星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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評価、感想、誤字報告ありがとうございます。


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 うだるような熱気に包まれた猛暑。

 今までとは比にならない程に熱い。

 木陰に居ても熱い。

 

 水を飲んでも熱い。

 ジッとしていても熱い。

 外に出るなんて、もっての他だ。

 

 数秒も経たずに肌はこんがりと焼けてしまい、数十秒後には妖精のグリルが完成してしまう事だろう。

 

「あ、暑い。暑すぎる」

 

 当然ながら、家の中に居ても猛暑は襲い掛かって来る。

 日差しが家全体を温めるせいで、室内は軽く蒸し焼きのような状態。それでも、外に出るよりはマシ。

 

 マシと言えばマシだが、暑さが幾分かマシになるだけで、暑いという事実は変わらない。

 

 早く何とかしなければいけない、と思ってはいるものの具体的な手立てはない。こう言った時、頼れるマーリン魔術の中に「暑さをしのぐ魔術」が存在していれば良いのだが、残念な事にマーリン魔術では如何にもなら無かった。

 

「暑いと言わないの。私は今、現実から必死に目を逸らしている所なのよ? にも関わらず、貴方が暑いと言ってしまえば私はその事実から目を逸らす事が出来なくなってしまうわ。という訳で、暑いというのは禁止よ。禁止。次に言ったら、外に放り投げるから」

 

「私を殺す気!?」

 

 床に寝転がり、両手両足を広げて大の字になっているアルトリア。とは反対に、椅子に座り目を瞑りジッと身動き一つ取らないユーリ。

 

 恐らくは、本人が言っていたように目を閉じる事で、暑すぎる現状から必死に目を逸らしているのだろう。

 

 或いは、想像力を働かせる事によって、涼しい状況を想像しているのかもしれない。

 

「……いや、何方にしても何度も言ってるじゃん。例のあの言葉」

 

「アルトリア。外に出なさい」

 

「なんで!? 私、例のあの言葉は言ってないじゃん!」

 

「私の邪魔をしたから。後、例のあの言葉と言う遠回しな発言にも癪に障った。というか、居るだけで暑くなってきそうだから、家から出て行きなさい」

 

「理不尽すぎる! せめて納得のいく理由を出せ!」

 

 そこから先は、アルトリアを家から追い出そうとするユーリと、決して家から出てなるものかと抵抗するアルトリアの取っ組み合い。

 

 しかし、2人が何をした所で猛暑であるという事実が覆る事はなく。暑さが緩和される事もない。

 結果として、勝敗は決まらず、暑さによってダウン。

 

「本当に暑いわね」

 

「もう、良いの?」

 

「だって意味ないし」

 

「……そうだよね。意味、ないよね」

 

 このままでは、一日中こんな感じになってしまう。夜になっても、暑すぎて眠れないという可能性が高い。流石にそんなのは嫌だ。

 

 何か、いい方法は無いのか?

 考えて、考えて、考えて、アルトリアは閃く。

 

「あ。そうだ。エクターの家に遊びに行く、ってのはどう?」

 

「……エクターの家に?」

 

「私たちの家と違って、周りは森じゃ無くて海でしょ? 近くに水場もある事だし、多分涼しいと思う」

 

「アルトリア。貴方。……今日は頭が冴えているわね」

 

 表情の変わらないユーリの目が、僅かに見開かれる。

 

「そうなれば、善は急げ。早速、エクターの工房に向かう為の準備をするわよ」

 

「うん。分かった」

 

 2人は暑さでヘロヘロになりながらも、準備を済ませた。

 

 

 

 

 

 

 暫く森の中を歩き、エクターが住まう工房までやって来た。

 

「帰れ」

 

 正直に事情を説明したにも関わらず、無情な一言で切り捨てられてしまう。

 ドゴン! と勢いよく扉は閉められた上に、カチッと鍵をかける音まで聞こえる。

 

「丁寧に事情を説明したにも関わらず、私たちを閉め出すというのは一体どう言う了見なのかしら? この扉を開けなさい。さもなくば、この扉を破壊。或いは、エクター。貴方が根負けするまで、この扉を叩き続けるわよ」

 

 うだるような暑さで頭がやられてしまっているらしい。普段よりも頭のタガが外れてしまった行動をとるユーリ。

 アルトリアが「止めて! 恥ずかしいから!」と叫びながら、母親の奇行を止めようとするがビクともしない。

 

 暫くの間、ユーリの声と、扉を叩く音のみが聞こえた。

 とうとう我慢できなくなったのか、ドタドタと廊下を走る音と共に、勢いよく扉が開け放たれる。

 

「喧しいわ! 中にいる儂の事も考えろ!」

 

 扉の前に立っていたユーリは、扉が外開きと言う事もあって、扉に顔が命中した後勢いよく吹き飛ぶ。

 

 しかし、本人にとってはどうでも良い事だったのか。

 おでこが若干赤く腫れてしまったものの、倒れていた体を起こす。

 

「ようやく出てきたわね。全く、私たちはこの暑さに苦しんでいるの。少し位、助けてくれても良いんじゃないのかしら?」

 

「……一応言っておくが、儂が住んでいる場所は工房だぞ」

 

 困ったように、頭を掻くエクター。

 言葉の意図が良く分かって居ないのか「それは勿論分かっているけど」と、怪訝そうな表情で返答するユーリ。

 

 だが、アルトリアには分かった。

 エクターがそんな事を言った意図が。

 

「お母さん。もしかしてなんだけど、エクターの家って工房になっているから、暑いとか涼しい以前の問題なんじゃ」

 

「……成程ね」

 

 ここでようやく、ユーリもエクターが何を言いたいのかを察した。

 エクターの住まいは工房。

 

 工房では、主に炉を使って作業に取り組む。当然ながら炉は暑いし、幾ら室内が広かったとしても、海沿いに建てたとしても、熱気が篭もってしまうだろう。

 

 ましてや今日は猛暑。

 工房内の暑さは、普段の比ではない。

 寧ろ、暑さが酷い時はなるべく避けるべき場所だろう。

 

 困ったな。コレは誤算だ。

 ユーリの表情は相も変わらずの無表情だったが『妖精眼』を使わずとも、今、何を考えているのか分かった。

 

 少し考えれば気付く事が出来そうだが、気付けなかった。暑さは思っているよりもアルトリア達の体を蝕んでいるらしい。

 少なくとも、思考回路に異常は発生している。

 

 そんな中、熱気で満ち満ちた工房内に足を踏み入れようものなら……。

 

「えっと……その。お邪魔しました」

 

 回れ右をして、帰ろうとする2人。

 ガシッ、と肩を掴む。

 

「おい。待て。人が厚意で返そうとしたにも関わらず、嫌がらせをして来たのは何処のどいつだった?」

 

「いや、私は関係ないよね!? 何なら、お母さんを止めようとした訳じゃん!」

 

「確かこの工房に来た時、儂の仕事の手伝いをしたいって言っていたよな? だったら手伝って貰おうじゃないか。生憎、工房内は炉の熱気が大量に籠っていて、外にいるのと大差はないが。お前達の善意に甘えてやろうじゃないか!」

 

「だから、私は止めようとしたから! 私だけは見逃して! お母さんはどうなっても良いから!」

 

 自身の肩に乗った手を、必死になって振りほどこうとする。しかし離れない。引っ張る力は凄まじく、抵抗しようとしても無駄。

 

 頼みの綱であるユーリを見るが、彼女も同様にエクターの拘束から抜け出せずにいた。

 

「嫌だぁ!!」

 

 アルトリアの叫び声も虚しく、工房の奥へと連れていかれてしまう。

 その場に誰もいなくなった筈なのに、工房の扉は独りでに閉じるのだった。

 

 

 

 ようやく地獄から解放される。

 2人はその場で倒れそうになってしまう。

 

「おい。これ位で倒れるな」

 

「……エクター。よく、あんな暑い中でも平気だね」

 

 アルトリアには無理だった。

 業務内容は至極普通。

 

 暑い日だからと言って、特別な「何か」を行う事はない。通常業務。しかし、エクターの職業柄と言うべきなのか。

 とても大変だった。

 

 寧ろ、毎日こんな事を行っているのか? と戦慄してしまう。暑すぎたせいで疲労感は凄まじいが、暑くなかったとしてもヘロヘロになる事は確実だ。

 

 にも関わらずピンピンとしているエクター。

 何なら、ユーリも暑さにまいった様子は見せているが、通常業務は淡々とこなしていた。これこそが、数十年もの間工房に住んでいた者の余裕。

 

 そこそこ重たい武器を持ち運ぶ程度でも、息切れしてしまうアルトリアとは雲泥の差。

 

 幸いなのは、全て終わった事。

 ここから先は休憩時間だ。

 

「沢山汗をかいているな。まあ、この暑さなら無理もない。先に風呂に入って来い」

 

「え? 良いの? エクター」

 

「寧ろ、汗だらけの状態で放置している方が良くない。儂はお前達が入り終わった後に入るから気にするな」

 

 意外な事に、工房内の一室に風呂場が用意されている。

 

 しかも、ドラム缶といった原始的な風呂とは程遠い。ちゃんと浴槽が用意されている。尚、アルトリアの方はドラム缶的な形状の風呂を利用している。浴槽を利用する事が出来るエクターが心底羨ましい。

 

「それじゃあ、何方から入る? 私としては、何方でも構わないけれど」

 

「え? 一緒に入らないの?」

 

 アルトリアの提案が予想外だったのか、目を丸くするユーリ。

 

「一緒に……入る?」

 

「ウチのお風呂だったら狭くて1人しか入る事が出来ないけど、ここは広いから大丈夫だと思うよ。という訳で、一緒に入ろう!」

 

 半ば、アルトリアが強引に押し切る形で浴槽内に足を踏み入れる2人。

 

 髪を洗い、体を洗い、汗を流した後に浴槽に張った湯船に浸かる。2人で一緒にお風呂に入ったという事もあって、普段は出来ない互いの背中を洗ってみる事もした。新鮮だったものの、何処か気恥ずかしさを感じてしまう。

 

 湯船に浸かる事によって、全身の疲労が抜けていくように感じられる。

 思わず「あー」とだらしない声を漏らしてしまう。

 

「折角2人でお風呂に入っているのだから、一つ勝負でもしないかしら?」

 

「勝負? お風呂なのに?」

 

 ユーリの提案。

 聞いた事が無かった為、思わず聞き返してしまう。

 勝負の内容を、分かりやすく説明してくれる。

 

 互いに湯船の中に顔を突っ込み、何方が長く湯船の中に潜っていられるかを競う。只それだけ。実にシンプルで、分かりやすい勝負の内容だ。

 

「やっても良いけど、勝った人に何か特典とかは無いの?」

 

「……そうね。考えていなかったけれど、夕食の時に一品相手に渡す、とかはどうかしら?」

 

「良いじゃん! それ! 早速やろう!」

 

 夕食一品をかけて、勝負を行う。

 自信はそれなりにあった物の、アルトリアは負けてしまった。リタイアした後も、暫くの間ユーリは湯船から顔を出す事が無かった為、どれだけ頑張ったとしてもアルトリアの敗北は覆らなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 夕食。

 本来であれば、エクターが持つ食料を使って夕食が振る舞われる筈だった。しかし、アルトリア達が土産として持って来た、自身の食料を使って夕食を作る。

 

「本当に良かったのか? 理由が理由にしても、お前達は儂の仕事の手伝いをしてくれた。その上、夕食までご馳走になるとは」

 

「別に気にしなくても問題ないわよ。持って来た物は全て、暑さで駄目になりかけてた物ばかりだから。火を通せば問題ないとは思うけれど、何か起こってしまったらごめんなさい、と謝っておくわ」

 

「……凄い不安じゃな」

 

 フライパンを使い、持って来た食料を熱したり、刻んだり、炒めたりするユーリ。アルトリアも夕食の準備を手伝っているものの、あそこまで手際良く料理を作る事は出来ない。

 

 一度、卵を使って目玉焼きを作った際。

 フライパンのみを使って、目玉焼きを裏返しにしようと試みた事があった。結果は失敗。

 

 それどころか、フライパンの手から離れてしまった目玉焼きはユーリの顔面に直撃してしまい、大目玉を食らう事になってしまった。

 

 以降、アルトリアは料理に対しては消極的だ。

 焼く程度であればさほど難しくないかもしれないが、旅を行うので有れば料理のレパートリー位は増やしておいた方が良いだろう。

 

(うーん。お母さんってそう言うの教えてくれるかな? って言うか、私はちゃんと料理を作る事が出来るのかな? ウッ……あの時のトラウマが)

 

 そんなこんな有りつつも、無事に料理は完成。

 食べる人数が2人から3人に増えたという事もあって、賑やかな食事になった。

 

 食事を終え、食器を洗い、歯を磨き、後は就寝のみを残す。

 

「寝る時は、来客用の部屋を使え。2人だと狭いかもしれんが、そこら辺は我慢しろ」

 

「折角だったらさ、三人一緒で眠らない?」

 

 ふと、思いついた提案。

 2人の反応はそれぞれ異なっていた。1人は「まあ、悪くはないわね」と言いたげ。もう1人「絶対に嫌だ」と言わんばかりに顔を顰めている。

 

 前者はユーリで後者はエクターだ。

 エクターは頑なに拒否するが、アルトリアとユーリ。2人の懇切丁寧な説得によって、折角なら3人で眠る事が決定した。

 

 3人が眠るには、明らかに手狭な室内。

 早速眠り始める。

 

「……これ、狭いわね」

 

「3人で寝るならそうなるのは当然だろうが!」

 

「でも、私は結構好きかも」

 

 感想は人それぞれ。

 眠り始めは騒がしいが、時間が経てば口数は少なくなり、気付けば全員夢の世界へと誘われた。

 

 

 

 

 

 

 カタン、と些細な物音。

 ユーリの耳に届いた瞬間、閉じていた瞼がゆっくりと開く。

 

「今の、物音は?」

 

 先程まで眠っていたこともあり、頭の中は若干ポワポワとしている。それでも、自身の耳が捉えた物音は忘れない。

 工房内に獣が入り込んだ? 或いは、盗人が現れた?

 

 何方も可能性が高い。

 一番良い方法は、実際に確かめて来る事。かなり眠い。出来る事なら、物音のことなど忘れて再び眠りにつきたい。

 

 しかし、エクターには世話になっている。

 恩を仇で返すような事はしたくない。

 雑念を振り払うように、息を吐くユーリ。

 

 ゆっくりと立ち上がり工房まで向かう。

 周囲は薄暗い。月は雲によって隠されているのか、窓から月明かりが差し込む事はない。完全な暗闇。

 

 それでも、周囲に存在している物の輪郭を捉える事は出来る。

 ユーリは物音が聞こえてきた場所まで向かう。

 

「…………」

 

 何もいない。

 あるのは、床に落ちてしまった工具が一つ。

 

 どうやら自分の予想は何方も外れていたらしい。恐らくは、何らかの要因で机に置かれていた工具が落ちてしまったのだろう。

 大事に至らなかったのは良い事だが、迷惑だなとも思ってしまう。

 

 取り敢えず、床に落ちていた工具を机に戻す。

 事件は解決した。

 

 部屋に戻り、二度寝を決めようとした時。

 ユーリの視界の端で、突如蛍光色の靄が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 耳を劈くような悲鳴。

 熟睡していたアルトリアは、文字通り飛び起きる。

 一緒に眠っていたエクターも目を覚ます。

 

「え? な、なに? 今の悲鳴」

 

「なんだ!? こんな深夜に悪戯か!?」

 

 2人の間で眠っていたユーリが居ない。

 アルトリアとエクターは互いに顔を見合わせる。

 犯人が一体誰なのか理解した。

 

 なんて性質の悪い悪戯なのだろうか。コレは一発、ガツンと言わなければ気が済まない。明かりを用意し、部屋を出る2人。

 顔を伏せて蹲っているユーリの姿を見た瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。

 

「お、お母さん!? どうしたの!?」

 

 尋常ではないユーリの様子に、慌てて駆け寄るアルトリア。

 ユーリは伏せていた顔をゆっくりと上げる。

 普段と変わらない無表情。

 

 しかし、顔は青ざめている。体は小刻みに震えており、何かに対して恐怖しているのは明らかだった。

 ――まさか、あのユーリが恐怖してしまう程の存在が居る?

 

 エクターの工房は漂流岬に建てられている。

 

 比較的安全な場所であり、森の中から獣がやって来るという事も滅多にはない。だが、ユーリの反応を見る限り、その考えは捨てた方が良いのかもしれない。

 

 更なる情報を得る為に質問を行う。

 

「お母さん。一体、何を見たの?」

 

「……あそこに何か……緑色が」

 

「緑色が」

 

「光輝いてて……視界に入った瞬間、一瞬で距離を詰めて来て」

 

「輝いてて、距離を詰めてきた」

 

 成程。ソレは確かに怖い。

 暗闇の中で得体のしれない物が現れれば誰だって怖い。

 

 驚くべきは、ユーリも怖がっているという事。彼女は一般的な常識とはかけ離れている為、普通の人なら驚いてしまうような出来事でも冷静に対処してしまいそうな印象が強い。

 

「アレは幽霊。間違いなく幽霊。絶対に幽霊。……もう、無理。私、寝る」

 

 精神的にかなりのショックなのか、口調が幼児退行している。

 幽霊とは、予想外の展開だ。

 

 妖精國において、幽霊は余り恐ろしい存在とは言えない。名は知られているものの、滅多に現れることはない。その上、容易に対処が可能だ。

 

 何なら、幽霊よりも純粋無垢な妖精達の方が怖かったりする。

 何をするのか分からないから。

 

「もしかして、お母さんって幽霊が苦手だったりするの?」

 

「だってアイツら、殺そうとしても既に死んでるから! 殺せないじゃん!」

 

「いや、そっちなの!?」

 

 可愛らしい理由かと思いきや、何とも血みどろな理由。殺せないから怖い、とか中々に思考がバイオレンスに傾いてしまっている。

 

「取り敢えず、件の幽霊は何処にいるんだ? 有害にしろ、無害にしろ、儂の工房内を勝手に歩かせるつもりなどさらさらないぞ」

 

 明かりを暗闇の中に近づけ、幽霊を探すエクター。

 しかし、何処にも幽霊らしき影は存在しない。

 

 頑張ってアルトリアも探す。

 一瞬、視界の端に鈍く光る蛍光色が映る。

 

「いた! あそこ!」

 

 体を動かし、件の幽霊の居所を見つけるアルトリア。しかし、幽霊を見つけたからと言って事態の全てが解決する訳ではない。

 寧ろ、本番はこれからだろう。

 

 人の姿ではない。獣のような姿でもない。如何とも形容しがたい見た目の、蛍光色の塊。距離はそれなりに離れているが、アルトリア目掛けて迫って来る。

 

「嫌だ! エクター、助けて!」

 

 エクターに助けてもらう、というよりは、エクターの背に隠れる事によって半ば無理矢理助けて貰おうとするアルトリア。

 中々に強かだ。

 

 当の本人は、まさか自分が戦う事になるとは思っても見なかったのか、目を剥きながらアルトリアと蛍光色の幽霊を交互に見やる。

 

「アルトリア! 儂を盾にするな!」

 

「盾にしてない! 頼ってるだけだから! だから、私を助けて!」

 

 明かりを持っていない、もう片方の腕を伸ばす。蛍光色の塊は幽霊。捕まえても意味がない――筈だったが。

 いとも容易く、幽霊は捕まった。

 

「……あれ?」

 

 予想外の展開に、思わず声を漏らしてしまう。

 

「これは……どう言う事?」

 

「如何やら、儂らは勘違いしていたらしいな。コレを見ろ」

 

 何かを察したのか、明かりを幽霊に近づけるエクター。次第に蛍光色は薄くなっていき、隠されていた本来の姿が露わになる。

 

「犬?」

 

「獣じゃな。大方、森から出てきた奴がこの工房に入って来たんじゃろう。色によって、暗闇で光る物も存在する。恐らくは、この獣の蛍光色もそう言った類の物だ。暗くなれば発光する」

 

 だから、幽霊と間違えてしまった。

 

「な、成程」

 

 エクターの手で捕まえられた獣。

 

 森である獣とは違う、どう猛さは欠片も感じられない。何処か人懐っこそうで、エクターに構って貰えて嬉しいのか、目をキラキラと輝かせながら手足をパタパタと動かしている。とても可愛らしい。

 

 その姿を見ていると、かなり前。野生に返したにも関わらず、無情にも弱肉強食の餌食になってしまったとある獣の事を思い出してしまう。

 願わくば、目の前の獣は弱肉強食の犠牲にはなって欲しくない。

 

「取り敢えず、これで幽霊騒動は解決だ。恐らく、ユーリが見たのもコイツだ。暗闇では光ってしまうから、幽霊なんぞと間違えてしまったんだろう」

 

「……という訳だから、お母さん。幽霊なんていなかったから、怖がらなくても大丈夫だよ。ほら、しゃがまないで立とう」

 

「本当にいなくなったの?」

 

 再び幽霊が出現した辺りから、顔を伏せて貝のように閉じ籠っていたユーリ。アルトリアの話を聞き、ゆっくりと顔を上げる。

 恐る恐る、と言った様子で。

 

 大丈夫だと安心させるように、アルトリアはエクターの手に抱えられた獣を見せる。幽霊の正体が獣だと知れば、多少は恐怖も緩和される事だろう。

 

「そ、そう。この子が、幽霊の正体だったのね。……良かった。本当に幽霊が出て来なくて。本物だったら、私自身も何をしてたか分からなかったわ」

 

「うん。私も余り想像したくないかな」

 

 仮にユーリが本物の幽霊と出会ってしまった場合、大惨事になる事は確定だろう。尤も、ユーリがどのような行動をとるのかは未知数だ。

 

 泣き喚くのかもしれないし、現れた幽霊を排除する為に苛烈な攻撃を繰り返すのかもしれないし、絶対に目を合わせまいと身を隠すかもしれない。

 

 どれもこれもあり得そうで困る。

 被害が大きくなりそうだから困る。

 何はともあれ、幽霊騒動は終結。幽霊と間違えてしまった獣の処遇は決まっていないが、時間帯はまだ深夜。

 

 眠い。

 明日の朝、処遇を決めたとしても問題はないだろう。

 事件が解決すると同時に、眠気が襲って来る。

 

 アルトリアは大きな欠伸を行う。

 つられて、ユーリやエクター。

 

「取り敢えず部屋に戻ろう。また眠くなって来たし、そろそろ眠りたい」

 

「儂も同じだ。コイツは……追い出すのも忍びないし、一緒の布団で寝かせるか」

 

「右に同じく」

 

 全会一致。

 早速、部屋へ戻ろうとする三人。

 その時、物音が聞こえてきた。何かが落ちるような音ではない。引きずられるような、奇妙な音。

 

「……何? 今の、音」

 

 過敏に反応するのはユーリ。

 

「もしかして、この子に仲間が居たのかも」

 

 幽霊という考えは即座に否定。

 それよりも、エクターの手に抱えられている獣と同じと考えた方が辻褄が合う。エクターもアルトリアと同じ意見だったのか、軽く頷く。

 

 確認してみよう。

 物音が聞こえてきたのは、工房のとある棚の中。

 

 近づけば物音はより鮮明になる。幻聴と片付ける事は出来ない。皆が息を呑んで事態を見守っている中、アルトリア意を決して棚を開く。

 

 中から姿を現すのは、体が蛍光色に発光している獣――などでは無く。「あ、ど、どうも」と、アルトリアと目が合ってしまい、気まずそうにしながらも挨拶を行う。正真正銘の幽霊だった。

 

 その瞬間、ユーリは絶叫。

 何やかんやあって工房は盛大に爆発してしまい、暫くの間ユーリは出禁となってしまうのだった。

 

 実に妥当すぎる結果だ。

 

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