FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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閑話 エリーゼとルナの決意

 

 場所は、王都シリウスの郊外。

 

 まだ日も昇らない雨天の下、わたしたちふたりは、想いを寄せる男が去った跡を眺める。

 

 わたしの隣で、外套の下から白銀の髪を垣間見せるルナさんが口を開く。

 

「――さて」

 

 視線を向けると、彼女は続けた。

 

「副団長も行きましたので……私たちも、移動しましょう」

 

「うん」

 

 言葉少なに、わたしたちは外套を目深にかぶり直す。そして、誰もいない未明の街を足早に進み始めた。

 

 その向かう先は、初めにリオと示し合わせた場所とは違う。

 

 これからどこに向かうかなど示し合わせてもいないのに、それでも迷いなく進んでいく。

 

 わたしたちの間にあるのは、雨粒が落ちる音と足音だけ。そんな静けさとは裏腹に。

 

 心は、ざわついている――。

 

 ……わたしは我慢できず、おもむろに口を開いた。

 

「――ルナさんは……いいよね」

 

「何がですか?」

 

 ルナさんはこちらに視線だけを向け、言葉少なに返事をする。そんな感情をうかがわせない振る舞いにすら余裕を感じ、いまのわたしには羨ましい。

 

 わたしは、ここ最近ずっと心の底で募らせていた思いを、たまらず吐き出した。

 

「……リオに、頼ってもらえて」

 

 ぽつりとこぼれた言葉は、たくさんの色に塗れていた。

 

 ――ルナさんは昨日の夕方、わたしたちと合流した。事前にリオが伝えていた場所で落ち合ったのだ。

 

 騎士団から独立して動くことができ、またリオにも認められるほど高い実力を持つルナさんは、きっとわたしの護衛として最適だった。

 

 だからこうして、まるで子どもを預けるようにわたしを置いて、リオは危険な戦場へと向かったのだ。

 

 ……そう。いま、グレゴリオたちへ攻撃を仕掛けようとしているはずのリオは、わたしを連れて行ってはくれなかった。

 

 ――どうしていっしょに行っちゃダメなのか。思わずそう強く問いただしてしまって、後から反省して謝った。

 

 けれど、やっぱり納得なんてできなかった……。

 

 自分で言うのもなんだけれど、わたしの治癒魔法はかなり高度だ。それこそ、死んでいない者ならたいてい癒してしまえるほどに。

 

 もし戦場に高位の治癒魔法士がいれば、あらゆる状況を有利に進められることは言うまでもない。

 

 けれど。リオは、わたしの同行を許してはくれなかった。

 

 ――わたしを危ない目に合わせるわけにはいかないから、と。

 

 まっすぐわたしの目を見てそう言ったリオの姿に、本当にわたしを大事に思ってくれていることが分かってうれしかった。ほっぺたが火照って、リオにばれていないか心配になったくらいに。

 

 けれど……同時に悔しくもあったのだ。やっぱりリオにとってのわたしは、護る対象なのだと、そう思った。

 

 すこし前に彼は言っていた。「エリーゼがいるだけで助かっている」と。

 

 それはきっと、嘘じゃない。リオがわたしのことを大切に思っていて、安全に、健全に、不自由なく生きていけるようにと、心を尽くしてくれていることは分かる。

 

 わたしはそんなリオの思いやりが、ほんとうに涙が出るほど嬉しくて、嬉しくて……。

 

 そして、どうしようもなく――――もどかしい。

 

 ……わたしだって、昔よりできることはずいぶん増えた。たしかにまだまだ未熟で、リオを振り回して、今回もたくさん迷惑をかけてしまったけれど。

 

 それでも、もう。

 

 わたしはいま、リオのそばにいてあげられる。手を伸ばせば、届くところにいるのだ。

 

 だったら。

 

 知らないところで、またリオばかりが傷つくのを見過ごす? ――そんなわけ、ない。

 

 戦いはこわい。死ななければどんな怪我でも治してみせるけれど、もし自身の首を一撃で飛ばされたら。そんな恐れが、心の中で鎌首をもたげる。

 

 そんなときは思い出せ。わたしを想うリオの言葉を。

 

 リオを失ったあの日の後悔を。

 

 わたしに微笑みかけてくれる、あの暖かい目を。

 

 もう、あのとき気づいてあげられなかった自分とは決別するのだ……!

 

「……今度こそ。わたしは、リオを助ける――」

 

 わたしがまた間違えそうになったら、きっと一緒にいるルナさんがきつく止めてくれる。

 

 ほんとうは、ひとりでリオを助けることができればと、そう思うけれど。

 

 けど、一番大切なのはリオをひとりにしないこと。

 

 ――だいすきなあの人に、ひとりじゃないと伝えること。

 

 だからわたしは――――きっと今日こそ、前に進む。

 

 

 

 

 

 ――私へ、どこか妬みのような感情をこぼしたエリーゼさんは。

 

 脳裏で何を思ったか、覚悟を決めた表情で前を向く。

 

 そんな彼女を見て、私は思う。

 

 あなたが考えているほど、私たちの間に差はないのだ、と。

 

 だから私は、エリーゼさんに向かって言った。

 

「――きっと、副団長にとっては」

 

「え?」

 

「それほど大きな違いはありません。……私の力も、エリーゼさんの力も」

 

 エリーゼさんはどういうことかと私を見る。

 

「私だって、もっと副団長の力になりたいと。そう、つねに思っています。それでも……副団長は、たいていのことをひとりでできてしまいます」

 

 たしかにエリーゼさんの言う通り、一定の戦力として評価してもらえているから、こうして護衛を任されてはいるのだろう。

 

 けれど。

 

 私が相当に主張しないと退団後一緒にいることを許されなかったことから分かる通り、副団長は基本的にひとを頼らない。

 

 己が他者に与える影響を過小評価するきらいがあるのに、一方で誰かの行動をねじ曲げてしまうことに大きな抵抗を持っているように見える。

 

 理由は分からない、けれどたしかな悪癖。

 

 だからこそ。今回エリーゼさんを任せてもらったことは、本当に珍しい、私にとってとても大きなことだった。

 

 いつだって、少しでもいいから、副団長の力になりたい。私が受けた恩を返して、そしてそれ以上のものであの優しいひとをいっぱいにしたい。

 

 ……そうした先で、あわよくば彼にとっての特別になれれば、どんなにいいだろう。

 

 そのためなら私は、どんな苦労だって苦労とは思わない。

 

 こんなに重い女は、副団長もいやだろうか。ときおり、ほんの一瞬だけ、そう悩むこともあるけれど。

 

 それでも――。

 

 私は、最近見つけた、ともすれば己に匹敵するほどリオを想う、金髪の小柄な聖女を見やる。

 

「……なに?」

 

「いえ、べつに」

 

 彼女のことは、以前ほど悪く思っていない。いまだに好きとは言えないけれど、それでも同じ想いを抱える者同士という親近感がある。

 

 それはともすれば恋敵との言えるのかもしれないけれど、いまはただ――。

 

 私は怪訝そうに己を見るエリーゼさんに、ぽつりと言った。

 

「私のことはルナと、呼び捨てでけっこうです」

 

 ぽかんと口を開き、エリーゼさんはこちらを凝視する。

 

 私はすぐにエリーゼさんから視線を外して、リオがこれから向かう先――大聖堂へと歩みを進める。

 

「ふ~ん……そう」

 

 不思議そうに呟くエリーゼさん。

 

「……じゃあ。わたしのことも、エリーゼでいいよ」

 

 

 

 ふたりはけして仲がいいわけではない。どちらかと言えば、恋敵として敵対する立場だ。

 

 ――けれど。

 

 ふたりには、共通点も多い。

 

 同じひとに助けてもらった。同じひとの力になりたい。

 

 一番大切なひとが、ふたりとも同じ。

 

 エリーゼとルナが幸福を祈る相手は。

 

 ――いつだって、リオだけだ。

 

 

 

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