星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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 ユーリがアルトリアを引き取ってから、数年が経過した。

 アルトリアは順調に成長していき、今ではハイハイ歩きが出来てしまう程に。

 しかし、全てが順調と言う訳ではない。

 

「……キツイわね」

 

 ユーリは椅子に腰かけ、紅茶を飲みながら呟く。

 彼女の目元には、濃い隈が浮かび上がっていた。

 原因は子育て。

 

 数年前、妖精達から取り上げた赤子であるアルトリアを引き取ったは良いものの、具体的にどのような方法で子育てを行えば良いのか分からず、悪戦苦闘する毎日だった。赤子をどの様に育てれば良いのか? と言う事は何となく分かったものの、子育ての方法が分かった所で赤子の機嫌まで制御できる訳ではない。

 

 どの様に子育てを行えば良いのか分かった現在、ユーリを苦しめていたのは赤子との接し方だった。

 なにせ、相手は赤子。

 

 優しく接したとしても、何処か綻びが存在すれば泣かせてしまう。

 いっその事、暴力を振るう事で黙らせてしまおうか? とも考えたが、流石にソレは不味い。ユーリの中の常識が「それは良くない」とNGを出している。

 

 結果として、泣き喚いてしまったアルトリアが泣き止むまであやし続け、再び泣いてしまったらあやし続けるという、似たような事を繰り返していた。

 日中であれば、まだ問題はなかった。

 

 一番の問題は夜。

 今日、一日を終えて。疲れを回復させる為に眠りに付こうとした時、始まってしまうアルトリアの夜泣き。

 

 拷問以外のなにものでもない。

 夜泣きを無視して就寝するにしても、生憎ユーリはそこまで豪胆では無い。自身の傍で泣き喚き続ければ、嫌でも瞼は開いてしまう。

 

 だからこそ、アルトリアの夜泣きを止める。と言う選択肢以外に、彼女が安心して就寝する方法は存在しない。

 籠に収まっている、泣き続けているアルトリアを優しく抱える。

 

「よし、よし」とアルトリア自身を安心させる声を掛けを行いつつ、軽く揺らして何とか夜泣きを止めようとする。

 これもまた、彼女と共に過ごして来た過程で発見した知恵。

 

「……おかしいわね」

 

 アルトリアを安心させるように声を掛けを行いつつ、軽く揺らしながら夜泣きを止めようとする事、数時間。

 本来であれば泣き止んでくれる筈のアルトリアは、しかし一向に泣き止む様子を見せない。

 

 止むには止むのだが、暫く時間をおくとまたもや夜泣きが始まってしまう。

 泣き止んでから数分後の時もあれば、数十分、1,2時間の時もある。何方にしても、十分な睡眠時間を確保する事が出来ないまま、夜が明けた。

 

「……あら? もう、朝……?」

 

 窓から差し込む日の光。

 薄暗かった室内は明るさを取り戻していくが、ユーリにとっては喜ばしい事とは言えない。なにせ、依然としてアルトリアは夜泣きを続けているからだ。

 

 いいや。既に朝になってしまったのだから朝泣きと呼んだ方が良いのかもしれない。

 何方にしても、睡眠不足で若干視界がふらつく。

 疲労が抜けていないせいか、僅かながら体が重い。

 

『獣狩り』と言う職業柄、徹夜で職務に望む事だって珍しくはない。しかし、子育ての結果睡眠不足に陥ってしまうというのはどうにも慣れない。

 体力とは別の何かが削れてしまっているような。

 そんな錯覚を覚えてしまう。

 

「全然泣き止まないわね。何か、方法が間違っていたのかしら?」

 

 同じ方法が通用しない。

 何度試してみても、アルトリアは泣き止まない。

 勘弁してくれ。

 

 貴重な睡眠時間を奪い取るだけでなく、朝方の気力さえも奪ってしまうのか? 一瞬、弱音が脳裏を過ってしまう。

 そんな弱音を噛み砕く。

 

(一体、何を弱気な事を言っているのかしら? この、私は。自分自身で選んだ癖に文句を言うなんて、恥知らずにも程があるわ)

 

 弱音を吐いた自分自身を叱咤する。

 兎にも角にも、今は泣き続けるアルトリアを泣き止ませる事が優先だ。今の方法が駄目なのであれば、新しい方法を試すだけ。

 

「そう言えば、高い高いという方法が子供の機嫌を取る為に有効だったような……」

 

 ふと、思い出す。

 赤子を泣き止ませる為の方法。

 もしかすると、自身の思い違いかもしれないが、この際だ。藁にもすがる思いで、早速高い高いという方法を実践してみる。

 

「高い。高い」

 

 口に出しながら、アルトリアを持つ両腕を天井に向けて伸ばす。

 果たして、結果は?

 暫くの間は無反応だったアルトリア。

 しかし、笑顔に変わる。

 

 好機。

 このまま、一気に畳みかける。

 機嫌を取り続ける事によって、泣く暇など与えない。

 

 再び高い高いを行う。

 さっきよりも高く。

 腕を限界まで伸ばして。

 

 アルトリアは楽しそうに笑う。

 まだまだ。

 ユーリは自身が住んでいる家――傍目に見れば、小屋程の大きさ――から外に出て、再び高い高いを行う。

 

 今度は、腕を限界まで伸ばす事はしない。

 一度両腕に力を溜めた後、勢いよく上昇させて手を放す。

 反動で、数秒の間宙を舞うアルトリア。

 

 暫くして、ユーリの両手の中にアルトリアは戻って来る。

 アルトリアは笑顔だった。寧ろ、先程の体験をえてなのか、満面の笑みを浮かべている。

 確かな手応えを感じた。

 

 繰り返す、高い高い。

 高度はどんどん上がっていく。

 仮にまともな思考回路を持つ者が目にすれば、思わず腰を抜かしていたかもしれない。何せ自身が育てている赤子を、ボールでもぶん投げるように、勢いよく上に上げているのだ。

 

 恐ろしいのは、投げ手であるユーリはおろか。投げられている側であるアルトリアでさえも、楽しそうに笑っている点だ。

 余りにも悍ましい光景。

 

 しかし、今、この場にソレを指摘する者は誰もいない。

 高い高いから帰って来たアルトリアを受け止めるユーリ。

 

(これで、最後。これが私に出来る、最高高度)

 

 長めに。両腕に力を溜める。十分に力が溜まった事を確認した後、ユーリは「高い高い」と言う掛け声と共に、アルトリアを上空に射出した。

 自分に出来る、限界ギリギリ。

 

 アルトリアも喜んでくれている。

 これなら、途中で泣いてしまうという事も起こらないだろう。

 

 アルトリアが戻って来るまで待っていると、何処からともなく鳴き声が聞こえて来る。声の聞こえてきた方向に視線を向ければ、巨大な2枚の翼を勢いよく羽ばたかせながら、一匹の巨大な鳥類が空を飛んでいた。

 

「あ」

 

 タイミング良く、巨大な鳥類のすぐ傍に落下するアルトリア。

 獲物が空から降って来た。

 見過ごす程、巨大な鳥類は間抜けな頭はしていない。

 

「やったー!」と言わんばかりの絶叫と共に、両足を使って器用にキャッチ。そのまま巨大な翼をはためかせて、何処かへと去ってしまう。

 

「…………ハッ。不味い、助けないと……!」

 

 突然の事態に、思わず呆然としてしまったユーリ。

 急いで追わなければ、巨大な鳥類の朝食としてアルトリアが食べられてしまう。鳥類の体躯が大きすぎた事が幸いした。

 

 距離が離れていても、その姿を捉える事は出来る。

 早速、追跡を行おうとするが、

 

「あ、武器を持って行かないと」

 

 一度家に戻り、慌てて槍を取って来た後、改めてアルトリアを追いかける。

 巨大な鳥類は空を飛んでいる為、障害物など存在しない。

 しかし、鳥類の真下。

 

 鬱蒼と生い茂っている森の中は話が違う。

 ユーリは時折空を見上げつつ、森に存在している道なき道を突き進む。道を阻む障害物が存在すれば、槍を使う。

 葉や枝を掻き分けて、アルトリアの姿を見失わない様に追いかける。

 

「……チッ。面倒な」

 

 ユーリは思わず舌打ちをする。

 彼女の耳に届いて来るのは、複数体の足音。

 聞き慣れた足音だ。

 草むらから姿を現すのは、森に住まう無数の獣。

 

「邪魔をしないでくれるかしら?」

 

 顔を出した獣達。奴らが襲い掛かって来る前に、ユーリが先制攻撃をお見舞いする。動物愛護の精神など、欠片も存在していない。

 森での絶対的なルールは弱肉強食。

 

 殺されたとしても、ソレは相手が弱かったからに他ならない。そして、理不尽とも言える自然界のルールは森に足を踏み入れたユーリにさえも適用されてしまう。

 だからこそ、問題事を迅速に片づける。

 

 先頭の仲間が殺された事に、僅かながら驚きを見せる獣達。

 知性を持つ者としては、至極当然な反応。

 しかし、命のやり取りが行われている場においては悪手以外の何者でもない。

 

 槍は振るわれ、その研がれた刃によって獣達は呆気なく切り刻まれていく。全てが急所。獣達は碌に苦しむ事もなく、ユーリの手によって葬りさられる。

 彼女が慈悲深いだけではない。

 

 単純に、今は獣の相手をするよりも優先する事柄が存在していたから、急所を突いて時短を行っただけ。

 獣達を片付ける時間は、精々数十秒程度。

 

 しかし、追いかけていた鳥類との間に開いた差は大きい。

 このままでは全力疾走したとしても、追いつく事は出来ない。次第に距離は離れてしまい、もう二度とアルトリアと会えなくなってしまうだろう。

 

「…………仕方がない」

 

 二重の意味でやりたくなかったが、背に腹は代えられない。

 ユーリは槍を片手で強く握り締める。

 照準を定めた後、助走を付けて思い切り槍をぶん投げる。

 

 投げ槍だ。

 空を切り裂く音と共に、薙刀は斜め上を真っ直ぐに突き進む。

 そして、見事巨大な鳥類の翼を穿つ。

 

 途轍もなく痛かったのか、鳥類は絶叫する。

 同時に力が緩んでしまい二本の両足で抱えていたアルトリアを離してしまう。

 槍が鳥類の翼を貫いたと同時に、急いで鳥類の真下へと向かう。この手法を取りたくなかった理由は二つ存在している。

 

 一つ目は、槍を思い切りぶん投げてしまう為、何処に行ってしまったか分からなくなって回収が面倒になってしまう。

 二つ目は、鳥類が確実にアルトリアを落としてしまう為、回収に失敗すればアルトリアが凄惨な死体となってしまう。

 

 距離としてはギリギリ。

 全速力でダッシュすれば、間に合うか? と言った所だ。

 次第に、小さかったアルトリアの姿が見えて来る。

 

 それに比例して、アルトリアが地面に近づく距離も短くなっていく。

 ――これは間に合わない。

 ユーリの直感がそう囁く。

 全くもって同感だ。今のペースでは、寸での所で回収する事は出来ない。

 

「だったら、こうするだけ」

 

 自身の全身を使い、滑りこませる。

 限界まで伸ばした両腕と両掌。

 その指先に、アルトリアが触れる。

 

「……何とか回収する事が出来たわね」

 

 紙一重の差で回収できたアルトリアを自身の胸に抱きながら、ユーリは仰向けになって空を見上げる。

 幻想的な、黄昏色の空。

 

 そんな奇麗な景色を邪魔する異物が一体。

 穿たれた翼が痛むせいなのか、不格好な飛行フォルムを披露しながらも此方に近づいてくる巨大な鳥類。

 

 血走った眼球がユーリを見る。

 自身の翼を攻撃した相手がユーリだという事に気付いているのか「よくもやってくれたな」と言わんばかりの奇声を周囲に響かせる。

 

 このまま放置して家に帰れば、後で確実に面倒な事になってしまうだろう。

 立ち上がり、アルトリアを安全な場所に置いて、相対する。

 

「とは言っても、私の武器は何処かに行ってしまったし。……まあ、そこら辺に落ちてある良さそうな木の枝を使えば問題ないか」

 

 自身の身の丈の倍はある、巨大な獣。

 何方が捕食者であり、何方が被捕食者なのかは明白。しかし、ユーリは取り乱したりしない。

 

 日常茶飯事。

 このような日々は珍しい事ではないし、何度も体験して来た。

 槍をなくしてしまう事もザラだ。

 

 だから、取り乱すような事はなにもない。

 落ちていた木の枝を拾い上げ、槍のようにとがった先端を突き付ける。

 

「ほら、早くきなさい」

 

 ユーリの言葉など伝わっていない。しかし、自身が侮られている事は理解出来たのだろう。鳥は雄叫びを上げながら、ユーリに襲い掛かるのだった。

 

 

 

 

「当分、高い高いはしない方が良いわね」

 

 自宅に戻って来たユーリ。

 玄関の前で、多少なりとも砂や埃。葉っぱによって汚れてしまった自分の体を叩き、汚れを落としておく。

 

 彼女の傍に置いてあるのは、眉間を木の枝で貫かれて絶命した巨大な鳥。

 これで当分、食料に困る事は無いだろう。

 アルトリアも刺激的な日々を送る事が出来た影響か、とても楽しそうに笑っている。

 

 面倒な事態に巻き込まれてしまったものの、これで夜に泣くことは起きない筈だ。

 と、思っていた。

 

 まるで、昼間の刺激的な出来事が嘘だったかのように、ワンワンと泣き始めるアルトリア。一体どうして泣いてしまうのか? 頭を捻った所で、具体的な原因など分からない。

 

 何はともあれ、眠ろうとしていたベッドから立ち上がり、アルトリアをあやす為に彼女を優しく抱きかかえて宥めるのだった。

 

「……やっぱり、あの時の言葉は無かった事にした方が良いかもしれないわね」

 

 面倒な事態に巻き込まれてしまったが、睡眠を邪魔されるよりは幾分マシだ。

 そんな事を考えながら、ユーリは一生懸命にアルトリアをあやすのだった。

 

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