星を追う子に春の祝福を   作:ロドリゲウス666

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今回も長めです。
感想、評価ありがとうございます。


7

 

 朝。

 アルトリアはゆっくりと目を覚ます。

 朝と言えば、朝ごはん。

 

 朝食はユーリが準備してくれる為、アルトリアは目を覚ました後に、料理の並べられたテーブルへと向かう。

 だらしのない服装も、ボサボサになった金色の髪も今は気にしない。早速朝食を食べようとして……あれ? と首を傾げてしまう。

 

「お母さん。今日の朝ごはんの量、普段よりも少なくない?」

「どうしてだと思う?」

 

 アルトリアの疑問に答えず、逆に聞き返して来るユーリ。

 はて? と、またもや首を傾げてしまう。

 ここ最近、ご飯の量は普通だった筈だ。

 

 つまり、量が少なくなってしまう決定的な何かが発生してしまった、と言う事。

 思い当たる出来事は一つしかない。

 

「あ、分かった! お母さんがご飯を食べ過ぎたんだ! もう、お母さんったら! ちゃんと量を考えて食べ……痛い! 痛い! 痛い!」

 

 ユーリがにこやかな微笑みを浮かべている際は、嵐の前触れのような物。ユーリは微笑みを浮かべたまま、アルトリアの頭部の両側面を握りこぶしでグリグリと行う。

 とても痛い。

 

「貴方の答えは概ね正解よ。アルトリア。けれど、誰が、の部分が間違っているわね? 貴方は一体、何処の誰と間違えたのかしら? 出来る事なら、どうしてそんな勘違いをしてしまったのか、丁寧に説明して欲しい所なのだけれど」

 

「痛い! 痛い! これはちょっとした冗談だから! 私が悪かったから、ごめんなさい! はい! 私が原因です! ごめんなさい!」

 

 ちょっとした冗談だったのに。ここまでする事は無いだろう。

 痛む頭を抑えつつ、ユーリに対して恨みがましい視線を向ける。

 しかし、実力の差は歴然。

 

 食って掛かろうものなら、またもや拷問染みたお仕置きを食らってしまう事は確実だ。

 だからこそ、不満は胸の内と向ける視線のみに留めておく。

 

 朝食の量が少なくなってしまった原因はアルトリアだ。

 家にはある程度の備えがあり、配分を考えて食事を取っている。しかし、アルトリアは育ち盛りの少女。

 

 その上、割とよく食べる。

 結果、予定よりも早く貯えが底をつきかけているという事だ。

 申し訳ない、と言う気持ちはあるが、仕方ないという気持ちもある。なにせ、アルトリアは育ち盛りの少女。

 

 食べて、寝て、成長する事こそが使命と言っても過言ではない。

 だから「太る」と言う言葉は禁句だ。

 自身の役割を察し、十全に果たしているという自負はあっても、アルトリアは少女。体重の増加と言うものは由々しき事態なのだ。

 

「そろそろ食料も少なくなって来たから、森に行くわよ」

「森に行くの? って事は、また獣でも狩ったりするの? ……魔術を覚えて、多少はマシになったけど、やっぱり戦うとかは余り自信がないかな」

 

「獣を狩るのも悪くはないけど、今の時期的に森には沢山アレがなっていると思うから、今日はソレの採取よ」

「アレ? ソレ?」

 

 答えが分からず、アルトリアは聞く。

 ユーリは呆れたように息を吐きながら、質問に答える。

 

「キノコよ。キノコ。今日は、キノコ狩りと行きましょう」

 

 

 

 朝食を食べ終え、身だしなみを整え諸々の準備を済ませた後、2人は森の中を歩いていた。

 アルトリアは知らなかったが、ユーリは森の中を散策してキノコが沢山なっているスポットを把握しているらしい。

 

 これは期待が持てる。

 沢山キノコを採取する事が出来れば、その分沢山食べる事が出来る。

 

「こらこら。アルトリア。キノコに対して思いを馳せるのは良いが、もう少し周りに気を付けた方が……っと。遅かったか」

 

『選定の杖』を介してマーリンが注意しようとした。が、アルトリアは地面の凹凸に足を取られる形で、派手に転んでしまう。

 

「痛っ! もう、マーリン! そう言う事は先に言ってよ! と言うか、一体どうやって見ている訳!?」

「はははは。私は花の魔術師マーリンだ。例えどれだけ遠く離れていたとしても、君の姿はハッキリ見る事が出来るのさ」

 

「え? ……それってつまり、私がお風呂に入っている時とかも、って事!?」

「いや、そこには興味ないから」

「はぁ!?」

 

 ユーリから魔術を学んでも良い、と許可を貰った後。アルトリアはマーリンと頻繁に連絡を取っていた。

 とは言っても『選定の杖』を介してのやり取りな上、使用方法も分からない為、マーリンからの反応待ちになる事が多い。

 

 それでも、気兼ねなく会話する事が出来る相手と言うのは、アルトリアにとっては有難い事この上なかった。

 

「一体、何をしているのかしら? 獣も出るのだから、気を引き締めなさい」

 

 立ち上がらず、自身に対して無礼な事を言ったマーリンと喧嘩を始めるアルトリア。呆れたように息を吐きながらも、ユーリは助け起こす為に手を差し出す。

 礼を言いながら手を取り、アルトリアは立ち上がる。

 

「そろそろ目的地だから大人しくしていなさい」

「はーい」

 

 暫くの間、大人しくしながらユーリの後ろをついて行く。

 やがて、ユーリが足を止める。

 

「着いたわよ」

「……わっ。凄い」

 

 眼前に広がる光景を目にして、アルトリアは素直な感想を口にする。

 隣接しないように生えているのは無数の木々達。

 

 根元の部分には、両手の指では数えきれない数のキノコが生えている。明らかに食べたら死んでしまうような色合いのキノコから、食してもまあ大丈夫かな? と思えるキノコまで。その種類は多種多様。

 

 尤も、アルトリアの主観としては食べられるキノコは全体の半分以下だとは思うのだが。それでも、ここまで大量のキノコを目にすればテンションは上がる。

 

「さて。2人で一緒にキノコを採取――でも良いのだけれど、それだと効率が悪いでしょう? だから、貴方と私。2人で手分けしてキノコを採取するわよ」

 

「え!? ……で、でも。この森って、勿論獣とかは住んでるんだよね?」

「当然でしょう。寧ろ、住んでいない方が稀よ」

 

 何度も言うようだが、アルトリアは弱い。

 妖精だったら片手間で倒せる獣が相手でも、互角の戦いを繰り広げてしまう。それ程までに弱い。だからこそ、不安は拭えない。

 

 浮かない表情に加えて、アルトリアの感情に呼応するようにアホ毛も萎びてしまう。

 ユーリは呆れたように溜息を吐く。

 

「アルトリア。貴方は一体、何の為に魔術を学んでいるのかしら?」

「え? ソレは勿論、日常生活の役に……」

 

「相手を殺す為の力を身に付ける為でしょう?」

「うん。全然違う! 少なくとも、私はそんな目的で魔術は学んでないよ!」

 

「別に良いでしょう? 使い方次第で、毒にも薬にもなるものなんて幾らでも存在しているのだから。つまり、貴方には武器が存在しているの。少なくとも、私では扱う事の出来ない武器が」

 

 余談ではあるが、ユーリもアルトリアと共に魔術を学んだが、根本的に才能が無かったのか結局魔術を使う事は出来なかった。

 

「それにマリーンも付いているのだから、何か有ればソレを囮に使いなさい」

「花の魔術師に向かってなんて事を言うんだい!」

 

「『選定の杖』は私にとって大切な物なんだから、囮に使える訳ないでしょが!」

「それじゃあ、日の光が橙色に染まった時に合流しましょう。後、ついでに何方が多くキノコを採取したのかも勝負するわよ。それじゃあ、始め」

「え!? いや……ちょっ、そんな一方的に……!」

 

 始めるな、と最後まで言う事は出来なかった。

 何故なら目の前から既にユーリの姿は消えてしまっていたのだから。

 

「もう! 相変わらず強引なんだから! 引っ張られるこっちの身にもなれー! よし、マーリン! こうなれば、お母さんをぎゃふんと言わせる為に沢山のキノコを採るよ! 採って、採って、採りまくるぞ!」

 

「一応言っておくけど、キノコの中には食べられない物も存在しているから、そこは気を付けてくれよ」

「え? 当然知ってるけど。マーリンは一体、私の事を何だと思ってるのさ」

 

「……いや、知っているなら何も問題はない。そうだね。彼女よりも沢山キノコを採って、あっと言わせようじゃないか!」

「ねえ、私の質問に答えてくれる? マーリンは一体、私をどんな風に思ってるの?」

 

 2人の足並みは揃わないものの、キノコ採取対決が始まった。

 

 

 

 

 

 キノコを採取する際、まず最初に外見に気を付ける。

 当然ながら、キノコの中には食べられる物と食べられない物が存在している。判別方法は色々と存在しているが、キノコに関しては視覚情報から何となく判別が可能だ。

 

「これは……駄目。こっちも、駄目。うーん。この森、食べれるキノコより、食べられないキノコの方が多くない?」

 

「確かにそうだね。中には、一欠片でも口にしてしまえば死んでしまうキノコも存在しているようだし、取り扱いには十分注意した方が良いね」

 

 アルトリアは、形がドクロになっているキノコを手に取り、そこら辺に放り投げる。

 

 マーリンの話によれば、匂いを嗅ぐだけでもアウトな種類も存在する。

 細心の注意を払わなければいけない。

 

「……あれ? 何処からか、良い匂いが」

 

 不意に、鼻腔を撫でる食欲を誘う香り。

 周囲一帯はキノコのみしかないと思っていたが、誰かが森の中で料理でも作っているのだろうか? もしもそうだとしたら、是非ともご相伴に預かりたい所だ。

 

 アルトリアは立ち上がり、臭いの出所を探す。

 ――見つけた。

 

「凄い! キノコなのに、こんなにもお腹が空いちゃう匂いを漂わせているなんて! きっと、食べたらすっごく美味しいよ! これ!」

 

 見た目も普通。

 毒があるようには感じられない。

 しゃがみ込み、木の根元に生える一本のキノコを採取しようとした。

 その瞬間。

 

「ッ、アルトリア! 今すぐ、そのキノコから離れるんだ!」

「へ? 一体どうし……あれ? 何故か、体から力が抜けて……」

 

「くっ。遅かったか! 私も気付くのが遅れてしまったが、ソレはとても危険なキノコだ! 匂いで獲物をおびき寄せ、食べようと近づいて来た獲物を胞子で仕留めてしまうという厄介な性質を持っているんだ」

「ど、どうしてそんにゃのが……!」

 

 駄目だ。上手く呂律が回らない。

 全身の力が抜けていってしまう。

 

 コレは不味い、と頭では理解しているのに体が動いてくれない。仮に今、この状態で草むらから獣が現れたとしても、アルトリアでは対処する事が出来ない。美味しく頂かれてしまうのがオチだろう。

 

「取り敢えず、毒を抜くんだ! 幸いにも、毒を無効化する為の魔術は学んでいる筈だ! 急ぐんだ! 全身が動かなくなってしまえば、打てる手が無くなってしまう!」

 

 未だ、全身に回っていないのか、残っている力を振り絞れば辛うじて手や足を動かす事は出来る。呂律も回っていないが落ち着いて魔術を行使する。

 

 アルトリアの全身を包み込む淡い光。

 同時に、抜けていた力が元に戻り、呂律も回るようになる。

 

「……あ、危なかった!」

「まさか、こんな危険なキノコが存在していたとは。思っていたよりも、ここは魔境なのかもしれないね」

 

「お母さん、大丈夫かな」

「流石にアルトリアよりも年齢は上だし、アルトリアよりも頭は良さそうだから、大丈夫と信じたい所だが……」

「そうだよね。……って、あれ? 待って。私今、馬鹿にされた?」

 

「何を言っているんだい? ほら。早く食べられるキノコを採取しないと、彼女に負けてしまうよ。危険なキノコは気を付けつつ、採取を再開しよう!」

「いや、流石に誤魔化されないよ!?」

 

 暫く時間が経過した後、キノコを採る為に持って来た籠の中は沢山のキノコで詰まっていた。

 マーリンの存在が大きい。

 

 アルトリアはキノコの種類は分からなかったし、ソレが食べられるのか食べられないのかも分からなかった。

 しかし、流石はマーリンと言った所なのか。豊富な知識をフル活用する事によって、完璧な精査を行ってくれた。

 

 お陰で籠の中に入っているキノコは全て食べられるものだ。

 時間まで、まだまだ余裕がある。

 ユーリの進行状況が果たしてどれ位なのか分からないが、勝負に勝つ自信は十分だ。

 

「よし! この調子で、どんどんキノコを採って……うん?」

 

 不意に地面が揺れた。

 気のせいかな? と思ったが、またもや地面が揺れる。

 一定の間隔で、地面が揺れていた。

 

 しかも、時間が経つごとに揺れは大きくなっていく上に、ズシン! と重低音な足音まで聞こえて来る。

 確実に、何かがアルトリアに近づいて来ていた。

 

 遠くに生えていた木々達が、音を立てながら倒れていく。

 ミシミシ。メシメシ。ギシギシ。

 明らかに、何か強い力が加えられて倒れてしまった音だ。

 

 早く、逃げなければいけない。

 分かってはいたものの、体は動かない。

 何故なら、既に目が合っていたからだ。

 

 邪魔な木を切り倒し、姿を現すのは巨大な猪。大きさは小ぶりな山と見紛う程で、その肉体は岩石のように堅牢。

 鼻付近についている、二本の牙の先端は鋭く、ついさっき食事を終わらせて来たばかりなのか。未だに渇き切っていない血液がポタポタと雫をたらしている。

 

 血走った目が、アルトリアを見つめている。

 次に仕留めるべき獲物を見つけた、と言わんばかりに。

 

「あ、アルトリア。……もしかしたら、君のお仲間かもしれないよ。ほら、君って時々向こう見ずな所と言うか、猪っぽい所があるから。魔猪の氏族……みたいな?」

「そんな氏族はねえのです!」

 

 アルトリアのツッコミに呼応するように、猪は雄叫びを上げる。

 耳を塞いでも尚、鼓膜を劈く轟音。

 

 しかし、五月蠅さに悶えている暇はない。

 アルトリアは猪に背を向けて、全力疾走で逃走を図るのだった。

 

「お母さん! お母さん! 助けて! これ、死ぬ奴! 幾ら私がマーリン魔術を学んでいても、こんなのは無理!」

 

「いいや、マーリン魔術を舐めてはいけないよ! アルトリア! もしかしたら見掛け倒しかもしれない! 一度、足を止めて魔術を発動してみると言うのも一つの手じゃ……」

 

 チラリと後ろを振り返ってみれば、そこら辺に生えていた木を猪が突進で砕いていた。メキャリ! と言う音と共に、舞う木屑。

 自分も足を止めれば、あんな風になってしまうだろう。

 

 見掛け倒しなんてトンデモない。

 第一、魔術を発動する前に仕留められてしまう事だろう。

 

「無理に決まってるでしょ! だったら、マーリンがやればいいじゃん! 私はその隙に、全力で逃げるから! 可愛い弟子の為に犠牲になれ!」

 

「仮にも師に対して、なんて言いぐさなんだい! 私は君を、そんな薄情者に育てた覚えはないぞ!」

 

「育てられた覚えはない! 大体、私はお母さん譲りだから! お母さんだったら、自分が助かる為に他人を犠牲にしたりするから!」

 

 マーリンと会話をしているせいで、前を向いていなかったアルトリア。

 地面の凹凸に足を取られてしまい盛大にこける。

 

「あ」と思った時にはもう遅い。両足は地面から離れ、体の制御はきかない。勢いよく転んでしまう。

 痛い。が、気にしている暇はない。

 

 今すぐ立ち上がって、逃げなければいけない。

 が、無理だ。猪との距離は短い。

 アルトリアが立ち上がって逃げるよりも先に、猪がアルトリアを突進を食らわせる方が早い。

 

「……こんな事になるなら、最期くらいお腹一杯食べておくべきだったなぁ」

 

「私が許さないから、実現不可能な後悔ね」

「へ?」

 

 ユーリの声が聞こえた。

 かと思えば、アルトリアは真横に吹っ飛んでいた。

 

 本来で有れば、アルトリアを吹き飛ばす筈だった突進は、しかし空振り。手応えが無い事に疑問を思ったのか、猪は不思議そうに首を傾げている。

 

「お、お母さん! 助けに来てくれたんだ!」

 

「あんなに五月蠅くしていれば、駆け付けるに決まっているでしょう? それは兎も角、私に対して何か言う事があるんじゃないかしら?」

 

 ユーリの一言を聞き、さっと顔を青ざめるアルトリア。

 猪から逃げるのに夢中で、何を言ったのか覚えていない。

 

 しかし、ユーリに対して失礼な事は言った覚えがある。まあ、事実は事実だと思うのだが。内心で、そんな事を考えてしまっていたせいか、アルトリアは両頬を思い切り引っ張られる。

 

「貴方も随分と生意気に育ったようね。……けれどまあ、安心なさい。私が来たからには、あの猪を仕留めてあげるわ」

 

 万が一の事態に備えていたのか。ユーリは槍を構え、猪を睨みつける。

 アルトリアは頼もしさを覚える。

 

 ユーリの職業は『獣狩り』。アルトリアを引き取る前から、数多の獣を狩って来た。いわば、狩猟のプロフェッショナルと言っても良い。

 当然、こう言った巨大な獣を相手にした事もあるのだろう。

 

「それじゃあ、いくわ」

 

 目の前にいたユーリの姿が消える。

 槍を携えて、猪へと距離を詰める。

 いける。これなら猪を仕留める事が出来る。

 

「うーん。果たしてそう、上手く行くかな?」

 

 アルトリアの期待とは反対に、マーリンは懐疑的だった。

 

「どうしてなの? だって、お母さんは今まで沢山の獣を倒して来たんだよ? だったら、負ける筈ないって」

 

「でも、彼女は魔法や魔術は使えないんだろう? おまけに、あの猪の大きさはアルトリアの何倍もある。そんなのを一撃で仕留める、と言うのは聊か無理があるんじゃないかい?」

 

 言われてみれば、確かに。

 あれ? じゃあ、倒すのは難しいのでは?

 

 と、アルトリアが思っていると猪が頭部を勢いよく、下から上へとあげて二本牙を使って何かを打ち上げる。

 アルトリアの視力に異常がないのであれば、打ち上げられた相手はユーリだった。

 

「負けてるじゃん!」

 

 当然と言えば当然の結果。

 しかし、アルトリアにとっては予想外だ。

 だが、戸惑う暇はない。

 

 何故なら、猪の標的はアルトリアだ。ユーリを仕留めたのは、単に邪魔をして来たからに他ならない。

 

 カタカタと体を震わせるアルトリアに対して、猪は下卑た笑みを浮かべる。

 再び追いかけっこが始まる。

 

 

 

「お母さんに期待した私が馬鹿だった! って言うか、これ何処まで逃げれば良いの!?」

 

「アルトリア。今こそ『予言の子』の秘められた力を解放すべきじゃないかい? ほら、失敗してしまえば君の命はない。やらなければ、やられてしまうという危機的状況。正に秘められた力が覚醒するには、おあつらえ向きじゃないか!」

 

「五月蠅い! あるのかも分からない力に期待するより『選定の杖』をぶん投げて、あの猪の気を逸らした方が確実だよ!」

 

「ちょっ……こら! ソレは大切な物なんだから、もっと大事に扱いなさい! ソレを失ってしまえば、私と話す事も出来なくなってしまうんだぞ!」

 

 一瞬、アレ? 別にマーリンと話せなくなっても問題はないのでは? と思ってしまったが『選定の杖』は『予言の子』である証明となる為、重要なアイテムだ。

 

 一時の気の迷いで思い切りぶん投げてしまいそうになるが、ここはグッと堪える。

 

「と言うか、君の抱えている籠を投げたら良いだろ? 走っている時、絶対邪魔になっているんだから」

 

『選定の杖』を失わせまいと、依然としてアルトリアの手に握られている籠を生贄に差し出そうとしてくる。

 

「なんて酷い事を言うの! これは、私……私達の大切なご飯になるんだよ! なのに、ここで手放せって言うの!?」

 

「何方にしても追いつかれたら死んじゃうんだぞ!? 死んでしまえば、ご飯を食べる事だって出来なくなるんだぞ!?」

「うっ……ぐっ。それは、確かに……!」

 

 死んでしまえば、ご飯を食べる事は出来ない。

 正論だ。

 アルトリアは覚悟を決める。

 

「ごめんなさい」と心の中で呟き、握っていた籠を手放す。

 籠は飛ばされ、猪の目の前に迫りくる。

 わざわざ避ける物でも無い、と思ったのだろう。猪は大きな口を開けて、籠ごとキノコを食してしまう。

 

 アルトリアの目から、一筋の涙が流れる。

 しかし、全ては生き残る為だ。

 籠を失った事で、多少は身軽になった。更にスピードを上げようとした時、猪の速度が落ちている事に気付く。

 

「あれ? 様子がおかしくない?」

「言われてみれば確かに。目に見えて速度が落ちている上に、体調まで悪そうだ」

 

 走る必要が無くなった為、足を止めるアルトリア。

 何か、変な物でも食べたのだろうか?

 

 アルトリアが知っているのは、籠の中に詰まった沢山のキノコ。だが、キノコの中身は全て食べられるキノコのみ。仮に、毒キノコが混ざっていても吐き出してしまいそうな気はするが……。

 

「あ」

 

 そこまで考えて、原因に気が付く。

 

「そう言えば私、あの明らかに食べても大丈夫そうだけど大丈夫じゃ無かったキノコも籠の中に入れてたんだ」

「え? あのキノコを? 危険だって事は教えていたと思うんだけど……どうして?」

 

「またお母さんに嫌がらせされた時、仕返しとして使えるかな? と思って」

「……うわぁ。アルトリア。君、見た目に反して結構えげつない事を考えるんだね」

 

「いや、違うから! 直接食べさせるとかじゃ無くて、臭いを嗅がせたりするだけのつもりだったから」

 

 声のみではあるものの、自身の師であるマーリンがドン引きしている事だけは分かった。流石に酷過ぎはしないだろうか?

 

「因みにだけど、あのキノコって食べたらどうなるの?」

 

「確か、美味しい事は美味しいが、そのまま死に至る……とかだったかな? 詳しくは分からなかったが、この姿を見る限り碌でもない感じかな?」

 

「捨てて正解だったね」

 

 何はともあれ、無事に猪の討伐に成功したのだった。

 

 

 脅威を排除する事は出来たが、ユーリの安否は心配だった。

 猪に対して勝負を挑んだものの、結果は返り討ち。

 おまけに、あの巨体だ。

 

 突進を食らっただけでも、かなりの重傷を負う事は間違いない。

 急いで探し、手当をしなければ――と思っていたが、当の本人はピンピンしていた。

 

「あら。遅かったわね。その様子を見る限り、あの猪は仕留めたのかしら?」

「お、お母さん? だ、大丈夫だったの? あの猪に突進を食らって、勢いよく吹き飛ばされる姿を見たんだけど」

 

「問題ないわ。まさか、この私があの程度の攻撃で死んだとでも思ったのかしら?」

 

 表情は、能面のように「無」。口調は何処となく、アルトリアを馬鹿にするように。しかし、指先に真白の髪を巻き付けており、何処か恥ずかしそうにも見える。

 

 あれだけの啖呵を切っておきながら、呆気なく負けてしまった事が恥ずかしいのだろう。

 

「黙りなさい」

「私、何も言って無いんだけど!」

 

 アルトリアの考えている事が分かったのか、ユーリはアルトリアの額にデコピンをお見舞いする。かなり痛い。

 

「それで、収穫の程はどうなのかしら? 私はこの通りだけど」

 

 そう言って、籠一杯に詰まったキノコを見せるユーリ。

 アルトリアが持っていた籠は、猪に食べられてしまった為存在していない。沢山の食べられるキノコも詰まっていたが、今頃猪の胃の中だろう。

 

「と言う事であれば、勝負は私の勝ちになるわね。貴方が面倒事に巻き込まれてしまった事は知っているけれど、勝負は勝負だから。有難く、頂いていくわ」

 

「うう、悔しい! せめて、猪が来なければ絶対に勝利してたのに!」

 

 仕方がないと分かっていても、悔しいものは悔しい。

 ましてや、ユーリがこれ見よがしにドヤ顔を披露しているのだから、悔しさも数割増しだ。

 

 とは言え、食料を手に入れる事が出来た。

 これで、今日の夕食は嘸かし豪華に……。

 

「ねえ。お母さん。お母さんの籠に詰まっているキノコ、ほぼ全部食べられなさそうな物だと思うんだけど」

 

 ユーリの籠に入っていたキノコ。

 1つ1つが目に悪そうな、鮮やかな色に染まっている上、食べたら死にますよと言わんばかりの禍々しさを放っている。

 

『選定の杖』越しに、マーリンが「……うわぁ」と形容しがたい声を漏らしていた為、拾って来たキノコ達はほぼ確実に毒キノコだ。

 

「そうかしら? 私は昔からよく食べていた物だから、問題ないと思うのだけれど。……なんなら、一本お試しで食べてみても良いわよ」

 

 籠の中から適当なキノコを一本、手に取る。

 紫色に染まった、苦悶の表情を浮かべているかのような模様の刻まれているキノコを。

 

 思わず、アルトリアは叫ぶ。

 

「こんなもの、食べられる訳ないだろうが!」

 

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