星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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評価、感想、誤字報告ありがとうございます。

今回長めです。


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 家に村長がやって来た。

 ティンタジェルの住人が、村から少し離れたユーリとアルトリアの家にやって来る事は極めて珍しい。

 

 村長はユーリが『獣狩り』と言う役職についているが故に、時々依頼を持って来る事もあるのだが、それでも片手で数える程度。

 だからこそ、今回村長が来訪して来た理由も『獣狩り』の依頼だと思っていた。

 

 彼の口から告げられる、予想外の提案。

 思わず、オウム返ししてしまう。

 

「プリンセスフェス? 何かしら、その甘ったるくて胸やけと吐き気が同時に襲ってきそうな催し事は」

 

「何でも、グロスターにて開催されるお祭りらしい。主要な都市は当然として、妖精國中に存在している大小様々な村から選りすぐりの美少女を集め、誰が一番美しいのかコンテストを行うという話じゃ」

 

「それで、この子をプリンセスフェスに参加させたい、と」

 

 ユーリは、自身の隣に座っているアルトリアに視線をやる。

 陽の光によって輝く、小麦畑のような金色の髪。研摩された宝石のように、透き通った薄緑色の瞳。容姿は未だ幼さを残しているものの整っており、数年後には美人になる事が約束されている美貌の持ち主。

 

 アルトリアは間違いなく美少女と言っても差し支えない。

 仮に、自身が元居た世界に連れて行こうものなら、幾人もの武士や市民が彼女の存在を放っておかなかっただろう。

 

 或いは、不法入国を働いた罪人として幕府から追われる事になったかもしれないが。人も幕府も引き付けて離さない、という点においてアルトリアの美貌は他者とは一線を画すのかもしれない。

 

「貴方の言いたい事は分かったわ。けれど、最終的な決定はアルトリアにさせるべきね。アルトリア。貴方はどうしたいの?」

「え? いけるなら、それは行きたいけど……」

 

 少し考え込むような素振りを見せた後、アルトリアは答える。

 村から出て、別の場所に行く事が出来る、という喜びが半分。

 

 自分みたいなのが、フェスなんて大層な物に出場しても良いのだろうか? そもそも、ちゃんと参加する事が出来るのだろうか? という不安が半分。

 

(ふむ。まあ、行きたいという気持ちが僅かにでも存在するのであれば、のったとしても問題はないわね)

 

 アルトリアの胸中を、何となく察するユーリ。

 彼女自身、半ば忘れてしまっているもののアルトリアはいずれ全ての妖精を救うと言われている『予言の子』だ。

 

 それ故に、基本的にアルトリアをティンタジェルの外から出す事は許されていない。日常生活において、アルトリアに対して監視が行われている。

 

 アルトリアに軟禁生活を強いている元締め。

 ティンタジェルの長が、村の外に出ても良いと許可を出している。このチャンスに乗らない手は無い。

 

 フェスに対してのモチベーションが低い点は、グロスターに向かうまでに何とかしよう。プレッシャーに弱い事。ネガティブな思考に囚われてしまう事。この2つは、現時点でアルトリアが解決しなければいけない課題だ。

 

 出来る事なら、件のプリンセスフェスを通して克服してくれれば良いのだが……。

 

「決まりのようじゃな。それじゃあ、早速支度をしてくれ。急いで向かわなければ、グロスターまで間に合わなくなってしまうからね。支度が終わった後、儂と合流して一緒に行こうじゃないか」

 

「え?」

 

 自身に同行するのは村長。

 その事実を知り、思わず困惑した様に声を漏らすアルトリア。

 

「うん? 何か、気になる事でもあったのか?」

 

 アルトリアの気持ちを知ってか知らずか、不思議そうにしながら聞いて来る村長。

 アルトリアは優しい。

 

 ソレは良い方向に働く事も有れば、悪い時に働く事もある。きっと、アルトリアは自分の思っている事を口には出さない。口に出してしまえば、村長を傷付けてしまうと考えているのかもしれないし、自分が何を言った所で聞き入れてくれない、等とネガティブな考えに陥っているのかもしれない。

 

 が、そんな事はどうでも良い。アルトリアが村長に対してどんな風に思っていようと、ユーリには関係の無い話なのだから。

 

「待ちなさい。アルトリアの保護者である私が同行出来ない、というのは納得が行かないわ。ここは普通、私でしょう?」

 

 自分も一緒に行きたい、と主張するユーリ。

 村長は困った様な表情を浮かべる。

 

「勿論、君の気持ちも分からん訳ではない。しかし、君には『獣狩り』と言う大事な役割があるし、ソレにアルトリアはティンタジェルを代表してグロスターまで行くんだ。だったら、村の長である儂がいくのが一番良い」

 

 尤もらしい理論展開。

 仮に、ユーリが少女の頃で有れば不承不承ながらも納得したかもしれない。しかし、妖精國で数十年を過ごしたお陰で、自身の欲望に素直になる事が出来たユーリの前では、その様な理論展開など無意味だ。

 

「はぁ? 知らないわよ。私が行きたいと言ってるんだから、さっさと譲りなさい。それに、数日程度休んだ所で何の問題もないでしょう? 万が一、モースが現れたとしても別にこの村に未練とか特に無いし」

 

「お母さん!?」

 

 余りにも赤裸々すぎるユーリの告白。

 隣で、気まずそうに話を聞いていたアルトリアがとうとう我慢できなくなって声を上げる。

 

「言って良い事と悪い事があるでしょ! って言うか、村がなくなっても良いとか言っちゃ駄目だよ! 皆にはお世話に……お世話に、なっているかもしれないじゃん!」

 

 言い切ろうとして、結局言い切る事が出来なかったアルトリア。

 恐らく、彼女の脳裏には村の住人達が引き起こした、様々な醜態と言う名の事件の数々が過った事だろう。

 

「だって、私もグロスターに行ってみたいもの。暮らす分には余り不自由はしないけれど、その分他の村や街に行く切っ掛けがない。けれど、今回はいい機会だと思ったのよ。きっと、貴方もそうなのでしょう? アルトリア」

 

 首を動かし、自身の隣に座る娘の薄緑色の瞳と、自身の赤色の瞳を重ねるユーリ。

 

 何か反論を口にしようとして、しかし反論の言葉が見つからなかったのだろう。

 諦めるように、ガックシと顔を伏せる。

 

「ごめんなさい。村長さん。お母さんを説得する事が出来なかったので、後は村長さんに全てを任せても良いですか?」

 

「え? いや……ちょっ……」

 

 直感を使わずとも、ユーリとはなるべく会話をしたくないという心の声が透けて見えた。しかし容赦はしない。

 村長を言い負かす事が出来れば、晴れてユーリもグロスターに向かう事が出来る。

 

 丸々と太った獲物を前にした獣のように、舌を出して唇を舐めるユーリ。そんな仕草を目にして、村長は「ひっ!?」と短く悲鳴を漏らす。

 それから数十分後。

 

 ユーリの懇切丁寧な説得によって、アルトリアに同行する人物はユーリになる事が決定したのだった。

 尚、アルトリアは何も見ていない。

 

 何も見ていないし、聞いていないので、具体的に説得の内容がどんな感じだったのか分からない。思い出さない。

 

 

 

 

 

 

 ティンタジェルからグロスターまではかなりの距離がある。

 移動手段は主に馬車。もしくは、移動速度の速い妖精に乗せて貰い、目的地まで乗せて貰うのが普通だ。

 

 しかし、後者は金額が高い。

 ティンタジェルは貧乏と言っても差し支えのない村だ。

 

 幾らアルトリアを送り出してくれるとは言え、高い金を払ってくれる訳ではない。その為、幾つもの馬車を乗り継ぐ事によって、グロスターまで向かう。

 

「……やっと着いたね」

 

「ええ。まさか、ここまで長くなるなんて。思いもよらなかったわ」

 

 移動時間にして、約数日。

 流石に、24時間ぶっ通しで移動し続ける事など不可能である為、夜中になれば近くの村の宿に泊ったりもした。

 

 長時間、馬車に乗り続けるというのはキツイ。

 お陰で腰が痛い。

 腰を優しくさすりながらも、目的地であるグロスターを眺める。

 

「…………」

 

 先程まで体を蝕んでいた腰の痛みなど忘れ、目の前に広がる景色を目の当たりにして、思わず呆然としてしまう。

 これが大都市。

 

 馬車と馬車の中継地点として利用されていた村や街を眺める事は何度もあった。どれもこれも、ティンタジェルと異なり規模が大きかった上に、そこに住む妖精達の活気で溢れかえっていた。

 

 ここまで違うのか、と軽く観察しながら思っていたが、グロスターは違う。

 ティンタジェルとは比較する事さえも烏滸がましい。

 

 立ち並ぶ建物は、形や大きさは様々。舗装された通路をなぞるようにして、幾つもの建物が建っている。

 煌びやか。

 

 色とりどりの明かりに包まれている周囲一帯。

 心無しか、輝いているように見える。

 決してアルトリアの眼の錯覚などでは無いのだろう。

 

 おまけに、そこに住まう妖精達も自分達の様な田舎者とは違う。何と言うか、近寄りがたいオーラのような物を纏っていて、見ているだけで気恥ずかしさを感じてしまいそうになってしまう。

 

 ――私がこんな場所に居ても良いのかな?

 

 ネガティブな自分自身が顔を出す。

 今すぐ引き返して、ティンタジェルに戻った方が良いんじゃないのか? そもそも、こんな場所で開催される催し事に、自分が参加するなんてのが間違いだったんだ。どうせ、参加した所で碌な結果にならない事は分かっている。

 

 考えてはいけない、と自分自身に言い聞かせても。ネガティブな思考が尽きる事はない。どれだけ必死に押しとどめようとしても、僅かな隙間から顔を出してしまい、一気に膨れ上がってしまう。

 

 とうとう耐え切れなくなって、そのまま絶叫しながら逃げてしまおうか? なんて考え始めた時。

 

「私の話を聞いているのかしら?」

 

「へ? ……って、痛い! お母さん! とても痛いから! 私、何かした!?」

 

「母親の話を無視するとは、良い度胸じゃない。興奮して、聴力が低下してしまっているのかしら?」

 

「えっと、ごめんなさい。……何を話してたの?」

 

 アルトリアが素直に謝罪すると、彼女の頬を抓っていた手を離す。

 

「明日、私たちがココに来た目的であるプリンセス? フェス? が行われるのは理解しているわよね?」

 

 当然だ。

 目的を忘れる筈がない、とアルトリアはコクリと頷く。

 

「私自身、催し事に興味はないわ。けれど、出場するのであれば一番を目指さないと」

 

「え!?」

 

 唐突な目標設定。

 

 ましてや、序盤の序盤で敗退してしまうだろう、と思っていたアルトリアにとっては実現不可能と言っても差し支えのない目標だ。

 しかし、アルトリアの反応などお構いなしに話を続ける。

 

「けれど今のままでは優勝を狙う事は難しい。何故だか分かるかしら?」

 

「私に魅力がない、とか? それとも魔法じゃなくて、魔術を使っているから? それとも……」

 

 優勝できない要因。考えれば、幾らでも見つかる。見つかってしまう。今更、ソレを克服しようとした所で、本番は明日。

 間に合わないだろうし、克服する為の目途など立っていない。

 

「勘違いしないで」

 

 ユーリは人差し指を立てて、アルトリアに突き付ける。

 

「か、勘違い?」

 

 答え方を間違ってしまったのだろうか? もしかすると、額面通りに受け取るのではなく、何かしらの比喩か暗喩?

 内心で戸惑うアルトリアに対して、ユーリはとんでもない事を言う。

 

「貴方が今あげた欠点は全て、現時点では如何にもならない事に決まってるでしょう? 優勝を目指す為に、現状では如何にもならない所を挙げてどうするのかしら?」

 

「酷い! それが親が子に掛ける言葉なの!? もう少し、慰めの言葉とかないの!?」

 

「慰めの言葉? ハッ、少し前まで自身の欠点にも気付けなかった……いいえ、見て見ぬふりをして来た半端者が大層な事を言うようになったじゃない。傑作ね。私が言いたいのは、今すぐに変える事が出来る要素よ。それが何か分かるかしら? 考える時間なんてもう与えないわよ? 正解は服装。貴方のその、如何にも田舎から来ました、と言わんばかりの芋っぽい衣装を変える。少なくとも、コレを変えなければ優勝に手が届く事はないでしょうね」

 

 ユーリが指摘したのはアルトリアの服装。

 アルトリアの格好は、ユーリが言っていた通り。お世辞にも、流行の最先端であるグロスターには相応しくない。

 

 白を基調とした上下は、何処かモコモコとしており体のシルエットが膨らんでいる様に感じられる。装飾は一切なく、何とも味気がない。

 彼女が被っている帽子も同様で、お洒落の為に身に付けているというよりは防寒具としての側面の方が大きい。その為、デザイン性よりも機能性を重視した結果、へんてこな見た目になっている。

 

 未だ10代。花も恥じらう乙女にも関わらず、この様な格好では笑い者にされる事は必須。ユーリの言っていた通り、優勝など夢物語以外のなにものでもないだろう。

 

「と言う訳で、早速服屋に向かうわよ。少なくとも、貴方の来てる野暮ったい衣装よりも、幾分マシな服が揃っているでしょうし」

 

「え? お、お母さん! ちょっ、ちょっと待って! お金は? お金はどうするの? ここで買ったら、多分高くつくと思うけど!」

 

 お前の意見など知らん、とばかりにアルトリアの手首を掴み、適当な服屋へ向かおうとするアルトリア。

 グロスターに住まう住人達からは好奇の視線を向けられる。

 

 恥ずかしくて、色白な肌を若干朱色に染めながら、金銭面の不安を吐露する。

 

「心配いらないわ。『獣狩り』の仕事で貰ったお金は余り使っていないから。貯え自体はそれなりにあるの。森が近くにあって、必要な物を自力で揃える事が出来ていたのも大きかったかもしれないわね」

 

「ぐおおお! まさか、自給自足の生活がここで裏目に出るなんて!」

 

 必死に抵抗したものの、腕力でユーリに勝てる訳もなく、アルトリアは適当な服屋に連れ込まれてしまう。

 

 そこから先は、アルトリアを使ったファッションショーの始まりだ。

 最初こそ、無難で普通の見た目をした衣服ばかりだったが、次第に見た目が怪しくなったり、変な機能が付くようになる。

 

「あら? これとか良いんじゃないかしら? 洋服の真ん中に、口しかない獣が描かれているのだけれど、時々洋服の中から飛び出して周囲に見境なく襲い掛かるんだとか。明日、コレを着て参加して、実際に飛び出そうものなら注目は貴方一人に集まる事でしょうね」

 

「もういい加減にして!」

 

 されるがままだったアルトリアにとうとう限界が来た。というか、そのようなヤバイ代物を断じて着る訳にもいかない。

 アルトリアは思い切り叫ぶ。

 

「そうね。流石に飽きてきた所だし、本命を着てもらう事にしましょうか」

 

「私で遊んでいた、という事実に対して少しくらい隠す素振りは見せてよ!」

 

 娘からの抗議など知らん、とばかりに渡された一着の服。見た所、先程までチョイスした衣服と比べると地味ではなく、奇怪なデザインでもなく、可愛らしい見た目をしている。しかし、アルトリア個人としては若干遠慮したい要素が。

 

「……これ、露出が多い気がするんだけど。もう少し、肌を隠す洋服とかって」

 

「良いから早く着なさい」

 

「あ、はい」

 

 抗議は封殺され、アルトリアは試着を余儀なくされた。

 更衣室にて、着替えを行う事暫く。

 カーテンを開き、自身の姿を見せる。

 

「ど、どう……ですか?」

 

 普段の彼女とは大きく異なる、可愛らしい衣装に身を包むアルトリア。モチーフは兎なのか、金色の髪には兎の耳を模したカチューシャが。

 

 水色と白を基調とした、フリルのあしらわれたエプロンドレス。しかし、全体的に布の数が少なくなっており、素肌を惜しげもなく晒すデザインとなっており、清楚さの代わりにあどけなさや活発と言ったイメージが伺える。

 

 膝丈まで伸びたスカートに、生足を包むソックス。白と水色のコントラストによって、片方ずつ異なる模様があしらわれている点も、お洒落ポイントが高い。

 

 とても可愛らしい。

 何処か、芋臭さが拭えなかった先程までとは大違い。

 尤も、当の本人はそんな事よりも、肌が余りにも露出しすぎてしまっているという事実の方が気になってしまっている。

 

 恥ずかしそうに頬を赤色に染めながら、体をくの字に曲げる事によって、何とか自分の姿を隠す事に尽力している。

 

「ふむ。悪くないわね。恥ずかしくて、堂々とした立ち振る舞いが出来ていない点は減点だけれど、それは後でどうにでもなるわ。ちょっと良いかしら? 此方の服を一着頂きたいのだけれど。……ええ。このまま着ていくから、包装などは必要ないわ。代わりに、さっきまで来ていた服を持ち帰る為の何かが欲しいわ」

 

「え!? いやっ……ちょっ……!」

 

 とんでもないユーリの発言。

 自分はこんな服を着て、プリンセスフェスに挑むつもりはない! と言おうとしたが、先んじてユーリが釘を刺す。

 

「誰よりも近くで貴方を見てきたこの私が選んだ服よ? 一体、何の文句があるというのかしら? それと、どうせ明日はこの格好で参加する事になるのだから、今の内に慣れておきなさい」

 

 反論は許さない、とばかりに睨まれる。

 アルトリアに出来る事は「……はい」と力なく返答を行い、胸の内から沸き上がる羞恥心に耐える事だけだった。

 

 しかし、ユーリ自身もアルトリアに無理を強いているという自覚があったのか。はたまた、自分がそうしたいだけだったのか。

 服屋を出た後、こんな提案をする。

 

「折角だし、何かを食べに行くわよ。普段は、果物や木の実。獣の肉ばかりだけれど、こんなにも大きい村なら美味しいお店の1つや2つ、存在しているでしょう」

 

 ユーリの提案によって、落ち込んでいた気持ちが浮上する。

 言われてみれば確かにそうだ。

 ここはグロスター。

 

 探せば、村での食事とは比較にならない程に美味しい料理を幾つも発見する事が出来るだろう。ましてや、只眺めるだけではなく実際に食べる事が出来る。

 

「うん! 早速行こうよ!」

 

 一体、どんな物が待っているのだろうか?

 出来ればティンタジェルでは食べられないような物を食べたい。

 

「ふむ。……金銭的にやっぱり難しいわね。貴方の衣装代、そこまで高くないと思っていたけれど、案外私の財布に甚大な傷を負わせていたのね」

 

 財布を開き、残りのお金を数えるユーリ。

 レストランで食事を取れば、今日と明日の宿代。また、ティンタジェルへ戻る為の馬車の費用を出す事が出来なくなってしまう、と即座に計算。

 

 無情にも、食事を取るという話は取り下げられてしまう。

 余りの急展開に、思わずアルトリアはズッコケそうになる。

 

「わ、私の期待を返せー!」

 

 叫んだ所で、未知なる食材と出会える訳ではない。

 アルトリアの心の底からの叫びは、青い空から黒い夜空へと変わった周囲に木霊し、消え去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 プリンセスフェス当日。

 開催場所は、グロスターの中でも一番大きな建物。宮殿にて、開催される。吹き抜けの二階には、幾人もの観客達が佇んでおり、プリンセスフェスの行方を眺めている。

 

 アルトリアは一階の大広間。ユーリは二階の観客席。

 自身の周囲をグルリと見回せば、見目麗しい少女達が一杯。少なくとも、自分と比べれば自身の存在感など霞んでしまうかもしれない、それ程までに強烈な存在感を放つ妖精達で一杯だった。

 

(……うう。やっぱり、私がこんな所に出場するなんて無理があったんだ)

 

 自身の手に握られた『選定の杖』――ではなく、代用品の杖を強く握り締めながら、アルトリアは弱音を吐く。

『選定の杖』を持って来ていない、という訳ではない。アルトリアは『予言の子』であり、いずれ全ての妖精達を救うとされている。

 

 しかし、彼女の存在を全ての妖精が祝福している訳ではなく、彼女の存在をよく思っていない妖精だって存在する。

 

『選定の杖』は、アルトリアが『予言の子』であるという何よりの証明。ティンタジェルのような、小さい辺鄙な村ならいざ知らず、グロスターのような大きな町で『選定の杖』など握ろうものなら、その噂は瞬く間に広まってしまう事だろう。

 

 アルトリアを邪魔に思っている妖精の耳にも届き、自身の身が危なくなってしまうかもしれない。その様な懸念から、今現在は二階で応援してくれているであろうユーリに『選定の杖』を預けているのだ。

 

 無論、誰にも見られないように布や縄でぐるぐる巻きにしている。

 心臓の鼓動が早くなっていくのを自覚して、一度大きく深呼吸を行う。所詮は気休め。しかし、緊張によって固まってしまった体をほぐすには丁度良い。

 

 司会者の話を聞きながら「早く終わらないかなー」と考えつつ、改めて周囲をグルリと見回す。

 その時、1人の妖精と目が合った。

 

(わ、凄く奇麗)

 

 彼女を一言で表すのであれば、絶対的な自信の塊とでも言えば良いのだろうか。

 

 桃色の髪は肩に掛かる程に伸びている。入念に手入れを行っているのか、絹のように滑らか。容姿は奇麗で可愛らしい。けれど気の強そうな印象が見受けられる。

 

 精巧に作られた作り物のような「美」の権化。しかし、まるで勝つのは絶対にこの私だと言わんばかりの表情が、彼女が血の通った存在なのだと証明してくれている。

 

 格好も、なんと言うかとんでもない。

 抜群のプロポーションに加えて、体のラインが浮かび上がってしまう、黒を基調としたボディスーツのような衣服。

 

 何処か、上層階級が身に付けそうな礼服のようなデザインでありながらも、女性らしさを惜しげもなく晒す。

 恥ずかしくないのか? と思うが、彼女の立ち振る舞いを目にすれば、愚問である事は即座に理解出来るだろう。

 

 アルトリアと目が合った、そんな彼女は。

 

「はっ」

 

 小馬鹿にするように、鼻で笑った。

 

 ムカッ、と来た。

 此方も言い返してやろうとするが、アルトリアを小馬鹿にした少女は正面に向き直る。アルトリアの事など、既に見ていない。

 まるで眼中にないとでも言わんばかりの態度だった。

 

(な、何なの!? あの子! 決めた、あの子だけには絶対に勝つ! 例え、何が何でも絶対に勝つ!)

 

 優勝できるなんて、微塵も思ってはいない。

 しかし、目標が出来た。

 自身を小馬鹿にした少女を見返してやる、という目標が。

 

 それから間も無くして、開会式が終わる。

 形式としては、プリンセスフェスに参加している妖精1人1人が大広間の中心で自身の得意技を披露していく。

 

 所謂オーディション形式だ。

 幾人もの妖精達が、自身の得意技を披露して会場を沸かせる。

 その中には、アルトリアを小馬鹿にした少女の姿もあった。おまけに、他の妖精達と比べて歓声と拍手の量が多い。

 

 間違いなく、プリンセスフェスの優勝候補だろう。

 とうとう自分の番が来たアルトリア。

 緊張はピークに達している。心臓はかつてない程の鼓動を繰り返し、恐らく周囲の妖精達の耳にも届いている筈だ。

 

 行きたくない。

 今すぐに、棄権したい。

 

 しかし、同時にアルトリアの脳裏を過ったのはユーリの言葉だった。昨日、アルトリアに対して優勝する為に変えなければいけない物はなんだ? と聞いた際、彼女はアルトリアが持つ欠点を今すぐに克服する事は出来ない、と言った。

 

 事実ではあるが、実はアルトリアはあの時、少しだけムッとした。

 分かってはいるが、本人の前で言うのはどうなんだ? と。

 

 否定したい。

 見返したい。

 あの時、自身を鼻で笑った少女と同じように。

 

(ここで逃げてしまえば、きっと私は変わる事が出来ない。もしかしたら、変わらなくても良いのかもしれない。……でも、ムカついちゃったし。見返したいって思っちゃったからなぁ)

 

 だったら、精々頑張る事にしよう。

 深呼吸を行った後、アルトリアは大広間の中心に向かう。

 二階には、両手の指では数えきれない数の妖精達がアルトリアを眺めている。心臓を鷲掴みにされる感覚。

 

 頭の中が一瞬、真っ白になりかけるが気を強く保つ。

 見据えるのは一点だけ。一つの事に集中すれば、きっと周囲の眼なんて気にならなくなる。夢で何度も目にする、あの青い星のように。

 

 代替品である杖を使い魔術を行使。

 しかし、普段のような機能性を重視したものではない。機能性は最低限。重視すべきは、見目麗しさ。

 

 放たれた火球は、しかし僅か数十センチほどの距離を進んだだけで爆ぜる。戦いにおいては、欠陥品以外のなにものでもない攻撃。

 しかし、自身の美しさを競うプリンセスフェスに於いては、十分に有効な攻撃となる。

 

 爆ぜた火球が噴き出す。

 メラメラと燃え盛る業火と、その残滓は巨大な一枚の花を形作る。幻想的な光景。されど、数秒も経たずに巨大な花は消え去ってしまう。

 文字通りの幻想。

 

(……よしっ。何とか上手く出来た)

 

 アルトリアがプリンセスフェスの存在を知ったのは、ほんの数日前だ。当然ながら、優勝する為の準備などしていない。その為、開催地であるグロスターまで向かう道中。馬車の中や、休息の為に留まった村などで、プリンセスフェス用の魔術の練習を行った。

 

 無論アルトリア1人では如何にもならない。

 魔術の師である、マーリンの存在あっての事。

 

 移動しながらの会話は難しいのか。或いは、何かしらの条件を満たしていなかったのか『選定の杖』を通してマーリンの声が聞こえなくなってしまう、という事は幾度となくあったものの、練習を行う時間自体はたっぷり存在していた。

 

 所詮は付け焼き刃。

 されど、ひたむきに。一生懸命にコツコツと練習を行った事で、少なからず観客の面々に披露する事が出来るクオリティには到達している。

 

 尚、余談だがグロスターに到着した時も『選定の杖』からマーリンが聞こえて来る事は無かった。もしかすると、愛弟子を放っておいて何処かに遊んでいるのではないか? と勘ぐってしまったが、真相の方は定かではない。

 

 次に、一つだけだった火球を次に次に放つ。

 ポンポンポン、と小刻みに気持ちの良い破裂音が響き渡り、アルトリアの周囲に満開の花々たちが現れる。

 

 無論、これだけではない。

 別の魔術を行使する事によって、色合いを変えたり、花以外の幻想的な風景を演出する。時に魔術同士を組み合わせ、ダイナミックに。時にグラデーションを重視して、量よりも質を優先。

 

 次第に観客席で眺めている妖精達も、アルトリアの演技に釘付けになって来たのか。歓声まで聞こえて来る。

 

(これで、終わり!)

 

 心身共に疲労しているが、顔には出さない。

 いよいよ最後。

 大技だ。

 

 自身の持てる全てを使い、今までとは比べ物にならない程の現実的な風景を演出しようとする。魔力を込めて、杖を握る手に力を籠める。

 しかし、結果から言えば大技を披露する事は出来なかった。

 

 ポン! と音が鳴る。だが、杖からは何も放たれない。

 空砲。

 魔力切れ。

 

 大きな舞台で披露する、という緊張。そして、普段とは異なる魔術の使用方法。観客の受けが良く、張り切り過ぎてしまった。

 様々な要因が考えられる。

 

 だが、一番大きな要因はグロスター内で定められた掟。『強さの否定』が原因だろう。何せ、グロスター内に足を踏み入れたものは全て等しく大幅な弱体化を食らってしまう。

 それは『予言の子』であるアルトリアであっても例外ではない。

 

 仕方のない事だ。

 しかし、観客席で眺める妖精達はそんな風に判断しない。

 周囲から。頭上から。分かりやすい、失望の視線に晒されてしまう。まるで、火照った体に冷や水を浴びせられたような気分だ。

 

 出来る事なら、今すぐこの場から逃げ出したかった。

 ――けど、駄目だ。

 ここは真剣勝負の場。思うように自身の実力を発揮する事が出来なかったとしても、悪いのは他でもない自分自身。

 

 幼子のように泣き喚き、その場から逃げ去ってしまえば、一生自分を許す事が出来なくなってしまう。

 弱気な心を抑え込んで、アルトリアは最後までやり遂げた。拍手はない。気分は最悪。それでも、外面は取り繕い続けた。

 

 

 

 

 

 

 予選落ちは確定。

 途中までは分からなかったが、肝心の終盤で致命的なミスを犯してしまった。

 

 ――悔しい。

 

 未だ、自身の欠点を克服できたか分からない。

 そんな事がどうでも良くなりそうな程に、アルトリアは悔しさを覚えていた。

 

 泣きそうになって、目の端から出てしまいそうな涙を懸命に堪える。泣いてしまえば、止まらなくなってしまうから。

 

「……そう言えば、お母さんは二階で見てたのかな?」

 

 既にプリンセスフェスは終わった。

 可愛らしくも露出の多い衣装から、田舎臭い地味な衣服に着替えても良かったのだが、不思議とそんな考えは出て来なかった。

 

 階段を上がり、二階へ。

 アルトリアが終わり、既に次の出場者の出番が始まっている。

 震えるような美声。

 

 虫の音や、鳥の声。木々の騒めきしか聞いて来なかったアルトリアにとって、思わず聞きほれてしまうような音色。

 

 聞いていると、頭の手を置かれる。

 ガシガシと、乱雑に髪をもみくちゃにされてしまう。

 

「ちょっと! お母さん! 折角、髪を整えてきたのに……わぷっ!」

 

 こんな嫌がらせをしてくる人物は1人しか居ない。振り向き、ユーリに文句を言おうとするが、勢いよく抱きしめられてしまう。

 

「色々と言いたい事はあるけれど、まずは一言だけ。よく頑張ったわね」

 

 ――頑張った。

 

 酷くありふれた賞賛の言葉。

 しかし、何故かその一言がアルトリアの心にスッと届いた。

 何故だか無性に泣きたくなってしまう。

 

 悔しさや、悲しさや、自分自身に対する不甲斐なさと言ったあらゆる感情がない交ぜになって、涙として出て来てしまう。

 頑張った。そう、アルトリアは頑張ったのだ。

 

 だから、まずは自分自身を精一杯褒めよう。よく頑張ったね、と。これでもかという程に、自分を褒めたたえてあげよう。

 

 暫くの間、アルトリアはユーリに抱きしめられながら泣いた。

 普段は気になってしまう周囲の視線も、今は不思議と気にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから間もなくして、プリンセスフェスは閉幕を迎える。

 自身が予想していた通り予選落ち。

 当然と言えば当然だが、やはり悔しさを抱いてしまう。

 

 意外だったのは、プリンセスフェスにて優勝を果たしたのは開会式の時、アルトリアと目が合った時に鼻で笑ってきた、自信の塊のような桃色の髪の妖精ではなく、顔も名前も知らない妖精だったという事。

 

 後から話を聞くと、途中で棄権してしまったらしい。

 予選では、他の妖精とは一線を画す特技を披露し、優勝するのは彼女だろうと全ての観客に思わせたにも関わらず。

 

 何とも意外過ぎる結末。

 正しく、番狂わせと言わざるを得ない。

 とは言っても、彼女とは何の面識もなかった為、驚き以外の感情を抱く事はない。数日もすれば、忘れてしまう事だろう。

 

 プリンセスフェスは閉幕。

 しかし、完全に終わった訳では無い。

 参加者やその連れを対象とした、祝賀会の様なものが行われた。

 

 広いホールを貸し切りにして、総勢数十名にも及ぶ参加者たちが一堂に会する。それよりも驚きだったのは、等間隔でテーブルが設置されており、その上には大量の料理が並べられている点。

 

 参加者や連れは、幾らでも食べて良いというビュッフェ形式。

 金欠により、終ぞグロスターの料理を食べる事は出来なかったか、と諦めていたアルトリアにとっては衝撃的だった。

 

 少なくとも、優勝候補が本選を辞退してしまう衝撃よりも上だった。

 一心不乱に食事を食べ漁った結果、珍しい事に胃の許容量が限界を迎える。無理をすればもっと食べる事も出来るが、これ以上の食事は体に悪い。

 

 そう判断したアルトリアはバルコニーに出て、外の風に当たる事にした。

 ホール内は豪奢な装飾や、高級そうな品々が並んでいたが、バルコニーも負けず劣らず金のかかっている作りとなっていた。

 

 ホールの周囲を囲むような、簡易的な庭園となっており、色とりどりの植物が花を咲かせている。鼻から大きく息を吸い込めば、甘い香りが胸一杯に広がる。

 

 おまけに、グロスターを一望する事が出来る、絶景スポット。

 プリンセスフェスでは予選敗退、という悔しい結果になってしまったが、間違いなくここにきて良かった。

 

「あら? まさか、私が目を付けていた場所に先客がいるなん……て」

 

 靴音と共に、誰かの声が聞こえて来る。

 聞き馴染みのない声。

 しかし、きっと憎たらしい顔をしているんだろうな、と声の主を何故か想像する事が出来た。

 

 そんな声の主と対面を果たしたアルトリア。

 向こうは僅かに目を見開きアルトリアを見つめる。対するアルトリアも僅かに目を見開き、自身よりも後にやって来た彼女を見つめる。

 

「貴方は……」

 

 やって来たのは、開会式にてアルトリアを鼻で笑った妖精。そして、優勝候補だった筈なのに本選に進む事無く辞退してしまった妖精。

 アルトリアが口を開くよりも先に、向こうが自身の言いたい事を口にした。

 

「どうして予選を通過できなかった訳? 私の直感は、貴方がその他とは違うって囁いていたのに」

 

「いや、それは、なんと言うか……」

 

 思い出すだけでも辛い。

 何だったら、アルトリアとは異なり才能に恵まれている彼女からそんな事を言われるのは、心の内側をめった刺しにされる様な気分だった。

 

 言葉に出来ない感情。

 言葉で言い表したくない感情。

 

「……そっちこそ、どうして辞退したの? あのままだったら、確実に優勝できてたじゃん!」

 

 其方だけが一方的に質問するなんてフェアじゃない、とばかりにアルトリアも質問を行う。

 相手はきょとん、とした様子で数回瞬きを行う。

 まるで、何を今更と言わんばかりの態度でこう答える。

 

「だって私の優勝は確実だったもの。結果の見えている勝負程、つまらないものは存在しないでしょう? だから辞退したの」

 

 自身の優勝を一ミリだって疑っていない。

 否、現に辞退する事がなければ優勝していたのは自分だったと、アルトリア目の前で、恥ずかしげもなく主張しているのだ。

 

 明確な根拠など、何も存在していない。

 しかし、彼女の堂々とした立ち振る舞いが。絶対的な自信を内包している力強さが。

 強い意思を持った瞳が、事実なのだと証明してくる。

 

(……いいなぁ。そんな風に、自分に自信を持てて)

 

『妖精眼』を介する事によって、嫌でも彼女の内面に触れてしまう。

 見たくないと思っても、目を逸らす事なんて出来ない。

 太陽みたいな存在。

 

「しかし、おかしいわね。貴方と目が合った時、他の妖精とは違うと思ったのだけれど。私の眼が狂ってしまったのかしら?」

 

「あー、うん。多分そうだと思うよ」

 

 鋭いと思った。アルトリアは『予言の子』。

 あの場にいた、妖精國で生まれてきた妖精達とは違う。別の場所で生まれ、妖精國に流れ着いてきた存在だ。

 

 だからこそ、彼女の推理は正しい。

 

「ま、それもそうね。だって貴方、見てくれは良いけれど田舎者って言う印象が拭えないし。私、どうして貴方みたいなのをライバルとして認定しちゃったのかしら? 全くもって、恥ずかしい話よね」

 

「なんだと!?」

 

 彼女を見ていると劣等感を刺激されるのは事実だが、開会式の時に抱いた怒りは今もなお、アルトリアの中でくすぶっている。

 何か理由が存在するので有れば、今すぐリアルファイトに発展しても問題はない。

 

 両手を上げて怒るアルトリア。彼女の感情に呼応するように、アホ毛も粗ぶっている。

 

 そんなアルトリアの姿が気に入ったのか、妖精は勢いよく噴き出す。お腹を抱えて大笑い。

 目の前のアルトリアを完全に煽っているようにしか見えなかった。怒りで拳を強く握り締めるが、辛うじて暴力はふらない。

 

「貴方、案外面白いのね」

 

「案外は余計だ! と言うか、私は貴方の名前を知らないんだから、名前くらい名乗ったらどうなんだ!」

 

「言われてみれば確かに。不思議ね。貴方とは今日が初対面なのだけれど、もう友達になった気分だったから」

 

「と、友達!?」

 

 自身にとって、最も縁遠い言葉を聞き、思わず狼狽してしまうアルトリア。

 そんなアルトリアを放っておいて、憎たらしくも美しい妖精は自己紹介を行う。

 

「初めまして。私の名前はノクナレアよ。ほら、私も名乗ったんだから、貴方も自分の名前を名乗りなさい。礼儀は教わって居ないのかしら?」

 

「む。……私の名前はアルトリア。って言うかさぁ、さっきから思ってたけど一言多くない? 普通、初対面だったらもう少し相手との距離感をはかるものだと思うんだけど!」

 

 初対面であるにも関わらず、既に気のおけない友人の様な関係を構築する2人。

 これがアルトリアの友人であると同時に、ライバルとも呼べるノクナレアとの出会い。

 

 彼女との会う回数は片手に収まる程度。

 されど、アルトリアにとってノクナレアは掛け替えのない友人だった。

 

 

 

 ノクナレアとは、様々な話をした。

 彼女が王の氏族だという事。

 彼女がどんな野望を持っているのか。

 

 そして、その裏側から読み取れる彼女の本音。

 逆に、アルトリア自身の身の上話も話した。とは言っても、ノクナレアの様な華やかで高貴な話とは縁遠い。

 

 何せティンタジェルと言う小さな村のお話だ。

 それでもノクナレアは真剣にアルトリアの話を聞き、口を挟むなんて事はしなかった。

 

「……あ。そろそろ私、戻らないと不味いかも」

 

 楽しい時間はあっと言う間だ。

 

 体感ではそこまで時間が経っていない気もするが、かなりの時間が経過しているようにも思えてしまう。

 アルトリアの言葉に同意するように、ノクナレアも頷く。

 

「そうね。こんな所でずっと喋っていたら、私の配下も待たせてしまう事になるだろうし。今回は、コレでお開きにしましょう」

 

「分かった。それじゃあ、またね。ノクナレア」

 

 短い別れの挨拶を口にして、ホールへ戻ろうとするアルトリア。

 背後から、ノクナレアの声が聞こえる。

 

「アルトリア。貴方は予選落ちだったけれど、最後までやり切った点は評価しているわ。いいえ、寧ろあんな状況で、それでもやり遂げたという事実を私は評価しているの。だから、胸を張りなさい。この私に比べれば塵芥と変わりがないけれど、凄い妖精だと多少認めてあげても良いわ」

 

「…………」

 

 振り返る事は出来なかった。

 後ろを振り返り、ノクナレアの顔を見れば泣いてしまう。彼女に泣き顔を見られるのは嫌だったから、アルトリアは何も言わずにホールに戻る。

 

 ユーリは直ぐに見つかった。

 テーブルに並べられている、数の少なくなった料理。

 それらを皿に乗せ、一つ一つを口に放り込んでいる。

 

「もう良いのかしら?」

 

「うん。大丈夫。心残りは無いよ」

 

 来て良かった。

 掛け替えのない経験と、胸を張って友人とよべる相手に出会えた。ましてや、自分を正当に評価してくれる相手。

 

 アルトリアには勿体ない位に、良い日だ。

 だからこそ、アルトリアは胸を張ってティンタジェルに戻る事が出来る。

 

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