星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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評価、感想、誤字報告ありがとうございます。


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 ユーリは家の窓から、外の景色を眺めている。

 その姿はとても様になっていた。

 

 窓から差し込まれる明かりに照らされて、神秘的な光景を映し出す。感情は希薄ではあるものの、整った顔立ち。真白よりも白く、絹のように滑らかな髪。纏う雰囲気は何処か儚く、瞬きを行えば目の前から消えてしまうのでは? と錯覚してしまう。

 

 溜息を吐く。

 深く、長い溜息。

 自身の心の内に存在する、全ての負の感情を吐き出すように。

 

 もしも、彼女のそんな姿を見かけた者が居るのであれば、きっと彼女を蝕んでいるであろう「悩み」を取り除く為、自分の全てを投げ打ってでも手を尽くす事だろう。

 

 それ程までの異彩を放つ。

 アルトリアは、そんな母親の姿をジト目で見つめながら一言。

 

「お母さん。いい加減、エクターに謝りに行ったらどうなの?」

 

 返答はない。

 

「確か、出禁を言い渡されたのは数日前だったかい? その間、一度も謝っていないとは。中々にプライドが高いのか。或いは、別の要因でも存在しているのかい?」

 

 手に握られている『選定の杖』から、マーリンの声が響く。

 ユーリは今現在、小さい頃からお世話になっているエクターから自身の工房の立ち入りを一切禁じられている状態だ。

 

 別段、深い理由はない。

 

 少し前に、ひょんな事からエクターの工房で泊まる事になった一行。途中までは何のハプニングも起こらず、普通だった。しかし、深夜に発生した幽霊騒動を経て工房が爆発。

 

 原因は、幽霊の出現によって錯乱してしまったユーリが工房内を暴れ回ってしまったせいだ。

 幸いにも、工房全体が吹き飛んだ訳ではない。

 

 壊れたのは一部であり、修理は容易。されど、二度も同じことを引き起こされてはたまらんと、ユーリは工房の出禁を言い渡されてしまった。

 

 きっと、反省しなさいという意味も込められていたのだろう。

 悪手だったのは、その場ですぐに謝らなかった事。ユーリは謝らず、数日経った今も謝る素振りすら見せない。

 

 しかし、アルトリアの指摘に対して鋭い反応を口にしてこない辺り、自分が良くない事をしてしまった事は自覚しているだろう。

 そもそも、ユーリは子供ではない。

 

 立派な大人だ。

 少なくともアルトリアの年齢の数倍以上の時間を生きている。

 だからこそ、あの場でどうするべきだったのかはユーリ自身が分かっている筈だった。

 

「……はぁ。分かった。話せば良いのでしょう? 話せば? だから、その何とも言えない視線を向けて来るのを止めなさい。何故か知らないけれど、嫌な気分になって来るの」

 

 何度聞いても本人は答えてくれない。

 

 業を煮やしたアルトリアは、強硬手段に出た訳だったが、上手く実を結んだ。暇さえあれば、ジト目でユーリを見つめ続ける。暫くの間成果が出ず「あれ? もしかして、私って無駄な時間を過ごしたりする?」と一瞬正気に戻りかけた事もあったが、最終的には結果に結びついた。

 

 つまり、アルトリアの行った事は正しかった訳だ。

 異論は認めない。

 

「いや。アルトリア。恐らくだが、他に良い方法はあったと思うよ。確実に」

 

 異論は認めない。

 師からの提案を、鋼の意思で封殺。

 本題に戻る。

 

「それでお母さん。お母さんはどうしてエクターに謝らないの? 確かにエクターは意地っ張りな所もあるけど、優しいじゃん。それに、お母さんがわざと壊した訳じゃない事だって知ってるんだから許してくれるよ。多分」

 

 断言するのは怖いので、一応保険はかけておく。

 

「勿論、そんな事は分かっているわよ。きっと、エクターは私が謝れば許してくれるでしょうね」

 

 だったら話は早い。

 さっさと謝れば済む話ではないか、とは言わない。

 

「……でも。変な話を言うようだけれど、怖いのよ」

 

「怖いって何が? 叱られるのが? それとも、工房を弁償する為のお金とか? もしくは、未だに工房に居座っているかもしれない幽霊が?」

 

 余談にはなるが、エクターの工房に未だ幽霊が住み着いている。

 

 ユーリは幽霊と出会ってしまったショックで、半ば記憶を失ってしまっているが、幽霊自体はそこまで悪い奴では無かった為、暫くの間は工房に置いておく事になった。

 

 因みに、暗闇の中で蛍光色に光る獣も新たな同居人として加わっている。

 

 1人暮らしだった筈なのに、気付けば1体の幽霊と1匹の獣が追加された。今度は、一体何を迎いれるのか? エクターの今後に注目が集まる所だ。

 

「違うわ。……謝ったとしても、許してくれるかどうか」

 

「は?」

 

 言っている意味が分からず、思わず困惑してしまう。

 ユーリ自身が言っていたではないか。

 何やかんや言ってもエクターは優しい。誤ればきっと許してくれると。

 

 にも関わらず、許して貰えないかもしれない。

 これではさっき言っている事と矛盾している。

 

「待ちなさい。アルトリア。貴方の言いたい事は、十分に理解しているつもりよ。私の気持ちも分かって欲しいの。謝れば、エクターは確実に私を許してくれると思っているわ。でも、もしも私を許してくれなかったら? そう考えると、足が竦んで動けなくなってしまう……と言うか。何と言うか」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、次第に声のトーンが落ちていく。

 ユーリが何を言いたいのか分かった。

 

『妖精眼』を使って、心の裏側を見るまでもない。

 要は、ユーリはエクターに嫌われたくないのだ。

 

 彼にちょっかいをかけたり、悪戯紛いの行いに手を出す事はあっても、じゃれ合いの延長線上。叱られる程度で、2人の関係性が変わる事はない。

 

 しかし、今回は工房の破壊。

 悪ふざけでは済まされない。一線を越えてしまっている。

 だからこそ、ユーリは恐れてしまっているのだ。取り返しのつかない事をしてしまい、今までの関係性が崩れてしまうかもしれないから。

 

「お母さん。面倒くさい」

 

「め、面倒くさい!?」

 

 話を聞き終えた後、アルトリアは率直な感想を口にする。

 ――面倒くさい。

 この一言に尽きた。

 

 正直な話、そんな事を考えた所で、所詮は只の推測でしかない。実際に会って、話して見なければ何も分からない。

 にも関わらず、ありもしない。確定してもいない事でうじうじと悩む。

 

 コレを面倒くさいと言わず、一体何と言うべきなのか?

 予想外の言葉に、返答する事が出来ないユーリ。

 

「確かに、アルトリアの言っている事が正しいかもしれないね。事実は何も分かっていないにも関わらず、自身の想像こそが事実だと考えてしまうのは愚かな事だ。それに、君の強みは一度これと決めたら真っ直ぐに突き進む猪突猛進さだ。悩むより、行動した方が確実だと私は思うよ」

 

「先程の言葉、私を馬鹿にした風に聞こえたのだけれど?」

 

 アルトリアとは異なり、耳聡くマーリンのさりげのないディスリに気づくユーリ。『選定の杖』を凝視して、マーリンに対して無言の抗議を行う。

 

 喋ったらボロが出てしまうと考えたのか、マーリンは以降口を閉ざしてしまう。

 

「と言う訳だから。お母さん。早く行くよ」

 

「行くって、何処に?」

 

「勿論、エクターの所に決まってるでしょ!」

 

 アルトリアはユーリの手首を掴み、エクターのもとまで連れて行こうとする。必死に抵抗を試みるユーリ。しかし、2人の言っている事は正論だという自覚もあるのだろう。必死になって振りほどこうとしているが、何処か弱々しく、拙い。

 

 まるで形だけ。

 このままされるがままと言うのは癪だから、せめてもの抵抗位は行っておいて、体裁を整える事にしようと言った具合だ。

 

 アルトリアに引っ張られる形で、家を出て、森を抜け、エクターの工房まで辿り着く。早速中に入ろうとするが、如何やら先客がいた。

 隠れなくても良かったのだが、反射的に物陰に隠れてしまう。恐る恐る、工房内の様子を伺う。聞き耳を立てる。

 

「アンタか。この木箱の中に、依頼された品が入っている。確か、鎧の注文だったが、一応サイズが合っているか装着して見てくれ」

 

 工房内にいるのは、エクターと1人の妖精。

 アルトリアはその妖精の姿を目にして、思わずギョッとしてしまう。

 普通の妖精と比べても、余りにも巨大だった。

 

 金色の髪は、何処か獣の毛並みを彷彿とさせる。容姿は整い、美しいものの、何処か野性味が強い。理知的な瞳の奥には、抑制されたどう猛さも同居している。

 

 身長は高く、身体つきは立派。

 一体、何を食べればあんな風になるのだろう? 少なくとも、毎日元気一杯食事を取っているアルトリアでも、あんな風になるのは難しい。

 

 しかし、真に注目すべきはそこではない。

 腰にさした一振りの剣に、戦いとは無縁の妖精とは一線を画す立ち振る舞い。間違いなく、只の妖精とは違う。

 

 見た事はない。精々、耳にした程度だが、もしかするとあの妖精はどこぞの騎士なのかもしれない。

 

「あら? 珍しいお客さんのようね」

 

 物陰から身を隠しつつ、様子を見ていたアルトリア。頭の上に顎を乗せるのはユーリ。

 彼女もまた、アルトリアと同じ様に盗み見ていた。

 

「……お母さん。もしかして、あの妖精を知っているの?」

 

「ええ。彼女は妖精騎士と呼ばれている存在で、確かガウェインと言う名を与えられていた筈よ。本名が何なのか知らないけれど」

 

「妖精騎士……なんか、凄そう」

 

 アルトリアは工房の様子を眺めるのに夢中で、ユーリがどのような表情を浮かべているのか知らなかった。

 

 しかし、もしもユーリの顔を見る事が出来れば、さぞかし心配していた事だろう。何故なら、普段の彼女から考えられない程、真剣な面持ちだったから。

 

「ねえ、アルトリア――」

 

 ユーリがアルトリアに対して、何かを話そうとするが聞こえない。

 それよりも興味を惹く内容が聞こえてきたから。

 

「とても素晴らしい腕です。エクター殿。私の体にぴったりと合っている。長年連れ添った武具のように……と言うのはやや大げさな表現かもしれませんが、コレから先この鎧は私にとって唯一無二の相棒となる事でしょう」

 

「言い過ぎだ。儂は単純に、与えられた仕事を果たしただけだ。何処か、気になる所はあるか? あるなら直すが……ないか?」

 

 鎧の試着を終え、満足したのか。

 木箱に鎧を戻す妖精騎士ガウェイン。

 後は支払いを行ってお終い。

 

 そうなる筈が、如何にも雲行きが怪しかった。

 エクターに向かってこんな事を口にする。

 

「エクター殿。やはり、この様な辺境の場所で仕事を行うのではなく、もっと大きな都市で仕事をしてはどうだろうか?」

 

 それは勧誘だった。

 エクターを慮っての提案。

 エクターからの返答はない。ガウェインは、話を続ける。

 

「勿論、出来ることなら私が収めている領地に来て欲しいというのが本音ではあるが、そこはエクター殿の意思に任せたいと考えている。私は実に惜しいと思っている。エクター殿の腕は一流であり、もっとその素晴らしさが広まれば良いのにと思っているんだ」

 

 彼女は間違いなくエクターの鍛冶の腕に惚れ込んでいる。

 だからこそ、こんな辺鄙な場所で一生を終わらせるのではなく、もっと注目が集まる表舞台に立ち、その名を轟かせて欲しいと考えている。

 

 エクターは何も言わない。

 黙って、ガウェインの話に耳を傾けるだけ。

 

 再びガウェインが口を開き、何かを言おうとする。が、ソレに被せるように叫びながら、物陰に隠れていたアルトリアが姿を現す。

 

「それは絶対に駄目!」

 

「……む。誰だ? 貴様は」

 

 邪魔された事で、不愉快そうに顔を顰めるガウェイン。

 分かりやすい怒りの表情は恐ろしい。

 赤子で有れば、即座に泣き喚いてしまう威圧感があった。

 

 しかし、今のアルトリアにとってはどうでも良い。それよりも重要だったのは、エクターがここから居なくなってしまうかもしれない、と言う可能性。

 

「エクターが別の所に行っちゃうなんて、絶対に嫌だ! そんなの、絶対に駄目!」

 

「貴様は一体、エクター殿の何なんだ? 弟子……にしては若く見えるし、鍛冶のいろはを学んでいる様にも見えない。が、勝手な事を言うものじゃない。エクター殿の腕は目を見張る物がある。こんな場所で鍛冶屋を営むのではなく、もっと広い場所。もっと大きい場所で店を持てば、きっと沢山の妖精がこぞって彼に依頼を出す事だろう」

 

 ガウェインは。否、注文の品である鎧の入った木箱に張り付けられた伝票には、妖精騎士ガウェインの文字は無い。

 巧妙に隠されているものの、アルトリアの持つ『妖精眼』の前では無力だ。

 

 名はバーゲスト。

 ソレこそが、妖精騎士ガウェインの本来の名前。

 バーゲストは、遠回しに言う。

 

 正論だ。

 エクターの様な、自身の店を持つ者にとって、自身の腕が評価されるのは至極名誉な事だ。依頼が増えて金を稼ぐ事が出来るなら、尚良し。

 

 バーゲストが提案しているのは、鍛冶師にとって悲願を達成する為の切符だ。

 対して、アルトリアの主張は自己満足でしかない。

 

 知り合いが居なくなってしまう。だから、嫌だ。

 理由は身勝手で、エクターに寄り添っていない。これで一体、どうしてエクターを引き留める事が出来るというのか?

 

 早くも、勝敗は決していたも同然だった。

 勝ち誇った笑みを浮かべるバーゲストと、二の句が告げなくなってしまい悔しそうに唇を噛むアルトリア。

 

 アルトリアに出来る事は、彼女の本名を良い感じに略して辱める事しか出来ない。因みに、考えた仇名はバゲ子だ。

 我ながら、会心の出来だと自負している。

 

(いや、そんな事を考えてる暇はない。って言うか、どうやったら言い負かす事が……)

 

 アルトリアは忘れていた。

 バーゲストが、エクターにとんでもない事を話していた衝撃で。

 だからこそ、彼女が姿を現すのは至極当然にも思えた。

 

「一体、何の話をしているのかしら?」

 

 威風堂々とした佇まいで、ユーリが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 面倒な事になってしまった。

 それがユーリの率直な感想だった。

 元々の目的は、エクターに謝罪する事だった。

 

 しかし、妖精騎士ガウェインが客として工房にやって来た事を知り、ユーリの目的は切り替わった。

 本人も度々忘れてしまいそうになっているが、アルトリアは『予言の子』だ。いずれ、全ての妖精を救うと言われている救世主。

 

 その存在は、大半の妖精達に希望を与えると同時に、一部の妖精からは迷惑がられている。否、迷惑なんて可愛い表現ではない。

 より正確に言えば、排除したいと考えていた。

 

 それこそが、妖精國の女王であるモルガンを筆頭とした女王陣営。

『予言の子』が存在する、と言う噂を聞きつければ女王直属の処刑部隊を派遣。嘘だろうが、本当だろうがお構いなし。

 

 一切の慈悲など存在しない。

 ましてや、妖精騎士ガウェインは女王モルガンの直属の部下。

 

 仮にアルトリアの正体が『予言の子』だと知られてしまえば、アルトリアの命はない。碌に抵抗する事も出来ず、アルトリアはガウェインに捕まってしまう事だろう。ユーリが戦った所で、数秒時間を稼ぐ事が出来れば良い方。

 

 悪ければ一瞬で勝負がつく。

 尤も、彼女とエクターしか知らない力を使えば、更に時間を稼ぐ事は可能だろう。だが、時間稼ぎと言う枠組みが外れる事はない。

 

 勝てない。

 どれだけ手を尽くし、どれだけ策を巡らし、どれだけ趣向を変えた所で。妖精騎士ガウェインに勝つ確率は限りなくゼロに近い。

 

 だからこそ、ユーリはアルトリアと妖精騎士ガウェインを会わせたくはなかった。

 エクターと仲直りをする、と言う当初の目的を蔑ろにしてでも。

 

(……にも関わらず、あの子は先走るし。向こうにいるのが、女王の部下だって事を知らないのかしら?)

 

 それとも、自分自身が『予言の子』だという事を忘れている?

 

 一度こうと決めたら、後先を考えない直情的な部分が発揮された。魔猪の氏族という、存在しない氏族で呼んでいたが、もしかすると過去にそう言った氏族は実際に存在していたのかもしれない。

 

 じゃ無ければ、ここまで事態は面倒な事にはならなかった筈だ。

 一度大きく深呼吸を行い、乱れた精神を整える。

 

 既にアルトリアはガウェインと出会ってしまった。その上、顔まで見られてしまった。幸いにも、アルトリアが『予言の子』だと知られていない。

 

 だが、何が切っ掛けでアルトリアの正体がバレるかも分からない。

 

「一体、何の話をしているのかしら?」

 

 透き通るような、透明質な声。

 誰も言葉を発する事はなく、ユーリの声のみが工房内に、微かに響き渡る。

 

「お母さん! エクターが!」

 

「黙りなさい。アルトリア」

 

 これ以上、ボロが出るのは困る。

 ユーリはピシャリと、アルトリアを黙らせる。

 

 アルトリアを目立たせてはいけない。

 注目を集めるべきは、自分自身。

 

「その人の言っている事は正しいわ。正直な所、どうしてエクターがこんな田舎で鍛冶業を営んでいるのか不思議だったのよ。訪れる客は、精々片手で数える程度。幾ら腕が良くても、ここまで辺境にいれば人は誰も来ない。お世辞にも、良い場所とは言えないわ」

 

 バーゲストはその通りだ、と言わんばかりに頷く。

 逆に、アルトリアは信じられないとでも言いたげに目を見開く。

 正論だ。

 

 バーゲストの言っている事は全て正しく、アルトリアの主張こそが間違っている。

 

 だが、ユーリはそれでも言いたい事があった。今現在の目的は、アルトリアから注意を逸らす事。余り派手に事を起こさず、このままバーゲストには帰って貰った方がユーリにとっては都合が良い。

 

 それでも、言いたかった。言わなければ良かった。

 

「それが一体なんだというのかしら? 確かにエクターは腕が良いけれど、こんな辺鄙な場所に店を構えているせいで客は少ないし、儲けも余りでない。でも、私たちはこうして気軽に遊びに来る事が出来るわ」

 

「……は?」

 

 今度は、バーゲストが大きく目を見開く番だった。

 

「何、を。貴様は、自分勝手な事を……!」

 

「別に良いでしょう? 自分勝手でも。エクターが居なくなるのは反対よ。エクターが居なくなったら、この場所に留まる意味の半分以上が失われてしまうし、寂しくなるし、遊ぶ事が出来ないし、安価で仕事を引き受けてもらう事も出来なくなるわ」

 

「どうして貴様は、エクター殿を思いやる事が出来ないんだ!」

 

 余りにも散々すぎる物言い。

 

 エクターを中心に考えるので有れば、まだ理解出来たのかもしれない。しかし、ユーリの話の内容は、自分が困ってしまうから。只、それだけだ。

 

 怒りの余りバーゲストが怒声を上げる。

 吹き出る威圧感は、心の弱い者で有れば一瞬で気を失ったとしてもおかしくはない。ユーリが心が鋼のように強い為、動じたりしない。

 

 涼しい顔だ。

 

「第一、エクターは何時まで経ってもここから離れないのよ? 理由はどうあっても、貴方の提案を乗らないとは思うわ」

 

 最後にそう言い残し、工房を去ろうとするユーリ。

 自分の言いたい事を言ってくれて、すっきりした面持ちのアルトリアも、その後ろをついて行く形で工房を後にしようとする。

 

 バーゲストの表情には「納得」の二文字は存在していない。

 だからこそ、彼女がこのような提案をするのは当然だったのかもしれない。

 

「私を、決闘をしろ。貴様の態度は、腹に据えかねる。貴様のそのふざけた態度を、この私が手ずから叩き直してくれる!」

 

 激情に表情を歪ませ、腰にさした剣を抜き、意気軒昂と叫ぶバーゲスト。

 

「そう。分かったわ。それじゃあ、じゃんけんで勝敗を付ける事にしましょう」

 

「へ? じゃん、けん?」

 

 バーゲストが何を言うのか予想していたのか、180度回転して進路を変更した後、一方的に勝負の内容を告げるユーリ。

 予想外の提案に、思わず呆けた表情を浮かべるバーゲスト。

 

 身に纏った怒気は霧散し、勇ましかった表情も年頃の乙女に変わる。

 が、そんなものは知った事かとユーリは勝負を続行。

 

「え? いや、ちょっ……待っ……!」

 

「待たない。じゃんけん、ぽん」

 

 咄嗟に出した手は、ユーリがチョキ。対するバーゲストはパー。

 ユーリの勝利だ。

 

「私の勝利ね。と言う訳で、謝罪云々かんぬんはしないわ。大人しく負けを認めなさい」

 

「くっ、こんな勝負など認められませんわ!」

 

 先程の雄々しい口調は何処に行ったのか、淑女然とした口調で抗議を行うバーゲスト。恐らくは、此方の口調が素なのだろう。

 

「そうかもしれないけれど、貴方と私が殴り合いを行って、私が勝てると思っているのかしら? もって数秒。試合開始と同時に負ける可能性だって十分に高いわよ。それとも、天下の妖精騎士様は自分の得意な物じゃ無ければ、十分に実力を発揮できないとでもいうつもりなのかしら?」

 

「……そんな、つもりは……ありませんが」

 

 言っている事は正しいと思ったのか、次第に言葉の勢いがなくなっていく。

 ユーリの行った事は騙し打ちにも等しい。

 

 されど、卑怯なのか? と聞かれればそうではない。武力では確実に負けてしまうが、じゃんけんは運だ。

 何も考えずに出した手で、勝利するという可能性も決してゼロだった訳ではない。尤も、ユーリは直感を行使していた訳だが。

 

 バーゲストも本気を出せば、じゃんけんを行う際。刹那とも呼べる時間で、相手がどの手を出すか確認した後、有利な手を出す事も可能だっただろう。

 

 出来なかったのは、突然の提案で戸惑ってしまったから。

 勝つ要素は十二分に存在していたが、ユーリの戦略勝ちと言っても良いだろう。

 

「とは言っても、私たちのような第三者がエクターの気持ちを勝手に決める、と言うのがそもそもの間違いね。エクター。貴方の返事を聞かせてくれるかしら? 後、前は工房を壊してしまってごめんなさい。反省はしているのだけれど、幽霊は追い出した方が良いと思うわよ」

 

 本来の目的だった謝罪も済ませつつ、ユーリはエクターの反応を見守る。

 

 表面上は何て事もないように振舞っているが、実際心臓の鼓動は速くなっている。もしも、エクターがここを出ると言ったらどうしよう? と言う不安で一杯だった。

 

 ゆっくりとエクターが口を開く。

 

「申し出は有難いが、店を移るつもりはない。沢山客が来てくれる、と言うのは嬉しいが、余り注目されるのは苦手でな。すまんな。だが、依頼があれば何時でも来てくれ。自慢の腕で完璧に仕上げてやるから」

 

 ホッ、とユーリは胸を撫でおろす。

 良かった。

 エクターは居なくならない。

 

 アルトリアの顔を見れば、彼女もユーリと同じように嬉しそうだった。

 

「そ、そうですか。……その、申し訳ありません。私、本人の意志も確認せずに、勝手な事を言ってしまい。……恥ずかしい。またもや、周りが見えなくなってしまうなんて。これでは、陛下に合わせる顔がありません」

 

 反対に、バーゲストは途轍もない羞恥心を抱いているのか、両手で顔を覆っていた。顔は茹でたタコのように真っ赤になっており、湯気を立てている。

 

 食べ物を近づけたら、良い具合にこんがりと焼けそうな勢いだ。

 

「大丈夫かしら?」

 

 余りにもな様子に、思わずユーリが声をかける。

 彼女がバーゲストを辱める要因となったが、それは言わぬが花と言う奴だ。

 

「え、ええ。問題ありませんわ。そうですわよね。この程度でへこたれていては、妖精騎士ガウェインの名が廃れてしまいますわ。そこの貴方、名を教えて下さい」

 

 嫌だ。

 今回は幸いにも、アルトリアが『予言の子』だとバレなかった。しかし、次会うときはバレないという保証もない。

 

 ここで繋がりを持つのは、得策とは言えなかった。

 

 しかし、バーゲストの表情には悪意も何も存在しない。純粋に、ユーリの名前が知りたいだけ。その姿はさながら、人懐っこい犬のように見えなくもない。

 

「……私の名前はユーリよ。別に忘れてしまっても構わないから」

 

「そうは行きませんわ! この借りは何時か必ず返させて頂きますから! それでは、また何時の日か!」

 

 最後にそう言い残し、バーゲストは去る。

 数秒前まで、羞恥心から顔を覆い隠していた事実など何も存在していなかったかのように。優雅に、華麗に。

 

 残ったのは3人。

 ユーリと、アルトリアと、エクター。

 面倒くさそうに、エクターは息を吐く。

 

「取り敢えず、中に入れ。茶を淹れてやる」

 

 2人は有難く、エクターの厚意に甘えるのだった。

 

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