FIREしたい騎士団最年少副団長、部下を守って嘘の負傷から引退コンボを決める 〜円満退職のため、情緒がぶっ壊れて病んだり一斉退職しようとする激重部下たちをカウンセリング!〜   作:宮出礼助

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23話

 

 これまでよりも、ずっと深く。白痴の魔女の頬へと拳が突き刺さる。

 

 ――普通は属性のない魔力で行う身体強化を雷の魔力で。身体を覆う青白い燐気は黄金の稲妻へと変わり、神経系の強化とともに身体強化倍率を跳ね上げる。

 

 加えて、燐気をまとった俺に匹敵する白痴の魔女の移動速度が、そのまま俺の攻撃に乗った。

 

 その威力は、想像を絶する。

 

 拳が触れた直後、大気へ衝撃が波のように伝わり、わずかな間の拮抗ののち――――聞こえたのは、パリン、と何かが割れた音。

 

 遅れて俺の手に、たしかな生身の感触が伝わった。

 

 ――俺の拳を受けた白痴の魔女が、これまでの非ではない速度で宙を舞う。

 

「のわあッ……!?」

 

 椅子に座ったままだったグレゴリオのそばに、戦いの初めの焼き直しのように着弾する。周囲に激しい衝撃をまき散らし、一帯の地面が掘り起こされたように舞い上がった。

 

 衝撃で椅子ごと吹き飛ばされたグレゴリオは、情けない悲鳴を上げて地面へ落ちる。

 

「ぐうぅぅ……。このッ……役立たずがァ! なにをぐずぐずしているのだ……!」

 

 唸りながら身体を起こしたグレゴリオは、乱れた髪をそのままに、白痴の魔女を怒鳴りつける。

 

 その声からは、少し前と違って、わずかな焦りの色がうかがえる。今の一撃で己の虎の子が敗れてもおかしくないと、そう思っているのだ。

 

 実際――俺の拳を受けた直後、この部屋の半分以上を覆っていた光の柱が、嘘だったように掻き消えている。エリーゼも防御魔法を解き、ずっと動けなかった暗部たちがやっと自由を取り戻す。

 

 だが、しかし。グレゴリオの懸念通り、白痴の魔女を倒せていればどれほど良かったろうか。

 

 俺は、確信していた。――まだやつは立ちあがると。

 

「こいつッ……それが帝国の技術の粋の体たらく……ごわッ!?」

 

 続けて気になる文句を言っていたグレゴリオが、突如かたわらから立ち昇った不可視の力に再び飛ばされる。少し離れたところへ落ちて、頭を打ち手で抑えているが、そんな間抜けに向ける注意などもはやありはしない。

 

 ――俺の視線を奪って離さないのは、再び立ち上がった白痴の魔女。

 

 その身体から、もう後先考えないとでも言うように、膨大な力の奔流が湧き上がっている。

 

 ……これは、シャレにならないな。

 

 俺はエリーゼや暗部たちに向かって言った。

 

「……俺以外は撤退だ! もうこれ以上、周りを気にして戦う余裕がない……!」

 

 先ほどはエリーゼの魔法防御も通用したが、本職ではない俺やエリーゼの防御魔法では、いまの白痴の魔女が放つ攻撃を防げるとは思えない。

 

 だから、最悪グレゴリオに逃げられることになったとしても、犠牲者が出る前に撤退をと。そう判断しての指示だった。

 

 ――しかし。一枚上手なのは、相手の方だった。

 

「――だめだ! 透明な壁があって逃げられない……!?」

 

 暗部のひとりの言葉に、俺は思わず舌打ちする。

 

 あの一見なにも考えていなさそうな敵は、しかし戦闘中に俺の行動を分析し、対策を打つことができていた。戦術の心得があるのだ。

 

 司令部の周りに張られた壁は、おそらく俺以外を逃がさないための檻。俺が他の者をかばっていたのを見て、そこを突いてきたのだ。

 

 力任せにこられるだけで厄介な敵だというのに……!

 

 俺は歯噛みするも、こうなっては仕方ない。

 

「全員、固まって部屋の隅に移動するんだ! そっちに攻撃がいかないよう、なんとかやってみるから! もし攻撃が漏れたら、その時は防御魔法でなんとかするしかない……!」

 

 俺とエリーゼの障壁を重ねれば、たいていの攻撃は防ぎきることができる。白痴の魔女の攻撃が、たいていの範疇に収まってくれるかは怪しいが。

 

 この状況にあって、全員無事で終わるために俺ができるのは、最速で白痴の魔女を打ち倒すことのみ――。

 

 これまでの戦闘でぼろぼろになった司令部の中、俺は余計な意識を頭から振り払い、白痴の魔女と向かい合う。

 

 ――そして、どちらからともなく、戦いは再開する。

 

 蹴り脚は地面を砕き、双方音に近しい速さでぶつかり合う。

 

 拳と拳がぶつかった瞬間、感じるのはあの硬質な手ごたえ。一度は破ったが、やはり力が残っている限り何度でも再生するらしい。しかも、先ほどまでより硬いときた。

 

 それならば。何度でも、力尽きるまで、打ち破るのみ。

 

 ぐ、と押し込まれた俺の拳が、再び白痴の魔女の防御を抜いた。ぱりんとガラスが割れるような音とともに、相手の拳を弾き飛ばす。そのまま拳を腹に突き入れると、たしかに人間の感触。

 

 しかし、今度は白痴の魔女も力を入れて攻撃に耐え、たたらを踏む程度に留まった。口の端から一筋の血を流した彼女は、手を振るって見えない力の塊をエリーゼたちへ飛ばす。

 

 規模は小さいが、代わりにほぼ予備動作がなく、高密度で高速な攻撃。魔法による防御は間に合わないと判断し、射線上に飛び込んで拳で打ち払う。

 

 しかし、その間に態勢を立て直した白痴の魔女は、身体から立ち昇る膨大な力をそのまま力に転換し、再び俺へ向かってきた。

 

 拳、手刀、蹴り、果ては頭突き。魔力に耐えきれない短剣は鞘に戻し、俺たちは己の肉体を武器とし、何度も交錯する。その度にあたりへ衝撃をまき散らし、空間が軋みを上げる。

 

 ――一対一なら、俺が優勢だが……!

 

 ときおりエリーゼたちのもとへ飛ぶ攻撃をこの身で防ぎ、その度に白痴の魔女から痛撃を食らう。何度かはエリーゼと俺の魔法で防ぎもしたが、明らかにそれでは足りない攻撃が混じっている。

 

 そして。そんな動き回る俺に対し、治癒魔法をかけようと試みているらしきエリーゼに声を投げかける。

 

「治癒魔法は、要らないからな。明確に俺以外が狙われてる以上、俺は気にせず身を守るように――」

 

「――そんなの! だったらわたしたちのこと庇うのはやめてよ……! もう、あちこち傷だらけだよ……!」

 

 エリーゼの悲痛な声が耳を打つ。

 

 ……俺が手を出さなければ、きっと敵の攻撃の何度かに一度は、確実に彼女たちへ傷を負わせる。ともすればそれは、命を奪うほどに重たいものだろう。

 

 俺が、なんとかしないと。だが、このままでは……。

 

 確実に相手の傷は蓄積していくものの、そのペースは俺が負傷するのとどちらが早いか。

 

 拮抗した戦いは、どちらかが倒れるまで終わらない。勝者にならなければ、エリーゼの復権はもとより、きっと誰かが死ぬ。

 

 だったら、負けるわけにはいけない――!

 

 自信の肩にかかる命の重みを感じながら、俺は着実に攻撃を重ねていく。その度に白痴の魔女の力を削っていく俺だったが、しかし。

 

 ――戦いの転機は、唐突に訪れた。

 

 またエリーゼたちへ強めの力を向けられ、それを殴り飛ばした瞬間だった。

 

 ――これまででも特に強い力を込めた攻撃に、俺が体勢を崩し膝をついてしまった瞬間。先ほどまでと違い、隙をさらした俺を攻撃してこない。

 

 相手もこれまで受けたダメージがかさみ、行動が遅れたのかと。そう思ったのは、早計だった。

 

 ここしばらく攻撃前に溜めなど見せなかった白痴の魔女が。胸の前で両手を合わせ、その間に白い光を集めている――。

 

 さらに、彼女の身体から立ち昇る威圧感――その身にまとう鎧のような力が、先ほどまでより明らかに増していく。

 

 まるで、これ以上の戦闘継続は無視して、次の一撃で勝負を決めるとばかりに。

 

 ――直感的にまずいと感じ、俺はすぐに動いた。びりびりと肌を震わす力の塊に、嫌な予感が胸をよぎる。

 

 いまの俺にとって、この程度の距離を踏破するのにほぼ時間は要らない。だが、そのわずかな距離が遠い。

 

 いまにも、大いなる力の奔流が放たれようとしている。

 

「やめろ……!」

 

 白痴の魔女が、白い光ごと両手をエリーゼたちへと向ける。

 

 これまでの戦いで誘導されていたのか、いまの俺の立ち位置は白痴の魔女より、エリーゼたちへの射線を遮る場所に近い。

 

 それならば、俺の選択はひとつだった。

 

 ――たとえそれが、やつの狙い通りだとしても。それでも俺は、俺の足は。

 

 エリーザたちを守ろうと動き出す。

 

 そして、直後。

 

 ――白痴の魔女の両手から、白く太い光の束が放たれる。

 

 白い奔流がエリーゼたちへと向かい、そして俺は白痴の魔女とエリーゼたちの間に飛び込もうと、そうした瞬間だった。

 

 ――――エリーゼが、吠える。

 

 

 

「――こないで! もうこれ以上……! わたしは、リオに、甘えない!!」

 

 

 

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