FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜 作:宮出礼助
「こら暴れるな。大人しく牢へ入れ」
「いたッ。ちょっと、あんまり強くしないで!」
「だから、大人しくしろと言っているだろう! お前は、教皇派との話が付くまでここで待っていろ」
エリーゼが乱暴に隣の牢へ押し込まれる。直後、ガチャンと鉄格子を閉められ、神殿騎士たちはすぐに去っていく。
――いったい、どういう状況だ? なんで聖女であるエリーゼが……。
俺は寝起きの頭を混乱させながら、黙り込むエリーゼに声を掛けた。
「……おい、エリーゼ。何が起こってるんだよ。なんでお前まで囚われてるんだ」
返ってくるのは沈黙。隣の牢に入れられたエリーゼは、いま何を思っているのか。
それから少しして、ぽつりと弱々しい声が返ってくる。
「……そんなの、わたしだってわかんない。急に敵対派閥の神殿騎士たちが押し寄せて来て……。――ううん、あの中には教皇派――これまでわたしに従ってたはずの騎士も、いた……」
「もうちょっと詳しく状況を教えてくれ。さすがに捕らわれたときに何か言われただろ? 捕まった理由はなんなんだ」
「……なんか、聖女だなんてまやかしだとか、下賤な出自の偽物を捕えろとか……。大聖堂を教皇派から取り戻すだとか……。もう、なんなの急に……? 意味わかんない……!」
――まさか、本当に教皇選挙の派閥争いに巻き込まれたのか。それともまた別の、局地的な派閥争い? ……どちらにせよ、俺が自由に動けなくなるこの時を狙って。
状況はだいぶ悪いらしいと、俺は歯噛みする。
エリーゼは、教皇派の最重要ポジションに就いている。治癒魔法の実力に裏打ちされた聖女という特殊な立ち位置は、聖国の外であるシリウス王国からでも、現教皇にとって大きな追い風だった。
そして、敵対派閥からすればそれはとても都合が悪いことだ。教皇選挙の結果を左右するにしろ、シリウス王国内での教皇派の影響力を弱めるにしろ、エリーゼをどうにかすることが有効なのだ。
その方法が、出自から聖女の神秘性を揺らがせるというのが極めて教会らしく、腹立たしいが。
――貴族主義に染まった宗教なんて、ろくなものじゃない。
俺は思わず舌打ちする。
「な、なに? 牢屋に入れたこと、やっぱり怒ってる……? …………あの……ごめんなさい……」
「いや、怒ってないわけじゃないけど……とりあえず、謝罪は受け入れる。けど、いまはそれよりも」
状況は、かなり悪い。
敵対派閥から狙われただけならいいが、問題はエリーゼを捕えた者の中に教皇派もいたことだ。
自ら強力な手札を捨てるほどに教会の貴族主義が進んでしまっていたのか?
いや……教皇派から大聖堂を取り戻す――この言葉から、いま王都の聖火教を仕切る大司教たちが、おそらく敵対派閥に攻撃されているだろうことが分かる。耳をすませば、微かに荒っぽい、それこそ剣戟の音も聞こえた。
であれば、おそらくこの国の教皇派は内部で分裂していると見た方がいい。つまり、いまこの大聖堂にて、彼女の確実な味方が誰かはほとんど分からない。
それに、彼女を擁護する者が下手に声を上げることも警戒すべきだ。何らかの利用価値があるからエリーゼはこうして傷ひとつなく投獄されたのだろうが、教皇派においてまだ聖女の威光が強く生きていると確信されれば、それこそ敵対派閥が殺害を目論む可能性も否定できなかった。
――くそ、だからこういう派閥闘争は嫌いなんだよ。理不尽に、人の尊厳をたやすく踏みにじる……。
俺は一度ぎゅっと目をつぶる。
考える。俺はいま、どうすべきか。
エリーゼの身の安全を守ることが最優先事項。もはや依頼など関係ない状況だが、幼馴染を守ることは当然だし、なによりこんな不条理を許してなどいられない。
加えて、できるだけ騎士団のみなには迷惑をかけたくない。
であれば、俺たちがいま取るべき行動はただひとつ。
――ふたりきりで逃げるしか、ない。
俺は、顔の見えないエリーゼへと話しかける。
「エリーゼ」
「……な、なに?」
「いま、俺たちは味方も敵も分からない状態だ。それに、ここにいたら身の安全だって保障はされない。だから――ここから、逃げよう」
「えっ? 逃げるって、でもそんなのどうやって……」
そうと決まれば、行動はできるだけ早い方がいい。こうしている間にもどんどん状況が悪くなっている可能性もある。
俺はエリーゼの疑問には答えず、身体の奥底から湧き上がる魔力を丹田で精錬、圧縮していく。
つぎ込む魔力は増え、密度もどんどん上がっていく。
普段の身体強化では、ここまで時間をかけ、制御の難しい過剰な強化をすることなどない。しかし、ここは魔法が阻害される牢の中。魔力の操作は乱され、体外に出力した魔力や魔法陣は即座に散らされてしまう。体内でのみ魔力を動かす分には多少ましだが、それでも動きを阻害されていること自体に変わりはない。
だがしかし。こういった絡め手を使う敵への対策として、俺はきちんと対処法を考えている。
こんなもの――力技で解決すればいいのだ。
動きを阻害しきれないほどの量、密度で魔力を回して、身体強化を発動してやれば――。
準備が整った俺は、荒れ狂う魔力の奔流をできるだけ抑えつつ、頭から足の先まで巡らせはじめる。
見る間に加速していく魔力。身体がギシギシと軋んでいるような錯覚すらある。――だが、たしかに四肢へみなぎる力を感じる。
俺は、まず片方の足首にはめられた枷を両手で握り、金属製のそれを粘土のようにちぎりとった。
「な、なにしてるの……!? なんかすごい音が聞こえたんだけど……」
「待ってろ」
そして、続いて牢の外へ出ることを阻む鉄格子を握り、ぐにぃと左右に曲げて人が通れる穴を作った。
「よし。じゃあ、次はエリーゼだ」
「え? どうやって出たの!?」
「こうやって」
俺の牢と同じように、鉄格子を飴細工のように曲げて見せる。
「えぇ……」
すこし引いているエリーゼの身体を確認するが、枷までは付けられていないらしい。それなら、あとは入口の鍵を壊すだけか。
俺はエリーゼの手を取って立ちあがらせると、牢の外にある扉へ足早に近づく。
「ね、ねえ、どうやって魔法使ったの? もしかして、わたしがリオをここに入れた時だって、出ようと思ったら出れたの?」
「出れたな」
「じゃ、じゃあなんで……」
「悪いけど後で。いまは早くここを出ないと、エリーゼが危ない」
「う、うん。……いっしょに行けるなら、わたし、文句なんてなんにもないよ」
もにゅもにゅと何がしか呟くエリーゼ。とりあえず頷いてくれたのは確認できたので、さっさとここを出ようと、俺は扉の前で腰を落とす。魔力がたしかに循環していることを確認し、そして鋭く腰を回して蹴りを放った。
ドアノブの周辺が、鍵の機構もろとも粉砕される。勢いそのまま向こう側に倒れそうになった扉を、俺は急いで手で支えた。
「あぶな……あんまり音立てたら誰が来るか分からないから、エリーゼも気をつけろよ」
「うん」
しおらしくなったエリーゼに首を傾げる。しかし、いまはそんなことより大聖堂を脱出することが大事だ。
「大聖堂内の案内は任せたからな。俺のすぐ後ろで、指示だけ出してついてきてくれ」
「ん」
そうして、俺たちの逃避行が始まった――。