FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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21話

 

 俺はグレゴリオの言葉に眉をひそめる。

 

 ――魔女というと、教会においては異端の者を指す。

 

 他でもない、シリウスにおける聖火教の頂点に立とうとする男が味方に向けるには、あまりに縁遠い存在だった。

 

 すこしでも情報を収集できればと、気分良さげなグレゴリオに問う。

 

「――いったい、何なのかな? 白痴の魔女というのは」

 

「んん? 知りたいか、こいつのことが」

 

 にやにやと不快な笑みを浮かべるグレゴリオは、おもむろに剣を抜くと、白痴の魔女と呼ばれた女へ近づいていく。

 

 何をするつもりかと見ていると、次の瞬間――

 

 ――握った長剣を、女の頭に振り下ろした。

 

「な……」

 

 いったい何をと目を剥く俺たちだったが、しかし。

 

 ――剣が女に衝突した瞬間、ぎいん、と激しい音が鳴る。

 

 グレゴリオの唐突な斬撃を受けた女は、先ほどと何ら変わらない様子で立っていた。剣が直撃したはずの頭は傷一つない純白で、血の一滴も流れてはいない。

 

 俺の剣がぶつかった時と同じ――。

 

 グレゴリオは俺たちに得意げな顔を向ける。

 

「見たか。こいつはいかなる力によるものか、外部からの干渉を遮断することができる。剣で斬ろうと、魔法を撃とうと、傷一つ付けることはできない。――もちろん、お前たちの攻撃はすべて無駄に終わるというわけだ」

 

 その言葉に、暗部のひとりが声を上げる。

 

「そこな女は無敵だとでも言うのか!? そんなことがあるものか……!」

 

「無敵、か! ははは、そうだな! こいつはまさに無敵だ……!」

 

 グレゴリオは哄笑を上げる。

 

 どこからそんな人物を連れてきたのか知れないが、グレゴリオがそうだと信じ込むくらいには強力無比な能力らしい。極端に周囲の護衛が薄かったのも、彼女がいるからなのだろう。

 

 いったいどんな仕組みなのか、さっぱり分からないが……。しかし、無敵だと言われてそのまま帰るわけにはいかない。

 

 ――まずはひととおり、試してみるか。

 

 調子に乗って女に何度も剣を振り降ろして見せるグレゴリオに、すっと右手を向ける。

 

 そして、即座に練った魔力を、魔法陣を通して放出した。

 

「《雷糸》」

 

 何本にも枝分かれする細い稲妻が、目にもとまらぬ速さでグレゴリオへと伸びた。

 

 しかし。

 

「うおッ」

 

 まったく間に合っていない反応で驚きの声を上げるグレゴリオ。しかし、俺の魔法が彼まで届くことはなかった。

 

 グレゴリオを隠すように前に立った白痴の魔女が、片方の手ひらを見せるように掲げた。そして、彼女に正面から着弾する幾筋もの稲妻。しかし――。

 

「――!」

 

 稲妻は、彼女の前方に見えない力場があるように掻き消える。加えて、軌道を曲げて横合いから当たるように操作したいくつかの雷条も、白痴の魔女に当たる直前で消滅した。

 

 魔法も、複数からの同時攻撃も効果がない。それに加えて――。

 

「くそ……驚かせおって! ……いいようにやられてないで、お前からも攻撃しろ!」

 

 グレゴリオの指示に、白痴の魔女は動き出す。意思を感じない動きで俺をその視界に収めると、次の瞬間――

 

「ッく」

 

 物理法則に反するような軽い予備動作から、一瞬で速度を上げて拳を付き込まれる。彼女のまとう極めて硬度の高い障壁のような何かに潰されないよう、短剣で受け止めた。

 

 ――凄まじい膂力だ。人型の相手の中では、これまで戦ってきた中で最上位――それこそ、身近でいうとルナの力を軽く超えている。

 

 この並外れた攻撃力・防御力は、総括すると騎士団の大隊長、あるいは副団長クラスか? やはり、あの未知の力が関係しているのか……。

 

「く、こいつ、まったく刃が通らない……! これでは毒も意味がない!」

 

 俺が抑えている間に暗部たちが攻撃を加えるも、まったく効果はなく、徒労に終わる。これは手こずりそうだ……。

 

 次の一手をどうするか、ぎりぎりと鍔迫り合いしながら考えていた、その時。

 

「ふん、こいつの力はこんなものではないぞ。おい! やれ、対軍射撃だ……!」

 

 後ろから、グレゴリオが横柄に指示を出す。そしてその瞬間、目の前の女から発される未知の威圧感が増す。

 

 ――まずい!

 

「全員、すぐに下がって! 範囲攻撃がくる!」

 

 俺の声に、暗部が即座に動き出す。それとほぼ時を同じくして、力が臨界に達した。

 

 俺に凄まじい力をかけたまま、白痴の魔女が片足で地面をダンと叩く。

 

 ――すると、次の瞬間。

 

 部屋の床のあちこちが、突然白く光り出す。俺の足元も、暗部たちが立っている床も、それ以外にも疎らに光が集まる。

 

 そして、集まっているのは光だけではないかった。彼女から感じる奇妙な力もまた、恐るべき速さで光のもとへと収束していく。

 

 俺は白痴の魔女の腕を受け流して後ろに下がるも、この密度では逃げ場がない。

 

 味方全員の立ち位置も見たうえで、不可避の攻撃が放たれんとする瞬間、俺はとっさに叫んだ。

 

「全員、真上に跳んで! 俺が防ぐ……!」

 

 白痴の魔女の力に気づけていないだろう彼らも、この光と俺の焦りようから、状況は察していた。俺の指示に疑問も挟まず、すぐに行動を起こし始める。

 

 そして、強まる足下の白光。

 

 ――間に合うか……!?

 

 俺は身体中の魔力を可能な限り早くかき集め、圧縮し、魔法陣すら省略して放出。俺の足元と、暗部たちの足元に広げて固め、魔力の障壁を形作る。

 

 そして、その透明な盾が完成するのと、視界が白く染まるのは同時だった。

 

 白痴の魔女は、呪文も魔法名も口せず、ただただ淡々と俺たちを消そうとする。

 

「――ハッハァ! 見事な力だ!」

 

 白痴の魔女を挟んだ、グレゴリオから反対側で。

 

 ――――破滅の光が柱となって、部屋中に林立した。

 

「こ、これは……」

 

 幸い、防御の魔法は間に合った。俺も暗部たちも、足の下に張った障壁より上へ光は届かず、いまだ五体満足。

 

 しかし、それ以外の空間はまるですべて飲み込まれるように消えていた。

 

 部屋にいくつも並んでいた長机は、光に飲まれた部分が消失。扉や壁も一部が攻撃範囲になっていたらしく、くりぬかれたように縦長の穴が生まれていた。

 

 光による浸食はいまだ続く。周囲で揺らぐ柱はわずかにその範囲を変え、触れたものすべてを消し飛ばしていく。

 

 そして、俺たちに向かって立ち昇る光も、じりじりと魔力の障壁を削ってくる。

 

 俺は四人分の盾を崩さぬよう、絶えず魔力を注ぎ続ける。

 

「くそッ」

 

 そして、敵はそれを黙って見ていてはくれなかった。

 

 白痴の魔女は自らが生み出した光柱をまるで意に介さず突っ切り、先ほど開けた距離を瞬時に詰めてくる。

 

 俺は障壁の上に立ったまま、飛び込んでくる白痴の魔女の蹴りを、両手で握った短剣で受け止めた。

 

 ――足にも、消滅の力をまとっている……。

 

 短剣に魔力をまとわせていなければ、おそらく剣ごと消し飛ばされていた。そして、相変わらず凄まじい力……。

 

 俺は負けじと魔力をつぎ込む。力比べするように膠着していたが、爆発的に増した腕力に物を言わせて。短剣から離した手で拳を握る。

 

 ぎちり、と。握った拳や腕に血管が浮き、はちきれんばかりに膨らんだ筋肉が軋みを上げた。

 

 察した白痴の魔女は、先手とばかりに手刀を放ってくるが、しかしもう遅い。

 

 俺は障壁にぶつかる消滅の力、短剣に絶えず与えられる蹴り脚の勢い、そのすべてを防ぎ切りながら、全身の筋肉に力を込める。

 

 脚、腰、肩、腕と。身体をねじりながら順に力を解放し、唸りを上げる拳が彼女の頬に突き刺さる――。

 

 直後。

 

 宙を切るように飛んだ白地の魔女が、グレゴリオがまったく反応できない速度で、その真横のテーブルへと着弾する。

 

 凄まじい轟音とともに、砕けた天板のかけらや床の石材が吹き飛び、やがて地面へ降り注ぐ。

 

「――な、な、な……何をしている、白痴の魔女め! 早くあいつらを始末しろ……! 俺には絶対に傷一つ負わせるなよ!」

 

 あわや質量弾の下敷きにされかけたグレゴリオは激高し、瓦礫に埋もれた白痴の魔女へと叫んだ。

 

 その言葉は、いまので彼女が打ち倒されたとは思ってもいないもので、そして実際そうなのだろう。

 

 常人なら間違いなく絶命している衝撃を受けてなお、まだ俺たちを襲う光の柱は収まる気配を見せない。俺は毎秒かなりの魔力を消費して防いでいるというのに、いったいどこからその力が湧いて出るのか。

 

 だが、しかし。……光明は、見えたぞ。

 

 先ほど、彼女に拳を叩きつけた時のことだ。これまでずっと、微塵も揺るがない壁のようだった感触が少し変わった。

 

 拳を押し込んだその瞬間。――わずかにたわむように歪んだのを、たしかに感じた。

 

 俺の力を受け、物理的に変形したのだ。

 

 ならば、それ以上の力、それとも回数か、いずれにせよあの障壁を貫くことは不可能ではない。

 

 ――あの女は、無敵ではなかったんlだ。

 

 ただ、問題は――。

 

「すみませんリーダー……足を引っ張ってしまって……」

 

 俺が張った盾の上で、暗部たちから申し訳なさそうに声をかけられる。

 

 現状、彼らが白痴の魔女を相手にする手段は存在していない。その攻撃は白痴の魔女の防御を抜けず、また白痴の魔女の攻撃を防ぐこともできない。

 

 だからといって彼らに逃げてもらおうにも、林立する光柱には進む隙間がないため、俺が作る盾が必須である。盾をスライドさせるように作り直して逃がしてやるような時間を与えてはくれまい。

 

 現状できることといえば、彼らの盾は維持したまま、俺が白痴の魔女に肉薄し、その身を覆う力を壊せるほどの攻撃を浴びせること。

 

 ――きついけど、やるしかないか……。

 

 暗部の彼らを見捨てればもっと楽に相手はできる。しかし、いま俺の後ろにいる彼らはあの頃の俺と同じかもしれないのだ。不条理にニルセンの手下として酷使され、死んでいく――そんなむなしい生を、手を伸ばせるほどの近くで見過ごすわけにはいかない。

 

 腕の一本くらいは覚悟しなければいけないようだ……。

 

 そう、覚悟を決めた時だった。

 

 この部屋の外から声が聞える。

 

 俺の名を呼ぶ声が、耳を叩く。

 

 

 

「――リオぉ!」

 

 

 

 ――この、声は……!

 

 戦闘中に敵から注意を逸らすなど、絶対に避けなければいけないのだが。

 

 しかし、この時ばかりは思わず視線を向けてしまう。

 

 部屋に通じる扉の、その先から見えたのは――

 

 

 

「――わたしが、助けるから……!」

 

 

 

 獣人の女騎士を連れた聖女がひとり。

 

 ――戦場に、聖火の光が下りる。

 

 

 

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