星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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 気付いたら1週間も経過してたので投稿します!

 もう少しで本作も終わってしまいますが、最後までお付き合いよろしくお願いします!


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 ユーリ。

 基、邦城 百合は、自身の先祖が人魚を食した際に手に入れた力を継承した、所謂先祖返りのような存在だ。

 

 尤も、数々の検証で先祖が手に入れた力よりも劣っている事が確認された。

 人魚の肉を食する事が出来れば、食べた者は不老不死となる。誰でも知っている、ある種の御伽噺のようなもの。

 

 実際に食べたのであればいざ知らず、遺伝という形でその性質を手に入れた百合。

 不老では無い。

 

 老化する速度が常人に比べて、緩やかになっただけ。

 不死では無い。

 傷を負えば、傷はたちどころに塞がってしまう。軽傷だろうが重傷だろうが関係なく。

 

 しかし、傷が大きければ大きい程。

 それこそ、普通の人間であれば死んでいてもおかしくない怪我が治った時、自分の何かが削られる感覚があった。

 

 恐らくは寿命。

 百合は、この先自分が生きる筈だった寿命を削る事によって、人外染みた回復力を有していた。

 

 尤も、自身がこの先生きるであろう時間ははかり知れない。数千年かもしれないし、数万年かもしれない。

 余り大した事では無かった。

 

「1つ疑問に思ったが、お前の首を切ったらどうなるんだ? それも治るのか。はたまた、傷が治る事無く死んでしまうのか?」

 

「ええ? ソレを本人の前で聞きますか? まあ、どうしても試しみたいと言うのであれば試してみる事も吝かではありませんが」

 

 エクターの質問に対して、僅かに眉根を寄せる百合。

 

 しかし、彼女自身も気にはなっていた。手頃な剣を手に取り、自身の首元にピタリと当てる。何時でも自分の首を斬る事が出来ます、と言う体勢だ。

 

 命を捨てる事に躊躇が無さ過ぎる。

 最悪の場合、死んでしまうのに。

 慌ててエクターが止める。

 

「おい。止めんか! 馬鹿! 今のはほんの冗談だ! もしかしたら、回復するかもしれんが、試してみる奴が一体何処にいる!」

 

「? ここにいると思うんですが」

 

 何処か的外れにも思えるユーリの発言。

 本人は頭上にクエスチョンマークを浮かべ、可愛らしく首を傾げている。が、話の内容が血みどろなせいなのか、やや不気味に映ってしまう。

 

「……そういう事を言ってるんじゃない。治るにしても、治らないにしても、自分の体は大切にするべきだ。悪戯に傷付けるなど、もってのほかだという事を覚えておけ」

 

「はぁ」

 

 エクターの言っている事が分からず、取り敢えず相槌だけを返した。

 あれは一体、何時の事だったのか。

 

 少なくとも百合が妖精國に来てから、まだ日は浅かった気がする。髪の色は黒だったし、瞳の色も黒だったし、背も今より低かった。

 あの時はエクターの言っている事が分からなかった。

 

 でも、今なら分かる気がする。

 朦朧とする意識の中、百合はようやく自身の保護者代わりだった男の言葉の意味を理解する事が出来た。

 

 尤もすぐに忘れてしまう事だろう。

 人としての原型は留めているものの、人として必要なパーツを幾つも失ってしまった、グロテスクなオブジェクト。

 

 誰の目から見ても、死んでいるのは明らか。

 生きているなんて思わない。

 逆に、死んでいて当然なのだ。

 

 死体の指先がピクリと動く。まるで全身に電気を流されたように、最初は小さく。次第に大きくなっていく。

 もしも死体の傍に誰かいれば、その余りにも冒涜的で悍ましい光景に、腰を抜かしていたかもしれない。

 

 指が動くと同時に、足も動く。

 倒れていた体を起こす。

 焼き焦げていた皮膚が再生する。

 

 赤黒い肌は、やや色白な肌へ。

 何も無かった頭部からは、濡れ羽色の髪が生えて来る。丁度、肩にかかる程度の長さで成長が止まる。

 

 鼻が再生する。耳が再生する。口が再生する。目が再生する。

 耳の先端は尖っておらず、丸みを帯びている。瞳は赤色では無くなり、髪色と同じ瞳へと戻っていく。

 

 完全復活。

 正しく、その四文字こそが相応しい。

 

「私は……そう、死んでしまったのね」

 

 改めて自分の体を見る事によって、自分の身に何が起こったのか推測する。直前までの記憶は存在しない。

 

 アルトリアを連れて、エクターの工房まで向かう道中で襲撃にあってしまう。そこまでだ。そこから先の記憶はないが、自分の状態を見れば何が起こったのかなんて明白。

 

 髪や皮膚は再生するが、身に着けていた衣服までは再生しない。出来る事なら、衣服が欲しいがそれよりも優先すべき事がある。

 

 幸運にも、地面に放置されていた自身の槍を拾い、アルトリアを助けに行こうとする百合。

 背後から、声をかけられる。

 

「驚いたな。まさか、あの状態で生きているなんて。あの時言っていた事は只の冗談だと思っていたが、コレは考えを改めるしかないか」

 

 声は奇麗ではあるものの、何処か胡散臭さが拭えない。そんな声。

 百合には聞き覚えがあった。

 背後を振り返る。木の陰に隠れていたソレと目が合う。

 

「やあ。対面では初めまして、と言うべきかな?」

 

「そうね。実際に会うのはコレが初めてだし、何も間違っていないわね。それで、貴方がマーリン? 私が想像していた姿とはちょっと違っているけど、貴方も大概胡散臭そうね。余り信用できない感じ」

 

 姿を現すのは1人の男性。

 髪色は銀髪。愛くるしさが感じられる、甘いマスク。体の線は細めで、今現在は白を基調とした無難なデザインの衣服を身に纏っている。

 

 頭部の乗せた王冠が特徴的で、女子受けしそうな見た目をしている。

 百合の好みではないが。

 

「取り敢えず、コレを着た方が良い。後、今まで騙して悪かったが、僕の名前はマーリンじゃない。僕の名前はオベロン。妖精王オベロンさ」

 

 裸のままでは忍びないと思ったのか、自身が身に付けていた外套を外し、ユーリの足元まで投げる。

 

 近づいて手渡すのがマナーと思わなくもないが、今の百合は裸だ。近づくのはよろしくないと考え、気遣ってくれたのだろう。

 

「と言うか前に見た時とは見た目が違うね。髪は白で、瞳は赤色で、確か風の氏族らしく耳が尖っていたと思うんだけど。今はまるで、人間みたいじゃないか」

 

「悪いけれど、今、そう言う問答をしている暇はない」

 

 地面に落ちた外套を有難く受け取り、体を隠す。

 槍を握り、元来た道を戻ろうとする。

 

「ちょっと待った! 君は一体、何処に行くつもりなんだい? まさか、村に行ってアルトリアを助けるつもりじゃないだろうね?」

 

 一体何を言っているのか、と言わんばかりの視線をオベロンに向ける。

 

「当然でしょう? 今すぐに助けなければ、あの子がどんな目に遭うか分からない。――それに、この私を殺してくれた奴らにお礼参りをしてあげないと。生きている事を後悔する程度に」

 

「もしかしなくても、アルトリアがついでだね」

 

 オベロンは何を言っているのか?

 アルトリアが最優先に決まっているではないか。

 

 それはそれとして、自分を殺した相手が目に入ってしまった際は、うっかりそちらを優先してしまう可能性もゼロとは言えない。

 まあ、その時になってから考えれば良い。

 

「君の気持ちは十分に分かる。だが、落ち着いて欲しい。今、ここで君が闇雲に動いた所で、敵の数はかなり多い。君は死んでも生き返る事が出来るかもしれないが、向こうだって馬鹿じゃない。次死んだとして、必ず生き返る保証は何処にもない」

 

 村に向かおうとする百合の前に立ち塞がるオベロン。

 言っている事は正しい。

 しかし、足を止める理由にはならない。

 

 極論、百合自身の事などどうでも良い。

 

 問題はアルトリアだ。どんな扱いを受けているにしても、苦しんでいる事だけは確か。にも関わらず、見て見ぬふりをするなど母親失格と言えるだろう。

 

 論外だ。あり得ない。

 

「クッ、今まで一緒に過ごして来たから分かってしまうが、絶対に行くつもりだな! 何がなんでも。例え、僕がどんな手段を使ったとしても!」

 

 話は平行線だ。

 オベロンも恐らく、アルトリアを助けたいという意志はある。但し、オベロンは準備を万全にするタイプ。

 

 対して百合は、即座に結果を求めるタイプ。

 馬が合わないというレベルではない。

 水と油レベルで、分かり合う事が出来ない。

 

「退きなさい。退かないというので有れば、貴方には幾つか借りもある事だし、暫くの間眠って貰う事になるわよ」

 

「待った! 今、僕達がすべき事は内輪揉めじゃない! アルトリアを助け出す事。そうだろ? だったら、互いに力を合わせる事によって、この危機的状況を乗り越えなければいけないじゃないか」

 

 正しい。

 だが、正しいだけだ。

 

 正論で説き伏せた所で、百合が止まる理由にはならない。

 槍を構え、道を塞ぐオベロンを物理的に退かそうとした――その時。

 

「止めんか! どうして仲間同士で争っている!」

 

 声は、少し遠くから聞えた。

 にも関わらず、ビリビリと体の芯が震えてしまう声量。声量が大きいだけではなく、確かな怒りが混ざっている事も原因だろう。

 

 遠くから姿を現すのは、毛むくじゃらで気難しい。頑固な印象が強い人物。

 

「エ、エクター? ど、どうしてこんな所に?」

 

 百合の中にあった戦意は、エクターの介入によって霧散してしまう。何故? と口にしたが、原因など分かり切っていた。

 アルトリアは、正面のオベロンを睨みつける。

 

「お前、私が復活するまでの間にエクターを呼びに行っていたわね!」

 

「それは当然だろう? 以前、君が話していた事が本当だった場合、君は蘇った瞬間に即座にアルトリアを助けに行く。説得しても、きっと話を聞いてくれない。いや、話は聞いてくれるかもしれないが、聞いた上で動いてしまう。だったら、君にとって頭の下がらない保護者さんを呼ぶのは至極当然さ」

 

 自分の策が上手く嵌まったのが嬉しいのか、悪戯に成功した少年のような笑みを浮かべるオベロン。

 酷く腹立たしい。

 

 一発位、顔面をぶん殴ってやろうか? とも思ったが、今はそんな暇はない。

 

「……エクター」

 

「その姿は。……そうか、アルトリアを守り切る事は出来なかったか」

 

「ごめんなさい。私がもっと、ちゃんとしていれば」

 

 百合の容姿が変わっているのを見て、何が起こったのか理解するエクター。否、オベロンが彼を呼びに行った時点で、凡その事態は把握していた事だろう。

 

 事実確認の様なもの。

 悔しさに打ち震え、その場で立ち尽くす百合。

 

 彼女の肩にポンと手を置く――つもりだったが、ギリギリの所で身長が足りなかった。妥協案として、百合の手を握る。

 

「いいや。お前は悪くない。寧ろ、謝るのは儂の方だ。なにせ、儂は今の今まで何が起こっていたのか知らなかったからな。村の連中から、儂を守ってくれたのだろう? 感謝してもしきれない。だからこそ、何もしていない自分の無力さに腹が立ってしまう」

 

「ッ、だったら!」

 

 今すぐ村に乗り込み、アルトリアを助けに行けば良い。

 そう言いたかったのに、口にする事は出来なかった。

 

「今儂らが考え無しに行って、どうなるというんだ? 無事にアルトリアを救出する事が出来るなら、何も言わん。だが、連中にとってアルトリアなぞどうでも良いんだ。金品を貰う事が出来さえすれば。人質に取って、儂らの動きを封じるかもしれない。或いは、最悪の場合遺体のみで構わないと殺されるかもしれない。……その男から話を聞く限り、アルトリアは今もまだ生きているが、下手を打てば死んでしまう可能性だってあり得る」

 

「それ、は……」

 

 アルトリアが死んでしまう可能性。

 何よりも避けたい、最悪の結末。

 

 あり得ない、と切り捨てる事は出来ない。何故なら、ユーリはアルトリアを庇う形で一度命を落としてしまった。

 

 エクターの言った通り、村の連中はアルトリアなどどうでも良いのだろう。『予言の子』が本物だろうと、偽物だろうと構わない。

 金品を得る事が出来るなら。

 

 衝動に駆られてしまい、今すぐ村の連中全員をぶちのめしたくなってしまう。しかし、アルトリアを大切に思っているのであれば、何の考えも無しに動くのはリスクでしかない。

 

「分かった、わ」

 

 力強く握り締めていた拳。力を抜くと同時に、やるせない気持ちを吐き出すように、思い切り息を吐く。

 

「でも、私はアルトリアを助ける事を諦めた訳じゃない。ソレだけは、肝に銘じておいて」

 

「儂も同じだ。そちらの男がどうなのかは分からんが」

 

 エクターはオベロンに対して、疑念に満ちた視線を向ける。

 協力関係を結んでいるが、完全には信頼していないらしい。

 仕方がない。

 

 何せ、オベロンは全身から胡散臭いオーラを放っている。彼の言っている事を全て信用してしまえば、持っているお金を全て失ってしまいそうだ。

 

「酷いな。僕だって、2人と同じ気持ちさ。アルトリアを助けたい。彼女は正真正銘の『予言の子』であり、僕にとっての可愛い弟子だからね」

 

「やっぱり胡散臭いわね。何か有れば、貴方の背骨を縦に裂くから。そのつもりでいなさい。分かった?」

 

「信用して貰えないのは仕方ないとしても、僕の背骨を縦に裂くってどう言う意味なんだい? 凄く、恐ろしい表現なんだけど」

 

 女性を虜にするような、甘い微笑みを浮かべるオベロン。

 百合から釘を刺され、笑顔はそのままに若干顔が青ざめてしまう。

 

「取り敢えず、こんな場所で立ち話をし続けても仕方がない。儂の工房に向かい、そこで改めて話し合いを行おう」

 

 異論は特にない。

 三人は早速、エクターの工房へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 三人の共通の目的は、ティタンジェルの連中に誘拐されてしまったアルトリアを救う事。

 考え無しに行動すれば、最悪の事態を招いてしまう。

 

 その為、暫くの間情報収集を行う事になった。

 

 尤も、百合とエクターの2人は顔が割れてしまっている。百合に関しては、黒髪に黒目で妖精だった時とは容姿が大きく異なっているものの人間だと見破られてしまう確率が高くなってしまった。

 

 妖精國において、人間とは家畜のような存在だ。そこにいるだけで、妖精達に何らかの良い影響を及ぼす。

 

 だからこそ妖精達は人間を求めるが、人間を手に入れる為に仲間内で争ったり、純粋過ぎるが故に狂気的な発想に陥る者もいる。

 

 百合を投入する事で、別の騒ぎを起こすのは好ましくない。と言う理由で、百合も工房内での待機が命じられている。

 消去法で残ったのはオベロン。

 

 彼は情報収集が得意だった。その上、体を小さくする事が出来、余り目立たない。

 百合とエクターはオベロンが情報を持って来るのを待っていた。

 

「そう言えば聞いておきたいのだけれど、エクターって鉄製品は持っているかしら?」

 

「鉄か。……確かに妖精にとっては有効な武器になるが、人間であるお前さんならまだしも、儂にとっても毒のような物だから。すまんが、取り扱ってない」

 

「……そう。それは残念ね」

 

 分かってはいたものの、気を落としてしまう。

 鉄は妖精にとって有効な素材となる。

 

 百合がユーリとして過ごしていた頃は、妖精として振舞っていた為、鉄製品を持っていなかった。

 

 しかし、妖精である事を辞めた今なら、大手を振って鉄製品を振るう事が出来る。

 とは思ったが、肝心の鉄が存在しないので有れば意味がない。

 

「君って妖精じゃなくて、人間だったのかい!? 驚いたな! 最近聞いた中で、二番目に衝撃的な事実かもしれないな!」

 

 2人の会話にオベロンが入って来る。

 オベロンが返って来た。

 小人のような体躯から、元の体躯に戻って合流。

 

「おかえりなさい。それで、情報は入手する事が出来たのかしら?」

 

「当然だろう? 一体、僕を誰だと思っているんだい? ……それよりも、不味い話を耳にしてしまった」

 

 お道化た調子から一転。

 真剣な面持ちで、そう話を切り出すオベロン。

 

 入手して来た情報は、アルトリアの引き渡しは3日後に行われる事。アルトリアは、地下の牢獄に監禁されている事。引き渡す相手は、女王直属の処刑部隊。

 

「そして、コレが一番重要だ。処刑部隊を率いているのは、牙の氏族長――ウッドワスだ」

 

 ウッドワス。

 その名を口にした瞬間、空気が張り詰めた。

 

「……その情報は、確かなのか?」

 

 エクターの口調は何処か苦々しい。

 

「ああ、本当だ。僕としても、嘘であって欲しいと思ったが。今年で『予言の子』は16歳になる。予言の通りになるなら、女王モルガンにとっては都合が悪い。だからこそ、女王は何としてでも『予言の子』を排除しておきたいんだろう。ソレが些細なものであっても。……いや、だとしてもウッドワスはやりすぎだろ。ウッドワスは」

 

 2人は沈鬱な面持ちだが、百合にとってはウッドワスがどういう人物なのか分からない。牙の氏族の長という事は知っているが、それだけだ。

 

「二人共、どうしてお通夜みたいに雰囲気になっているのかしら? と言うか、ウッドワスって何なの? 名前を聞く限り、怖そうな感じは全然しないけれど」

 

「ヤバイ、なんてものじゃ無いさ。他の氏族長と比べても、ウッドワスの強さは別格と言っても良いだろう。ソレこそ、女王の配下である妖精騎士たちに匹敵するかもしれない」

 

 妖精騎士。

 女王モルガン直属の部下で、3人存在している。

 

 百合は一度だけ、その内の1人。妖精騎士ガウェイン――尚、アルトリアに後で話を聞いた所、バーゲストと言うのが本名だったらしい――と会った事がある。

 

 彼女を一目見た瞬間「勝てない」と本能的に悟ってしまった。

 埒外の理不尽な存在。

 

 話してみれば以外とチョロく、煙に巻く事が出来そうな気もするが、殺し合いに発展すれば百合に勝機はない。

 始まるのは蹂躙劇。

 

 死ぬまで殺され続けるのがオチだ。

 寧ろ、死ぬ事が出来ないという性質がマイナスに作用してしまっている。

 

「成程。それは確かに不味いわね」

 

 もしも現れてしまえば、まず勝てない。アルトリアが連れ去られたとしても、救出する事は叶わない。事実上の詰み。

 重苦しい空気を払拭するように、オベロンは力強く手を叩く。

 

「だからこそ、僕達に出来る最善を尽くそうじゃないか! 幸い、時間はまだある。ウッドワス率いる処刑部隊が到着するよりも先に、アルトリアを救出してしまえば何も問題はない筈さ」

 

「貴方の言っている事は正しいとして、具体的に何か作戦はあるのかしら? 馬鹿正直に、村の連中全員を相手にするのは良くない事と学んだけれど、何が出来て何が出来ないのか私はまだ分かっていないの」

 

 アルトリアの救出は急務。

 しかし、背後にウッドワスの陰がちらついているからこそ、下手に動く事は出来ない。慎重に、緻密に、されど大胆に動かないといけない。

 

 各々が意見を出し合いながら、計画のすり合わせを行う。

 話している中、百合は一つ気付いた事があった。

 

「そう言えばオベロン。貴方、姿を消す事が出来る能力があるのだから、ソレを使えば良いんじゃないのかしら?」

 

「あ」

 

 作った口調とは違う。

 素の反応。

 

「私の要望として、10から100程爆弾を作り、ソレを使って村を爆破。連中が慌てふためている間に、アルトリアの救出。後、ついでに杖の回収もしておきたいかしら?」

 

 オベロンの透明能力、と言う前提条件の下、自身の計画について話す百合。

 

 一切の感情を覗かせない淡々とした口調ではあったが、それが何よりも恐ろしく感じられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 アルトリアは村の地下に存在する牢屋に閉じ込められている。

 環境はお世辞にも良いとは言えない。

 光源は必要最低限。

 

 寝る為のベッドは置かれているものの、粗悪品。カビが生えてしまい、嫌なにおいが鼻腔を撫でて来る。

 それ以外は何も存在していない。酷く閑散とした空間。

 

 年頃の女子がこんな場所に閉じ込められてしまえば、顔を顰めてしまう事だろう。或いは「こんな所に閉じ込めるな!」と叫び、鉄格子を両手で握り締めてガシャンガシャンと音を立てまくっていた筈だ。

 

 しかし、アルトリアは牢屋に対して具体的な感想を持たない。

 そもそもどうでも良かった。

 

 カビの生えているベッドも、寂しい空間も、向けられる無数の悪意さえも。

 

(……お母さん)

 

 アルトリアがティタンジェルの住人達に監禁されてから、それなりの時間が経過した。

 脳裏に刻まれた、母親の死体。

 

 白髪に赤目。人形のように無表情だった母親の姿など何処にも存在していない、かつて人だった何かがアルトリアの目の前に存在していた。

 

 分かっている。

 理解している。

 

 母親が。ユーリが、自分を守る為に犠牲になってしまった事を。

 知っている。分かっている。申し訳ない。ごめんなさい。駄目な子でした。私は『予言の子』なんて、大層なものじゃない。

 

 嫌な考えがぶわっと溢れて来る。

 

 一度は卒業しようと思った考え方。止めようと思って、止める事が出来た考え方。それが今になって、際限なくアルトリアの頭の中を満たし続ける。

 

(でも、私はこんなに悲しい事も乗り越える事が出来てしまう)

 

 アルトリアの長所であり、短所。

 切り替えの速さ。

 

 母親を失ってしまった悲しみと、何も出来なかった自分自身に対する苛立ちで、頭が如何にかなってしまいそうだ。

 けれど、同時に次の事も考えている。

 

 私はどうなってしまうのだろうか? ちゃんと『巡礼の旅』を行う事は出来るのだろうか? と。

 悍ましい。

 

 母親の死を嘆き、自身の無力さに憤っている筈なのに、もう次を見てしまっている。1つの悲劇は、今まさにアルトリアの中では目的を果たす為の通過点として片付けられてしまった。

 

 それが途轍もなく嫌で、自分自身の事が更に大嫌いになってしまいそうになる。

 

(なんで? どうして? 私はこんなにも……! こんなにも、どうしようもないの!)

 

 瞼を閉じれば、星が見える。

 荒れ狂う吹雪の中。

 

 前も後ろも分からなくってしまう。それでも、あの星だけは光輝いていて、何処に進むべきなのかを教えてくれる。

 あの星に手が届きたいから、ここまで頑張って来た筈だ。

 

 けれど、今はあの星が忌々しく思えてしまう。どれだけ辛い事があっても、苦しい事があっても、あの星が囁く。

 

 走り出せ、と。前を向け、と。進み続けろ、と。

 そして、何よりも忌々しいのは、自分がその通りにしてしまう事。

 

「……ああ。もう、嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 

 何が嫌なのか分からない。

 少なくとも、こんな自分自身が嫌な事は確かだった。

 何も聞こえないように耳を伏せて、目を瞑る。

 

 眠ろう。

 少なくとも、眠っている間は何も考えなくて済む。

 

 片付けなければいけなくなる問題を後回しにして、アルトリアは眠ろうとする。次第に夢の世界へと誘われる。

 

 後、もう少しで意識が無くなる。

 その瞬間、ビリビリと空気が振動するような爆発が発生した。

 

「え!? い、今の何!?」

 

 眠気なんて明後日の方向に吹っ飛んでしまい、アルトリアは文字通り飛び起きるのだった。

 

 

 

 

 

 

 爆発が起こったのを確認した後、百合は動き始める。

 計画自体は非情にシンプルだ。

 

 理由は不明だが、オベロンは自身の姿を消す事が出来る。彼の透明性を活かし、村全体に燃え広がるように爆弾を設置。

 尚、爆弾の作り方もオベロンが教えてくれた。

 

 自然にある物のみで作る事が出来る。と言うのは興味深かったと同時に、コイツどこでそんな知識を身に付けているのだろう? と疑問に思ったが、彼は一応アルトリアの魔術の師匠だ。

 

 本物のマーリンが果たしてどうなのか定かではないが、博識なのは間違いない。

 エクターの役割は逃走経路の確保。

 

 百合の役割は、アルトリアの救出だ。

 

 爆発すると同時に、暗闇を呑み込む様に業火が溢れ出る。ティンタジェルの住居は木製。多少の火種では燃やす事が難しいかもしれないが、灼熱の炎にとっては良い餌になる。

 

 満遍なく爆弾を配置した事もあり、瞬く間に炎たちの侵食が始まる。

 さながら、巨大な焚火。

 今の時間帯が夜だと信じられない程に明るい。

 

 代わりに、周囲から悲鳴や怒声が聞こえて来る。

 まあ、村の連中の大半はどうでも良い奴だし、アルトリアを売りに出そうとしていたクソ羽虫どもなので、捨て置いても問題はない。

 

 少しでも炎から逃れる為に、村の外に出ようとする沢山の妖精達。

 数が多い事も相まって、さながら人の川を形成する。

 百合はそんな流れに抗う形で、1人目的地へ向かう。

 

 不審に思う者は誰も居ない。

 自分の事で手一杯だ。

 他人の心配なんてしない。

 

 地下牢獄に繋がる場所は、オベロンがしっかりと調査してくれている。立ち塞がる鉄の扉など、百合にとっては障害物にもならない。

 持っていた槍を使い、ぶち破る。

 

 見張りらしき妖精も居ない。

 彼らも『予言の子』や、引き渡した際に与えられる金品よりも、自身の命を優先したらしい。実に懸命な判断だ。

 

 ぶち破られた扉の音を聞きつけ、鉄格子に近づいてくるアルトリア。

 

「だ、誰なの? も、もしかして、引き渡しが来たの?」

 

「牢獄での暮らしは快適かしら? 快適だというのなら、今すぐここを出て行くつもりなのだけれど」

 

 アルトリアに向かって軽口を叩く。

 しかし、自身が予想していたリアクションをアルトリアが取る事はない。

 

 薄緑色の瞳を、限界まで見開く。

 やがて、大粒の涙が溢れ出ている。

 

「そんな……嘘、だよね? だって、お母さんが生きている筈が……」

 

「貴方の目は狂っているのかしら? 私が死んでいるのだとしたら、今の私は貴方が作りだした幻覚とでもいう訳? も少し、マシな幻覚を見ても罰は当たらないと思うけれど」

 

 幻覚では無いと証明する為に、鉄格子に近づくアルトリアの額を小突いてみる。

 若干力が強かったのか、一歩、二歩、後ろに下がるアルトリア。

 

 その表情は呆然としていて、現実を正しく認識しているか怪しい。

 呆れたように、百合は溜息を吐く。

 

「アルトリア。私は生きているわ。だから、安心しなさい」

 

 膝から崩れ落ちたアルトリア。そのまま両手で顔を覆い、泣く。決して、大声を上げて堪るかと、声量を抑えて。

 

 時折を嗚咽を漏らしながらも泣き、改めて百合が生きていたという事実を噛みしめるのだった。

 

 それから数分が経過し、泣き止んだアルトリア。母親の前で自分が泣く姿を見られた事が恥ずかしかったのか、若干顔は赤い。

 

 目元は腫れているので、さっきまで泣いていたという事実を無かった事にする事は出来ない。

 

「取り敢えず、この格子を壊すから離れていなさい。折角、感動の再開を果たしたのに、うっかり貴方の首を切ってしまって離れ離れになるなんて避けたいもの」

 

「怖すぎない!? って言うか、力を抑えれば良い話だよね!」

 

 百合は槍を振るう。

 長い間放置されていた事もあったのだろう。格子は枯れ枝のようにぽっきりと折れ、アルトリアが抜け出せるだけのスペースが生まれる。

 

 そこからアルトリアは牢屋を抜ける。

 起伏の少ない体だったのは幸いだった。

 

「……お母さん。今、私に対して失礼な事を考えなかった?」

 

「何も考えていないわよ? 只、胸が大きすぎたら抜け出す時に面倒な事になっていただろうし、小さくて良かった、と考えていただけよ」

 

「それは失礼な事だ!」

 

 両手を上げ、威嚇の姿勢を取るアルトリア。

 このまま親子の団欒を楽しみたい所ではあるが、時間は余りない。

 未だ、地上では火の勢いが増している。

 

 地下で有れば影響を受ける事もないのかもしれないが、そもそもの目的はティンタジェルからアルトリアを逃がす事。

 第一、敵のテリトリーで留まって居てもリスクしか存在していない。

 

「さて。貴方をコレから外に連れ出す訳だけど、コレを被っておきなさい。後、貴方の杖も回収しておいたから安心しなさい。後で渡すから」

 

 百合が投げてよこすのは外套。

 アルトリアの容姿は目を惹く。ましてや、自身の感情に呼応して荒ぶり始めるアホ毛が生えているのであれば猶更だ。

 

 何か言いたそうにするも、渋々外套を羽織るアルトリア。フードを深く被る事によって、顔も隠れる。

 コレで、誰なのか分かり辛くなるだろう。

 

「ていうか、お母さんって私の記憶が確かなら、魔法の直撃を食らって全身黒焦げになってなかった? いや、黒焦げと言うか、辛うじて人としての形を保っているだけで明らかに死んでしまっている、って言う感じだったんだけど。と言うか、お母さんの見た目も違うよね? 白い髪は? 赤い瞳は? 尖った耳は? 一体、どうしちゃったの!?」

 

 半ば予想していた事だが、アルトリアの質問は止まらない。

 仕方がない、と言えば仕方がない。

 

 死んでいたと思っていた相手が生きていた上に、大きく容姿が変化しているのだ。寧ろ、ツッコミを入れない方がおかしい。

 

 が、一から十まで詳しく説明している暇はない。

 適当に返答する。

 

「落ち着きなさい。アルトリア。誰だって、本気を出せばあの程度では死なないものよ。貴方も魔法の直撃を食らった所で、私と同じようになる筈よ」

 

「いや。無理だと思うよ。幾ら私が『予言の子』だったとしても、限度ってものがあるの。具体的に言うなら、強力な魔法を食らってしまえば普通に死んでしまうと思う」

 

「謙遜は止めなさい」

 

「いや、謙遜じゃないから! って言うか、見た目が変わってる事は!?」

 

「気分転換に自分の見た目を変えるなんて、よくある事でしょう? 以前のプリンセスフェスで、貴方がその野暮ったい衣装から、やや破廉恥な衣装に着替えたみたいに」

 

「いや、着替えの域を超えてると思うんだけど!? と言うか、破廉恥って言うな! お母さんが選んだ癖に!」

 

 ふと思う。

 あの時身に着けていた衣装は、今もなお家の中に収納している。

 果たして無事なのだろうか? と。

 

「そろそろ外に出るわよ。口を閉じて、私の後ろをついて来なさい。後、目の前に広がる光景が何だったとしても、決して動じない事。分かったわね?」

 

 アルトリアは心優しい。

 

 だからこそ、彼女は村が燃えている光景を目の当たりにすれば、心を痛めてしまうだろう。或いは、巻き込まれている人が居ないか探し出す、助けるかもしれない。

 

 ――不要だ。

 

 そんな感情など不要だと、百合は心の底から思う。

 自分に優しくしてくれた。親切にしてくれた者を助けるのであれば、まだ良い。理解出来るし、納得も出来る。

 

 しかし、自分を虐げ、あまつさえも売り渡そうとしていた下衆共も助けようとする。お人好しの範疇を越えている。

 聖人君主の領域だ。

 

 アルトリアは百合の娘。

 それ以上でもなければ、それ以下でもない。

 

 少し抜けている所もあって、むきになったら直情的になってしまい後先を考えなくなってしまう。大食いだし、やりたい事に対してはとことん真面目。

 

 時々勉強や仕事をサボってしまう所はあるし、時々言動が魔猪の氏族になる事もあるが、それでもアルトリアは百合の娘だ。

 

 そして、誰に対しても掛け値なしに優しいことも、アルトリアを構成する為の重要な要素になっている。

 

(……だとすれば、ソレを強制するのは良くないのかもしれない)

 

 分かっている。分かってはいる。

 けれど、此方の事情も分かって欲しい。

 

 アルトリアが困っている人を見過ごす事が出来ない様に、百合はアルトリアが危険な目に遭ってしまう事を許容できないのだ。

 

 ――罪悪感。

 

 百合は今まさに、罪悪感を抱いている。

 自分の都合によって、娘の意思を捻じ曲げてしまっているという事実。

 

「それじゃあ行くわよ」

 

 アルトリアに確認を取れば、コクリと頷く。

 百合は気付いていない。アルトリアが成長しているように、彼女もまたアルトリアと過ごす事によって、少なからず成長しているという事実に。

 

 少なくとも、初めて妖精國に迷い込んでしまった、あの頃の百合であれば罪悪感など微塵も抱く事は無かっただろう。

 一緒に、地下から地上に出るのだった。

 

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