評価、感想、誤字報告ありがとうございます。
今日は普段よりも暑い。
たちまち全身が汗で濡れてしまう。
それ程の暑さ。
そんな暑さにも関わらず、アルトリアは家から少し離れた場所の畑を耕していた。両手でクワを持ち、勢いよく振り下ろす。
重たいのか。はたまた、畑を耕すことに慣れていないのか、若干へっぴり腰になっている。
「これが、娘にやらせる事なの!?」
木陰など存在していない。
アルトリアに出来る事は、精々直射日光を避ける為に帽子を被る程度。それでも暑さはあまり緩和されず、額からは汗がダラダラと流れ出る。
畑を耕すという重労働も相まって、アルトリアの足元に小さな水溜まりが出来てしまいそうな勢いだ。
こまめな水分補給を怠れば倒れてしまう。
アルトリアに命令をした張本人は、一体何処から調達して来たのか。ウッドチェアに、ウッドテーブル。パラソルを立て、呑気に読書を行っている。テーブルに乗っているコップには並々と水が注がれ、贅沢に氷まで使用している為、キンキンに冷えている。
見ているだけで暑苦しくなってしまうアルトリアとは対極と言っても良い。
余談だが、ユーリの家の食料は基本的に自給自足だ。主に森で獲物を狩って来たり、果物や木の実を取って来るが、それだけでは栄養を賄う事は出来ない。
その為、自前の畑を用意している。
育てている物は時期によって異なるが、全て食料としては欠かせない存在だ。幾度となく、餓死しかけた食料事情を救ってくれている。
尚、アルトリア1人に作業を押し付けている訳だが、虐めでもなんでもない。
最近、やらかしてしまった罰。
自ら旅に行きたい、と宣言する程度には成長したものの、うっかりな部分は中々に治らない。
魔術の練習中、盛大に失敗してしまった。それだけなら良かったのだが、被害はかなり甚大。
結果、厳しめの罰を言い渡す事となった。
畑を耕していた、アルトリアの手が止まる。
なんて事はない。限界が来てしまったのだ。
アルトリアにとってクワはかなり重い。
その上、全身を蝕む暑さ。
暑さとクワの重量。
二つによって、アルトリアの体力は限界だった。
マジで辛い。
「お、お母さん……もう、無理」
体を引きずりながら、ユーリに助けを求めるアルトリア。
アルトリアの作業風景を眺めつつ、優雅に読書を行っていたユーリ。ふぅ、と息を吐きながら読みかけの本を閉じる。
「何かしら? まさか、この程度で音を上げたというの? 嘆かわしいわね。その程度の、生半可な気持ちで過酷な旅が務まると思っているのかしら?」
「いや、流石にこんなに辛くは……」
「旅に関する懸念は色々と考えられるわよ? 魔獣に襲われる。強盗に襲われる。嵐に巻き込まれる。落石に巻き込まれる。得体のしれない何かと遭遇してしまう。旅人を引き込んでしまう川に自ら足を踏み入れて溺れる。モースに襲われる。軽く上げただけでも、果たして切り抜ける事が出来るかどうか。次の日には死体になってる、という可能性もゼロじゃないわね」
「怖い事言わないでよ! って言うか、旅人を引き込む川って何!? 得体のしれない何かって何なの!?」
「前に聞いた事があるの。何でも、旅人が心の底から欲しい物の幻覚を見せて、そのまま底に沈められてしまう川が存在するって。貴方はチョロ……ゴホン。色々と抜けている所があるから、まず引っかかるでしょうね」
「ねえ今、チョロいって言わなかった?」
「言ってないわ」
『妖精眼』で心の中を見ずとも分かる。
嘘を吐いている、と。
「……得体のしれない何か、って言うのは?」
「これも噂でしかないけれど、夜になると何処からともなく現れるらしいわ。妖精のようにも見えるし、獣のようにも見える。ふざけた言動で相手を翻弄するけど、その実力は本物で何人もの妖精達が被害に遭っている。未だ、戦闘を物に出来ていない貴方が戦えば間違いなく敗北するでしょうね」
「ふざけた言動って、一体何?」
「さあ? 未知の言語、としか聞かなかったわね。理解しようとすれば、脳が拒否してしまうとも言われているわ」
「……えぇ、何それ」
そんなものがこの國には存在しているのか?
一瞬、やっぱり旅に出るのは諦めてしまおうか? と思わず考えてしまう。
「だからこそ、貴方には体力を付けて欲しかったのだけれど。まあ、仕方がないわね。後は私が耕しておくから、貴方はそこで休んでなさい」
ウッドチェアに視線を遣るユーリ。
アルトリアが椅子に座って休んでいる間、ユーリが畑の耕しを行う。
作業効率はアルトリアとは雲泥の差。おまけに、畑を耕す際のフォームは奇麗で、様になっている。額に浮かぶ汗を拭う仕草でさえ、一枚の絵画になりそうなくらい華やかなのだから反則だ。
余り時間はかからず、畑の仕事は終わる。
途中までアルトリアがやっていたが、余りにも早い。
この人は私達と同じ妖精なのだろうか? と思わず疑ってしまう。
「私は畑を耕したから、育てる為の作物の種まきはお願いするわよ。まさか、これも出来ないなんて言わないわよね?」
手渡されたのは、袋に入った無数の種。
種類は全て同じ。
これらを、耕した畑に等間隔で植えて行く。
畑を耕す事に比べれば、かなりマシな作業だ。
まるで此方を馬鹿にするかのような発言に、思わずアルトリアは怒りを露わにする。
「これくらい、出来るに決まってるでしょ! 余り私を馬鹿にしないでよ!」
怒りの感情に呼応して、彼女の頭頂部のアホ毛も荒ぶる。
そんなアルトリアに対して、冷ややかな視線を向けるユーリ。信用してないのは明白だった。
「そう。それじゃあ任せるわよ」
ユーリは自宅に戻る。
残ったのは、アルトリア1人だけ。
「本当に大丈夫なのかい? アルトリア」
訂正。1人と1本だ。
作業の邪魔にならない様に、家の壁に立てかけられていた『選定の杖』。そこから聞えて来るのは、爽やかなイケメンで有りながら何処か胡散臭さが拭えない声。
名はマーリン。
花の魔術師と呼ばれており、アルトリアの魔術の師匠だ。
「マーリンまで私を心配するの!? 大丈夫だよ! 後もう少しで旅に出るんだよ? なのに、種まきも満足に出来ないとか、そんなのあり得な……」
地面の凹凸に足を取られてしまう。
勢いよく転ぶアルトリア。
その拍子に、手に持っていた種の詰まった袋が飛んでいく。放物線を描きながら、飛んで行った先に存在するのは、鬱蒼と生い茂る森。
ガサッ! と物音を立てながら、種の詰まった袋は姿を消した。
「…………」
「…………」
マーリンは『選定の杖』を介して、会話を試みている。
もしもこの場にマーリンが存在していれば、きっとアルトリアと共に互いに顔を見合わせていた事だろう。
え? どうしよう、これ、と言った具合に。
種まきを中断し、森の中に落としてしまった種の捜索を開始するアルトリア。しかし、種の詰まった袋は一向に見つからない。
どれだけ探しても見つからない。
細かな所まで探すが見つからない。
「……全然見つからない。って言うか、種まきどうしよう」
種まきすら満足に出来ない上に、ユーリに怒られる未来しか見えない。アルトリアはかなり落ち込んでいた。
「そう気を落とさないで。アルトリア。種を無くしてしまったかもしれないが、ほら。森の中を探せば、種の代わりになる物が見つかるかもしれない」
「まさか。誤魔化せって言うの? 流石にソレは良くないんじゃないの?」
伏せていた顔を上げるアルトリア。
かなりショックだったのか、薄緑色に瞳はうるんでいる。
「確かにそうかもしれない。だが、考えて欲しい。アルトリア。このままでは、君は種まきすら満足に出来ない箱入り娘として見られてしまうし、君の母親であるユーリから叱られてしまうのは確実だ。しかし、ちゃんと種まきを行う事が出来れば、この二つを気にする事は無くなる」
「まあ……確か、に?」
マーリンの口先に丸め込まれるような形ではあるが、正論だ。アルトリアが種まきを行う事が出来れば、全ては解決する。
暫くの間悩んだが、結局森の中で種の代わりになる物を探す事に決める。
幸いにも、良さそうな種を幾つか見つける事が出来た。
「でも、コレって何が生えて来るのか分からないよね? マーリンはこの種について、何か知識とかあったりするの?」
「うーん。生憎、私は魔術に関しての造詣は深いが、それ以外の方面に関して言えば余り自信がない。取り敢えず、植えた後に考えれば良いんじゃないかい?」
「そんな適当な」
とは言え、時間が掛かり過ぎるのは不味い。
家の中にいるユーリに不審に思われてしまう。
種が一体どの様な種類なのか? かなり不安は残るものの、アルトリアは意を決して種をばら撒く。
コレで暫く時間が経てば、何かが生えて来るだろう。
(あれ? お母さんはきっと、何の種なのか知っているだろし。実際に種が成長したら、自分が用意した種とは違うって分かるんじゃ……)
思考回路の冷静な部分がそんな事を考える。
しかし、もう後には引けない。
アルトリアは頭を振り、都合の悪い現実から目を逸らす。
既に走り出してしまった。
例えどのような結末を迎えるとしても、止まる事は出来ない。
「最悪の場合、マーリンを売れば許してくれるかな?」
「アルトリア!? 君は師匠を売るつもりなのかい!?」
小さな呟きは、自身の師の耳に届いてしまう。
驚いたようにマーリンは叫ぶのだった。
※
それから数日後。
植物の生長具合としては、序盤から中盤の時期。
アルトリアは畑の前で正座をさせられていた。
目の前にはユーリ。
腕を組み、無表情でアルトリアを見下ろしている。血を閉じ込めたような赤色の瞳は、冷ややかを通りこして絶対零度。
顔には出ていないが、全身から怒気を纏っている。
「それで? 私は、コレを植えなさいと言って種の詰まった袋を渡した筈なのだけれど。アルトリア。貴方は一体、何を植えたのかしら?」
アルトリアとユーリのすぐ傍。
そこには、数日前に耕した畑が存在している。
種を撒いてから数日。
本来であれば、まだ芽が出る程度。しかし、アルトリアが蒔いた種はあっと言う間に花を咲かせていた。
実に禍々しい色合いの花を。
おまけに、植物生物と呼ぶにふさわしい面々まで姿を現している。
強靱な茎に、鋭い牙。獰猛そうな血走った目に、目に入った物全てに襲い掛からんとする凶悪性。
その姿はさながら――アルトリアは知らないかもしれないが――ハエトリソウを彷彿とさせる。
尤も、向こうがハエのみを食すのに対して、此方は食べられる物は全て食べてやると言った気迫が感じられる。
恐らくは、凶悪な獣であっても自身の養分にしてしまう事だろう。
そんな植物が十数本。
畑に生えていた。
一本だけでも厄介そうなのに、それが十数本も存在している。嫌がらせにしても、もう少し手心を加えてくれるだろう。
ましてや、こうなってしまった原因は、種まきを満足に行う事が出来ず失望されたくない。お母さんに怒られたくない、という微笑ましい理由だ。まあ、理由は微笑ましいかもしれないが、やっている事はえげつないので情状酌量の余地は皆無なのだが。
「えっと……その……マーリンにやれって言われました」
正座している自身の隣。
置かれている『選定の杖』を指差し、自身の師匠に全ての罪を背負わせるアルトリア。
申し訳なさそうな表情を浮かべているのは、敬愛? している師を裏切ってしまった罪悪感によるものだ。
それはそれとして、森の中にある適当な種を蒔けば良いとマーリンが提案して来た為、大部分の非はマーリンにあると考える。
比率にして、マーリン6。アルトリア4と言った所だろう。
「嘘を吐かない」
が、即座に看破されてしまう。
嘘を吐いた罰だ、と言わんばかりのチョップ。入射角斜め45度の愛の鞭が、アルトリアの頭部に炸裂。
加減はしているのかもしれないが、途轍もなく痛い。
頭部を抑え、その場で悶絶してしまうアルトリア。
そんな彼女を眺めながら、ユーリは呆れたように溜息を吐く。
「大方、いざ種まきを行おうとした時に足を躓いてしまい、そのまま種の詰まった袋を森の中でなくしてしまい、私に怒られたくなかったから森の中で見つけた適当な種を畑に蒔いた、と言った所かしら?」
「……さ、流石はお母さん」
実は一部始終を見ていたいのか!? と思ってしまう程、精度の高い推察。出来れば、そこに「マーリンにそそのかされて」も追加して欲しかった。
「こんな事態になるなら、正直に話してくれた方がマシだったわ。……全く、どうやって収集を取るつもりなの?」
弱った、とばかりに額に手を当てて息を吐くユーリ。
「ご、ごめんなさい」
アルトリアは反省する。
目先の欲に囚われてしまったばっかりに、ここまでの事態を引き起こしてしまった。冷静に考えれば、植える為の種を失くしてしまった程度で、ユーリが怒ったりばかりにしたりする筈がない。
「いえ。怒るし、馬鹿にしたりするけど」
「私の心見えてるの!? それとも、お母さんも『妖精眼』を持ってんの!? って言うか、怒るし馬鹿にするの!?」
無情すぎる返答。
思わずアルトリアは思い切り叫んでしまう。
「問題は、あの植物をどうするべきなのか。と言った所かしら。マーリン。貴方も原因の一端を担っているのだから、何か考えを出しなさい」
「仕方がないか。君の言う通り、少なからず私が原因でもある。とは言え、こいつらは中々に厄介だぞ? なにせ、余り知識のない私が見た限りでもヤバイ植物、という事だけは分かるからね」
「……実質、何も分からないって事ね。植物と言えば炎と相場は決まっているわ。取り敢えず、アルトリア。燃やしなさい」
「う、うん。分かった」
『選定の杖』を握り、魔術を放つアルトリア。
放たれた魔術は見事に命中。と言うよりも、的が幾つも存在しているような状況だ。寧ろ、外す方が難しいと言えるだろう。
だが、一瞬業火に包まれるものの、緑色の全身が紅蓮に染まる事はない。炎はたちどころに消えてしまう。
「炎に対する耐性がある。……全くもって厄介ね。というか、一体何処でこんなヤバイ種を見つけてきたのかしら?」
ユーリは槍を携え、畑の中に突っ込む。
茎を伸ばし、ユーリに食らいつかんと襲い掛かって来る植物達。肉食動物のように、鋭い牙が幾つも並んでいる。
噛みつかれれば、そのまま骨まで噛み砕かれてしまうだろう。
しかし、まるで何処から来るのか分かっている、とでも言わんばかりに。ヒラリヒラリと華麗に回避。
それ所か、回避しながらも攻撃を仕掛ける。
幾体もの獣を屠って来た、凶悪な突き攻撃。突き刺さるものの浅い。突きは有効ではないと判断したユーリ。
槍の刃の部分を使い、今度は切り裂く。
有効。ではあるが、切り裂いてから暫くした後に再生。何も無かったかのように、元気に襲い掛かって来る。
酷く厄介な相手。
「無理ね。一人の力では如何にもならないわ。ソレこそ、大人数で如何にかすべき相手。厄介すぎて少し苛立ってくるわね」
ユーリは無事に生還を果たしたものの、無傷とまではいかない。
身に纏う衣服の、所々が切り裂かれてしまっている。肌が露わになっており、線のような切り傷からは血が流れる。
「お、お母さん! 早く治療しないと!」
「大丈夫よ。直ぐに治るから」
「いや、でも!」
そんな訳がない、と言おうとして気付く。
傷口の血が止まっている事に。
「…………?」
「力押しでは難しい事は分かったわ。けれど、収穫もあった」
「収穫かい? それは是非とも聞きたいね」
「脅威になっているのは、あの気持ち悪い色の花ではなく、枝分かれしている怪物のような植物達。奴らは獲物に対して襲い掛かってくるけれど、優先順位としては花の守護が上のようね」
「……あ」
アルトリアは思い出す。
自身が魔術を発動した際。
狙ったのは分かりやすい的だった巨大な花。しかし、枝分かれした獰猛な植物達が、身を盾にして魔術から花を守っていた事を。
「つまり、花があの植物達の弱点って事?」
「確証は持てないけれど、恐らくは、と言った所かしら? 普通の、植物の弱点は根本を断つ所だと思うけれど。まあ、たった数日だけであれ程成長してしまう上に、植物そのものが意思を持っているのだから今更、と言った所かしら」
列挙すればするほどに、普通の植物とは隔絶した性能を持っている。
森の少し歩いた所にあった種だったが、一体あそこで何が起こったのだろうか? あれ程の厄介さを持っているのであれば、ここら一帯で増殖してもおかしくはないと思うが。
(まあ、考えても仕方がないか)
問題は植物達をどうするべきか? だ。
ユーリの尽力によって、植物達の弱点は判明した。
しかし、判明したからと言って確実に勝利出来るという訳ではない。一本のみなら幾らでもやり様はあるが、数が数だ。
一本を集中的に攻略、というのは現実的ではない。
絶対に、他の植物達が邪魔をしてくる。
どうやって対処すべきなのか?
良い案が浮かばず、沈黙の時間が続く。
沈黙を打ち破ったのは、意外な事に『選定の杖』を使用して音声のみの参加だったマーリンであった。
「ふむ。確実に成功する、という訳ではないが。私に一つ提案がある」
「……聞きましょうか」
そして、マーリンは語り始める。
植物達を一網打尽にする方法を。
※
畑から少し離れた場所で、アルトリアは見守っていた。
マーリンから聞かされた内容は、実に画期的な方法と言えた。
しかし、同時に果たして成功するのか? という疑念が存在していたのも事実。
ユーリは承諾した。
理由は不明だが、何かを感じ取ったのだろう。
段取りとしてはユーリが植物達の陽動。
アルトリアが魔術を行使して、植物達を一網打尽にする。
そして、マーリンはアルトリアの補助。
一度、アルトリアは魔術を行使した。その際、命中こそしたものの有効的なダメージを与える事は出来なかった。
だからこそ、アルトリアが止めを刺すという役割は不相応。
役不足も良い所だった。
「それは勿論分かっている。あの数を纏めて倒すというのは、アルトリアであっても厳しいだろうね。だが、この私。花の魔術師マーリンの補助が有れば、きっと上手く行くさ。何、大船に乗ったつもりでいれば良い。私が、君達を勝利に導いてあげようじゃないか」
初めて知った事だが、如何やらマーリンが出来る事は『選定の杖』を介して声を届けるだけでは無かった。
遠隔の為、威力が落ちてしまうものの魔術を行使する事が出来るという。
衝撃的な事実に、思わずアルトリアは驚いてしまう。
「ただし、遠隔はかなり難しい。それに、植物達に気取られてしまえば作戦は失敗してしまう。万が一の事態に備えて、ユーリには陽動役を担って欲しい」
「陽動、と言っても具体的には?」
「気を引く事が出来れば良い。が、露骨過ぎると気付かれてしまうかもしれない。適度にダメージを与えて欲しいかな?」
アルトリアからすれば無茶な要求。
だが、ユーリにとってはさほど難しいお願いでは無かった。ソレは、彼女が植物の中心に突っ込んだにも関わらず、軽傷で済んだことで証明済み。
時に近づき、時に離れ。
弱点である花を狙ったり、守護する植物達を狙ったりして、釘付けにする。
マーリンがコレから行う仕込みに気付く事はないだろう。
「…………来た」
何が行われるのかは聞いている。
目を凝らせば見える。
畑全体を覆い尽くすようにして、白い粒子が舞い始める。白い粒子の正体が一体何なのかは分からない。が、マーリンの仕込みだ。
余計な考えは捨てろ。
目的のみを果たせ。
「――今!」
アルトリアは魔術を放つ。
マーリンが指定した、炎の魔術だ。
真っ直ぐ突き進む火の球。
畑全体に散布されている、白い粒子のような物と接触する。
チリッ、と。まるで引火するような音が、微かにアルトリアの耳に届く。
「へ?」
アルトリアの視界一杯を、目が眩む程の業火が埋め尽くす。
さながら、巨大な蕾が花を咲かせるように。
触れれば植物も妖精も関係なく、全てを等しく焼き尽くしてしまう、超高温の大花が完成する。起点は畑全体。しかし、業火による魔の手は畑のみに留まらない。
事実。畑から離れていたアルトリアであっても、熱いと感じてしまう程の熱気。急いで距離を取って居なければ、軽い火傷では済まされなかった筈だ。
(マーリンの奴、一体何をしたの!?)
何をしたのか分からない。
マーリンが花の魔術師である事は知っているし、魔術に長けている事も知っている。尤も、魔術の要望を出すと「少し待ってなさい。教材を取って来るから」とか何とか言って、魔術の練習は翌日に持ち越しになる事も多々あるが。
それでも、魔術の師であるマーリンに対して、アルトリアは尊敬の念を抱いていた。
しかし、コレは分からない。
魔術とは別の何か。
ともすれば、別の世界線では魔術そのものを破壊しつくしていたかもしれない、忌むべきもの。
アルトリアは直感的にそう感じた。
彼女は知らないが、こうなってしまった仕組みは粉塵爆発だ。
大仰な名前ではあるものの、やり方は至ってシンプル。粒子の細かい、可燃性の物――この場合は、小麦粉などが一般的に挙げられる――を広範囲に散布した際。
火を付ければ、一瞬にして全てが燃え広がってしまう。
結果として広範囲に爆発が発生。
恐るべき点は、魔術の力が無かったとしても、人為的に発生出来る点だ。ましてや、粉塵爆発を引き起こす為に使用された火種の量が量。
それなりに巨大な畑すらも覆い尽くしてしまう、という結果は寧ろ当然とも言えた。
植物は愚か。その場にいたものは全て、焼き尽くされてしまった事だろう。
余りにも非現実的な光景に、思わず呆然としていたアルトリア。
しかし、思い出す。
畑にはユーリが居た事に。
「はっ! お母さん!」
不味い。
もしもこうなってしまう、と分かって居ればアルトリアは魔術を発動しなかった。
既に魔術を行使してしまった。
白い粒子と触れ合った瞬間に発生した粉塵爆発。
規模は凄まじい。
仮にユーリが畑の外に逃げていたとしても、粉塵爆発に巻き込まれてしまっている。
それが意味するのは、ユーリの死に他ならない。
「そん、な。私が、私のせいで! お母さんが……!」
薪は無数に存在する。
依然として、メラメラと燃え盛る炎が色褪せる事はなく、寧ろ火の勢いは強くなっていく。きっと、あの中にユーリも居る。
既に生きてはいない。
人としての原型を保っているのかも怪しい。
それでも、アルトリアに行かないという選択肢はなかった。
(せめて、何か。何か一つでも……うん?)
最初、自分の目の錯覚なのか? と思った。
燃え盛る炎の中から、人らしき影が現れた。
目を擦ってみるが、人影は消えない。
それ所か、次第に大きくなる。くっきりと、はっきりと、鮮明に。
人影の正体が分かる。
泣きそうな顔から一転。アルトリアの顔に、笑顔が戻る。近づいてくる人影。駆け寄ろうとして、
「……あのマーリンとか言う奴、あったら絶対にぶん殴る」
分かりやすく怒気を纏っている事を確認した後、駆け寄るのを止めた。
ユーリは生きていた。
粉塵爆発に巻き込まれてしまったせいで、衣服は黒焦げになり、全裸。それでも生きている。不思議なのは、粉塵爆発に巻き込まれてしまったにも関わらず、火傷を負っていないという点。
アルトリアは内心で首を傾げるも、ユーリが無事だった為、深く考えない事にした。
「それで、何か弁明はあるかしら?」
「いや、本当に申し訳ない。計画の内容は詳しく説明したつもりだったけれど、まさか合図を忘れてしまっていたとは。花の魔術師マーリン、一生の不覚だ。……ちゃんと謝るから『選定の杖』を折り曲げようとするのは止めてくれないかい? 私はソレを介して声を届けているだけだから、直接的なダメージを与える事は出来ないし、何よりもアルトリアにとっては大切なものだから!」
説明しても尚、『選定の杖』から手を離す素振りを見せないユーリに、思わずマーリンが声を荒げる。
何はともあれ、畑に群生していた植物は全て焼き払う事が出来た。
問題があるとすれば、後片付けが面倒だと思う程度。
これにて一件落着だろう。
「いや、本当に折れる! 折れちゃうから! ちょっと、やめるんだ! コレは『予言の子』だと証明する為の貴重な品なんだぞ!」
「……もしも貴方に会うような事があれば、その時はぶちのめしてあげるわ。覚悟しておきなさい」
「取り敢えず『選定の杖』から手を離すんだ!」
1人と1本のやり取りを、アルトリアは楽しそうに眺める。
※
それから時間が経過する。
アルトリア達の畑には、立派な作物がなった。
不思議な事に、アルトリアもユーリも種を蒔いていない。
にも関わらず品質の良い作物が生えたのは、一体どう言う事なのか? 首を傾げたものの、答えは分からない。
もしかすると、通りすがりの花の魔術師がお詫びとして手を加えたのかもしれない。