雨生龍之介はヴィランであります!   作:えくレア

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第2話

 個性を奪う個性。オール・フォー・ワンの個性は常識外れの力だった。世界総人口の八割が超常的能力『個性』を持つこの超常社会において、そのチカラは桁外れに危険なものだ。再生系個性持ちの女子高生宅に押し入ったのも、彼の古傷を癒すため個性を奪取する目論見であったようだが、治ってしまった傷には効果がなかったようだ。

 

 また、恐ろしいことにオール・フォー・ワンの『個性を奪う個性』には更に恐ろしい能力があった。オール・フォー・ワンは、他人に個性を与えることができる。

 もっとも、個性を与えることによる拒絶反応で廃人同然になることもしばしばであり、その結果造られたのが『脳無』なのであるが——龍之介にはその心配はないという。なぜなら、彼には元々個性因子がない。『無個性』だからこそ、オール・フォー・ワンの個性譲渡に耐え得るだろうと見られているのだ。

 

 では問題は、どんな個性を貰うのかということになってくるが、龍之介はそこで非常に悩んでいた。

 COOLな殺し方は、様々な個性の話を聞けば聞くほど思い浮かんでくる。そも、この世の中には殺し方なんて腐るほど溢れているのだから、殺しの天才である雨生龍之介を以ってすれば個性の数の十倍殺し方を考えることなど容易いことだった。

 しかし、それはあくまで個性に合わせて殺し方を考えてやっている、いわば一発芸に過ぎない。真にCOOLな作品を求めるならば、持ち合わせた個性で思いもよらないような発想に基づき、最高のエンターテイメントを発揮するのが理想である。そのためには、龍之介の天才的な発想についてこれるだけの柔軟性、そして凶悪性を持った個性が必須であった。

 

「どれも気に入らないかい、龍之介」

「気に入らないってことはないんだけどさあ……なんつーか、しっくりこないって言うか。悪いね、旦那」

「構わないさ、若者はゆっくりと悩むと良い」

「……先生に個性が貰えるってのに、贅沢なヤツだ」

 

 龍之介とオール・フォー・ワンとの会話に、不気味な男が割り込んでくる。顔をマスクのように『手』で覆い隠した男。指の間から覗くその瞳は鋭く龍之介を射抜いている。死柄木弔。敵連合のトップであり、オール・フォー・ワンのお気に入り。悪の道の一番弟子、と言ったところか。

 彼はオールマイトを憎んでおり、民衆から多大な支持を得るヒーローたちを社会の癌と考える。世界が憎くて憎くて仕方ないようだ。

 

「そういう弔っちの個性はどうなんだよ」

「誰が弔っちだ。教えてやるかよ」

「黒霧サンはワープだっけ。凄え個性だよね、なんでヴィランやってんの? 運送業とかで引く手数多じゃね?」

「おいコラ無視か新入り風情が。殺すぞ」

「お、抑えてください死柄木弔。『先生』もいますし」

 

 理知的な男が死柄木を宥める。黒い靄で顔を覆われた彼は、ワープという超優秀な個性を持った敵連合のブレーン『黒霧』だ。死柄木の行き過ぎた行動を諌めることもする。彼が居なくては敵連合は成り立たないだろう。それだけの重要人物である。

 

 初め敵連合のアジトであるバーに連れてこられた時は死柄木の反発が強かったが、先生と呼ばれているオール・フォー・ワンの一言ですんなりと組織への参入は済んだ。敵連合とは、ヴィランを集めた集団らしい。その目的はヒーローの蔓延る超常社会の破壊。即ち、平和の象徴であるオールマイトを殺すことだという。

 無理じゃね、と龍之介は思ったものだが、オール・フォー・ワンはオールマイトと浅からぬ因縁を持っているらしく、彼を殺すために様々な策を用意しているようだ。脳無もその一環である。

 

 龍之介も敵連合に籍を置くことになったが、これまで通り自由に殺しをして良いとオール・フォー・ワンは語る。死柄木は当然反発したが、これも狙いの内だ。彼は死柄木に大いに期待を寄せているようで、龍之介の存在が彼の成長に繋がると信じている。そこまで言うのなら、龍之介としても期待に応えるべく自由に芸術的な殺しを続け、ヴィランとして活動していくのもやぶさかではない。

 しかし、そのためには個性が必須だ。龍之介は悩んでいた。オール・フォー・ワンは個性が個性だから複数個の所有も問題ないが、普通、個性は一人一つ。慎重に決めなければならない。

 譲ってもらえる個性のリストとにらめっこする龍之介は、やがて息を吐き出し大きく伸びをする。

 

「ダメだ、やっぱ何か違う」

「ちっ。先生、こんなヤツに個性をくれてやることないだろ。とっとと追い出せ」

「落ち着きなよ弔。僕は龍之介がとんでもないヴィランになると確信している。そのためだったら、個性の一つや二つ安いものさ。彼はきっと、このヒーロー社会に大きな打撃を与えてくれるよ」

「しかし、個性がなくてはヴィランとは言えません。ならば敵連合(ここ)に居る理由もない。我々は平和の象徴を消さなければならないのです。足手纏いを置いておくのはナンセンスでしょう」

 

 周囲の言葉も気にせず、龍之介は考え続ける。折角好きな個性が貰えるのだから、こだわりたい。なら、オール・フォー・ワンの持っているものにこだわる理由もないのではないだろうか。なにせ、この超常社会では、例外はあれど基本的に一人一つの個性を持っているのだから。

 

「旦那。やっぱり妥協はしたくないし、欲しい個性は自分で探すよ。この間の女子高生みたいにさ。だから、見つかったら一緒に奪いに行こう!」

「また勝手な——」

「分かった、その時はご一緒しよう」

「ハァ!? 先生、コイツ甘やかすなよ!」

 

 死柄木は納得していないようだったが、龍之介はオール・フォー・ワンと約束を取り付けると、理想の個性を探し始めた。ただ、再生系を見つけた時と違い明確な対象がいるわけではないので、ヒーロー名鑑を探したり、個性登録表を黒霧の協力のもと盗み出したりした。

 また、雄英高校をはじめとするヒーロー科名門校の体育祭では生徒たちの個性が全国ネットで放送される。ヒーロー志望だけあり、彼らの個性は非常に優秀だ。それに精神的に未熟であるし、プロ相手よりも強奪はやりやすいだろう。そういった個性に関する様々なデータを収集しながら二ヶ月を過ごした頃、データを纏められたファイルを捲る龍之介は、パタンとそれを閉じる。

 

「うん。やっぱりあの個性が一番かな」

「ついに決まったんですね、龍之介」

「手伝ってくれてありがと、黒霧サン。旦那を呼んでくれるかい。あと、新幹線の切符も買わないと」

「遠出ですか? どちらに?」

「関西さ。ついでに大阪に寄ってタコ焼きでも食べて来よっかな」

 

 

 

 

 学帽を被った切れ長の目を持つ青年は、一人夜道を歩いていた。彼の名は肉倉精児。雄英高校と並ぶヒーロー科トップ高、士傑高校のエリートである。

 彼は苛立たしげに帰り道を歩いていた。

 彼が雄英ではなく士傑高校を志望したのは、居住地の関係もあったが、その厳格な校風に惹かれたというのが大きい。肉倉精児は非常に真面目で、悪く言えば堅物な男だった。

 ヒーローたる者、それらしい行動を取るべしというのが彼の信条である。彼は数多のヒーロー科生徒たちの例に漏れず、現ナンバーワンヒーロー、オールマイトに強い憧れを抱いている。なぜなら、彼は本物のヒーローだからだ。

 それに比べて、職業としてのヒーローに成り下がった者が多すぎる。

 ナンバーツーのエンデヴァーなどは正にそれだ。彼のような悪辣な態度を取る者はヒーロー失格であるとすら肉倉は考えていた。

 

 しかし、その論を唱えたところで誰にも同意を得てはもらえなかった。幸い、ヒーロー科というだけあって(厳格な校風のためもあるだろうが)肉倉の持論を一笑に付すような、彼の言う『ヒーロー失格』な人間性を持つ生徒はいなかったが、ヒーローに対し完璧を求め過ぎる肉倉の言葉は、同輩に届くことすらなかった。

 

(納得がいかん。何故皆は私の意見を受容しないのだ!)

 

 ヒーローとはヒトに対し個性使用を許された特別な職業だ。使い方を誤れば他人を殺めかねない個性を扱う。ならば、ヒーローにはそれなりの人格、態度が求められるのは当然ではないのか。

 私の一体どこが間違っている?

 ころ、と足下に転がる空きカンを認めた肉倉はそれを乱暴に拾い上げ、自販機の横のゴミ箱に放り込む。

 

「ふう……」

 

 ふと、喉がカラカラに渇いていることに気付き、自販機のラインナップを眺めてみる。お茶でも飲んで気を鎮めよう、と肉倉は千円札を自販機に入れた。さて後はボタンを押すだけのはずだが、おかしなことに購入可能を示すランプが点灯しない。

 呑まれた。

 肉倉の苛立ちは頂点に達した。

 思い切り自販機をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、それこそ自分が常日頃説く『ヒーローらしからぬ態度』である。しかし、この怒りをどこにぶつければ良いのやら、皆目見当もつかない。そんな気持ちでいた彼の前に、不審な男が現れた。

 

「あらら、災難だったね少年」

 

 千円札が呑まれるのを見ていたのだろうか。そんな言葉をかける男は、軽薄そうな顔の男だった。どこか豹を思わせる軽い身のこなしといい、遊び人という印象を受ける。彼は自販機に近づき、じゃらじゃらと小銭を幾らか投入すると、レモンソーダのボタンを押した。

 

「君は何がいい?」

「え?」

「奢ってあげるよ、可哀想だし。これも何かの縁だ。俺は雨生龍之介。君は?」

「私は……肉倉。肉倉精児。申し出は有難いが、見ず知らずの御仁に無為な出費を強いることはできません」

「無為なんかじゃない。そのボーシを見るに、君は士傑の生徒だろう? 将来はきっと優秀なヒーローになるんだろう。いわば先行投資さ、これは。将来助けてもらうかもしれない相手への」

 

 そう言って龍之介は笑う。女誑しの龍之介の笑顔は完璧で、肉倉はこの人殺しを趣味と宣うような狂人を、あろうことか人畜無害な優男と誤認した。無論、ヒーローの卵として最低限の警戒は怠らないが、自販機から今取り出した飲み物に何を紛れ込ませることもできないだろう。

 

「では、緑茶を所望します」

「ん。おーいお茶で良い?」

「ええ」

 

 ごとん、と落ちてきた緑茶が、龍之介より手渡される。よく冷えていて、渇いていた喉がごくりとなった。緑色のキャップを空けて一気に口に流し込む。緑茶の味わいと冷たさが口の中に広がり、喉奥へと。ごくごくと喉を動かし、どんどん飲み込む。気づけば、一度で三分の一ほどを飲み干してしまった。

 

「いい飲みっぷりじゃないか。よっぽど喉が渇いていたんだ?」

「そんなことは……ただ」

「ただ?」

 

 龍之介はじっと肉倉の目を見つめる。その目は深い闇色を讃えていて、肉倉は目を離すことができなかった。同時に、偽ることもできない。催眠術の類い? いいや違う。単にこれは、龍之介が人誑したる所以だ。

 

「少し、鬱憤を蓄積していたやもしれません」

「何かあったのかい」

「ええ。少々、話に時間を要するのですが」

 

 龍之介とベンチに座り、肉倉は喋った。

 自身の考え、思想をつらつらと。そしてそれを受け入れてくれない、士傑高校の生徒たちへの不満。それだけではない。自分の個性のことや友人関係、趣味、好み、得手不得手、果ては自分の誕生日やら血液型まで。

 おかしな感覚だった。普通、そんな詳細まで、会ったばかりの人物に話そうとするだろうか。特に、肉倉は生真面目で慎重な男だ。そんな彼がこんな、言ってしまえば怪しい男にこれほど心を開き、滑らかに口を動かすなど、彼をよく知る者が見れば別人かと疑うだろう。

 

 気付けば、龍之介と肉倉はどこぞの喫茶店に移動していた。どちらが切り出したのかは定かではないが、多分自分ではないかと肉倉は思った。そこでも、コーヒーを次々に頼みながら話は続いた。

 どこか愉しそうに、嬉々として話を続ける肉倉に相槌を打ちながらにこにこと龍之介は笑う。これだ。この龍之介の絶妙な相槌が、肉倉の気分をノセていた。

 適度に、絶妙に彼が気持ちよくなれるくらいの切り返し。しかも、その内容は周囲の誰にも相手にしてくれなかったようなものだ。肉倉が話すことに夢中になるのも、仕方ないと言えた。

 

「————という訳です。ヒーローでありながら市民を払いのけたり、暴言を吐くなど言語道断。我々が目指すべきはオールマイトやベストジーニストのような品行方正な姿であることは明白である、と私は言いたいのです!」

「分かるよ、精児クン。俺ら助けられる側だってさ、そりゃ助けてくれるヒーローに文句なんてとても言えねえよ。でも、それが酷いこと言って良いってことにはならねえよな?」

「その通り! 弱者に向けた抵抗許さぬ言葉の暴力など、ヒーローのすることではない! 相応しくない者どもは排除すべきなのだ。ヒーロー免許試験を抜本的に見直し、資格を取るのにも、もっと厳正な審査を行うべきだ。そうすれば、粗製ヒーローの乱造など起ころうはずもない!」

 

 酒に酔ってるわけでもなしに、随分と舌が回る。龍之介の返答が、まさに自分の思惑通りのものとなっているからだ。

 こうなってしまっては、抜け出すことは困難である。もっと龍之介と話がしたい。いつの間にか、先ほど出会ったばかりの不審な男は、自らの思想を受け入れてくれる無二の親友にまで格上げされている。それに気付かないまま、肉倉は遂に致命的な行動を取ってしまう。

 

「すみません、龍之介さん。少し手洗いに行ってくるので、待っていていただきたい」

「ん、リョーカイ」

 

 ひらひら、と龍之介は手を振る。肉倉はそれに安堵して、店内のトイレに向かった。

 飲みかけのコーヒーを一杯、龍之介の前に残したまま。

 

「……ごゆっくり」

 

 プルル、と龍之介の携帯が鳴る。着信は、非通知。オール・フォー・ワンだ。

 

「もしもし、旦那?」

『見てたよ。いや、鮮やかなお手並みだった。完璧な話術だ。こうもあっさりヒーローの卵を手なづけるとは』

「いやぁ、旦那が自販機をイジってくれたからさ。お陰で精児クンに話しかける良いきっかけが作れたよ」

『それは何よりだよ。電気系能力を活用した甲斐があったというものだね。じゃあ、あとは手筈通りに拠点で落ち合おう』

「ん、リョーカイ」

 

 

 

 

 

 肉倉が目を覚ますと、そこは寂れたバーのような場所だった。ただ、普段使われていないのか埃っぽく、照明も点滅している。なんでこんなところに? 記憶が曖昧だ。

 確か、そう。自分はあの男、雨生龍之介と——

 

 はっ、と覚醒し、立ち上がろうとするとガチャガチャと背後で金属質の音が鳴る。今肉倉は椅子に座らされ、後ろ手に手錠を掛けられている状態だった。

 

「なんだこれは……!?」

「やあやあオハヨウ精児クン! 目覚めの気分はどうだい? 俺だったら最悪と答えるだろうけどね!」

「これは一体何事だ! 説明を求む!」

「だいたい分かるだろう? 仮にも士傑高校の生徒、ヒーロー様の卵なんだからさ。まあ良いや、お望み通り説明してあげよう。そう、俺の目的ははじめからコレだったのさ。随分と簡単に騙されてくれちゃってまあ、面白いったらありゃしない!」

 

 馬鹿にしたように、虚仮にするように嘲笑う龍之介を見て、肉倉は怒りを覚えると同時に、自分の迂闊さに眩暈がする思いだった。なぜ、自分はこんな男に気を許してしまったのか。いくら心が弱っていたといっても限度がある。

 ともかく、今はこの状況を打開することを考えるべきだ。一先ず、今現在この寂れたバーにいるのは縛られた自分と、雨生龍之介のみだ。この手錠を解き、龍之介をどうにかすればなんとでもなる。

 

 どうしようもなく油断し、無様を晒したのは事実だが、この男——もはやヴィランと仮定してもやむない程の悪意をもったこの男を倒すのは、己にとっての自信となり得る。ヴィランを仕留めたとなれば、自分を見る周囲の目も変わってくるはずだ。

 やる。やってやる。

 一体なんのために毎日厳しい特訓を受けていると思っている。このくらいの優男一人、取り押さえるのは簡単だ。なにせ肉倉の個性は、対人戦闘ではほぼ無敵。触れれば勝ちの上に遠距離攻撃という反則染みたものだからだ。

 

 それに、肉体を自由に操る肉倉からすれば、手錠での拘束などあってないようなもの。ほら、己の手首から先を分離すれば容易く抜け出て————

 

「……………………は?」

 

 思わず、そんな間抜けな声が漏れだす。

 個性を操り損ねた? そんな筈はない。

 肉倉はもう一度個性の発動を試みた。

 個性は発動しない。

 額に脂汗が滲む。

 

 発動試行。発動試行。発動試行。

 変化なし。個性発動せず。背中が汗でびっしょりと濡れる。

 

 試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行、試行。

 

 十九回目の試行でようやく、肉倉の脳が現実に追い付いた。渇いた喉から掠れた声が出る。

 

「なぜ……?」

「なんででしょーか」

「おっ、おま、貴様、私の個性をどうした!? わ、私の、個性は!!」

 

 顔から血の気が引いていくのが分かる。個性を封じられた。ヒーローにとってその意味するところとは、即ち武器を奪われたということだ。ヒーローは基本的に武装を許されていない。個性自体が危険なものだし、武器を使った攻撃はショッキングな結果を生むものが多いからだ。ヒーロー志望である肉倉もまた、武装してはいなかった。

 

「さぁて。精児クンの個性はどこにいってしまったんでしょうか?」

 

 龍之介はにやにやと笑う。そのまま肉倉の片腕を掴んだ。その瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 

「な、あ—————!?」

 

 痛みはない。落ちた手は動かないが、血も出てなければ痛みもなく、ただただ体が軽くなったようだった。

 いやそれよりも。そんなことよりも。腕が落ちたことなんかよりも。

 

「私の個性を何故貴様が扱えるんだァ!?」

 

 この個性!

 肉倉には覚えがあった。否、覚えがあるなんて単純な話ではない。四歳の時から慣れ親しんだ感覚だ、相手にされたとしても間違えようはずもない。これは肉倉の個性『精肉』による肉体操作の影響だ。肉倉は自分の体を自由に操作し操ることができる。指を切り離し巨大化させ撃ち出したりはお手の物。しかも相手に触れれば、その対象を『こねる』ことで肉団子のような形状に変化させるという、殺さず無力化するにはうってつけの個性だ。

 しかし、しかし!

 

「た、他人は丸めることしかできないはずだ! 私の『精肉』は!」

「確かに、資料にもそう書いてあったけど……フツーにできたんだよなあ。精児クンの使い方が悪かったんじゃないの?」

 

 愕然とした。そんな、たった一言で今まで個性を磨いてきた日々を否定するような言葉に。馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。この男は、この数分で、四歳からこの個性と付き合ってきた自分よりも技量が上だと?

 実際はそう単純な話ではない。オール・フォー・ワンが個性を譲渡する際、その個性自体が変質するケースは幾らかある。代表例が、『力を蓄える個性』と『個性を譲渡する個性』が合わさり生まれたワン・フォー・オールである。

 もしかしたら、龍之介の身体には認識されていない個性が眠っており、それと融合・変質したのかもしれない。あるいは、龍之介個人の資質に呼応し、個性が自ら姿を変えたのかもしれない。

 

 しかし、事実がどうであれ、肉倉にそれを知る(すべ)はない。

 

「そんな、馬鹿なことが……」

 

 すっかり意気消沈してしまう肉倉精児。頭の中は真っ白だった。その白を掻き消したのは、どうしようもない激痛だった。

 

「あっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 右腕。右腕が痛い。切り離された右腕が痛い!!!!!

 肉倉はぼとりと落ちた右腕を見た。

 力なく放り出された腕に、短めのサバイバルナイフが突き刺さっている。

 

「おーおー、切り離された部位でも痛み感じるんだ。イイねイイね。インスピレーション刺激されまくり!」

 

 何を言ってるんだコイツは。

 痛みの中で肉倉は目を疑った。この男、人が痛みで叫んでいるのを見て、嬉しそうに笑っている!

 

「イカしてるよ。なんてCOOLな個性だ、この『精肉』は! なんてったって俺はさあ、死体で芸術を作りたかったんだ。それにはうってつけじゃないか。ヒトを粘土みたいに造り変えられるなんてさぁ!」

 

 理解不能。この男は、雨生龍之介は、肉倉には理解できない怪物だ。人間じゃない。ガタガタと足が震える。殺される。あまりの恐怖に失禁する。

 いや、ただ殺されるというなら、肉倉もここまで恐怖はしなかった。彼はヒーローを目指す上で、凶悪なヴィランと戦い殉職することは十分ありえると考えていた。死ぬことは確かに怖いが、ある程度の覚悟はしていた。

 しかし。こんな残虐な方法で、まるで粘土をこねるみたいな感覚で殺されるなんて。人としての尊厳もなにも与えられず、消耗品のように殺されるなんて誰が想像できる。

 

 助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ!

 ヒーロー誰が来てくれ。コイツを止めて、私を救ってくれ!

 オールマイト! そうオールマイトだ、彼ならきっとたすけてくれ————

 

 灼熱。今度は左の太腿にドライバーが突き立てられ、肉倉は痛みと恐怖から悲鳴をあげる。

 目の前では、愉快そうに口元を吊り上げる殺人鬼が道具を見せびらかしてくる。それらは大抵が工具だった。それで一体、何をしようというのか。

 

「んんーっ、いい悲鳴だ。その調子で続けてね精児クン。まずさ、ヒトでオルガンを作ろうと思うんだ。どうだい、最ッ高にCOOLだろ?」

 

 肉倉の精神は破壊された。

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