今回も長めです
しとしとと降り注ぐ雨。
家の中に居ても尚、屋根や窓が水滴を弾く音が聞こえて来る。
アルトリアはその音が嫌いではない。
寧ろ、好きな部類だった。
「とは言っても、雨だと余りする事もないから暇だなー」
する事もない為、ベッドの上でゴロゴロとするアルトリア。
文字通り、雨の日はする事がない。
基本的に魔術は外で行う為、雨の日は練習が出来ない。室内で行っても良いのだが、万が一魔術を失敗してしまった場合、家を破壊してしまう危険性がある。
そうなってしまえば、確実にユーリに怒られてしまう為、中々実行には移せない。
畑を耕そうにも、土は雨を大量に吸い込んでぬかるんでしまっている。確実に靴が汚れてしまうし、足を取られて転んでしまう可能性だってある。
危険だ。
ユーリは『獣狩り』の仕事で家を空けている為、いるのはアルトリアただ1人。
「こんな雨の日に仕事をしなければいけないなんて、最悪ね」と愚痴を零しながらも、ユーリは仕事に向かった為、アルトリアは純粋に尊敬している。
アルトリアが同じ立場であれば、理由を付けて仕事を休んでしまう事は確実だ。だって、雨の日は外に出たくないのだから。
「でも、お母さんがいてくれたら私の遊び相手になってくれて、暇とか潰す事が出来たのに。うーん、世の中ままならない」
「アルトリア。頼りになる師を忘れているんじゃないのかい?」
ベッドでゴロゴロし続けるアルトリアを見かねてなのか、『選定の杖』を介して話掛けて来るのは、アルトリアの師にして自称花の魔術師であるマーリンだ。
「マーリンは話す事しか出来ないじゃん。私は、こういう時間を有効に使って、最近持って来てくれたゲームとかで遊びたいの。でも、このゲームって2人用だから遊べないし。一応、頑張れば一人二役とかもできるけど……流石に虚しいし。『選定の杖』から腕を生やす事とかできないの?」
「花の魔術師と言っても、出来る事と出来ない事がある。そして、腕を生やすというのは出来ない事だ。と言うか『選定の杖』は『予言の子』だという事を証明する為の大切な杖なのだから、もう少し大切に扱いなさい」
「あー、退屈だー!」
マーリンの話は聞こえていないのか、より一層ベッドの上でゴロゴロするアルトリア。彼女の回転に合わせて、頭頂に生えたアホ毛も荒ぶっている。
鬱屈した気分。
そんな気分を晴らす為には、甘い物を食べるのが一番だ。
しかし、アルトリアは甘味を制限されている。
ティタンジェルのような田舎の村ではなく、もっと栄えている村や町であれば甘味も豊富に存在しているだろう。
だが、ティタンジェルにおいての甘味は砂糖か蜂蜜の何方か2つ。
中でも、アルトリアは蜂蜜を好んでおり、一時期はユーリにバレないようにつまみ食いを頻繁に行っていた。
バレてしまった後は滅茶苦茶に怒られてしまい、以降は甘味を制限されてしまった上に、蜂蜜は隠されてしまった。
が、蜂蜜が好きなのは変わらず。
寧ろ、この鬱屈した気分を解消するには蜂蜜こそが必要だと考えている。
しかし、蜂蜜の隠し場所が分からない。
一度家の中を隅々まで探してみたものの何の手掛かりもなし。
「ねえマーリン。マーリンは蜂蜜の隠し場所とかって知ってたりする?」
自身は知らないが、師であるマーリンならばどうだろうか? ベッドの上で寝そべりながら、マーリンに質問をする。
が、アルトリアの望む答えは得られない。
「勿論知っているとも。だが、君に知られてしまえば蜂蜜が全て無くなってしまう可能性が高いからね。君のお母さんから固く口止めされているんだ」
「そんな訳ないじゃん! 食べるにしても半分くらいだよ!」
心外だ。
第一、全部食べてしまえば明日、明後日、食べる分がなくなってしまう。
アルトリアはそこまで馬鹿ではない。
「うん。そこは嘘でも良いから食べない、と答えた方が良かったんじゃないかい?」
マーリンの指摘は、アルトリアの耳には届かない。
本格的に蜂蜜が食べたくなってしまった。
が、無い。
探しても見つからないだろう。
それでも蜂蜜を食べたいという欲望が鳴りを潜める事はない。寧ろ、次第に強くなっていく一方だ。
「都合よく、大量の蜂蜜を持って来てくれた誰かが来てくれないかな?」
「流石にそう都合よく現れる訳がないだろう? それよりも、いい加減にベッドから起きたらどうだい?」
不意に、扉をノックする音が聞こえる。
こんな雨の日に来客だろうか?
ここにやって来るのは片手で数える程度。
しかも、大部分が『獣狩り』であるユーリに仕事を依頼する為だ。
恐らくは扉をノックした相手も、ユーリが目的の筈だ。しかし、残念ながらユーリは今現在『獣狩り』としての職務を全うしている最中だ。
ベッドから起き上がったアルトリア。
「はい。誰ですか? お母さんなら、今は留守にしてますが」
「いや、私は彼女に用は無いんだ。……その、蜂蜜を大量に余らせてしまっていてね。よければ、余った分を貰って欲しいんだ」
「え!? 蜂蜜!?」
――蜂蜜。
その単語を耳にした瞬間、扉を開けてしまうアルトリア。
彼女の持つ『妖精眼』はオン・オフなどは存在しておらず、常に心の中を見通す事が出来る。だからこそ、蜂蜜をおすそ分けに来た――などと言う話が嘘である事は即座に理解出来る筈だった。
しかし、悲しいかな。アルトリアの頭の中は蜂蜜で一杯になってしまっていた。
彼女が嘘だという事に気付いたのは、扉を開けてしまった直後。
咄嗟に閉じようとするが、扉の隙間に足を挟む事によって妨害されてしまう。
それでも諦めず、両手を使って扉を強く押す。
しかし、向こうの方が力が強かった。
扉は勢いよく開け放たれてしまい、アルトリアは「キャッ!」と短い悲鳴を上げながら床に倒れてしまう。
「わ、私に一体何をするつもりなの! と言うか、余った蜂蜜は!?」
危機的状況にも関わらず、自身の食欲を優先するのは流石、と言うべきなのだろう。
若干、呆れた様子で。
しかし、威圧するように家に押し入った妖精は言う。
「俺の目的は『予言の子』であるお前だ。おっと、抵抗はするなよ? 抵抗した所で、お前が傷つくだけだからな」
邪悪な笑みを浮かべながら、妖精はアルトリアに手を伸ばす。
※
「コレは一体、どういう事なのかしら?」
『獣狩り』としての仕事を終え、帰宅して来たユーリ。
家は荒れ果てており、まるで強盗にでも入られたかのような有様だった。椅子や棚は倒れ、ベッドは破かれている。
床には泥に塗れた足跡が刻まれ、本来そこに居る筈のアルトリアの姿が何処にもない。
何かが起こった事は確実。
「大変だ! アルトリアが誘拐されてしまった!」
一体、何が起こったのか? 手掛かりを元に推理していたユーリに、壁に立てかけられていた『選定の杖』越しにマーリンが答えを教えてくれた。
「……犯人の姿は見えていたかしら?」
「勿論さ! 性別は男性。茶色の服に、緑色のズボンを身に着けていた。誘拐されてから、まだ時間は経っていない。急げば間に合うかもしれない! が……済まない。私が声だけではなく、実際にこの場に居る事が出来れば、この様な事態は未然に防ぐ事が出来たのに」
マーリンは申し訳なさそうに言う。
が、ユーリに責める気持ちはない。
マーリンの存在は有難い。
例え『選定の杖』を通して、声を届く事しか出来なかったとしても、アルトリアに魔術を教えてくれているのだ。
少なくとも、ユーリでは魔術を教える事は出来ない。
それにマーリンは『選定の杖』を介してしかコミュニケーションが出来ないからこそ、犯人に気付かれる事が無かった。アルトリアが誘拐されてしまったという事実を伝えてくれた上に、犯人の特徴まで教えてくれた。
とても有難い。
「気にしなくても大丈夫よ。……男に、茶色の服と緑色のズボン」
「誰か心当たりがあるのかい? そう言えば、君は少なからず村の妖精達とも関わり合いがあるのだろう?」
「まさか。村の連中とは極力関わらない様にしているし、顔も名前も覚えていないわ。寧ろ、記憶の無駄よ。でも、アルトリアを誘拐したのは村の連中の誰かでしょうね」
「その理由は?」
「村の連中はアルトリアが『予言の子』? だという事を知っていたのと、暫く前にアルトリアを一緒に育てようとか、訳の分からない事を提案して来たのよ。あの子を誘拐する理由があるとすれば、その『予言の子』である事が理由か、私に対する嫌がらせ。二つの内の何方かよ。因みに、私はティタンジェルの連中としか関わり合いが無いから何方にしても犯人が村の連中である事は確実ね」
「……そこまでされる程、君が嫌われている可能性があるって本当なのかい? 君、一体村の連中に何をしたんだい?」
まさかアルトリアが誘拐された理由が二つ出て来るとは思っていなかったのか、マーリンはやや呆れが滲んだ声でユーリに聞いてくる。
「さあ? いちいち数えるのも面倒だし、数えていないわよ」
「成程。そうか。1つ以上は確実、と言う事か」
マーリンは声のみしか聞こえない。
しかし、額に手を当てて困り果てたように溜息を吐く姿が容易に想像出来た。
「それで、犯人を絞り込む事が出来たのは良いとして、どうやって探すんだい? 事情を説明した所で、村の妖精達が協力してくれるとは思えない」
「問題ないわ。一件一件、アルトリアの事を知らないか聞いて回れば、ソレだけであの子が何処にいるのか分かるから」
マーリンの質問に対して、ユーリは自信をもってそう答えるのだった。
※
意識を失っていたアルトリアはゆっくりと目を覚ます。
直前の記憶は曖昧だ。
確か、蜂蜜が余ってしまった為、おすそ分けに来た――と言う所までは覚えているのだが、そこから先が……。
「って、そうだ! 余った蜂蜜は一体何処に!?」
動こうとするが、体が動かない。
これは一体どう言う事なのか?
周囲は薄暗いが、目を凝らせば自分の状態を確認する事は出来た。
アルトリアは椅子に座らされたまま、全身縄を使ってグルグル巻きに拘束されていた。さながらミノムシのように。
「……お前。目が覚めた第一声がそれで良いのか?」
部屋の奥。
暗闇から、呆れたような男性の声が聞こえる。
聞こえてきた、と同時に思い出す。
「お、お前は! いや、お前が私を誘拐したんだな! 一体、どういうつもりだ!」
足音を響かせながらゆっくりとアルトリアに近づいてくる男性の妖精。優しそうな見た目とは裏腹に、その心の内は真っ黒だ。
ちゃんと『妖精眼』で真偽を判定していれば、と内心で悔んでしまう。が、嘘とは言え蜂蜜を出されてしまったのだから仕方がない。
何故なら、アルトリアは蜂蜜が大好きなのだ。
大好きなのに食べられなかった。食べられなかったから、犯人の卑劣な罠にかかってしまった。
(つまり、私が誘拐されてしまったのはお母さんが原因って事……?)
結果的にはそうなってしまう。が、いやいや。流石にそれは曲解が過ぎるだろう、と自分自身の考えを否定する。
仮にこんな事を考えているとユーリに知られてしまえば、後で何をされるか分かったものではない。考えるのを止めた。
「お前を誘拐した理由? 人聞きが悪いな。俺は只、俺の持つ権利を行使したまでだ。誘拐、なんていうと、まるでお前があの『獣使い』の所有物みたいに聞こえるじゃないか。止めてくれよ。全くもって腹立たしい」
ユーリに対する嫌悪感と同時に、アルトリアをアルトリアとして見ていない。『予言の子』と言う名の、陳列された商品を見ている様に感じられる。
「……それで、目的は一体なんなの?」
男の口ぶりに対して苛立ちを覚えるものの、自分は囚われの身。
下手に刺激すれば、何をされるか分からない。
刺激しないように言葉を選びつつ、男の真意を問う。
「何、簡単な事だ。俺がお前を管理する。だって、当然だろう? お前は元々、この村。ティタンジェルに流れ着いた『予言の子』だ。つまり、この村に居る妖精全員の物だといっても過言じゃない。にも関わらず、あの『獣狩り』は呼んでも居ないのに現れたかと思えば『予言の子』を持ちさっていった! 獣しか狩る事が出来ない、無能な妖精の癖に!」
話ながら、当時の事を思い出したのか、男は苛立たし気に叫ぶ。
「『獣狩り』に奪われてしまったが、『予言の子』は村に住む妖精達全員のものだ! 前に、訳の分からない勝負が行われていたが、あんな物で納得できるものか! だから、俺は単に奪った物を取り返しただけだ。言っている意味が分かるか?」
分かる訳がない。
そして、分かりたいとも思わない。
しかしアルトリアが持つ『妖精眼』は強制的に発動され、男の心の内側を覗いてしまう。見たくもない心の声を、無理矢理聞かせられてしまう。
聞くに堪えない主義主張よりも、胸の内で渦巻いている闇を見せられる事の方がよっぽど苦痛だった。
如何にかして『妖精眼』を閉じる事は出来ないのだろうか。
(本当、何言ってるんだろう。『予言の子』は皆の物と言っていながら、本当は『予言の子』を独り占めしたいだけな癖に。って言うか『予言の子』なんて呼んでるけど、私が特別な力を持っていると思ってるのかな? 本当、馬鹿だなー)
「コレから先、お前が外に出ることはない。椅子に縛り付けたまま、16歳になるまで俺が育ててやる。感謝しろ」
「え!? ちょっと待って! トイレとかどうすれば良いの!? まさか、縛られた状態でしろなんて言わないよね!?」
「……いや、流石にソレは困るな。ここは俺の家だ。汚されてはかなわん。いっその事、トイレをしなければ良いんじゃないのか?」
「無理に決まってるだろ! 無茶を言うな!」
状況は極めて最悪。
男の話が本当であれば、アルトリアは16歳になるまで外の景色を拝む事が出来なくなってしまう。それ所か、16歳になるまでトイレを行うことまで出来なくなってしまう。
最悪だ。デリカシーが終わっている。此方は花も恥じらう乙女だぞ。
などと抗議した所で、男は言う事を聞いてくれない。
だって、男はアルトリアを見下しているのだから。
或いはアルトリアが『予言の子』であり、こことは異なる世界で生まれた妖精だからこそ、抱いてしまう劣等感や嫌悪感に突き動かされる形で、虐げてしまう。
だからこそ、アルトリアは囚われの身。
しかし、アルトリアに絶望はない。恐怖もない。
何故なら、絶対に助けてくれると信じているから。
不意にノック音が響き渡る。
『予言の子』を手に入れた事によって、やや興奮気味だった男は、しかし水を差されてしまった事に対して「あん?」とやや不機嫌そうな声を漏らす。
だが、無視する訳にも行かないと思ったのか舌打ちをし「ちょっと待っていろ」と言った後、ノック音が聞こえてきた方へ向かう。
――ほら。やって来た。
アルトリアを助ける為に、頼もしい母親と、頼りになる師匠が。
※
数件回ったが、手掛かりは無し。
そもそも、訪ねてきたユーリに対して嫌悪感を示す者が大半で、門前払いも珍しくはなかった。
「本当に、コレで大丈夫なのかい? アルトリアに関して、まともな手掛かりも手に入れていないように思えるんだが」
「問題ないわ。安心しなさい」
ユーリは他の妖精とは異なる、とある特殊能力を持っている。
否、特殊能力と言うとやや誇張表現が過ぎるかもしれない。
彼女は直感に優れていた。
例えば、複数存在している箱の一つにボールを隠す。箱を目にも止まらぬ速さでシャッフルしてしまえば、どの箱にボールが入っているのか何て分からない。
けれど、ユーリには分かる。
――何となく、コレな気がする。
そんな曖昧な理由で、ボールの入った箱を当ててしまう。
日常生活において、直感は大して意味を為さない。アルトリアと話している最中、彼女が嘘を吐いている。彼女が変な事を考えている。彼女がユーリに対して失礼な事を考えている。
その程度。
だが、戦闘の場において、彼女の直感は武器になる。敵が何をするのか理解出来る。敵の弱点を察知する事が出来る。敵が何を考えているのか読み取れる。
故にアルトリアの捜索を行う、と言う状況下においてもユーリの直感は真価を発揮する。何故なら、ユーリにとって大切な物を奪った相手は、彼女にとって殺すべき相手に他ならないのだから。
十数件目。
掘っ立て小屋と見紛うばかりに、ボロボロな家の扉を叩く。
暫く時間を置き、1人の妖精が姿を現す。
男だ。
ユーリの姿を目にして、嫌悪感を示すように顔を顰める。
「……何の用だ」
――コイツだ。コイツが、アルトリアを誘拐した犯人だ。
直感が囁く。
だから、男の頭を鷲掴みにしたまま家に押し入る。
「な、何をするつもりだ!? お前は……!」
「静かに死になさい。五月蠅いから」
そのまま男の頭部を床に叩き付ける。脆い木製の床は音を立てて割れ、男の頭部は床にめり込む。悲鳴はなく、苦悶の声はない。
男は気絶してしまった。
一つ一つ、室内を見て回ればアルトリアの姿は簡単に見つける事が出来た。
椅子に座らされたまま、全身を縄でグルグル巻きにされた、何とも情けない姿。息を整えた後、ユーリはアルトリアを嘲笑するように笑う。
「一体、どんな間抜けな方法で誘拐されたのかしら? 話して見なさい。鼻で笑ってあげるから」
「えっと……怒ったりしないよね?」
直感が囁く。
アルトリアが誘拐された方法はかなり間抜けな方法だと。
嘲笑ではなく、今度は愉快そうに笑いながら。
「取り敢えず、話して見なさい」
と言った。
※
全身を縛り付けていた縄から解放されたアルトリア。
そこまで時間は経過していない筈だが、腰が妙に痛い。何はともあれ、無事に解放された。もしもユーリが助けに来なければ、アルトリアは16歳になるまでずっと椅子に座りっぱなしだった。
おまけに、トイレを行う事まで禁止されてしまう。
控えめに言っても地獄だ。
「お母さん。ありがとう。助けてくれて」
「気にしなくても……いいえ。蜂蜜に釣られて誘拐されてしまった、と言う事実は気にした方が賢明ね。流石に、二度も同じ方法で誘拐されたら助けに来ないわよ」
「ええー、そんな、まさかぁ」
ユーリの冗談を笑うアルトリア。
流石に二度目は無い。二度目は。……でも、蜂蜜を貰えるというので有れば、嘘だったとしてもついて行ってしまうかもしれない。
「……本当に、二度目は助けに来ないから。精々気を付けなさい」
アルトリアの考えている事が分かったのか、所謂ジト目でアルトリアを見つめるユーリ。『妖精眼』で心の内側を覗かなくても、本気である事は理解出来た。
「それと、忘れ物よ」
ユーリがアルトリアに投げ渡したのは『選定の杖』。アルトリアが受け取ると同時に『選定の杖』を介してマーリンも話掛けて来る。
「災難に見舞われてしまったが、無事そうで良かったよ。アルトリア」
「きっと、マーリンも私を探す為に手を貸してくれたんだよね? 本当にありがとう」
「いやいや。礼には及ばないさ」
そのまま家を後にしようとするが、頭が床にめり込んだ哀れな妖精を発見する。体は小刻みに痙攣しているものの、意識を取り戻してはいないようだ。
自分を誘拐した悪い奴だという事は理解しているものの、ここまでされれば若干同情はしてしまう。それはそれとして、花も恥じらう乙女を誘拐した挙句、トイレを禁止にした事は許さない。
しっかりと、自身の行いを悔んで欲しい。
「お母さん!? 一体、何してるの!?」
隣にいた筈のユーリが居ない。
姿を探せば、彼女は棚や机を漁っている最中だった。
「何をしているの? とは愚問ね。私は大切な娘である貴方を誘拐されてしまったのよ? だったら、それ相応の対価と言う物が必要じゃないかしら?」
「必要じゃないよ! 早く帰ろうよ!」
「あ、こんな所に蜂蜜が。……それに、結構多いわね」
棚を漁っている最中、ユーリは蜂蜜を見つける。
彼女の言った通り、かなり量がある。
もしかすると、男がおやつの代わりに食べていた品かもしれない。
「けれど、必要じゃ無いと言うので有れば置いて帰る事にしましょうか。こんなに沢山の蜂蜜が有れば、暫くの間は甘い物にも困らないと思うけれど、アルトリアがそう言うなら何も取らずに帰って……」
「やっぱり、誘拐ってよくないからね! 報いはしっかり受けなきゃ!」
今日、アルトリアは悪事に加担した。
善性と蜂蜜を天秤にかけて、蜂蜜に天秤が傾いてしまった。
やっぱり、蜂蜜に勝つ事は出来なかった。
最近になって、妖精國では自然の花が存在しないと言う事を知りました。大きな町なら兎も角、ティタンジェルのような小さい村で蜂蜜って果たして入手出来るのか?
と言う大きな疑問にぶち当たり「あれ? という事は、今まで話に出てきた蜂蜜は蜂蜜じゃ無かったりする!?」と思い始めてきました。
つまり、アルトリア達が食してきたものは蜂蜜であって蜂蜜じゃないもの。
哲学的蜂蜜なのかもしれません。