FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜 作:宮出礼助
陽が昇っても、まだ薄暗い王都。
日の出前からしとしとと降る雨は、しばらく止む気配がない。このまま振り続けてくれれば、近く起きる事件の目撃者を減らし、民衆への被害を防ぐ慈雨となるだろう。
外套で頭まで隠した俺は、薄汚れた路地で同じ格好をしたエリーゼと並び立つ。
――そして、その周囲に立ち並ぶ廃屋の影から、俺たちに向けられる敵意。
ルナのおかげで一気に情報が集まった翌日。
動くなら状況が悪化しないうちにと、俺たちはすぐに行動を開始した。
まずは最初に目指したのは、俺とエリーゼのふたりで王都内に潜伏している大司教のもとへ向かうことだ。場所はルナの偵察でも判明しなかったようだが、暗部にいた過去から目星はついている。
そうして、周囲から怪しまれないようルナには昨日のうちに騎士団本部へ帰ってもらい、早速今日から行動を開始した。
目的地は、王都内でもはずれの地区にある旧市街地。廃屋が密集して立ち並んだ場所で、基本的に人の気配はない。
ただし、一見するといないように見えるだけで、実際には隠れている者がいる。お金がなく住む場所がない者、脛に傷があり表で暮らせない者、などなど。この辺りは騎士や衛兵の巡回からも外れることが多く、スラム街のようになっていた。
もちろん、そんな治安の良くない場所に聖火教の教会は建っていない。ただし、教会内でも後ろ暗いことをする場合に都合が良いこともあり、暗部が動く際の拠点がいくつかあるのだ。
そして、そんな郊外で俺の記憶にある拠点を巡ることしばらく。
俺たちは、とうとう当たりを引いた。
――とある廃屋の扉に手をかけようとした瞬間、誰もいないはずの周囲から突き刺すような気配。
「エリーゼ、こっち」
「わっ」
俺は扉から手を離すと、万が一もないようエリーゼを抱き寄せる。黄色い声を上げたエリーゼに緊張感はまるでない。
しかし。
姿は見えないものの、たしかに俺たちは取り囲まれている。かすかな音。隠密に特化したこの動きは、明らかに表向きの戦闘員ではない。
じりじりと包囲を進めながら、直接的な行動を起こしてこない彼らに向かって、俺は声を投げかける。
「――こんなに人数がいるんだ。ここには大司教様がいるってことでいいよね」
鎌をかけた直後、かすかに漏れた殺気。
――まだまだ甘いやつがいるな。でも、おかげで確信できた。なら……。
このまま怪しい人物としての言動を続ける意味はない。相手から攻撃されてしまう前にと、俺は頭を覆っていた外套を除けた。
「俺は青狼騎士団副団長、セイリオス・セージ。つい最近まで大聖堂にいたんだから、君たちなら当然知ってるね。そして、こっちが――」
エリーゼを腕から放して、目で合図する。
彼女も俺と同じように外套に手をかけた。美しい金の髪が広がり、高貴な雰囲気の整った顔が露わになる。
エリーゼが口を開く。
「みなさま、もし警戒しているのでしたら――剣を、下ろしていただけますか? わたくしはエリーゼ。聖火教の敬虔な信徒のひとり、エリーゼ・ミクシルです」
どこか侵しがたい、光や慈愛も感じる超然とした表情。
姿の見えない刺客たちへ語り掛けるエリーゼには、たしかに聖女としての威光があった。
相変わらずすごい変わりようだと感心しているうちに、周囲はにわかにざわめき始める。おそらくすでに誰かが裏に戻り、大司教なり上席者なりに判断を仰いでいるはず。
そして、本物の聖女であるエリーゼと、かつて暗部に所属していた俺が現れたのだから、まず間違いなく――。
――来た。
暗部の拠点である廃屋の中から、かすかに足音が聞こえる。暗部や神殿騎士のそれとは違う、聖職者が履く革靴が地面を叩くすこし柔らかい音。
そして、ゆっくりと内側から扉が開く。
――姿を現したのは。
「――無事でしたか、聖女殿」
清潔に整えられた真っ白な髪と、高位の聖職者のみ着用を許される法衣。上位者としての威厳と、好々爺のように親しみやすさを共存させた佇まい。
彼――大司教ニルセンは、エリーゼに向かって微笑んだ。
そして、その直後俺に向いた眼光が鋭く光る。エリーゼに対するものとは一転して、ニルセンがどこか冷たい声で言った。
「久しぶりですね、リオ。まさかお前から顔を見せるとは」
その言い草に、相変わらずだと内心で吐き捨て、厳しい視線を返す。隣のエリーゼも、先ほどまでの仮面が少し崩れ、嫌悪がその顔に現れる。
俺はエリーゼに抑えるよう手で伝え、口を開く。
「この状況では致し方ないでしょう。目的を達すればまたすぐに元通り――シリウスの教会を治める大司教殿と、引退間近の騎士セイリオスに戻りますよ」
「いまは互いに逃亡者ですが」と、皮肉気に口の端を歪めて見せる。
それを見て、大司教ニルセンは一瞬不快げに眉を寄せた。しかし、すぐに頭をふり、その顔から否定的な表情を消す。
――そうだ、お前も分かってるはずだ、自分の状況が。俺だってお前と話したくなんかないが、残念ながら利害は一致してる。
そんな俺の内心と、おそらく似たことを考えているはずのニルセンは、先ほどまでの雰囲気を仕切り直すように、一度咳ばらいをする。そして、まるで俺を歓迎するように両手を広げた。
ニルセンは、宣言するように告げた。
「――お前がいれば百人力でしょう。かつて教会内で恐れられた暗部最強の刺客として……また、力を貸してもらいたい」
……ニルセンが俺のことを内心どう思っているか、分かったものではないが。
しかし、表向きは俺たちを快く迎えたニルセンが、ぱん、と手のひらを一度叩く。すると俺たちを囲っていた者たち――暗部のうちのひとりが、ほとんど無音でニルセンの隣に姿を現す。
全身を黒衣で包んだ男で、頭部も同色の布が巻かれて目元や鼻のあたりくらいしか露出していない。
「いまは、この者が暗部の頭です。……さあ、ふたりを歓迎する準備を。これからの動きも相談せねばなりませんからな」
ニルセンはそれだけ言うと、先に廃屋の中へ戻っていく。
暗部の頭は一瞬胡散臭げな視線を向けてくる。姿を見せない部下たちに「会談の準備を」とだけ告げると、俺たちに目だけでついてくるよう告げ、ニルセンを追って廃屋へと進んだ。
古びた外壁に比べ、整備の行き届いた廊下を進みながら、隣を歩くエリーゼが小声で言った。
「……なんか、感じわるくない? わたし聖女なんだけどな~。リオだって元仲間なんでしょ?」
「あいつらは大司教直轄で、その忠誠が向く先は大司教だけだからな。……ちなみに俺は、任務に文句言い続けて喧嘩別れしたみたいなもんだから、たぶんめっちゃ評判悪い」
そもそも俺がいたのはだいぶ昔だから、この男ともたぶん面識がない。先ほどの視線から考えても間違い無いだろう。
しかし、俺はここへ仲良しごっこをしに来たわけではない。あくまでシリウスにおける教皇派――エリーゼとニルセンの復権という目的が一致しただけ。ニルセンと協力するなど反吐が出るほど嫌だが、今回だけは仕方がない。
彼は裏で敵対者を陥れることを繰り返しているが、正直腐った上層部同士の潰し合いでしかなく、現状誰が上に立ってもそれは変わらない。
いま実権を握っているグレゴリオも、相当横暴な振る舞いを見せているらしく、曲がりなりにも教会内の秩序を保ってきたニルセンより環境を悪化させる可能性すらある。それに、どうも外部と怪しい取引を行っていることもある……。
であれば、俺たちはエリーゼの復権を目的に、足りていないもの――教会内の情報と手数を補うため、ニルセンと手を組む。
代わりに俺たちは、(自分で言うのもだが)強力な単騎戦力と、特級のヒーラーを提供できる。
互いに足りないものを補い合い、同じ目標に向けて動く。そしてその達成後、俺たちの関係は終わる。それが、先ほどのニルセンとの会話で交わした契約だった。
……いつか、絶対に教会の体制は壊してみせる。あの不条理しか生まない腐敗した幹部たちを、いつまでものさばらせるようなことはしないと、そう己に誓っている。
だが、今日だけは。すぐに体制を変えることができないのなら、今回だけは身を切る思いでニルセンを利用する。己の二枚舌が嫌になるが、それでも、エリーゼのために。
俺は前を行くニルセンの背を睨みながら、エリーゼと離れないように道を進んでいく。
そうしているうちに、俺たちはずいぶん室内を進んでいたらしい。何度か曲がりながら長い廊下を抜けた先で、暗部の頭が調度品に扮した仕掛けをいくつか動かし、隠した扉を抜けると、階段を下った先には――
「わ、こんなに広いんだ~」
エリーゼが隣で目を丸くしているが、実は俺も驚いている。
俺たちの目の前には、廃屋の外側からは考えられないほど広い部屋が現れた。奥にはさらに何部屋かつながっているのが分かる。
部屋の内装も後ろ暗い部隊が使うにしてはずいぶんきれいで、俺が知るものより明らかに快適そうだった。
驚く俺に、部屋中央のテーブルに着いたニルセンが柔和な笑みを向ける。
「お前がいた頃からはずいぶん変わったでしょう。いまは、貴重な暗部の者の心身にも気を遣っているのですよ」
「……それは、よいお心がけですね」
……口では部下を気遣うできた上司のようなことを言うが、その心の内は分かったものではない。
暗部の者が快適に活動できるようという思いは嘘ではないのかもしれないが、その目的はきっと部下への思いやりなどではないだろう。
ニルセンの統治者としてひどく冷酷な部分を知っている俺は、冷めた思いで彼を見返す。そして、そんな俺の内心など理解しているだろうニルセンが、感情の読めない笑みを崩すことはない。
ニルセンは俺とエリーゼに手を向け、言った。
「さあ、ふたりとも。早速これからの話をしようじゃないですか」
促され、席に着いた俺たちの前に、計っていたようなタイミングで飲み物と茶請けが配される。
しかしそれを手に取ることなく、俺たちはグレゴリオから教会をどう取り返すか、議論を始めるのであった。
――そうして、明くる日。
まだ夜が明けきらない早朝
民衆はみな眠りの中で、鳥も虫も、動くものはなにもない。昨日から降り続ける雨が地面を叩く音だけ、この王都に響いている。
しかし、そんな時が止まったような街の中。
通りや住宅の屋根を、高速で駆ける黒い影があった。
――懐かしい黒衣に身を包み、ほの暗い街を駆ける俺は、ちらりと後ろに続く暗部の集団に目を向けた。
そして、その直後。
「――いちいち気遣うように見るのをやめろ……! さっきから鬱陶しい……」
「ああ、いや。そんなつもりはなかったんだけど」
「時代遅れの老兵に配慮される俺たちではない……! 心配せずとも、その遅い足についていくことなど造作もない」
暗部の頭に走りながら吐き捨てるように言われ、俺は苦笑する。嫌われてしまったものだ。
どうも彼は若く血気盛んで、過去の栄光として紹介された俺のことが気に入らないらしい。別に俺は大司教に恨みはあっても、その駒としてこき使われている彼らにはそうでないのだが。
……でも、そうか。たしかに気を遣ってちょっと速度を落としてたけど、逆にその方が癪に障るなら。
「じゃあ……もう少しだけ」
刹那、燐気はまとわない程度で身体強化の強度を上げた俺は、次の一歩を強く地面に踏み込む。
ぐっと腰を落として一瞬の溜めを作る。ぎちりと足の筋肉が収縮、軋みをあげ――次の瞬間、加速。
「な、にッ?」
一瞬で置き去りにした背後から、驚く声が聞こえた。俺は肩越しに視線を向ける。
今の暗部がどれほどのものか試すように、俺は目で煽って見せた。
「く……それくらい……!」
俺についてこようと加速する暗部たち。
それを見て俺は、どれくらいまで速度を上げようかと、後輩に稽古をつける先輩のように思案するのであった。