雨生龍之介はヴィランであります! 作:えくレア
緑谷出久はオールマイトの下で修業の日々を過ごしていた。至上最高のヒーローの持つ最強個性、ワン・フォー・オールを受け継ぐためには彼の体は貧弱過ぎる。故に、まずは個性を受け取れるだけの器を作り上げるのが急務だったのだ。また同時進行で雄英高校への入学を目指す。両方手は抜けない。
勉強とトレーニング漬けの毎日はキツいが、それでも緑谷は嬉しかった。無個性という理由で誰からも否定されていた夢を認められたこと。そして、その相手が憧れのヒーローだったこと。それらは緑谷のハードトレーニングへの高いモチベーションとなり、貧弱な彼を駆り立てる。
この頃はだいぶ筋肉も付いてきた。重かった海岸線の不法投棄物も、スムーズに片付けられるようになってきて、己の成長を実感する。
さてそんな清掃作業中のこと。緑谷が引っ張るガラクタの上で、オールマイトは新聞とにらめっこしていた。その表情は硬く、いつも笑顔で人助けをする彼にしては珍しい顔だ。
「オールマイト、どうかしたんですか?」
「ん? ああ、なんでもないさ。君は気にしなくてもいい。それより緑谷少年! 私が乗っていても楽々とゴミを動かせるようになってきたじゃあないか! 成長したな!」
「あ、ありがとうございます!」
「ようし。次はダッシュで廃棄物を運ぶとしよう! かなりキツイぞ、気合い入れろよ青少年!」
「はい!」
オールマイトに褒められて緑谷は舞い上がる。しかし、それでも先ほどの表情への疑問は尽きない。寧ろ話をはぐらかされて好奇心が湧いた。オールマイトがあんな表情をするというのは、やはりヴィラン関係の記事が載っていたのだろうか。
(オールマイトがいつも読んでるのはヒーロー新聞だよな。僕もあとで今朝の記事を読んでみよう)
重度のオールマイトオタクである緑谷は彼がどの新聞を購読しているのかもしっかり把握していた。師弟関係になった今もやはり根っからのファンである。
さて早朝トレーニングを終えた緑谷は、帰りがけにコンビニに寄って目当ての新聞を探した。汗で濡れた手を無造作にジャージで拭うと、目当ての新聞を取る。目ぼしい記事がないか目を走らせていくと、大きな見出しで『
——凶悪な『敵』出現か? 無残な遺体多数見つかる——
ヴィラン。緑谷もよく知る、文字通りヒーローの、そして社会の敵だ。個性の他人への使用を無断で行う犯罪者にのみ使われる名前で、個性使用を禁じている警察に代わり、これを捕らえ抑止するのがヒーローの役割だ。オールマイトに出会う前……無個性だった頃は、ヴィランとヒーローの戦いは緑谷にとってどこか他人事で、ヒーローショーを眺めているような気分だったが、オールマイトのような最高のヒーローを目指す以上、ヴィランとの戦いは必ず付き纏うことになる。
だが、この時点での緑谷の認識はまだ甘いものだと言わざるを得ない。存在するのだ。平々凡々に暮らしてきた彼の想像もつかないような邪悪が、この世の中には。
それを知ることになるのは、少し先。彼がヒーロー科最高峰、雄英高校に入学した後の話だ。
緑谷が新聞を読んで闇に蠢くヴィランに戦慄している頃、オールマイトは件の凶悪ヴィラン確保に動いていた。とはいえ、彼の活動時間はオール・フォー・ワンとの戦闘による後遺症のために長くはない。実際には警察や他の信頼できるヒーローに任せることになるだろう。
ヴィランネーム『アーティスト』。仮の呼称として、彼の凶悪殺人犯に対し警察が付けた名前だ。その由来は言うまでもなく、まるで人を悪趣味な芸術作品か何かのようにグロテスクな殺し方をすることから付けられた。
判明しているだけで六件。いずれも関西で見つかった死体で、それを見た新米警察官は思わず嘔吐し、熟練の刑事でさえ顔を顰めるほど醜悪な代物だ。
数々の事件を解決してきたベテランヒーローであるオールマイトも、親友の塚内警部のケータイから送られてきた画像を見ただけで眉根を寄せた。
この手の事件は、早期解決が望ましい。最高のヒーローを目指す青少年らに、この毒は強すぎる。オールマイトが後継者として認めた緑谷にも、このことは黙っておくことに決めた。人を助ける覚悟は十分すぎるくらいに持っているだろう。しかし、救えなかった人を見る覚悟はどうか。無惨にもヴィランに冒涜された
もちろん、いずれはそれを飲み込んで、乗り越えていかなければならない。しかし、それは今じゃない。最高の学府でヒーローの何たるかを学び、平和の象徴としての心構えを説いたあとでも十分だ。
それまでは、自分が守らなければならない。
師として覚悟も新たに、気合いを入れ直したオールマイトは、取り敢えずは雄英の講師としての勉強を再開した。元々校長から後継者探しの場として誘われていたが、後継者である緑谷にみっちり学校でもトレーニングを積んでもらうために、改めて教師になることを決めたのだ。マッスルフォームでの活動限界がもう長くないことを隠せることもあり、教師生活は一石二鳥だ。
(被害者の遺体……おそらくアレは特殊な個性によるものだろう。戦闘中でもあんな壊し方のできるヴィランが存在するとしたら、かなり厄介だ。相澤くんの協力は必須だろう!)
イレイザーヘッド。個性を消す個性。彼はあらゆる状況に対応できる超優秀な個性を持ったアングラヒーローだ。今回の事件の犯人のような凶悪な個性持ち相手にはうってつけの人物である。
オールマイトは超合理主義の彼のことが少し苦手だが、同時に信頼してもいた。
(私も活動時間の都合上、街から街へ走り回るということはできない。任せたぞ、警察、ヒーロー諸君! 私も陰ながらバックアップさせてもらう!)
目の前の事件をどうしても放って置けない彼は、活動時間の大半を目の前で起きた事件に使ってしまう。それがオールマイトの美点であり、欠点でもある。
目の前で派手な事件が起きたなら。彼の目はそちらに引き寄せられてしまうのだから。
真に賢しいヴィランは闇に潜む。
雨生龍之介は狡猾な男だった。
◆
遡ること数ヶ月前。
「ふーふふーんふーんふーんふーん、ふーふふーんふーんふーんふーん」
鼻歌混じりに龍之介は肉をこねくり回していた。
本当にこの『精肉』は便利だ。従来の龍之介の技術では、手を思った方向に向けるのに一々腕を折ったり、あるいは切り離したりしなければならなかった。しかし今はどうだ。龍之介が意思を持ってこねるだけで腕は逆方向に曲がり、足は膝から先をちぎって本来手が生えていた部分に付け足したりすることができる。
手のひら同士をくっつければ、背もたれ付きの椅子の出来上がりだ。ご満悦な龍之介は椅子に座ってみるが、どしゃりと崩れてしまう。座り心地が最悪だ。四つの足に力が入っていないらしい。
どうしたものか。龍之介の頭に閃きが疾る。
龍之介は椅子の顔にあるものをチラつかせる。それは、花道などで使われる剣山であった。意味が分かったらしく彼女は暴れようとするが、そんな行動に少しも意味はなく、龍之介は椅子の下に剣山を設置すると、改めて椅子に座る。今度はしっかりと立った。ブルブル震えてはいるが。
女はとっくに半狂乱になっていた。突然拉致されたと思ったら裸に剥かれ、恐らく個性らしきもので体を椅子の形に変えられた。
今朝の新聞で報じられていた、凶悪なヴィランが頭に過ぎる。死体を弄ぶような頭のおかしいヴィランだという話だが、この男がそれに違いない。
彼女は必死で助けを求めた。この男が何かの気の迷いで助けてくれるなんて期待は微塵もない。なにせ、嬉々として自分の肉をこねくり回して笑っているのだ。完全な異常者であることは疑いようもなかった。彼女は力の限り叫んで、ヒーローを呼び続けた。が、声帯も弄られているのか、一定以上の大きさの声は掠れてしまう。
ヴィランを倒すのはヒーローの役目で、無辜の人々を助けるのも同じ。ただの一市民である彼女の拠り所もそうだ。
もう足が保たない。龍之介の体重は成人男性の平均くらいではあるが、それでも上に乗られ続けたら十分に辛い。しかし、力を抜いて倒れれば、腹に剣山が突き刺さる。そうなれば死ぬほど痛いだろうし、痛いだけでは済まない。死んでしまう。彼女はポロポロと涙を流しながら耐えていた。
ガチャ、と部屋のドアが開いた。もしや助けが来たのか、と淡い希望を持って向けた視線は、すぐに落胆の色に包まれる。マスクを被った大柄な男は、彼女を今も苦しめ続ける龍之介に、気さくに話しかけた。
「やあ龍之介。今日も精が出るね」
「旦那! いやあ、旦那のお陰だよ。こんな良い個性もらえて、インスピレーション刺激されまくってんだ、俺。どんどん作るぜ!」
「今ごろヒーロー共もてんやわんやしているだろうね。僕の知る限り、これほど残虐な個性犯罪は今の時代、行われた試しがない。超常社会黎明期は、また違ったんだけどね」
「旦那、歳いくつなのさ」
「ヒミツだ」
個性関連の法整備も進んできた現代、個性をここまで残酷な使い方をするヴィランはいなくなった。精々が力の限り個性をぶっ放して、人を殺すくらいのものだ。本来なら、小学生を対象に行われる一斉カウンセリングにより、個性の正しい使い方を学ぶのが今の社会の人間だ。しかし、龍之介は生来無個性であったから、一斉個性カウンセリングを受けていなかった。ただ、カウンセリングを受けていたとしても、彼の本性が正されていたかは分からない。
椅子がうめき声を上げるが、龍之介は気にせず、寧ろより深く座り体重を掛ける。
「今更だけど、こんな良い個性もらっちゃって良かったの、旦那。旦那だってオールマイトを倒すために、コイツが欲しかったんじゃないのかい?」
「ははは、彼はそんなに甘くないよ。『精肉』は確かに凶悪な個性だが、オールマイトのスピードの前じゃ少しばかり遅すぎる。仮に捉えられたとしても、発動する一瞬の隙を突いて逃げられてしまうだろう。まったく、奴は本当に理不尽だよ」
最強のヒーローをそう評するオール・フォー・ワンはどこか嬉しそうに見えた。しかし、これだけ便利な個性を使っても、オールマイトには勝てないのかと龍之介は戦慄する。
殺人鬼であることを除けば一般人である龍之介でさえ、この個性をフル活用すれば並みのヒーローならば倒すことは簡単だろうと思える。油断した相手に触れれば、その瞬間勝利が確定するのだから。
まあ、自分がオールマイトと戦うことなどないだろうから、あまり関係はないが。龍之介はわざわざ勝てない相手に向かっていく真似はしないと決めている。死という概念の探究に余念のない彼にとっては、捕まることは大きなロスになる。
「それはそうと龍之介、弔が呼んでいたよ。俺に無断で勝手な行動をするな、って怒っていた」
「えー、敵連合には籍だけ置いて、あとは自由に殺していいって言ってたじゃないか、旦那!」
「勿論、基本的にはそれで構わないよ。でも定期的に顔は出してあげてくれ。ああ見えて寂しがり屋なんだ、弔はさ」
「弔っちが寂しがり屋て! あのツラで! 似合わねえ!」
腹を抱えてゲラゲラ笑う龍之介。座られている椅子からしたらたまったものではなく、ブルブルと四本の足が震えだす。
「ま、いいや。んじゃ寂しがり屋の弔っちに構いにいってあげますか」
龍之介は立ち上がった。急に上からの圧力が消え去り、女は滴る汗をよそにほっと一息ついた。無論、状況は予断を許さないのに変わりなく、一刻も早くヒーローが到着してくれることを祈るが、
「よっと」
どちゃ、と音がする。
緊張が僅かに解けた一瞬、圧力に対抗すべく入れ続けた力が緩んだ隙間を狙い澄ましたかのようなタイミング。龍之介が軽くジャンプして、尻から椅子に飛び乗った。
油断。弛緩。それに加えて勢いづいた龍之介の体重が加わり、椅子の足は耐え切れるはずもなかった。
声にならない苦悶が部屋の中を木霊する。破壊された声帯からは掠れ声しかでない。
「あっはっは! 引っかかった引っかかった! 助かると思ったかい? 逃げられると本気で思った!? 現実見なよ、世の中そう上手くいかないって!」
バシバシと膝を叩いて笑う龍之介。その後も彼は椅子に手を加え続け、芸術品に仕立て上げた。狂気の極み。長久の年月を悪の道で過ごしたオール・フォー・ワンでさえ、龍之介の悪意には目を瞠る。
超常社会を揺るがす程の悪意を、そこに見た。
「やっぱ人間って面白え! 旦那もそう思わない?」
返り血を落とした龍之介が、オール・フォー・ワンに笑いかける。血を落とすのは面倒だが、この『精肉』のお陰である程度の期間ならば死体を綺麗に保存しておけるのは嬉しいことだ。
「次はどんなヒトを殺そうかなあ。幾らでも素材がある。面白い個性のヤツならサイコーなんだけど」
次の作品に思いを馳せながら、龍之介は死柄木弔の下を訪ねる。敵連合のアジトであるバーには、相変わらず死柄木と黒霧の二人しかいない。たまにチンピラのような男たちがいるのを見かけるが、彼らは下っ端も下っ端、捨て駒のようなもので、現在敵連合の主力はリーダーである死柄木と参謀の黒霧だけだ。
「新入り。てめえも一応連合のメンバーだろうが。俺に無断で勝手なことするな。俺の指示に従え、良いな」
「分かったよ、弔っち。できる限り従うって。だからそんな殺気立たないでくれる?」
「取り敢えず弔っちをやめるとこから始めろ。何も俺は、お前の殺しを邪魔しようってワケじゃない。殺すんなら
はて、敵連合に利するような殺しとは一体なんだろうか。龍之介は死を身近に感じ理解するために殺しをしているのであって、殺し屋ではない。あくまで殺しは趣味。報酬を貰っての仕事などナンセンスだ。
「なに、難しいことじゃない。お前は今まで通り殺してりゃいいんだ。それを公開してもらう」
龍之介は眉根を寄せた。芸術品を一般大衆に見てもらうこと自体は構わない。たとえ常識と外れていると思われようが、それが芸術というものなのだから自然なことだ。しかし、龍之介の芸術品を公開するということは、彼が逮捕されるリスクが高まるということに他ならない。そのような危険を侵す意味はあるのか。
「心配するこたねえよ。黒霧の能力を使えば、アリバイ作りはかなり楽だ。それにお前、元々無個性なんだろ。個性犯罪の容疑者にはなりようがねえ」
「なるほど。頭イイねー弔っち」
「弔っちって呼ぶなっつってんだろうが……!」
「んで、なんで俺の作品を公開したいの? 弔っちになんかメリットある?」
「話聞いてんのか? 先生のお気に入りじゃなかったら殺してるぞ」
「龍之介。貴方の作品を公開する目的は示威行為ですよ」
龍之介の飄々とした様子に苛立つ死柄木の代わりに黒霧が答える。何度か顔を合わせる内にパターンと化した流れだ。
「我々敵連合はヒーロー社会の破壊を企んでいますが……そのために必要なのは、
「敵連合の名前を売れ、ってことね。でもさァ、わざわざ殺しの現場に犯人特定できるようなもん残してくのはゴメンだよ、俺?」
「その点に関しては心配要りません。貴方の殺し方は常道を逸脱しすぎています。そんな死体が幾つかあがれば、警察とヒーローはそのヴィランに内々で名前を付けることでしょう」
「なーるほど」
ぽん、と得心がいったように龍之介は手を叩いた。
「その名前だけ調べといて、後から『ほにゃららは敵連合のメンバーでーすっ!』って宣言してやりゃ良いわけだ」
「その通り。あの殺人鬼が敵連合にいる。その事実一つで我々に対する恐怖は強まることでしょう。貴方は存在を隠しつつ、ヴィランとしての名前だけを貸してくれれば良い」
「名義貸すだけで後処理は連合がやってくれるってか。イイねイイね! COOLじゃん弔っち!」
「てめえが好き勝手ばっかやってっからこんな遠回しな策考えるハメになったんだろうが……!」
ごめんごめん、と龍之介は頬を掻いて謝るが、死柄木はそっぽを向いてしまう。とはいえ、彼の考えた策は互いにメリットのある良い提案だと素直に思う。そうと決まれば、龍之介は思う存分殺しまくるだけだ。
この後、龍之介は実に八人もの人を芸術品へと変えた。後に彼らの狙い通り警察、ヒーロー内で龍之介にはヴィランネームが付けられ、凶悪なヴィランと認識されることとなった。
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