星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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「あら?」

 

 木製の棚を漁りながら、ユーリはやや困った声を漏らす。

 

「どうかしたの? お母さん」

 

 椅子に座り、呑気に本を読んでいたアルトリア。読みかけの本から視線を外し、ユーリに声を掛ける。

 

「困ったわね。棚を整理していたのだけれど、思っていたよりも材料が不足しているわね。材料とは言っても、調味料なのだけれど」

「え? 調味料が少ないの?」

 

 それは由々しき事態だ。

 ユーリの作る料理は美味しい。

 世辞でも無ければ、気を遣っている訳でもない。

 

 純然たる事実だ。

 余りにも美味しすぎた為、食べ過ぎてユーリに怒られてしまった程だ。

 

 しかし、料理には調味料が欠かせない。調味料が存在しているからこそ、絶品と呼べる料理を作り出す事が出来る。

 調味料が存在していない、と言う事は美味しい料理を食べる事が出来ない、と言っているも同義だ。

 

 だからこそ、一刻も早く新たな調味料を調達しなければいけない。

 いけないのだが……。

 

「って事は、村に行かないといけないって事だよね?」

 

 基本的にユーリの生活は自給自足だ。

 不足分が有れば、森に赴いて調達するが、調味料等は流石に森で採取する事は難しい。

 

 手に入れるには村に行かなければいけないのだが、『予言の子』と『獣狩り』。何方も、村に住む妖精達からは良い顔をされない。

 村に赴けば不躾な視線に晒される事は確実。

 

 気は進まない。

 しかし、そう考えていたのはアルトリアだけだったらしい。

 思わず顔を顰めてしまうアルトリアとは対照的に、ユーリは能面のような無表情のまま。

 

「早速、村に向かう為の準備をするわ。支度をなさい」

 

 淡々と言う。

 

「えー? 私も行かないと駄目?」

「駄目よ。調味料の他にも、色々補充しておきたい物は多いの。私だけだと手が足りないのだから、荷物持ちとして付いてきなさい」

 

 拒否権などない。

 否。きっと、アルトリアが本気で拒絶すれば、ユーリは了承してくれる事だろう。しかし、ユーリだけが嫌な思いをしてしまう、と言うのは許容できなかった。

 例え、本人が全く気にしていなかったとしても。

 

「……分かった。準備する」

「10秒以内よ。はい。10、9、8……」

「は!? え!? いや、短すぎるよ!」

 

 制限時間内に準備出来なかったせいで、アルトリアはチョップを見舞われてしまった。理不尽過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 村へと赴き、必要な物を調達する。

 只の買い物。

 されど、不躾な視線に晒されてしまう。

 

(……嫌だなぁ)

 

 無数の妖精。

 視線を向ければ、対象が一体何を考えているのか分かってしまう。

 それこそが、アルトリアの持つ『妖精眼』の厄介な能力。

 

 例え、聞こえの良い奇麗事を並べていたとしても、それが嘘だと嫌でも理解させられる。

 アルトリアを案じた言葉でさえも、その裏では『予言の子』に媚びを売っておこうという打算が、文字通り透けて見えてしまう。

 

 厄介な能力だ。

 オン・オフの機能が用意されていたなら、ここまで苦しむ事も無かったかもしれない。

 

 妖精達から向けられる感情は嫉妬や憎悪。悪意や害意。同じ空間に居るだけで、思わず吐き気を催してしまいそうになってしまう。

 居心地が悪い、と言うレベルではない。

 

 1秒だって、この場に留まっていたくはない。

 それでも耐える事が出来ているのは、自身の母親であり保護者。

 ユーリの存在が大きい。

 

 彼女は基本的に嘘を吐かない。

 言っている事と、考えている事がそのまま連動している。心の中で考えている事だって、物騒な事この上ない事も考えているが、アルトリアの身を案じていたり、心配してくれていたりする。

 

 まあ、それよりもどのようにアルトリアを虐めてやろうか? と考えている事の方が多いのはかなり不満ではあるが、それも一種の愛情表現。

 

 少なくとも、ティンタジェルに住まう妖精達から向けられる悪意に比べれば、可愛らしい位だ。

 彼女が居てくれるからこそ、アルトリアは村に来る事が出来た。

 

 きっと、何かあっても自分を守ってくれると。

 そう、信頼していたから。

 

「…………」

「お母さん?」

 

 ユーリが足を止める。

 不思議そうに前を向けば、そこには村長と呼ばれている妖精が立っていた。

 

 否が応でも『妖精眼』は発動されてしまい、彼が一体何を考えているのか? その思考を読み取ってしまう。

 思わず凍り付く。

 

「一体、何の用かしら? 『獣狩り』のお願い? だったら、今は忙しいから後にしてちょうだい」

「いいや。今回のお願いは違う」

 

 ここでようやく、アルトリアは気付く。

 自分達が、囲まれている事に。

 今日はやけに妖精の数が多い、と思っていたが偶然じゃ無かった。

 

 ティンタジェルの妖精達はアルトリア達が逃げ出さないように、逃げ道を塞いでいたのだ。今になって気が付く。しかし、もう遅い。

 

「率直に言おう。ユーリよ。『予言の子』の独占を、止めて欲しいんだ」

「…………」

 

 村長の言葉に対して、ユーリは何も言わない。

 それを一体どうとらえたのか、村長は言葉を続ける。

 

「今から十数年前。このティンタジェルに、舟が流れ着いた。舟に乗っていたのは、財宝と『予言の子』だ。財宝のお陰で、この村は何とか廃村を免れる事は出来た。だが、所詮は只の延命治療でしかない事は、お前も理解しているだろ?」

 

 赤ん坊の頃の記憶は、全くと言って良い程にない。

 僅かに覚えている事は、多数の悪意に晒された事。

 どうして、今になって忌まわしい記憶がフラッシュバックするのだろうか?

 

「回りくどいのは好きじゃないの。一体、何が言いたいのか。はっきりと言ってくれないかしら?」

 

 ユーリの表情は変わらない。

 お面の様な無表情。

 しかし、少しだけ怖いように感じられた。

 

「『予言の子』を、村の為に使わないか? 彼女が本物か、そうじゃないにしても村の利益になる事は確実だ。しかし、お前1人で『予言の子』を育てるのは荷が重すぎる。万が一の事があっては大変だ。だからこそ、儂らと共に協力して育てないか? と言う、提案なんだ」

 

 聞こえの良い言葉を使っているが、その裏側は陰湿だ。

 村長たちは惜しんでいるのだ。

『予言の子』を手放してしまった事を。そして、取り返したいと考えている。あわよくば、利用できる限界まで利用して。

 

 反吐が出そうになってしまう。

 自分はコレから、こんな奴らを救いに行かなければならないのか? と、愕然とした気持ちに襲われてしまう。

 

 けれど、怒る気持ちにはなれない。

 自分の為には。

 

「は? 嫌だけど」

 

 間髪入れず。

 考える素振りすら見せず、ユーリは村長の提案を蹴る。

 否、提案やお願いなどではない。

 

 何故なら、アルトリア達の周りを妖精達が囲んでいるのだ。断ってしまえば、妖精達をけしかけるという脅しも含んでいた。

 しかし、ユーリは知ってか知らずか。いいや。彼女はああ見えて利口だ。きっと、理解した上で村長の提案を蹴ったのだろう。

 

 ふと、思い出す。赤ん坊の頃の記憶。

 多数の悪意に晒されてしまったが、自分の身を案じてくれる善意も存在していた事に。

 

 きっと、彼女だ。

 ユーリこそが、自分の身を案じてくれていた。

『妖精眼』が発動する。

 

 ユーリの心の中が見えてしまう。

 けれど、他の妖精達とは違う、自分に向けた悪意など存在していない事だろう。

 

(……さて。ここからどうするべきかしら? 全員、葬り去る事は容易いけれど、数が数だから面倒ね。……いっその事、アルトリアを盾に使おうかしら? 多分、傷付ける事は出来ないでしょうし)

 

 如何やらアルトリアの勘違いだったらしい。

 悪意では無いにせよ、悍ましい事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 ふざけた事を抜かしてるな、と。こいつ等を殺してしまおう。2つの考えが頭の中に思い浮かんだのは同時だった。

 早速、実行に移そうとする。

 

「コラ! お母さん! 物騒な事を考えるな!」

 

 今の今まで、ユーリの背の後ろに隠れていたアルトリアが、突然叫ぶ。

 さっき程までは怖がっていた筈だったが、今の彼女からは恐怖心は感じられない。寧ろ、ユーリに対して怒りを抱いている。

 

 何故なのだろう?

 原因を考えてみるが、寧ろ心当たりが多すぎる。

 

「いや、寧ろ私が怒ってしまう原因を沢山作っているという事実を如何にかしろ! 私は割と、理不尽な目に遭っているんだぞ!」

 

 少なくとも、今言う事ではない。

 とは言え、場が白けてしまった事は確かだ。

 

 生意気にも数を集める事によっての脅迫。おまけに、アルトリアをアルトリアとして見ていない口ぶりに対して腹立たしさは覚えたものの、全員皆殺しと言うのは子供の教育に悪い。アルトリアが居なければ、気兼ねなく皆殺しに出来たというのに。

 

(困ったわね。まさか、アルトリアを連れてきたのが間違いだったなんて)

 

「いや、間違ってないから! 曲がりなりにも、一緒に過ごして来た皆が殺されちゃったら私、どういう反応して良いのか分からなかったもん」

 

 外野が五月蠅い。

 実力行使は難しい。

 

 だが、この場を上手く切り抜ける事が出来ても、軋轢を生む事は確かだ。であれば、なるべく軋轢を生まないように対処しなければならない。

 

 或いは、向こうが文句を言う事の出来ない正当性を作る必要が。

 息を吐く。

 緊迫していた空気が、僅かに弛緩する。

 周囲は少しだけ、ホッとした様子を見せる。

 

「改めて言うけれど、貴方達の提案は嫌。とは言っても、納得できない事は分かっている。だから、私と勝負をしないかしら?」

 

 ユーリの提案は意外だったのか、数回瞬きを繰り返した後「勝負、だと?」と聞き返して来る。

 

「そう。勝負よ。複雑な物だと分かり辛いから、簡単な物でいきましょう。硬貨は持っているかしら? ソレを指で弾いて、硬貨の面が表なのか裏なのか。何方なのかを答えて、正解した者が勝ちと言う事にしましょう」

 

「……な、成程」

 

 勝手に勝負の内容を決められ、僅かに不満そうに顔を歪める村長。

 しかし、ユーリの決めた内容は妥当だ。

 文句を口にする事はない。

 

「私が負ければ、アルトリアは貴方達に上げるわ」

 

「え!?」と、優勝賞品が何かを叫んでいるが気にしない。

 村長は「良いだろう」と言って、妖精の1人に硬貨を持って来させる。硬貨を自身の手に持ち、早速勝負を始めようとする。

 ユーリは止める。

 

「まだ私の話は終わってないわよ。私が勝った場合は村の貯えの1割を寄越しなさい」

「は?」

 

 予想外の提案に、村長は手に持っていた硬貨を落としてしまう。

 暫くして、ユーリの言葉の意味を理解したのだろう。

 

「ふざ、けるな! どうしてそう言う話になる! お前が勝てば『予言の子』を手に入れる、それで良いだろうが!」

 

 声を荒げる村長。周囲に居る妖精達も「そうだ! そうだ!」と野次を飛ばしてくるが、ユーリは鼻で笑う。

 

「何を馬鹿な事を言っているのかしら? 手に入れるも何も、既にアルトリアは私の物よ? その証明は、十数年前。他でも無い貴方達がしてくれたじゃない。にも関わらず、私が改めてアルトリアを手に入れる? ハッ、訳の分からない事を言わないでくれるかしら? 手に入れているのだから、別の物を提示するのは当たり前。どうして、私の利にならない勝負をどうして受けないといけないのかしら?」

 

「グッ……!」

 

 当然と言えば当然だ。

 仮にユーリが敗北したらアルトリアを失ってしまうが、勝利した際に得る物は何も存在しないのでは話にならない。

 ユーリの指摘に対して、苦しそうに呻く村長。

 

「これが私の最低条件なのだけれど、勝負を受けるのかしら? それとも、降りる? 選びなさい。……ああ、言っておくけれど、勝負を降りるので有れば周りにいる有象無象どもは如何にかして頂戴。だって、貴方が選択した事だもの。アルトリアを諦めるって。なのに、脅迫を続けると言うのは筋が通らないものね?」

 

「…………ッ!」

 

 射殺さんばかりにユーリを睨みつける村長。

 しかし、ユーリは涼しい顔で受け流す。

 どうでも良い、と顔に書いていた。

 村長は散々悩んだ挙句、絞り出すように一言。

 

「……勝負を、受ける」

 

 村長の選択に対して、少なからず文句が飛び交う。

 当然だ。『予言の子』を手に入れるのは、村に住まう妖精達の総意ではない。ましてや、敗北してしまった場合は村の貯えの一割を奪われてしまうのだから、黙ってなどいられない。

 だが、既に勝負は始まった。

 

「ああ。それと、硬貨を弾くのはアルトリア。貴方がしなさい」

「え!? わ、私!?」

 

 完全に自分は蚊帳の外だと思っていたのか、突然の名指しの使命に思わず声を上げるアルトリア。

 

「弾いたコインを落としたら覚悟しなさい」

「しかも理不尽!」

 

 文句を言いながらも、硬貨を弾く役目を担うアルトリア。

 シン、と静まりかえる周囲。

 硬貨を弾く音のみが聞こえた。

 

 キン! と、金属質な音を奏でながら、硬貨が舞う。自身の手の甲に着地すると同時に、アルトリアはもう片方の手で硬貨を隠す。

 果たして、何方の面なのか分からない。

 

 村長が果たして何方なのか? と頭を悩ませている中、ユーリは考える素振りすら見せずに「裏」と答える。

 慌てたように、村長は「表」と答える。

 

 結果は――裏。

 ユーリの勝利だ。

 歓声が響く事はなく、それ所か恨みがましい視線を向けて来る。

 だが、勝利は勝利。

 

「私の勝ちね。金輪際、アルトリアに関する文句は受け付けないから、そのつもりで。後、1割は後で貰いに来るから用意しておきなさい。それじゃあ」

 

 呆然としている村長の横を素通りして、ユーリとアルトリアは自宅へと戻る。

 道中、アルトリアが聞く。

 

「お母さん、どうして分かったの?」

「え? 分からないわよ。単純に、こっちかな? と思った方を口にしただけ」

 

「……なのに、あんな約束したの?」

「別に良いでしょう? 勝利したのだから」

「いや、そうだけど! そうなんだけど!」

 

 アルトリアからの抗議を聞き流しつつ、2人は帰路に着くのだった。

 




ゲームの内容は凝ったものにしようかな? とも思ったのですが、流石に長すぎると思い、コイントスにしました。
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