雨生龍之介はヴィランであります!   作:えくレア

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第1話

 雨生龍之介は無個性であった。この場合の『個性』は、現代社会において各個人に宿る超常的能力のことを指し、決して龍之介がパーソナリティに欠けるということではない。

 彼は珍しく『個性』のない人間であったが、それを本人は特別不自由を感じてはいなかった。『個性』があってもなくても、法律で禁じられているため、大抵の人間は使用することなど殆どない。彼はその性格から無個性を理由にいじめられるようなこともなかったし、自身に対し攻撃的な相手には『個性』などなくても、人体を知り尽くした彼には反撃など容易だった。

 まあ、もし『個性』が無いことで残念なことがあるとすれば、『個性』があればよりcoolな殺人ができるかもしれないということ。そして、

 

「『チワッス! 雨生龍之介は(ヴィラン)であります!』……なんてのも、『個性』があって初めて言えるセリフだよなあ。俺、無個性だから幾ら人間を殺したところで、ただの殺人鬼扱いだよ。別に不満があるわけじゃないけど……お姉さん分かる? 俺の気持ち」

 

 横たわる裸の女性相手に気さくに話しかける龍之介だが、彼女はその言葉に応じようとはしない。ただただ黙して、自分の部屋の壁を濁った瞳で見つめている。

 

 龍之介は近頃、自分の殺しにマンネリを覚えていた。

 どんなことにも飽きはくる。とりわけ殺人においては、龍之介も何度も何度も繰り返してきた行為であるから、殺し方のバリエーションに限界が訪れるのも仕方のないことだ。今日は被害者の腹を捌いて適当な臓腑を焼いて本人に食わせてやろうかと考えたのだが、胃袋をフライパンに乗せた段階で、かつて四肢を輪切りにしてそれを食わせるという殺し方をしたのを思い出し、何だ二番煎じかと落胆したところだ。

 

「ごめんね、やっぱり違う方法で殺すことにするよ。胃袋は取り出し損だけど、他にも臓器はいっぱいあるから。次は腸で首でも絞めてみようか——ってアレ?」

 

 陽気に、無邪気に。どこまでも残酷な龍之介の笑みに、やはり反応は返ってこなかった。

 

「ありゃー、またやった。壊れちゃったか」

 

 ぱし、と龍之介は自分の頭を叩く。またコレだ。最近、芸術性を重視し過ぎて、被害者の耐久性を考慮しない殺し方が多い。マンネリを防ぐべく、より刺激的でCOOLな殺しを考案しても、それは到底人間に耐えられるものではない。肉体への負担が大き過ぎるのだ。龍之介が満足するより先に死んでしまってはしかたない。

 どうしたものか。このイマジネーションを投影できるだけの素材は一体どこにある?

 

「……………………あ」

 

 龍之介の、殺しに関していえば天才的な頭脳が答えを導き出す。

 そうだ。この超常社会においては、『個性』と呼ばれる超常的能力があるではないか。もしかすれば、龍之介の冒涜的な行為に耐え得る個性を持った人間がいるのではないか。そう、例えば、ナンバーワンヒーロー・オールマイトのような増強系個性。捕らえるのに難儀しそうだが、生命力溢れる彼らならば龍之介のキャンバスに丁度良い。

 あるいは、再生能力。傷を治せるチカラがあれば、龍之介の暴虐を前に、真に事切れるまで耐え続けることができるかもしれない。無論精神面の課題は残るが、何よりまず身体の方が耐えられることが前提条件なのだ。ただ、こちらは相当希少な個性であり、見つけるのは至難である。

 

 ——とはいえ、増強系を捕まえるよりリスクは少ないな。あいつら、下手すりゃ拘束具を引きちぎるし。

 

 よっし、と龍之介は立ち上がり、先ほどまで弄んでいた死体を処分しにかかる。出来損ないの彼女に対する態度は、壊れたオモチャを捨てるか子供のように、無邪気で残酷だった。

 龍之介の事後処理は完璧で、なおかつ一度殺しをした場所には近づかないよう心掛けているため、未だに捕まるどころか尻尾すら掴まれてはいない。龍之介は鼻歌を歌いながら死体を解体し、見つからないように隠した。彼女は行方不明として扱われるだろう。

 

 さて、その後龍之介は再生能力者を探し始めた。夜の繁華街をぶらつき、いつものようにテキトーな女の子に声を掛ける。どこかに連れ込み殺したい欲望を抑えて、相手の個性を聞いてみたり、友達に再生系がいないかを慎重に探り続ける。また、ネット上の出会い系サイトで、姿の見えない相手に個性を聞いてみたりもした。やがて、龍之介はお目当ての能力者を見つけた。SNSに投稿された『再生系の個性持ち』の内容を見つけ、そのアカウントから辿って該当者を見つけたのだ。ネットリテラシーの低い学生のようで、名前と、ご丁寧に住所まで書かれている。

 

 そうと決まれば善は急げ。龍之介はチェックした住所に向かった。

 そこに着く頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。ターゲットの家は一軒家で、父と母が共に暮らしていたはずだ。龍之介は家の様子を窺う。リビングの電気は消えているようだ。テレビが点いている様子もない。もう深夜であるし、家の人間は皆寝ているだろう。

 龍之介は玄関に回ると、ピッキングで鍵を開けようとして、違和感に気付いた。手袋をはめた手で音が出ないよう慎重にノブを回すと、すうっと扉が開く。

 

(おいおい。不用心だなあ、このご時世に)

 

 まさか鍵の閉め忘れなんかで自分が殺されることになるなどとは夢にも思わないだろうが、それにしたって鍵も閉めずに寝るなんていう神経が分からない。龍之介はそういうところは几帳面なので余計に気になった。

 とはいえ、侵入が楽になったのは確かだ。玄関に入ってまず、靴の数を確かめる。きっちりと整えられたターゲットのものと思われるローファー、それよりも一回り大きい雑に脱ぎ捨てられたストレートチップの革靴。母親はパートをしていないというし、今日は家にいたのだろう。靴は恐らくシューズボックスにしまわれている。

 

 既に間取りを頭に入れてある龍之介は、リビング、キッチンの電気が消えているのを確認すると階段を登ろうと足を上げた。そしてそれが接地した瞬間、思わず息を止めた。

 自分の背中に、指先があてがわれている。

 

「手をあげてくれるかい」

 

 喉が潰れているかのようなガサつく声。

 穏やかな口調だが、その殺気は本物だ。多くの殺しを行ってきた龍之介だからこそ理解できる。反抗すれば、彼は容易く龍之介を殺せるだろう。迷いもなく、恐れもなく。

 龍之介は両手をあげた。

 

「個性を発動したら殺す」

「そりゃ怖い。だけど、心配することはないよ? 俺は無個性だからさァ」

「無個性、ね。で、そんな無個性の君がここに何の用事だい?」

「いやー、愛しの彼女に急に会いたくなってさあ。夜這い?」

 

 ターゲットは女学生だったので、咄嗟にそんな言葉を吐いてみるが、無論男が信用するはずもない。彼は龍之介の上着を捲り、腰に差していたものを剥がして床に投げ捨てた。

 

「ナイフとスタンガンを持って?」

「あーらら、バレてら」

「君は何者だ?」

 

 さて、どうするか。抵抗してみるかとも考えるが、どうやってもこの男には敵いそうにない。それは龍之介が肌で感じていた。この男もカタギではなさそうだし、バラしてしまうしかない。答えようが答えまいが、運が悪けりゃどっちにしろ死ぬ。

 

「えっと、俺は雨生龍之介。フリーター。好きなことは殺人、好きな動物は豹。ここへは娘さんを殺すために来ました」

「……なぜ、ここの娘を殺そうと思った?」

「えっと……話せば長くなるんスけど」

 

 龍之介は事情を話し始めた。彼が幾人もの人を惨殺してきたこと、それによって芸術品を作り上げてきたこと。最近は行き詰まりを感じていること、新たな素材として再生系の個性を持った人物を殺したいと考えたこと……

 そこまで話した時点で、背中から来る圧迫感は消えていた。代わりに聞こえてくるのは、

 

「く、くふっ……アッハハハハハハハハ!」

 

 堪え切れない、というような笑い声だ。件の男は笑いを堪え切れないという様子で大声で笑っている。ターゲットの親子が起きてこないかヒヤヒヤする龍之介だったが、すぐに男は気を落ち着けた。

 

「いや、すまないね。素直に驚いた。世界は広い、私でさえ想像できないような狂気がまだその辺に転がっていたなんてね。君は良いな、雨生龍之介。その衝動、狂気。気に入ったよ」

「あ、あら? アンタ俺を殺したり、捕まえたりとかしないの?」

「捕まえる? 君を? そんなことをするものか、正義のヒーローじゃあるまいし。私はね、どちらかといえばヒーローたちに追われる者なのさ」

「てことは、アンタもしかして(ヴィラン)?」

「その通り」

 

 龍之介は振り返る。男は気をきかせてくれたのか、玄関の電気を点けた。

 巨大な、黒いマスクを着けた大男だった。ダース・ベイダーを思わせるような黒いマスクは龍之介の感覚でCOOLなものではあったが、それよりまず向こうの話を聞きたかった。

 

「アンタ、何者?」

「そうだな、『オール・フォー・ワン』と名乗っておこうか」

「なんだそりゃ?」

「名前なんてどうでもいいさ。それよりも龍之介。君はさ、芸術的でCOOLな作品(ざんさつしたい)を作りたいんだろ?」

 

 おいで、とオール・フォー・ワンは階段を上がる。ぎしぎしと音を立てて、なんの躊躇いもなく進む姿を見て、龍之介は状況を察した。

 上にあがると、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。ただ、それは豚肉や牛肉を食べるために焼いた時のものではない理解する。この空気の脂でベタつく感じは、人が焼けた時のものだ。

 

 匂いのする方へ進みドアを開けると、黒焦げの焼死体が目に付いた。体格、骨格からして父親だろう。その隣では涙を流して失禁する二人の女がいた。ターゲットと、その母親だ。口に轡を咬まされ、声をあげられないでいる。

 

「君の思う通りに、この二人を殺してあげよう」

 

 オール・フォー・ワンの申し出に、龍之介は身震いし、親子は恐怖で震え上がった。

 

「思った通りに、って」

「そのままの意味さ。君が望むように、この人たちを殺してあげるよ」

 

 彼は両掌を天井に向け、左手から炎を、右手からは雷をそれぞれ発してみせた。

 

「んなっ」

「僕の個性は特別でね。『個性を奪う個性』、とでも言おうか。今まで奪った個性は数知れない。今回もそうさ。その親子から個性を奪った……ハズレだったけどね。しかし、これだけ奪った個性があれば、君の思った通りの殺しが、芸術ができるんじゃないだろうか」

「————COOL」

 

 龍之介は、歓喜に打ち震えた。

 

「COOL、COOL、COOOOOOOOL!!!!! 超COOLだよアンタ! 決めた、俺ゃアンタに付いていく! 一緒に最高にCOOLな作品を作ろう!」

 

 さながら気分は、キャンバスを買いに来たら史上最高の絵筆が手に入った芸術家といったところか。龍之介は早速イマジネーションを働かせ始めた。何ができるのか、何をしたいのか。様々な冒涜的なイメージを一頻り浮かべると、それはこの世界に顕現することとなった。

 龍之介の足下に転がる二つのキャンバスを使って。

 

 

 

 

 口笛が響く。龍之介の想像通りに、お互いの長い髪で首を絞められながらキスし合い、口から吹き出る泡を交換する親子だったモノを心のフィルムに収め、満足気に龍之介は頷いた。

 

「凄え……凄えよ、オール・フォー・ワンの旦那は! 俺は感動しちまった。アンタが良ければ、これからも俺は旦那の下でCOOLな作品を作り続けるぜ!」

「願ってもない話だ。僕も、弔に刺激を与えてくれる存在が必要だと考えていた。それに君は……純粋な悪だ。これ程の邪悪は、僕を除いた他に見たことがない」

 

 でへへ、と龍之介は照れ臭そうに頭を掻く。そんな龍之介に、オール・フォー・ワンはある条件を告げた。

 

「龍之介。君はヴィランになれ」

「…………あー、旦那の仲間になるってことは、そういうことなのか。ゴメン旦那。さっきも言ったけど、俺、無個性なんだ。無個性じゃあ幾ら人を殺しても殺人犯にしかなれねえ。ヴィランって、個性を使う犯罪者だろ?」

 

 人生でこれ程、無個性であることを悔いたことがあっただろうか。今までさして気にしていなかったことが、ここに来て大きな影響を受けることになるとは。

 しかし、巨悪はマスクの下で醜悪に笑った。

 

「心配は要らないさ。僕が居る。——君は、ヴィランになれる」

 

 奇しくもこの日は、別の街でワン・フォー・オールの後継者が生まれた日であった。オールマイトと緑谷出久。オール・フォー・ワンと雨生龍之介。ヒーローとヴィランの歴史が動こうとしていた。

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