雨生龍之介はヴィランであります!   作:えくレア

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第6話

 龍之介が連合の隠れ家であるバーに帰ってくると、黒霧の姿が見えなかった。いつもは大体死柄木と行動を共にしているので、今日はレアな日だ。それにしても、

 

「あれー、黒霧サンいないの? 今からこっち来るって言っておいたのに」

「黒霧は別の仕事を任せてある。あいつの個性は貴重なんだ、替えが利かない。あんまホイホイ使おうとするな」

「ええ、弔っちは黒霧サンをこき使ってるじゃんか」

「俺は良いんだよ。連合の頭だぞ」

「ちぇっ。狡いなぁ」

「それより、ついに連合として働く気になったそうじゃねえか。どういう風の吹き回しだ?」

「いやあ、弔っちにメールもらった日さ、雄英の体育祭見に行ってたんだけど……ほら、テキジョーシサツにさ。で、面白そうな素材を見つけた。雄英の子を殺るなら、弔っちに貢献できると思ったワケ」

「ついでかよ。つくづくムカつく奴だ」

 

 死柄木はそう吐き捨てると、グラスの中身を一気に呷った。彼は成人しているから構わないのだが、子供っぽい口振りから、なんとなく酒を飲むのが似合わないところがある、と龍之介は見ていた。

 さて、雄英生徒を狙うにあたって、学校行事などのイベントが狙い目である。龍之介は雄英が近々職業体験を行うという話を聞き、ターゲットの職業体験先や、詳細なプロフィールなどの情報を死柄木に求める。龍之介が一個人として調べるには非常に手間がかかるところだが、こういう時に連合の組織力は都合が良い。数日で調べてやるよ、と言った死柄木は、いつにも増して頼もしかった。

 

 龍之介はトガに対してもメールを送った。ターゲットの情報を調べてもらっているから、それが分かるまでは自由行動だ、と。ただ、雄英生に手を出すと警戒が強まる危険性があるから、そこには留意することを付け加えておく。するとトガからの返信では、『わかってますよそのくらい!』とオツムを馬鹿にされたように感じたらしい彼女が、女子高生らしいキャピキャピした文面とスタンプでお怒りを表していた。と、いっても彼女は高校に行ってない中卒女子らしいのだが。ややこしいので女子高生だと考えておく。

 

(どうやって生活してんのかな。強盗? 雄英体育祭のチケットもパクってきたみたいだし)

「おい、誰とメールしてんだ?」

「こないだ知り合った女子高生」

「げ、ロリコンかよ」

 

 ヴィラン連合の頭でもロリコンはよろしく思わないらしい。死柄木は心底嫌そうな顔をした。しかし、ちょっとメールしたくらいですぐ恋愛に結びつけるのはどうだろう。学生同士のからかいじゃないんだから、と龍之介は苦笑した。

 

「彼女もこっち側だからさ、馬が合うんだよね」

「なんだ、そいつもヴィランか。なら、ウチに連れてこいよ」

「あー、弔っち女子高生に会いたいんだ」

「殺すぞ。俺はガキが嫌いなんだ」

「こないだ雄英生にボロボロにされたしね——おわっと。冗談だって、怒んないでよ弔っち〜」

「てめえマジで一回崩してやろうか? あと勘違いすんな、俺をやったのは雄英生じゃない。プロヒーローだ。あんな卵以下の連中に、俺がしてやられるか!」

 

 そういえば龍之介が連合に所属していることは、まだ彼女に話していなかった。話せば興味を持って、ここに来てくれるだろうか。殺しが趣味な人間だから、興味ないと素気無く断られる可能性もなきにしもあらず。それに、死柄木もトガも一癖ある人間たちであるから、お互い相容れないということもある。果たして連合に紹介するメリットはあるのか。

 まあ、少なくとも、今度の殺しは一緒にやることになっている。連合に迎えることがなくても、龍之介の作品作りの助手として、組織に貢献することはできるだろう。

 

 一仕事の前なので、トガ共々ほどほどに大人しくしていた龍之介の元に、数日経ってからようやく連合からの連絡が来た。渡された資料にざっと目を通して、龍之介は鼻歌を歌い始めるのだった。

 

 

 

 

 職業体験先でヴィラン集団の捕獲に貢献するという快挙を成し遂げた蛙水梅雨。彼女は今日もセルキーの事務所に顔を出す。事務所のドアをノックすると、シリウスの声で入るよう促された。

 

「ケロケロ。こんにちは、シリウスさん」

「こんにちは。今日も職場体験、頑張りましょうか!」

 

 そう言ってシリウスはにこりと微笑んだ。セルキーのサイドキックとして働く彼女は、この職場体験を通して多くのものを教えてくれた。梅雨が最も尊敬しているヒーローの一人だ。

 彼女は珍しく、事務所で私服のワンピース姿だった。梅雨が来る日はいつもセーラー服風のコスチュームを纏っているのだが。早く来すぎたのだろうかと梅雨が不安に思うも、シリウスはそんな様子を一切見せない。

 

「この間は大活躍だったわね。ウチの仕事にも、もう随分慣れたんじゃないかしら」

「そうね。訓練とパトロールと掃除には大分慣れたわ。この間みたいなことは、中々慣れないけど」

「そっか。でも、梅雨ちゃんのクラス……A組はヴィランに襲われたんでしょう? その歳で二回もヴィランと実戦なんてすごいわ」

「…………そんなことないわ」

 

 シリウスの言葉に、遠慮気味に答える。

 何故だろうか。シリウスの様子がおかしい、ような気がする。こちらに微笑む姿は、ここしばらく仕事を共にした彼女そのものだ。だが、なんだろう。何が間違っているのか。

 気のせいかもしれない。ともかく、梅雨は事務所の更衣室に向かう。ヒーローコスチュームに着替え、セルキーが来るまでに準備をしておかなければ。

 女子更衣室の扉を開くと、むわっとした臭いが鼻を突いた。思わず顔を顰めそうになるのを堪え、中を確認する。誰もいない。しかし、一番奥のロッカーの異様はすぐに知れた。

 閉じられたロッカーの扉。その隙間から、赤い液体がドクドクと漏れ出している。それを知覚した瞬間、梅雨はシリウスの名前を呼んだ。

 

「はぁい」

 

 彼女の返答は、すぐ背後から聞こえた。

 凛々しい彼女らしからぬ甘ったるい言葉遣い。

 直感的にその場から跳び退く。先程まで自分がいた空間を、シリウスのナイフが通り抜ける。

 腕を掠めたものの、薄皮一枚だ。多少血は出てヒリヒリと痛むが、大した傷じゃない。それよりも、目の前のシリウスの姿をした何者かが、少なくとも本物の彼女でないことが問題だ。彼女は振るったナイフが避けられたことを残念に思うでもなく、張り付いた笑顔を崩さない。今となっては、それが不気味だった。

 

「あなた、誰なの。シリウスさんじゃないわね」

「やだなあ梅雨ちゃん。私はシリウスですよぅ」

 

 けらけらと笑う彼女を、梅雨はヴィランと認識した。それも、とびきり凶悪なやつだ。そして、違和感の正体にも気付いた。シリウスはプロ意識をしっかり持ったヒーローだ。職場では梅雨のことを、ヒーローネームで『フロッピー』と呼ぶ。こいつは、梅雨ちゃんと呼んだ。些細な違いだが、今の状況も相まって目の前の相手をシリウスでないと判断するには十分な根拠だ。

 シリウスの姿に化けたヴィランは、ナイフを器用に手で回している。随分と手慣れているようだ。

 

(……! シリウスさんの姿になっている、ということは、本物のシリウスさんはどこに!?)

「隙ありだよ、梅雨ちゃん!」

 

 まさか、と背後の血で染まったロッカーを思い出し、意識が硬直する。その隙を突いて、ヴィランは右手に持ち替えたナイフで刺しにきた。反射的に、ナイフとは逆、左手に身をかわす。

 しかし、単調な攻撃は誘導だった。にんまりとシリウスの顔が邪悪に笑う。

 

 身をかわした先。ロッカーが開く。そこは地獄の入り口で、茶髪の優男がそこにはいた。

 

「一名様、ごあんなーい」

「ケロ…….ッ!」

 

 制服を掴まれ、梅雨はロッカーに引き摺り込まれた。ガタガタ、ガタガタ。しばらく、ロッカーが震えるそんな音が更衣室をこだまして、やがて静かになった。きぃ、とロッカーの扉が開くと、出てきたのは先程の男一人。

 中には、動くことも声をあげることも出来ぬよう、事務所にいた他のヒーローたちと同じように『加工』された梅雨がいた。彼女だけではない。血溜まりとなった一番奥のロッカー以外の中には、事務所の人間たちが団子になって詰められている。

 んん、とロッカーに入りっぱなしで硬直していた体をほぐすように大きく伸びをした龍之介は、シリウスの姿に変身したトガとハイタッチを交わす。

 

「いえーい。梅雨ちゃんとついでにセルキー事務所の数人、捕獲完了っ」

「やりましたね龍之介クン!」

「うんうん。トガちゃんがヒーローたちを油断させてくれたお陰だよ。それがなくちゃとてもできなかったさ。特にあのアザラシおじさんは相当なやり手だったみたいだし」

 

 初めに捕らえられたのがシリウスだったのも幸運だった。ヒーローたちの隙を突くのに、これ以上ない姿だった。ヒーローさえ押さえてしまえば、事務員を処理するのは容易いことだ。

 プロヒーロー数人に、雄英生徒。それをたった二人でこれだけ仕留めれば、弔も満足するだろう。龍之介は黒霧を呼び出す。

 ロッカーに詰められた肉団子状に丸められたヒーローたちを見て、黒霧は二人に拍手を送った。

 

「素晴らしい。見事なお手前です、龍之介。ではまず、離れたアジトに貴方達と蛙水梅雨を。その後、ヒーローたちは我々のアジトに連れて行きます」

「了解。ありがと、黒霧サン。この人数の処理は俺らだけじゃ死ぬほど手間だし、助かるよ」

「……正直、貴方が連合にいる意味はあるのかと疑問でした。いかにオール・フォー・ワンが連れてきたとはいえ……しかし認めましょう。貴方は私たちの組織に相応しい人物だ。協力は惜しみませんよ」

 

 黒霧も感心する仕事ぶりだったらしい。梅雨一人というより、セルキーたちヒーローを捕らえたのが大きく評価されたようだ。彼らは、オール・フォー・ワンによって個性を奪われるだろう。その後どうなるかは知らないが、まあロクなことにはならないはずだ。

 肉団子たちに一秒未満の黙祷をしつつ、龍之介は黒霧の個性でワープする。現場——セルキーの事務所から県を跨いで離れたアジトにて、龍之介たちは梅雨を元の姿に戻し、縛って動きを封じた。

 

「わあ、本当に捕まえちゃった! ヒーロー志望の女の子。蛙水梅雨ちゃん。楽しみだなあ、楽しみだね龍之介クン!」

「うんうん。ヒミコちゃんと相談して作った設計図通りに、しっかり作るとしようか。いやあ腕が鳴るなあ!」

 

 二人が何を言っているのか分からないが、梅雨は自分が今、最悪の状況にいるということだけは理解した。肉団子にされた間も意識はあった。USJで見た黒霧という、ヴィラン連合のメンバーがいたことから、彼らも連合に所属するヴィランだと判断する。そんな二人に捕まり、アジトのような場所に転がされている。

 

 恐ろしい。

 

 死、という言葉をここまで身近に感じたのは、死柄木に顔を掴まれ、崩壊の個性を食らう寸前まで行ったあの時以来だった。

 あれは突然のことで、理解が追いついていないところもあった。気が付けばイレイザーヘッドに助けられていたし、一瞬の出来事だった。

 しかし、今は違う。二人の死神が、こちらを見下ろしてせせら笑っている。助けも来ないだろう。ここがどこかも分からない。抵抗しようにも、縛られていてはどうにもならない。

 

 しかしそれでも、蛙水梅雨はヒーローを志す者。彼女は毅然と、目の前の悪意に言葉ででも立ち向かう。

 

「あなたたち」

「うん?」

「ヴィラン連合のメンバーなのかしら。この間のUSJ襲撃の時は見なかった気がするけど」

 

 口枷をされてないということは、大声で叫んでも無駄なのだろうと判断し、梅雨は対話で時間を稼ぐことを選択した。

 幸か不幸か、龍之介たちはその会話に乗ってくる。

 

「俺はそうだけど、こっちの子は違うよ。この子は俺の相方」

「トガヒミコです! よろしくね、梅雨ちゃん!」

 

 ヴィランに梅雨ちゃんなどと呼ばれたくはないが、それを言ったら逆上させる恐れもある。

 どうして自分を攫ったのか。それを聞きたい気持ちもあるが、それは『本題』だ。そこに触れれば、嫌でもそっちに意識が向く。時間稼ぎが叶わなくなる。

 

「私のことを知ってるのね?」

「ああ。こないだの体育祭、俺たちも観に行ったんだ。惜しかったなあ。でも、いいセン行ってたと思うよ」

 

 体育祭。そんなところにまで連合の手が及んでいたとは。例年よりも更に警備は厳しかったはずだが、彼らはすり抜けたという。

 

「そっちのあなたは、変身する個性なのね」

「そうですよ! トガはね、他人の血を飲んだらその人になれるの! だからね、梅雨ちゃんの血もちょうだい!」

 

 ざく、と梅雨の縛られた手に太い注射器のようなものが突き刺さる。しかし、病院でするものよりも針の部分がずっと太いし、血を貯めておく部分も掃除機のように大きい。唐突な刺突に激痛が走り、思わず梅雨は痛みに叫んだ。

 

「こらこらトガちゃん。いきなり刺すんじゃありません。作品にする前に死んじゃうじゃない」

「ごめーん、龍之介クン。でもトガはね、梅雨ちゃんになりたいのです!」

 

 そう言った彼女は、流れ出る梅雨の血を、装置で吸い取って保存する。こうして集められた血で、彼女は梅雨の姿に変身するのだろう。

 梅雨に、変身。その精度がどれだけのものかは知らない。が、先程シリウスに変身した様子を見るに、肉眼で判別するのは極めて難しい。そんな変身能力で、もし自分に化けたら。

 自らの死という最悪の、更にその先まで想像した梅雨は、決死の覚悟を決めた。縛られた中で、梅雨は口から舌を伸ばし、トガの手に持った装置を絡め取った。

 

「あっ!」

 

 そしてそれを、そのまま力任せに床に叩き落とす。装置の血を保存する部分にヒビが入り、音を立てて割れた。中の赤黒い血が床にぶちまけられる。破片が舌を浅く裂き、鋭い痛みが走るが、気にしない。

 

「何するんですか! せっかく抜いたのにぃ」

「ありゃりゃ。こりゃ飲めないなあ。口枷しとけば良かったかな。うーん、でもそうしたら悲鳴が聴けないしなあ」

 

 うんうんと悩んでいる様子の龍之介を余所に、トガは血の入った装置を台無しにされたことが気にくわないらしい。

 

「ううん。まあ、血は殺った後にまた抜けばいいかな?」

「でも、長い時間変身し続けるには大量の血がいるんですよう。殺しちゃったら血はそれ以上採れないし、でも殺したいし」

 

 殺人衝動と変身願望のジレンマで、トガは身悶えする。

 梅雨の命を左右する、恐ろしい会話が梅雨の頭越しに行われている。確かに、梅雨に化けて雄英に侵入するなら、それなりの量の血が必要になるだろう。

 雄英への侵入を防がなければならない。自分の命の危機の中でそれを考える梅雨は、間違いなくヒーローだった。しかし、龍之介には、元よりトガを雄英に送り込むつもりは少しもなかった。

 

「まっ、いいや。そういうことは殺してから考えよう! 降りてきたインスピレーションが逃げちまう前にCOOLな作品を作らねえと!」

 

 龍之介は、セルキーたちを肉団子にした時点で、トガの雄英侵入は諦めていた。職場体験に行った事務所がほぼ全滅。そんな中、たまたま運良く生き残った学生を調べない訳があるだろうか。

 もし取調べ等で拘束された場合、一定時間で血を飲み続けなければならないトガの変身が解けてしまう可能性もある。

 長時間の変身は危険だ。それほどの量の血は、必要ない。まあ、トガ自身は欲しがっているが、それはそれ。

 龍之介は血を採る趣味はないし、それはつまり、彼女をこれ以上生かしておく理由もないということだ。

 

「じゃっ、ほどほどに血ィ抜いてから作業に取り掛かろうか。防音だから叫んでもいいよ。というか、聴きたいなあ悲鳴」

 

 龍之介が凶行に走ろうと歩み寄った瞬間、梅雨は個性を活かして舌での一撃を見舞おうとする。しかし、先程一発見せている攻撃は、龍之介に容易く見破られてしまった。伸びた舌を片手で掴まれてしまう。

 

「んー、舌がジャマ臭いな。声に影響出るけど……まあ、作業効率優先かなあ」

 

 ぼと、と、梅雨の伸びた舌が地面に落ちた。あまりのことに、梅雨は目を剥いて何も言えない。

 個性『精肉』。龍之介が肉倉から奪ったことで、触れた相手の肉体を自在に操る個性に変貌したもの。迂闊に触れた梅雨の舌は、痛みも血も伴わないまま肉体から分離した。

 舌をぽいと投げ捨てる。地面の埃の味がする。舌は口の中にないのに、感覚が繋がっているのは不気味に過ぎた。

 

 しかし、それより問題は、両手足を縛られた梅雨にとって、最後の攻撃手段が失われたということ——では、ない。

 舌を失ったということは。

 どれだけ死にたい思いをしても、舌を噛み切るという、自分で死ぬ手段を失ったということだ。

 

 龍之介の魔の手が、梅雨に触れた。




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