FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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18話

 

 そうして、風を切って走ることしばらく。

 

 目的地に到着した俺は、眼前にそびえる長大な建築物――王都シリウスのシンボルである時計塔を見上げた。

 

 時計塔があるのは、複数の大通りが交差する広場の中央。ここは王都の文化・生活圏の中心として、長く王都の住人たちに愛されている。

 

 伝統的な装飾が施された四角柱が天を突くように伸び、その頂上では四方に巨大な文字盤が掲げられている。王城や大聖堂とはすこし距離があるため、一帯では抜きんでて背が高い。

 

 すこし塔の内部に意識すると、振り子や歯車といった機構が動く音もかすかに聞こえ、誰もが寝静まるこの時間でも常に時を刻んでいることが分かる。

 

 ――俺は塔を見上げていた顔をおもむろに下ろすと、先ほどまで通って来た道を振り返る。

 

 そしてその直後、俺の目前に現れる黒衣の男。

 

「――きさ、ま。なにが、もう少しだけ、だ……!」

 

 膝に手をつき、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返すのは、暗部の頭を張る男。先ほど俺に啖呵を切っていた彼だが、遅れて俺に追いついた上に、かなり消耗している。

 

 昔の暗部なら、これくらい大丈夫だったんだけどな……。

 

 首を傾げる俺に、暗部の男はとんでもなく気分を害したらしい。顔を真っ赤にしたかと思うと、布に覆われた口をもごもごと動かそうとする。しかし、結局何も言葉を発することはなく、ただ俺を睨みつけるのみ。

 

 さすがに自分から煽った上で文句を言うようなことはないらしい。それなら、その悔しさを糧に、今後努力を重ねていってほしい。

 

 また後で身体強化のコツでも教えてあげようと、そんなことを考えていると。

 

「……やっと、追いついたッ」

 

 息を荒くした黒衣の男たちが数名、さらに時を置いて到着した。まだ作戦は始まっていないというのに、全員例外なく疲労の色が濃い。

 

 彼らは自らの長から厳しい視線を向けられ、身体を縮こまらせた。

 

「お前たち、鍛錬がなっていない……! 今回のことが終わったら鍛え直しだ……」

 

「それなら、あとで効果的な鍛錬方法を教えよう。軽く見ていたけど、みんないろいろ改善点があったよ」

 

「……貴様」

 

 善意からの申し出だが、気に入らなかったらしい。暗部の頭から忌々しそうな視線を向けられる。

 

 強くなれるなら先達者の助言は聞くべきであるし、実際俺がいた頃の暗部は、みな俺の指摘を聞いてくれていたのだが。

 

 しかし、いったんそのことは置いておこう。俺たちには可及的速やかに達成しないといけない目的があり、そしてこれから行うのはその第一歩。

 

 王都のほぼ全域にわたって神殿騎士を配置しているグレゴリオ派閥への、陽動を兼ねた攻撃。

 

「じゃあ、準備を始めようか。――神殿騎士団への、宣戦布告を」

 

 先ほどまで敵意をあらわにしていた暗部の者たちが、どこか畏れ多いものを見たように息を呑む。

 

 ――お前たちもその一端を担うんだから、ビビってる場合じゃないぞ。ちゃんと、働いてもらうからな。

 

 

 

 そうして、暗部の者を複数引き連れ時計塔に侵入した俺は、壁に沿って続く螺旋階段を駆け上がっていく。塔内部は明かりもなく真っ暗だが、この場に階段を踏み外すような者はいない。

 

 俺は足を動かしながら、昨日ニルセンたちと話した作戦を改めて反芻する。

 

 まず、最終的に達成したい目的はひとつ。この王都における教皇派――大司教ニルセンと聖女エリーゼがその地位を取り戻すことである。

 

 では、そのためにやらなければいけないことは何か。――そう、神殿騎士団長グレゴリオの捕縛、あるいは排除だ。

 

 そもそも、今回ニルセンやエリーゼが弾圧されるに至った過程には、当然グレゴリオの暗躍がある。彼は王都において最大勢力を誇る教皇派を陥れるために、過去ニルセンが行ってきた悪事の証拠を突きつけたという。

 

 ニルセンは、ずいぶんと長くこの王都で強権を振るっている。昔からずっと敵対派閥は存在しているというのに、ただの一度も大聖堂内での権勢を譲り渡すことなく。

 

 では、どのようにしてそれを為したか。――その答えが、暗部だ。

 

 ニルセンは暗部という精鋭たちを操ることで、常に敵対者の弱みを握り支配下に置き、あるいはその身を破滅に導いてきた。どれだけ後ろ暗いことをしても、暗部は証拠を残さず、ニルセンが非難されることはない。そうやってその権力を保ってきたのだ。

 

 しかし、そんな方法もついには限界を迎えた。グレゴリオはどのようにしてか、これまでのニルセンの悪行を暴き、その証拠を大聖堂内に知らしめたという。

 

 そうして大義名分を得たら、あとは武力を用いての制圧だ。ついでに教皇派の強力な手札である聖女エリーゼも、大司教とグルだということにして、孤児だった過去と一緒に広め、排除してしまう理由を作ったと。

 

 正直、ニルセンは実際に悪いことをしていただけに、グレゴリオの主張をひっくり返すことは難しい。しかし、何の工夫もなくただグレゴリオを除いただけでは、教会内の支持は戻ってこないだろう。

 

 だから俺たちがすべきことは――グレゴリオが提示した証拠の、その信ぴょう性を揺るがすことだ。

 

 作戦はこうだ。

 

 まず俺たちは、神殿騎士たちが詰めているいくつもの拠点で武力による混乱を起こす。大司教や聖女を探す神殿騎士を対応に当たらせることで、大聖堂内の護りを手薄にしてやる。

 

 そして次に、少数精鋭による大聖堂内への浸透戦術だ。速度最優先でトップのグレゴリオを取り押さえ、彼が持つ不正の証拠を奪取し、こちらで準備した偽物へとすり替える。

 

 そして大司教がやられたように、喧伝してやればいい。グレゴリオは偽の根拠をもって教皇派を締め出し、教会の権力を私利私欲のために手に入れたのだ、と。

 

 これらの行動は、実は昨日ニルセンと言葉を交わした時点で、彼らの策として考えられていた。王都以外の近郊都市もグレゴリオの一派に制圧されているらしく、これしか方法は考えられなかったそうだ。

 

 では、一体なぜ俺とエリーゼが来るまで策を実行せず、ただ隠れ潜んでいたのか。

 

 その答えは――

 

 

 

「くそッ……まさか、お前のような老兵ひとりに、俺たちの命運を預けないといけないとは……」

 

「その言葉、大司教に言ってあげるといい。俺の使い方を考えたのは彼なんだから」

 

「それをッ……言えれば苦労するものか! 俺たちが大司教様に意見など許されるはずもない……!」

 

「じゃあ、彼のことを信じてあげるといい」

 

 ――場所は時計塔の最上部、文字盤よりさらに上。

 

 時計の点検や整備のためであろう、四方の壁がほとんどない小部屋のようなスペースで、俺と暗部の頭は準備を進める。

 

 石床に石膏で陣を描き、各所に透き通った紫の貴石を配置していく。魔法の行使に必要な補助陣と触媒だ。

 

 魔法とは基本的に己の内にある魔力を、同じく自身の魔力から作った魔法陣を通して発現する。しかし、大規模な魔法を発動する場合には、ときに魔法陣の構築や魔力を補助する手段としてこのような準備を行うことがある。

 

 俺もこんなことをするのは久しぶりだが、やるしかあるまい。ニルセンの腹案を実行するに足る戦力は――彼の評価では、俺しか存在しないというのだから。

 

「……本当に、こいつにそんな真似ができるというのか。大司教様は、窮地に追い詰められ混乱されておられるのではないか……?」

 

 いまだにぶつぶつとこぼす暗部の頭が、準備が整ったことを確認して部屋の隅に寄る。俺を睨むその目は、失敗して大司教に迷惑をかけたら許さないと、そう言葉なく語っている。

 

 べつに念を押されなくても、絶対に手など抜かない。大司教のことなどどうでもよいが、ルナとともに身を隠しているエリーゼの、今後の進退が掛かっているのだ。

 

 だから、全力で――。

 

 そうして、俺たちの他に動いているはずの者たちの準備が終わるのを待つことしばらく。

 

 ――先ほどまで静寂に包まれていた王都の各所から、怒声や剣戟の音がかすかに聞こえてくる。

 

 暗部の者たちによって、神殿騎士が詰める教会施設への攻撃が開始されたのだ。

 

 あとは、ある程度の神殿騎士を屋外につり出すことが成功すれば……。

 

 固唾を呑んで見守る先で、ひとつ、空に向かって赤く光る魔力の球が打ち出された。

 

「きた……」

 

 数秒遅れて、もうひとつ。また、ひとつ。

 

 次第に数を増やす、天へと昇っていく光球。それを見逃さないように数えていた俺は、やがて事前に決めていた数だけ打ちあがったのを見ると――。

 

 部屋の淵から時計塔の外――視界一杯に広がる王都を睥睨しながら、全身の魔力を強く励起する。

 

 そして、魔力を込め、言の葉を織る。

 

「――――――――――」

 

 渦を巻くように、魔力が俺の身体、そして陣を描いた床から湧き上がる。俺の全身を覆うように立ち昇った魔力が、ぎゅっと集まり、そして一瞬の静寂――。

 

 俺は両手を前に突き出し、その先に巨大な青く光る魔法陣を形作った。

 

 凝縮し、びりびりと震えるような魔力が注がれ、強い光が放たれ始める。魔法陣からは瞬間的に明滅する稲妻が、四方に向かって火花を散らした。

 

 ――そうして。

 

 俺は静かに口を開くと、唱えた。

 

 

 

「《星落の光》」

 

 

 

 ――直後。

 

 大量に注がれた魔力が、手元の魔法陣から塔の外へ伸びていく。塔を離れ、街の各所で上空にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。

 

 ――その砲口を、地上に向けて。

 

 

 

 ――――幾条もの光の束、太い雷条が、空気を焼きながら地上へ降り注いだ。

 

 

 

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