数年が経過した。
夜泣きに悩まされ、ハイハイと言う名の4足歩行しか出来なかったアルトリアも成長し、今では二足歩行が可能となった。
おまけに言葉も話せるようになり、ユーリとの意思疎通も可能となる。
コレで多少なりともトラブルは減る事になるだろう。
慌ただしい日々を思い出し、ユーリは僅かに顔を顰める。
窓から覗く景色。
薄暗い周囲の景色も、次第に闇が濃くなっていく。
夜。
子供は寝る時間だ。
ましてや、育ち盛りの幼女時代ともなれば、夜更かしをした分だけ自身の成長を阻害してしまう事だろう。
だからこそ、ユーリはベッドに潜っても尚、パッチリと瞼の開いている自身の娘。
アルトリアへ声を掛ける。
「子供はもう眠る時間よ。にも関わらず、未だに目を開いているというのは一体どう言う了見なのかしら?」
赤子だったアルトリアも成長し、今では6歳程になる立派な幼女。
金色の髪に、やや薄い翠色の瞳。容姿は未だに幼く子供らしい顔つきではあるものの、数年後には美人になる事が約束されている、整った顔立ちだ。
しかし、表情は何時も浮かなく、何処か自分自身に対して自身が無い。
順調に育っているものの、気弱な点がユーリにとっての不満点ではあった。
やや、苛烈に聞こえるユーリの注意。
アルトリアは、翠色の瞳をユーリに向けて、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「……その、中々眠れなくて」
「眠れない? 瞼を閉じて、数十秒もすれば簡単に眠る事が出来ると思うのだけれど」
自身の睡眠法をアルトリアに披露するが、悪い意味に捉えられてしまった。
アルトリアは口元を布団で隠しながら「ご、ごめんなさい」と謝罪を行う。別段、ユーリは中々寝付けないアルトリアに対して苛立ちなど抱いてはいない。
単に伝え方の問題だという自覚はあるものの、未だに改善の兆しは見えないし、彼女自身改善するつもりもない。
多少なりとも改善すれば、自身を腫れ物扱いしている村の妖精達とも仲良くできるかもしれないが、大して興味もない。
今は、アルトリアを寝かしつける事が先決。
自身の提案した方法が駄目なので有れば、他の手段を講じるまでだ。
面倒くさそうに息を吐く。
「別に怒っている訳じゃないわ。それで、眠る事が出来ない、だったかしら?」
ユーリの問いかけに、ゆっくりと頷くアルトリア。
何か、良い方法はなかっただろうか?
自身の記憶を漁ってみる。
良さそうなアイデアを閃く。
「それじゃあ、物語でも読み聞かせてあげるわ。とは言っても、実物なんてものは存在していないからあくまでも私が覚えている範囲で、にはなるけれど。文句はないわね?」
確認の為、血のように真っ赤な瞳をアルトリアに向ける。
単に、確認の為に見つめただけだったのだが、アルトリアは首が千切れんばかりに激しく縦に振る。
ここまで露骨に怖がられると流石に傷つく。
頭の中に思い浮かんだ世迷言を即座に忘れ去った後、早速物語を紡ぐ。
読み聞かせる物語は何が良い?
子供にも分かり易く、尚且つ楽しめる物語と言えばやっぱり「桃太郎」や「浦島太郎」。「一寸法師」が定番と言えば定番だろう。
(どれが良いかしら? やっぱり、一番有名である「桃太郎」を読みきかせた方が良いでしょうね)
脳内にて、どれが一番適切なのか吟味する。
吟味した結果「桃太郎」が無難だと結論が出た。
早速、読み聞かせを行う。
「傾聴しなさい」
そんな前置きと共に、ユーリは物語を紡ぎ始める。
「昔昔、ある所にお爺さんとお婆さんが居ました」
手があげる。
まだ物語の序盤だぞ、と思ったが無視する訳にも行かない。
「何かしら?」
手をあげたアルトリアに聞く。
「えっと……その、お爺さんとお婆さんって、誰?」
「……誰? 言われてみれば確かに、お爺さんとお婆さんは何者なのかしら?」
もしかして、只の端役である彼と彼女達にも何かしらのキャラ設定を加えないといけないのだろうか? 正直な感想を口にするので有れば、コイツらの役割は主役である桃太郎を育てる為だけに必要な存在であり、それ以上の意味は存在していない。
とは言え、アルトリアの言っている事は一理ある。
一般的な視点で考えてみれば、誰も居ない場所に居を構えるなんておかしい。何だったら、収入源がお爺さんの芝刈りのみ、と言うのも心許ない。その程度で稼げる金銭など、高が知れるという物だ。
そう考えると、名も知らぬお爺さんとお婆さんと言う2人の登場人物が不気味に見えてしまう。
こいつら、一体何者なんだ?
「あくまでも私の考えにはなるけれど、恐らくこの2人は隠居していたのでしょうね」
「い、隠居?」
「多分、どこぞの豪商。余りにも貯えが多すぎるせいで、世俗に嫌気がさしてしまった。結果、この2人は人里から離れた場所で長閑な生活を送っていた……と言った所かしら?」
アルトリアの年齢は6歳。
ユーリの言っている事の半分すらも理解は出来ていない事だろう。
だが、少なくともお爺さんとお婆さんがこの場に居る理由を納得する事が出来たのか、追加の質問が行われる事はない。
「二人は長閑な生活を送りながら、楽しく暮らしていたわ。お爺さんは近くの山へ散策に。お婆さんは川の付近で洗濯を行っていた。洗濯を行っている最中、川から巨大な桃が流れてきたわ。どんぶらこ、どんぶらこ、と」
またもや手が挙がる。
予想はしていた。
常識的な視点から見れば、ツッコミだらけだ。
巨大な桃なんて存在しない。
「お母さん、今のどんぶらこって何?」
「成程。そう来るのね」
これに関して言えば、ユーリにも分からない。何だこれ? 桃が川から流れている擬音にしても、余りにも馬鹿すぎはしないだろうか? もっとマシな表現方法は幾らでもあっただろうが。
「所謂、表現方法の1つよ。巨大な桃が川から流れて来る、だけだと上手く伝わり辛いでしょう? 伝わりにくさを払拭する為に考え付いたのが、このどんぶらこと言う馬鹿っぽい擬音なの」
話を続ける。
「巨大な桃を目にしたお婆さんは、流れていた巨大な桃を家に持って帰り、お爺さんと一緒に食べる事にしたわ。包丁を使って一刀両断すれば、その中から元気な男の子が」
「男の子、大丈夫なの!? お母さん、今、一刀両断って言ったけど!」
「安心なさい。男の子は真剣白刃取りを習得してたのよ。両手を使って挟み込んでしまえば、必殺の刃だって止める事が出来るのよ」
「へー、真剣白刃取りって凄いんだね!」
導入に関して言えば、アルトリアの出自と似てなくはないとも言えない。なにせ、彼女も舟に乗ってティタンジェルに流れ着いて来たのだ。
桃太郎とアルトリアの違いを上げるとすれば、乗り物が舟か桃かの違い。いや、桃はお腹が空いた時に食べる事が出来るのだから、桃に軍配が上がってしまうだろうか?
「桃の中から現れた男の子を見て、お爺さんとお婆さんは大層驚いてしまった訳だけど、渋々ながら男の子を育てる事にしたわ。それから十数年が経過し、赤子だった男の子は立派に成長したわ。しかし、男の子の平穏な日常が続く事は無かったの」
こんな話だったっけ?
もう少し、子供にとって取っつき易い話だった気もするが。なんて事を考えつつ、お話を続ける。
「そこら近辺では、鬼と呼ばれる悪者達が幅を利かせていたの。人里に降りては、村の住人達の大切な物を奪ったり、住んでいる場所その物すらも破壊してしまう極悪非道。如何にかしたいと思っても、鬼は強力。その為、只々鬼に従うしかなかったの」
「悪い奴だ!」
「鬼の悪逆非道を見過ごせなかった桃太郎は、お爺さんとお婆さんにこう話を切り出したの。鬼退治をする為に、僕は旅に出ます、と。最初は彼の蛮行を止めようとしたお爺さんとお婆さんだったけれど、彼の意志は強い。最終的には、彼が旅立つ事を認めたの。とは言え、単に見送りを行うだけでは忍びない。だから、お爺さんとお婆さんはある物を用意したのだけれど、アルトリアは何を用意したのか分かるかしら?」
質問しているものの、正解は難しいと思う。
何故なら、この世界においては広まっていない食べ物なのだから。
「えっ!? ……えっ、えっと……自分達の命とか?」
「流石に、そんな物を貰ったとしても困ってしまうでしょうね。正解は、とあるお菓子」
「お菓子? えっと、クッキーとか」
「まあそんな所ね。けれど、お婆さん達が用意してくれたお菓子は特別製だったの。なんと、お菓子を食べた対象を意のままに操る事が出来てしまう、と言う特別製よ」
「……それって、ありなの?」
「お爺さんとお婆さんが大金持ちだったからこそ出来た芸当ね。きっと、お菓子の材料としてよくない物がふんだんに盛り込まれている事でしょう」
「こ、怖すぎる……!」
全くもってその通りだ。
「きびだんご」によって仲間になったのは犬、猿、雉の3匹。人語を介している、と言う時点で意味不明な上に、きびだんご1つ貰うだけで命掛けの戦い挑むなんて正気の沙汰では無いだろう。
御恩と奉公を信条とする、鎌倉幕府の武士たちだったとしても全力で拒否するレベルだ。
とは言え、興味があるのは事実。
「彼はお菓子を使い、3匹の獣を仲間に引き入れたわ。一体が犬、一体が猿、一体が雉」
「あ、あれ? 特別なお菓子を使ったにしては……何と言うか、弱そうというか……」
アルトリアの感想は尤もだ。
しかし、想像力が乏しい。
「考えなさい。アルトリア。相手は悪逆非道な鬼よ。そんなのを相手にするにも関わらず、高々獣畜生3匹で如何にかなると本当に思っているのかしら? これは恐らく、伏せているの。正式名称を」
「……正式名称を、伏せている?」
「きっと、本当の名を記す事すら躊躇ってしまう強力な獣。或いは、魔物が彼の味方に付いた事よ。何せ、たった1粒で自身の命と引き換えの戦いに望んでも構わないと考えてしまう、魔性の菓子。けれど、世の中には外聞と言うものが存在している。怪しげな材料を用いて作り出された菓子。そして、名を記す事さえも思わず躊躇われてしまう、強力な魑魅魍魎達。そのような物語が伝わってしまえば、彼の権威は地に堕ちてしまう事になる。だからこそ、悪い印象を与えないように暈して伝えているの」
「だ、だとしたら、3匹のちみもうりょうを従えている人は悪い人なの? それとも、良い人?」
難しい質問ではある。
悪行に手を染めていたのは紛れもない鬼。
されど、そんな鬼達に対して手を下すという行為自体は正義か否か。正義と言う判断は難しい上に、線引きすらも曖昧だ。
悩んでしまうだろう。
答えが見つからないかもしれない。
だが、既に単純明快な理論が存在している。
それこそ、馬鹿や阿保にも簡単に理解出来てしまう理論が。
「アルトリア。勝った方が正義なの」
「勝った方が、正義……?」
「そう。例え、どれだけ正しい主張をしていた所で、負けてしまえば意味はない。勝利するからこそ、意味がある。正義は勝者、と言う見方も出来るかもしれないわね」
あれ? これは果たして、6歳の子供に教えても良い事なのだろうか?
脳裏に疑問が過るが、まあ大丈夫だろう。
勝者こそが正義と言うのは真理だ。
「現に、彼も勝利しているわ。極悪非道な鬼達と戦い、見事勝利を手に入れた。過程がどうであったとしても、最後に勝利した者が正義を語る事が出来るのよ。この物語は、そう言った事を伝えたかったの」
本当にそうかな?
まあ、別に良いか。
アルトリアも「へー、そうなんだ」と言った感じにユーリの話に納得している。
だったら、水を差す必要はない。
「さて。物語の読み聞かせは終わった事だけれど、ちゃんと眠る事は出来るかしら?」
アルトリアは気まずそうに眼を伏せながら言う。
「眠れそう……だけど、私の耳から変な音が聞こえて来るの。……こう、ゴウゴウって感じの音が」
「だったら私が貴方の耳を塞いでおいてあげる」
ユーリの家は狭い。
ベッドは一つしかない為、ユーリとアルトリアの2人で使っている。
本当なら、アルトリアが眠りに付いた後、1人でゆったりとした後に眠りに付く予定ではあったが所詮は予定だ。
「それじゃあ、眠るわよ」
「う、うん」
火の灯されていた明かりを消し、アルトリアの隣に潜り込む。両手を使って、彼女の耳を抑える。
それなりに時間が経過した後、アルトリアの寝息が聞こえてきた。
無事に眠った事を確認した後、ユーリも瞼を閉じて眠りに付くのだった。