考えるなんて。貴方、本当に勝ちたいと思っているのかしら?」

 

 ぐうの音も出ない正論。

 ユーリが言った事は全て正しい。

 同時に、アルトリアの心までも見透かされてしまっていた。

 

 そんな事は分かっている、と正面切って叫ぶ事が出来ればどれだけ良かった事か。全ては事実で、無意識にネガティブな考えに囚われてしまっている。

 

 張り詰めた空気や緊張が苦手な上に、自分自身に対して自信がないせいで湧き上がってしまうネガティブな不安。

 一体、数か月前の勝負で見せた自信満々の姿は何処に行ってしまったのか。

 

「自分よりも下の相手で有れば実力を出す事が出来るけれど、自身と同等。或いは、それよりも上の相手だと全力を出す事が出来ない。まあ、自分に自信が無いのだから仕方がないかもしれないわね。けれど、アルトリア。貴方は何時か、ソレを克服しなければいけない。いいえ、何時かではないわ。今すぐに」

 

 アルトリアの手番。

 投げたボールは、立てられた棒を倒していく。だが、一本残ってしまった。ストライクを達成する事が出来なかった。

 

 対するユーリは、先程までと変わらない調子でボールを投げ、当然のようにストライクを取る。

 これにて、勝負はユーリの勝ちだ。

 

 自身が手にした勝利を喜ぶ素振りも見せず、手に持ったボールを指揮棒代わりアルトリアに突き付ける。

 

「貴方に一体、それが出来るかしら?」

 

「…………ごめん、なさい。分からない、です」

 

 今、ここで。自信をもって返事する事が出来たら、どれだけ良かった事か。しかし、いざ返答しようとした時。脳裏を過るのは、醜態を晒してしまう自信の姿。

 

 そんな姿を思い出して、一体どうして自信満々に返事をする事が出来るだろう。

 後ろめたさや気まずさから、顔を伏せてしまうアルトリア。彼女のアホ毛も力なく、くたっと倒れてしまう。

 

「甘えるな」

 

 顔を伏せるアルトリア。

 そんな彼女の後頭部目掛けて、ユーリのチョップが外れている。

 滅茶苦茶痛い。

 

 余りの痛さに、思わず顔を上げてしまう。目の端に涙を浮かべてしまう程だ。

 

「何、弱きな事を言っているのかしら? 貴方は仮にも、私の娘なのよ。返答は「はい」以外認める訳が無いに決まってるでしょう?」

 

「お、横暴だ!」

 

 そこは強く抱きしめて、アルトリアを優しく慰めてくれる展開では無いのだろうか? などと言った所で、ユーリが此方の思い通りに動いてくれる訳がない。

 

 アルトリアの返答に対して、失望した様に、呆れたように、溜息を吐くユーリ。

 

「取り敢えず、今すぐは勘弁してあげるわ。感謝なさい。……けれど、何時かは克服しなければいけない事よ。ソレは当然、理解しているわよね?」

 

「……はい」

 

 2度目の勝負。

 結果はユーリの勝利。

 

 悔しさよりも先に、どうすれば自分の欠点を克服する事が出来るのだろうか? という、疑問に囚われてしまう。

 答えは未だ見つからない。

 

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