FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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9話

 

 ――身体が軽い。

 

 燐気をまとったとき特有の万能感。感覚も研ぎ澄まされ、肌に当たる風の形まで分かる。

 

 俺は冷や汗をかくルナに、もう一度言った。

 

「さあ、行くよ。構えるんだ――」

 

 はっとした様子でルナが腰を落とした瞬間。俺は左足に力を込め、地面を押しのける。

 

 爆発的な加速に、月が照らす景色が歪んで後ろへ流れていく。

 

 瞬きの間に手で触れられる位置まで近づいて始めて、ルナが焦ったように剣を上げた。

 

「一拍遅い。目だけに頼らず、他の感覚をもっと鋭く」

 

 俺は右手一本で剣を袈裟懸けに振るう。魔力に後押しされた腕力は、ほぼ予備動作なく剣を最高速度に押し上げた。びゅっと鋭い音を出し、刃の潰れた剣がルナへと向かう。

 

 二振りの剣が接触して火花が散り、しかし今度は一方的に俺の剣が打ち勝つ。

 

「くうッ」

 

 ルナは苦悶の声を漏らす。

 

 俺が弾いた大剣は後ろに流れ、ルナの重心も同じく後ろへ崩れる。しかし、先ほど俺の突きを捌いたときと同様、下がった重心を活かしてそのまま上体を下、下半身を上へと回転。加えて、今度は曲芸のようにとんぼ返りしながら俺の顎を足で狙う。

 

 しかし、剣を振り抜いた俺はすでに次撃の準備を終えていた。

 

 下へ振り下ろした右手と交差するように左手を前に出すと、その先には青白い魔法陣。いまにもルナへ襲い掛からんと、バチバチと紫電を散らす。

 

「《雷糸》」

 

 魔法の名を唱えると同時、青紫の細い雷が何条も生み出され、空間をじぐざぐと進みルナへと向かう。

 

「さあ、どうさばく?」

 

 ルナは目を見開き、それでもその気合が衰えることはなかった。彼女は大剣をすぐさま体の前へと立てるように構え、自らはその後ろへと隠れる。

 

 直後、雷が剣に直撃した。

 

 きーん、と高い音が響く。着弾の衝撃で周囲には土埃が舞い、残光のように瞬く雷の残滓がときおり見えるのみ。

 

 俺はしばらくルナの様子をうかがうが、やがて煙が晴れたその場には――

 

「――この規模の魔法を苦も無く無詠唱……。相変わらず、騎士なのか宮廷魔法士なのか分かりませんね」

 

「ふむ。剣の一部だけ強化して凌いだのか……」

 

 姿を現したほとんど傷のないルナに、俺は感心する。

 

 ルナは獣人であり、そして獣人は種族柄たいてい魔力量が少ない。ルナも例外ではなく、例えば身体強化に魔力を回したとしても、その強化率はせいぜい一.一倍というところだ。

 

 ただ素の身体能力がずば抜けているから、その魔力量でも普段の戦闘で困ることはないのだが、しかし相手が魔法士の場合は話が別だ。

 

 魔法で生み出されたものは、一部を除き純粋な物理現象ではない。魔力というエネルギーが介在するがゆえに、魔法に対する防御力とは純粋な肉体の強度だけではなく、魔力的な耐性という要素が生まれてしまう。俺のようにそれなりの魔力があるなら身体強化で魔力耐性を上げてしまえばいいが、しかしルナの場合はそれをしても効果が薄い。

 

 そこで、俺は以前からルナに伝えていた。もしも魔法士を相手にすることがあれば、魔法を受ける時は全身を強化するのではなく、大剣だけを強化して盾にしろと。

 

 今回ルナが見せた技術は、さらにその先。

 

「昔は着弾箇所だけに魔力を集中なんてできなかったのに。やっぱり、成長している」

 

 自分の肉体ではない無機物の強化は、普通の身体強化より難易度が高い。剣の一部だけ強化という制御をするなら、当然さらに難しくなる。

 

 俺はルナの進歩に、思わず頬が緩む。

 

「少ない魔力でも、使い方は工夫次第――副団長の言葉を聞いて、ずっと魔力操作を鍛えてきました。……私も副団長のように、強く、気高くありたかったから」

 

 ルナの言葉が、不意に俺の胸を突く。

 

 俺のようになんて、光栄だ。光栄だが……。

 

「お手本になれるほどできた人間じゃないよ、俺は……。多少強いだけじゃ、ね」

 

 慕ってくれる部下たちを置いて、責任も放り投げて、勝手にどこかへ行こうとしているんだから――。

 

 吐き捨てた俺に、ルナが気づかわし気な視線を寄越す。余計なことを言ったと、俺は自嘲に頬を歪めた。

 

「さあ、ルナ。続けるよ。俺を心配している余裕なんてないだろう?」

 

 俺はそう言って、また剣を構える。

 

 このまま行けば、右足の不調を装ったままでも、十分にルナを下すことができるだろう。

 

 たしかにルナは俺の記憶よりずっと強くなっている。そう遠くないうちに大隊長にだって任命されるくらいには。そして、そこからも順当に鍛えていけば、聖騎士の位にまで上り詰め、今の俺と同等以上になる日もくるはず。

 

 だがしかし。それはいつかの日であって、まだ今日じゃない――。

 

 俺がすべきことは、今この場で見せられる限り技術を見せ、いつかルナの辿り着く境地を示し、そして跡を濁さず飛び立つこと。最後の稽古として、ルナを教え導くこと。

 

 さあ、ルナ。続きを――――と。

 

 そう思ったときだった。

 

 ――……なんだ、この異様な雰囲気は?

 

 首筋にぞくりとした感覚が走る。これは、強大な敵を前にしたとき、身体が危険を察知した際の――

 

 どういうことかと眼前のルナを凝視する。

 

 ルナは、少し距離を置いた正面で、少し顔を上向けて立っている。片手に持った大剣はだらりと地面に垂らし、構えもとらずに直立している。

 

 だというのに。俺の感覚が告げているのだ。

 

 ――いまの彼女は、脅威であると。

 

 

 

「――副団長。貴方がご自分をどう思っていたとしても。それでも貴方は、間違いなく、私の光なんです」

 

 彼女の瞳は、俺を向いていない。

 

 風が凪いでいる。だというのに、彼女の銀の髪はゆらゆらと揺れ、ぱり、と銀の光が細かく明滅している。

 

 光の明滅が激しくなる。

 

「私は、そんな副団長の人生で、意味のある一人になりたい。その他大勢ではなく……今度は、私があなたの光に」

 

 空を見上げていたルナが、視線を戻す。

 

「――!」

 

 ルナの姿を見た俺は絶句する。

 

 彼女は全身に燐気とも少し違う淡い銀光を纏っている。ときおりバチバチと濃い光が稲光のように瞬く。

 

 そして、心なし彼女の頭や耳周りの毛が広がり、肘から先を髪と同じ色の毛が覆っていた。

 

 さらに、指の先に鋭く伸びた爪は鈍く光り、ぐっと引き結んだ口からまるで狼のように長い犬歯が覗く。

 

 言葉を無くす俺を見て、ルナの表情が乏しい顔にわずかな恥じらいの色が浮かんだ。

 

 しかし、それを一瞬で振り払ったルナは、身体と同じ光に覆われた大剣を青眼に構える。

 

「――仕切り直しです」

 

 

 

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