FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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22話

 

 一連の攻防で傷ついた部屋の向こう側。ちょうど開いた扉から見えるところに立っているのは、外套をかぶり、襟で口元もすっぽり隠した小柄な女性。

 

 他の人が見たとしても、それが誰かを特定することなどできないだろう。しかし、その声を聞いて俺に分からないはずがない。

 

 この作戦を実行に移す前、たしかにルナに預けてきた彼女は――。

 

「どうして、来たんだ……!」

 

 ――エリーゼのやつ!

 

「――――」

 

 エリーゼはこちらを見るやいなや、詠唱を開始する。

 

 彼女が唱えるのは、上位の防御魔法。俺がいま無詠唱で展開している盾の上位互換だ。状況は分かっているらしい。

 

「《女神の抱擁》」

 

 魔法名が唱えられた瞬間、彼女の持っていた短杖の先に金色の魔法陣が生まれ、そして同色の光が瞬いた。

 

 身体をすっぽりと覆う球状の結界が完成し、その中で守られるのは――暗部の三人。

 

 エリーゼは叫んだ。

 

「お荷物になるくらいなら、そこでじっとしてて……! リオ、これで好きに動けるよね? リオの分は無理だけど……まだ治癒魔法なら使えるから、遠慮なくやっちゃって!」

 

「……いろいろ、言いたいことはあるけど……助かった!」

 

 俺は喉元まで上がってきたいくつもの言葉を飲み込む。小言を言いたい気持ちはあるが、それよりも今は……。

 

「――増援か? だが、何人集まったところで、こいつを倒すことなどできるものか……! さあ、ぼけっとしていないでさっさと立て、白痴の魔女よ!」

 

 グレゴリオが怒声を浴びせる相手――抉れた地面に横たわっていた白痴の魔女が、ゆったりとその身体を起こす。

 

 土埃にまみれながら、身体から払い落とそうともしないその様子に、人間性はまるで感じられない。

 

 ――そもそも意思というものがうかがえないその表情に、どうせなにかろくでもない事情があるんだろうと、俺は眉間にしわを寄せた。

 

 戦闘の再開に備えながら、俺は背後のエリーゼへ問いかける。

 

「えーっと……護衛の()()はどうした!?」

 

「あ~……」

 

 名前を出してはとぼかして伝えたが、エリーゼはなにやら煮え切らない声を出す。どうかしたのかと思っていると、気まずそうな声でエリーゼが言った。

 

「……いま、わたしのちょっと後ろで、神殿騎士をばったばったとなぎ倒してるところ~」

 

「は!?」

 

 思わず聞き返すも、空気を読まずに突っ込んでくる白痴の魔女。

 

「うおッ」

 

 俺は繰り出される手刀の突きを短剣でさばきながら、エリーゼの返答を聞く。

 

「凄い戦闘音がきこえたから、もう戦い始まっちゃったかなって思って急いできたんだよね~。……その、神殿騎士に見つかっても無視して突っ切って」

 

 頭を抱えてしまった。隠密もなにもあったものではない。

 

 白痴の魔女と高速で拳を交わしながら呆れてしまった。しかし、言い訳するようなエリーゼが言った。

 

「でも、ル……わたしの護衛は、『主のためなら、大聖堂の騎士くらいひとりですべて倒します』って! 実際、こうしてこの部屋にひとりも入れてないわけだし」

 

 まあ、たしかに……。エリーゼの話だと、この司令部へと繋がる道の途上で、ルナは門番のように大剣を振るっているのだろう。

 

 彼女の実力なら、それくらいできなくもなさそうである。

 

 それに、結果として想定外の強敵である白痴の魔女と戦ううえで、エリーゼはとても役に立つ。暗部の身を守ってくれるというなら、俺の魔力に余裕もでき、動きやすくなる。

 

 ――バチリと、片手に握った短剣に紫電が奔った。

 

 さらに、先ほどから障壁の上で動かず戦っていた俺は、その縛りから解放される。

 

 継続して攻めてくる白痴の魔女に対し、俺は足元の障壁を蹴って身を投げ出し、その攻撃をかわした。しかし、かわした先には乱立する光の塔――。

 

「馬鹿な、自殺行為だ!」

 

 グレゴリオが俺を嘲笑う。

 

 しかし、俺の身が光に焼かれることはなかった。

 

「なに……!?」

 

 俺は事前に練っておいた魔力を放出し、移動先へ床に対し斜めの障壁を展開。立ち昇る光を遮ると同時に、それを足場として方向転換する。

 

 そして、目標を追おうと体勢を崩した白痴の魔女に、空中へ跳んだ勢いそのまま、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

 白痴の魔女は何の感情もなく己の脇腹へめり込む脚を見ながら、再び風を切って飛んでいく。

 

 ――さっきと同じだ。俺の蹴りは、あの見えない硬質な力をたしかに軋ませた。やっぱり、この方向で間違っていない。

 

 手ごたえを感じた俺は、吹き飛ぶ白痴の魔女へ追撃をかけようとしたのだが、その時。

 

 彼女は先ほどと違い、飛ばされた勢いのまま、床や壁に叩きつけられることはなかった。まるで空中に静止するように、一瞬で速度がゼロになる。

 

 ――そう。彼女は俺と同じように、自身が吹き飛ぶ延長上に壁を作ったのだ。

 

 おそらく、彼女の身体を覆う見えない力と同種のもの。この場で俺だけが感知できる力の塊を垂直に立て、ほとんど身体を水平に寝かせながら着地する。

 

 直後、爆発するような勢いで、再び俺に向けて飛来した。

 

「くッ」

 

 慌てて迎撃する俺の拳が、白痴の魔女の拳と交錯する。空間にびりびりと衝撃が走った。

 

 ――こいつ……俺を真似してる?

 

 拳を引いた俺は飛びずさって距離を取り、また盾兼足場を作り出す。けれど、今度はひとつではない。ふたつ、みっつと、俺が移動する道筋に瞬時に構築し、立体的な軌道で部屋の中を跳びまわり始める。

 

 ――そして。白痴の魔女も同様に高速の立体機動を開始したのを見て、思わず舌打ちしたくなった。

 

 ……人間性は感じないくせに、戦闘に関しては馬鹿じゃない。加えて図抜けた膂力に、未知の力。なんて厄介な敵だ。

 

 そうして、部屋中を目にもとまらぬ速さで飛び交いながら、俺たちは拳や足をぶつけ合う。高速で動き回る的相手だと、お互いなかなかきれいに攻撃を当てられず、戦闘は長引いていく。

 

 ……これじゃ、埒があかない。このままじゃ敵も集まってくるし、ルナもそのうち限界を迎える。時間をかけて不利になるのは俺たちの方だ。

 

 ……それなら――。

 

 ――俺はひとつだけ作った足場の上で、唐突に足を止める。そしてエリーゼへと叫んだ。

 

「俺が攻撃を受けるたび、傷を治してくれ!」

 

 ちらと視線を向けた先には、やろうとしていることを察してくれたエリーゼが、その顔に驚きと不安を露わにする。

 

「大丈夫。――お前がいるんだから」

 

「――! うん……!」

 

 エリーゼが頷くのを見て、直後。

 

 俺は丹田で渦まく魔力を、次々とまとめ、圧縮し、そして精錬する。

 

 敵はそんな俺を悠長に眺めていてくれるはずもなく、横合いから白光の尾を引いて拳が迫る。

 

 ――拳をかわす。俺を通り過ぎたあと、すぐに勢いを反転させ回し蹴り。それもかわす。

 

 魔力をまだまだ溜め続ける。

 

 そうして、白痴の魔女による四方からの連打が降り注いだ。可能な限りその攻撃を避けるが、この速度と密度に魔力を溜めながら対処するのは不可能だ。

 

 次第に俺は、拳や脚に打たれ始める。

 

 あまりの威力にパンと弾けるような音が鳴り、血が飛び散る。体勢を崩すも、腰を落として耐え決して倒れない。

 

 ――直後。暖かい金の光が降り、傷と痛みが一瞬で消え去った。

 

 聖女エリーゼの治癒魔法だ。効果もさることながら、凄まじいのは発動速度。

 

 治癒魔法とはそもそも非常に高度な魔法で、攻撃魔法と比べて難易度が高い。他者の人体に直接作用するという性質上、極めて繊細な魔力操作が必要だ。

 

 それを戦闘中に逐次発動させ続けるなど至難の業――。

 

 白痴の魔女の攻撃をかわしきれず傷を負うたび、エリーゼから光が飛んで、俺の身体は攻撃を受ける前へ戻る。

 

 変わっているのは、俺の体内で渦を巻く魔力がどんどん勢いを増し、重たくなっていくことくらい――。

 

 そうして、白痴の魔女の攻撃を耐え忍ぶことしばらく。

 

 ――いまや俺の身体には、平均的な騎士十人分を優に越える魔力が精錬された状態で溜まり、身体に収まりきらない分が稲妻となって漏れ出る。

 

 そして、ただ溜めているだけのこの魔力を――荒れ狂う流れを制御し、身体へと流す。

 

 その瞬間――。

 

 ――雷が俺の身体に落ちたように。バチバチと弾けるような音を響かせながら、雷を付与した魔力が身体の内と外を循環する。

 

 向上した動体視力が、右前方、すこし上から俺に迫る白痴の魔女をはっきりと捉えた。

 

 そして、俺に向かって振るわれる拳を容易く避け、相手の勢いはそのまま、俺が腕を振るう速度を追加で叩き込むように。

 

 ――――雷をまとった剛拳を、顔面に叩きつけた。

 

 

 

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