雨生龍之介はヴィランであります! 作:えくレア
緑谷出久が雄英高校に入学して数日。オールマイトの初授業、戦闘訓練を終えた翌日のこと。記者たちに混じり、敵連合の三人が雄英高校の校門前に集まっていた。キャップを被り眼鏡をかけて、変装もバッチリだ。
「いやー、でっけー門だねこりゃ。流石天下の雄英高校、門一つとっても馬鹿みてえに金かけてやがる」
「気に食わねえ」
「弔っちストレート過ぎ! でもま、同感かな。ガキに贅沢させすぎなんだよ、国民の血税を搾ってさ」
見れば、周囲のマスコミも小汚い教師を筆頭とする雄英の頑なな態度に苛立ちを隠せていない。オールマイトが教師に就任したとの情報を掴んだ彼らは、数字の取れるヒーローの新たな一面をカメラに収めたくて仕方ないのだ。
平和なことである。これもオールマイト効果というやつか。彼が強すぎるのは、果たして良いのか悪いのか。ともかく、死柄木の目的を果たさせるべく作戦を開始しなければ。
「どうすんのよ、この門」
「決まってんだろ。ぶち壊す」
死柄木がマスコミの目を盗んで、そっと雄英の門に触れる。彼の個性は、触れたモノを『崩す』チカラだ。破壊をもたらすその個性は、もれなく門を消し去った。思わず龍之介は感心する。威力だけ見るなら、龍之介の『精肉』とは比較にならないほど強い攻撃性能。触れるだけで発動という簡単な条件もあいまって、非常に強力な個性と言える。
突如消えた障害。あまりに唐突なことで、記者たちの足も止まる。どういうことなのか、理解が追いついていないのだろう。それでは困る。彼らには、囮になってもらわねばならないのだから。
「あれェ、なんか知らねえけど扉開いてるじゃん! ラッキー!」
わざとらしくほどほどの声で叫んで、龍之介は先頭に躍り出た。どう見ても開いてるというか穴が空いてるだけなのだが、気にせずそのまま敷地内に侵入する。本来こんなのは犯罪も良いところだが、人と言うのは単純なものだ。一人がやれば、次々と便乗するものが出てくる。赤信号もみんなで渡ればコワクナイと錯覚する。それに、利益を独り占めされるのは我慢ならない。そういった思惑が重なって、見事龍之介の思う通り、マスコミはオールマイトの教師姿を捉えようと雄英の敷地内に雪崩れ込んだ。
今頃学内は大騒ぎだろう。雄英には侵入者対策の警報が設置されていることは調べがついている。教師であるヒーローたちが、生徒たちの誘導を終えてやってくる前に、自分はこっそりとトンズラしてしまおう。ノルマは果たしてやったことだし。死柄木は扉を破った時点で逃げたようだった。
「ちょっと、どうして敷地内に入ってるんですか」
(やべっ)
抜け出そうとしたところに、先ほどの小汚い教師とヒーロー、プレゼント・マイクがやってくる。話に聞いてはいたが、本当にヒーローが教師をやっているようだ。ヒーロー活動に加えて教鞭を振るうとは結構なことだが、自分だったらそんな激務は御免だと場違いにも思う。
龍之介はすっと別のマスコミの陰に隠れる。マスコミたちは既に教師らに質問責めを初めており、彼らも足止めされている。
(よっし、今の内に逃げよう)
教師らの目を盗み、その場をこっそりと抜け出した。アブねーアブねー、と龍之介が後ろを気にしながら歩いていると、どん、と何かにぶつかった。
「わ、すんませ……うおっ」
「おっと、これは失礼! 怪我はないかな!」
さすがの龍之介も思わず固まる。なにせ、ぶつかった相手は平和の象徴。かのオール・フォー・ワンが執拗に殺したがっている最強のヒーロー、オールマイトだったのだから。
彼は一人画風の違う顔で白い歯を見せてHAHAHAHAHA! と笑っている。すげえ、本物だ。と一般人気分の抜けない龍之介は芸能人を見かけたような感覚だった。
そこで、自分が名目上は敵連合の一員であることを思い出す。死柄木の目的は彼を消すことであるし、正体がバレるのもまずい。どうするべきか。さっさと立ち去るのも考えたが、
(いや、それは違うでしょ)
最高のヒーローと会話する機会を持ちながら、そそくさと立ち去るのは一般人らしい行動と言えるだろうか。ましてや、今雄英に侵入しているのは記者の一団。オールマイトに遭遇するという望外のチャンスを棒に振るのは、らしくない行いではないか。
龍之介は、カモフラージュに用意しておいたメモ帳とペンを取り出し、帽子を目深に被り直した。
「ややっ! まさかこんなところでナンバーワンヒーローに会えるなんて! すみません、『週刊超常社会』の斎藤(偽名)ですが、いくつか質問よろしいでしょうか、オールマイトさん!」
「むむう、済まないが勤務中でね。これから職員室に急がねばならないというのに、質問だなんて……精々、2つ3つしか答えられないぞ!」
それでも2つ3つは答えてくれるあたり優しさが滲み出ている。ありがとうございます、とにこやかに笑う裏で、龍之介としては拒否して授業に向かってくれれば、これ以上演技せずに済んで楽だったのに、と恨めしく思う。
「光栄だなァ、ありがとうございます。ではまず、なぜ雄英高校で教師をすることにしたのですか?」
雄英に訪れたマスコミが、如何にもしそうな質問。龍之介自身、多少は興味のある事柄だった。
「知っていると思うが、私はここのOBでね。今の根津校長は私の恩師でもある。彼に誘われたことと、後進の育成に興味が湧いたのもあって話を受けたのさ」
「後進の育成、ですか。しかし、今までのあなたの活動では、サイドキックもあまり取らず、活動は基本的にお一人で行なっていますよね。何か心境が変わるようなことでもあったのでしょうか?」
「ううむ。いや、私も随分長いことヒーローをやっているからね! そろそろ若者を育てる側に回っても良いんじゃないかと思い始めてきただけさ!」
「それは……そろそろ後進に任せて引退してしまう、ということも視野に入れていると?」
「HAHAHA! 流石にまだ隠居とかは考えてないかな! ただ私ももうオジサンだからね、お爺さんになる前に若いのにヒーローとはなんたるか! ってのを教えとかなきゃならないと考えたワケだ!」
流石に、マスコミの前で引退する意図の発言はしないか。しかし、オールマイトがそのうち第一線を退くつもりであることは明らかだ。
(やっぱり弱ってるのか?)
老いて全盛期ほどの力を失ったのか。いや、そうではない。これは、オール・フォー・ワンとの戦いによって負った傷が原因の弱体化だ。あのオールマイトと因縁があると彼は語ったが、龍之介にしてみれば半信半疑だった。しかし、今は確信を持って言える。
オールマイトの様子から見て、それは明らかだったからだ。
「ありがとうございます! 最後に一つ、良いですか?」
「むう。二つ三つと言ったというのに……欲しがりさんめ! 良いよ!」
「ありがとうございます。では……脇腹なんですが」
「————」
「怪我でもなさってるんですか?」
オールマイトが、ほんの僅かな一瞬、固まった。
「……おっと、先日のヴィラン退治で負傷したかな? 気付かなかったが! いやあ、よく分かったものだ。観察眼凄いな、斎藤くん!」
「ええ、まあ。庇ってるように見えたので」
「なるほど……済まないが、怪我のことはオフレコで頼めないかな? 市民に不安を少しでも与えたくないんだ」
オールマイトがボソボソ声で耳打ちしてくる。余程イメージには気を遣っているらしい。龍之介としても、このことが記事になっていないことが分かれば怪しまれると思っていたので、好都合だった。
「うーん……ホントは注目を集める記事を作りたいものですが、他でもないオールマイトさんの頼みだ。分かりました、このこともそうですが、今回聞いたことは全部、俺の中だけにしまっておきます!」
「斎藤くん! 君ってヤツは!」
二人は固い握手を交わした。
「なあに、いつも俺たち市民を身体張って助けてくれるのはオールマイトさんじゃないですか。このくらい当然っスよ」
いかにもな好青年を演じるのは、龍之介の得意分野だ。にかっと爽やかに笑う龍之介の姿は、オールマイトに感謝を示す善良な一般市民そのものだ。そんなことは、内心少しも思っていないというのに。
「んじゃ、俺はこの辺で失礼しますね。実は急に雄英の校門が破られたみたいで、無許可で入って来ちまったんです……誰かが個性で門をぶち破ったみたいで。悪いことだって分かってたんすけど、その、周りに流されてノリと勢いで」
「むむう。その辺は気を付けなさい、斎藤くん。個性絡みの悪事は、最悪ヴィラン認定される可能性もある。記者なら法に反しないギリギリのところを良く見極めないとね! 今回は見逃してあげるから、ささ、早く逃げたまえ」
「ありがとうございまっす。じゃあ、俺はこれで。いつもありがとう、オールマイト!」
オールマイトに挨拶して、足早に雄英を出る。遠くからサイレンの音が響いてきて、警察が近づいてくるのが分かった。アブねー、と冷や汗を掻きながら龍之介は路地裏の闇に姿を隠した。
◆
死柄木たちが雄英に乗り込んでいる頃、オール・フォー・ワンの口利きの下、作戦に不参加を決め込んだ龍之介は、今日も今日とて芸術品作りに没頭していた。人間を素材とした彼のアートは、その個性と合わさることで無限に湧き出る泉のような悪魔的想像力を生み出し、地獄を顕現する。
肉をこね、また新たな作品を生み出す。彼の顔は真剣だった。それはまさしく、作品作りに勤しむ芸術家そのものだ。『精肉』を上手く使いこなせれば、龍之介のイメージするものは大抵作ることができる。人間を複数個使用した大掛かりな作品も気軽に作れるのは、彼にとって大きなメリットだ。
特に年頃の若い男女を織り交ぜた作品は倒錯的な魅力に溢れており、現在龍之介は若者狙いがマイブームとなっていた。
さて、素材探しのために街に繰り出した龍之介だったが、彼は内心落ち着かない気持ちでいた。
(尾けられてら。尻尾掴ませるようなマネした覚えはないんだけど)
監視の目を感じる。数々の殺人を犯しながら警察の目を掻い潜ってきた龍之介は、自分が尾行されているという事実に驚いていた。
一先ず、この状況で殺しはできまい。連合へ連絡するか。携帯に手をかけようとした瞬間、その袖をキュッと掴まれた。
「こんにちは」
ああ、そういうことか。
龍之介も、これほど直接的な行為に及んだ相手に流石に驚いたが、彼女の姿を見た瞬間すとんと納得がいった。
髪をお団子にして結んだ、鋭い犬歯が特徴的な女子高生。しかし、その目を見て、その表情を見て、龍之介は確信する。この娘は自分と同類である、と。それは逆に言えば、彼女が自分を一目で仲間であると見抜いた可能性を示唆している。
「少しお話しませんか? しましょうお兄さん!」
少女の顔は端正で、龍之介のように本心を知らない男であればホイホイと着いていってしまうような魅力に溢れている。花の香りで獲物を誘う食虫植物のように危険だ。本人がその性質に反して明るい喋り方をしているのもポイントだろう。彼女が一体どういう意図で接触してきたのかは分からないが、ともかく龍之介は彼女に興味が湧いたので、狩場に決めていた人気の少ない路地裏を歩きながら彼女と話す。
以前の彼なら迂闊な真似はしないが、『精肉』を得た今、筋力等で優る龍之介が目の前の少女に怯える理由もない。また、彼女に自分を殺す気がないことも察しが付いていた。
「えっと。キミ名前は?」
「トガはヒミコです! トガヒミコです!」
「そ。俺、雨生龍之介。よろしくヒミコちゃん。で、なんで俺に話しかけてくれたのかな?」
「龍之介くんですか! ドラゴンカッコいい名前ですね!」
「うん、アリガト。で、なんで俺と話したい理由は?」
「だって龍之介くん血の匂いするもん!」
きょとん、と龍之介は一瞬間をおいて、自分の服を嗅いでみた。いくらなんでも、そんな分かりやすい痕跡を残しているつもりはなかったが。ああいや、と思い至る。自分が彼女を殺人鬼だと理解したように、彼女も直感的に龍之介が殺人鬼だと理解した、ということだろう。
「キミもするよね、血の匂い」
「わ、一緒ですね! 嬉しいなあ龍之介くん!」
(殺人鬼……殺人鬼か)
自分が人々にそう呼ばれて久しいが、そういえば別の殺人鬼にはとんと出会ったことはなかった。単に人殺しならオール・フォー・ワンがいるが、彼は殺人を愛好しているわけではないようだし。
俄然、龍之介はこの少女に興味が湧いた。趣味を共有できる相手など、今まで誰もいなかったからだ。
「キミ、どうやって殺るの?」
「キギョーヒミツです! ヒントは、私血が大好きなんですよね!」
「ああ、その辺はしっかりしてんのね。そっか、血が大好きか。よっし」
血を見るのが好きなのだろう。龍之介も血は大好きだ。鮮血の舞う美しさは、龍之介の心を惚れ惚れとさせる。インスピレーションが降ってきた。龍之介は適当にターゲットを定めて、ヒミコに囁いた。
「じゃあ、魅せてあげるよ。俺の殺り方」
龍之介とて、己の芸術作品を見せたい意欲はある。が、新聞やニュースはまともに情報を伝えてくれないし、敵連合は龍之介の作品への興味は薄い。初めて、自らの作品を批評し得る存在だと思えた。
ターゲットとなった女性は龍之介の話術に掛かり、まんまと殺人鬼の下へやってきた。肉倉と似たような手口で彼女を眠らせ、連合に用意してもらった作業場に運ぶと、バスタブの上にロープで吊るし上げる。これで準備は完了だ。
「何するんです? 何するんです!?」
「起きてみてのお楽しみ」
OLらしきスーツ姿の女性は目を覚ますと、自分が縛られ吊るされていることに気付きパニックになった。
「おはようお姉さん。そしておめでとう! お姉さんは俺の作品の素材に選ばれました! これはすっごく喜ばしいことだよ!」
「な、なに、どういうこと龍之介さん? そっちの娘は誰?」
「私トガです!」
「名乗るのかよっ。名前が知りたいわけじゃないでしょ、お姉さん。カンタンに言うとね、ヴィランだよ俺たちは」
その言葉を聞いた瞬間、さっと彼女の顔から血の気が引いた。彼女は助けを呼ぼうと声をあげるが、今回の作業場は防音設備が万端整っているため、助けは間違ってもこない。以前のように声帯を弄ってもいいが、被害者の生前の灯火である絶叫を聞いていたい龍之介は、極力それを避けるようにしている。増して、今回の殺し方は苦痛の大きいやり方になりそうで、叫び声も特段素晴らしいものになりそうだと期待していた。
龍之介は彼女に触れると、『精肉』を発動した。まだ、目に見えるほどの変化はない。しかし、彼女にはなんとなく自分の下半身が右に、上半身が左に僅かずつ動いているのが分かった。
「えっ、えっ、ちょっと待って何するの、何するのよ!」
女の叫びを無視して、龍之介は続ける。ゆっくり、ゆっくりと彼女の身体を捻じ曲げていく。やがてまずは骨がみしみしと悲鳴を上げ始める。
「痛い! 痛いからやめて、やめてってば、お願い! お願いします!」
龍之介は聞く耳持たない。いや、違う。逆だ。存分に聴いている。
「いっ、だぁああああああああ折れた! 折れたからやめて! やめ、やだやだやだやだ!」
折れても止まらない。『精肉』は容赦なく彼女の身体を捻りあげる。絶叫、絶叫、絶叫。
「誰かだずけてぇぇえええええええええええ、ゔえっ」
ぼじゅっ、と彼女の命が尽きる音がした。目と鼻と口とその他、あらゆる穴から血液が噴き出して命を終えた。しかし、まだ暴虐は終わりない。びちゃびちゃと滴る血液の勢いを助長するかのように絞め上げは勢いを増し、最早原型を留めないほど細くなった段階で、肉塊から全ての血が、一滴残らずバスタブに落ちた。
「じゃじゃーん! どうよ俺の作品。良いだろ良いだろ、COOLでしょ! タイトルはそうだなぁ、『ニンゲンのジュース搾りたて』なんてどう、ってうぉ!?」
得意げに振り返ると、トガが飛びついてきた。衝撃で少しよろける。
「すっごい……すっごいです龍之介くん! 私、色んな方法で人間の血ィ抜いてきたけど、こんな方法思いつきもしなかった! ヤバいです、人殺しの天才だね龍之介くんは!」
「へへへ、そうかなぁ。ま、人殺しが趣味で長年生きてきたからさ。このくらい序の口さ、序の口」
「龍之介くん凄いです! 好き! 龍之介くんの、血がいっぱい出る殺し! だからトガは着いていきます。龍之介くんに!」
「そっかそっか。じゃあ、殺そう! 二人でいっぱい、人間を。なんせ人間なんて、掃いて捨てるほどいるんだからさ!」