雨生龍之介はヴィランであります! 作:えくレア
『ヒーロー殺し』ステイン、並びにヴィラン連合による保須襲撃事件。翌日の朝刊の一面を飾り、インターネットに捕まったステインの動画がアップされては消され、またアップされのイタチごっこを繰り返す。ステインの強烈な思想への賛否も相まって、しばらくこのニュースがメディアの関心を占めるだろうと考えられていた。
しかし、もう一つ。衝撃的なニュースが報道されると、世間の注目は、それらのニュースに二分される事態となった。
『セルキー事務所壊滅 雄英生徒にも被害か』
セルキーという海難救助ヒーローの事務所の人間が、公休日だった四名を除きヒーロー、事務員合わせて十三名全員が惨殺された。加えて、雄英から職場体験に来ていた生徒の行方も知れないという。セルキーといえば、先日海外からの密航者を捕まえたということもあり、実力と評価の高いヒーローだった。そんな彼の事務所が、ほぼ全滅。加えて、ヴィラン襲撃や体育祭で話題だった雄英の生徒も行方不明に。
そのため、連日雄英の電話は鳴りっぱなしだ。A組担任の相澤の顔にも、疲れが見て取れた。彼にはある意味、ヴィランを相手にするよりも厄介らしい。ヴィランは実力で取り押さえればいいが、市民からの電話はそうはいかない。
さて、ニュース番組や新聞で嫌という程取り上げられた話題である。当然、雄英ヒーロー科の面々にも伝わっていた。しかも彼らは、帰っていない生徒が誰なのか把握している。セルキーの事務所に行っていたのは、蛙吹梅雨だ。
重苦しい沈黙が、A組の教室を支配していた。
数日前までは普通に笑い合っていたクラスメートが、もしかすれば殺されているかもしれない。そんな状況は、高校生になったばかりの彼らにとって些か重過ぎる問題だ。ヒーローを志すといっても、彼らはまだ子供だった。
もし梅雨が無事に戻っていたなら、今頃ワイワイと職場体験での出来事を報告しあっていただろう。しかし、誰もそんな気分ではなかった。爆豪の髪型に少し笑い、からかうことはあっても、すぐに梅雨のことを思い出し、黙りこくってしまう。
気まずい空気が流れる中、教室のドアが開く。心なしか少しやつれたような相澤の顔が覗いた。
「おはよう。全員席に……着いてるな」
確認し、相澤は一つ息をついた。あの、とおずおずと手を挙げたのは尾白だ。要件は、大体聞かずとも皆分かっていた。
「蛙吹のことか?」
「は、はい。彼女、行方不明だって報道されています。先生なら詳しい情報を知ってるかなって」
「それも含めて、全体に説明することがある。長くなるかもしれんから、1限は丸々ホームルームになった」
さて、と相澤は手に持ったファイルを開きつつ、不安げな表情の生徒たちを見渡した。
「蛙吹の件だが、現状安否は不明。消息を絶ったのは三日前、最後の目撃情報はセルキー事務所の最寄り駅付近だ。近隣の住民は当日、セルキー事務所周辺に不審な点は特になかったと話している。が、現にセルキーの事務所はほぼ全滅状態……ヒーローたちの遺体の様子から、犯人はヴィランネーム『マッドクラフト』によるものと思われる、ってのが警察の情報だ」
「『マッドクラフト』?」
「ああ。凶悪なヴィランだ。警察は……いや、それよりも」
警察の見解としては、殺人鬼であるマッドクラフトに捕らえられた時点で梅雨の生存は絶望的だと言う。しかし、それを話したところでどうなる訳でもない。それに、他のヒーローと違い梅雨だけは行方不明。僅かだがまだ生きている可能性もある。それに縋るしかない。
相澤は話題を移した。
「雄英は蛙吹救出のため、何人かの教師を捜索に回すことに決めた。俺もその人員の一人だ。期末まで幾ばくもない中すまんが、俺が不在の時間が増える」
「そんな、すまんだなんて。全然気にしないですよ!」
「そうですわ。私たちのことより、蛙吹さんのことを考えて動いてください」
「先生、蛙吹のこと助けてやってくれよな!」
生徒たちからの了承が得られたところで、相澤は頷き、話を続ける。
「担任が不在なのはまずいからな。俺がいない時の代理として、副担任を付けることにした」
「私が、副担任として来た!」
扉を開けて出てきたのは、最高のヒーロー、オールマイトだった。意外な人選に、生徒たちはざわつく。
「お、オールマイトが副担任なのは嬉しいけど……オールマイト程のヒーローなら、捜索チームに加わった方が良いんじゃねえのか?」
峰田の一言は、他の誰もが思っていたことだ。こういう事態にこそ、オールマイトが必要だと、皆考えていた。
「もちろん、蛙吹の居所が掴め次第、オールマイトさんには突入班に入ってもらう。しかし……」
相澤はオールマイトに視線を向ける。彼は頷きを返した。今は緊急時だ。
「実は、オールマイトさんは以前、あるヴィランとの戦闘で大きな怪我をしているんだ。あまり長過ぎる活動はできない」
ざわめきが大きくなった。最強ヒーロー、オールマイトが怪我。しかも、長期間の活動はできない。それは、平和の象徴にヒビが入ったのも同じ意味を持つ。
「大丈夫、ヴィラン共と戦えないなんてことはない。実際、USJではあの脳無という怪人と戦えていただろう? しかし、捜索や長時間のパトロールは少々キツくてね……雄英に教師として来たのも、それが理由の一つなんだ」
「お前ら、これは極秘事項だからな。他所で絶対喋るなよ。除籍モノだぞ」
というか、言っても誰も信じてくれないだろう。それだけ、オールマイトは圧倒的な存在なのだ。
「なあに、心配せずとも、捜索に参加しないだけさ。蛙吹女史が見つかったなら、私が行く! だからそれまでは、君たちのそばで力を温存しないといかんのだよ」
オールマイトはそう笑ってみせた。ナンバーワンヒーローの言葉の、なんと頼もしいことか。怪我の程度を知っているはずの緑谷でさえ、安心感を覚えるほどだ。
「さて、話の続きだが……蛙吹が誘拐されたのを受けて、学校はお前たちに自衛の手段を持ってもらうことにした。俺たち教師の目の届かない場所で襲われた時のためだな」
「それって……」
「ああ。お前たちにはヒーロー活動認可資格の仮免を取ってもらう。限定された状況下での個性使用が許される代物だ、ヴィランに襲われてもコイツがあれば個性で反撃もできる」
個性による傷害行為は、資格を持たない者には厳罰モノだ。ステインとの戦闘後、それを保須警察署長の面構に指摘された緑谷、轟、飯田は資格の有無がどれほど重大か、骨身に染みていた。彼らは頷きあって、互いに資格が取れるように全力を尽くすと決める。それが自分たちのために泥を被ってくれた職業体験先のヒーローや面構署長たちのためにもなる。
「次の仮免試験は夏休み終盤だ、そこに焦点当てて勉強してくぞ」
その後のホームルームはヴィランの活発化に伴う注意事項の確認であったり、林間合宿の内容は個性強化が主になるという連絡であったりと続く。特に林間合宿は、仮免試験の対策として非常に重要であるというから、期末で躓いて林間合宿に行けない、なんてことになるわけにはいかない。梅雨のことはプロや警察に任せて、ひとまず学生である緑谷たちは目の前の課題をこなすよう命じられたのであった。
ホームルームを終え、相澤とオールマイトは揃って教室を出る。
「あいつらのためにも、早く蛙吹を探し出さなきゃいけませんね」
「マッドクラフト、か……以前から、この手のヴィランは早く捕まえねばと考えていたのだが、よもや生徒が狙われる事態になるとは……」
オールマイトは拳を握り、悔恨の念を露わにする。しかし、マッドクラフトはかつてのオール・フォー・ワンと同じく、狡賢い知能犯と見て間違いない。それを見つけるとなると、どれだけの時間と人材が必要になるか。
それに加えて、ある一つの説も浮上している。
「やはり、マッドクラフトは連合のメンバーなのだろうか」
「……可能性は高いでしょうね。セルキー事務所の出入口には、裏口含めて監視カメラが設置されていました。しかし、事務所に出入りしたのは蛙吹以外は皆、被害者であるセルキー事務所の人間だ。そして、被害者たちは事務所から出た映像はない。だというのに、死体だけは外で発見された」
「やはり、連合の『黒霧』だろうか?」
ワープの個性なんてのは、激レアと言っていいくらい珍しい個性だ。それが連合の手に渡ったのは、途方もない痛手である。
そんなワープが、ほいほいとヴィラン側に現れる……なんてことはないと願いたい。
◆
「お前の作品だけどな、ちょっとだけ公開は待て」
呼び出されたと思ったら、いきなりそんなことを言われた。彼もだいぶ神経が図太くなってきたなあと感慨にふけりながら、龍之介は頷いた。
「いいよいいよ。俺ぁ世間に認められるために作品作ってる訳じゃねえし。弔っちの好きなタイミングで呼んでくれ」
「珍しく物分かりがいいじゃねえか」
「ええっ、俺いつも良いと思うよ? 物分かり」
死柄木は少々、いやかなりワガママ気質だ。
さて、理由はなんなのかと聞こうとしたところ、死柄木の手元に新聞が広げられているのに目が行く。隣に座って新聞を取り、記事に目を通す。
「ふむふむ。『ヒーロー殺し』ステインの記事ね。……あり、ヴィランなのに結構良いこと書いてあんじゃん。大丈夫、この会社?」
「俺にゃ分かんねえが、コイツの思想に揺さぶられるヤツは多いらしいな。現にネットじゃ、ヤツの思想を叫ぶ動画が上げては消されて上げては消されてのイタチごっこだ。世間から隠れたヴィラン共にも、大きく影響を与えるはずだ」
オール・フォー・ワンの見解として、同じことを以前、龍之介は彼から聞いている。死柄木は彼の後継として、似た思想を植え付けられているのかもしれない。
「そいつを俺たちが利用する。幸い、ヤツの襲撃先、保須にゃ脳無を放っておいた。これでヤツは、傍からみりゃ連合の一員に思える。で、ヤツの意思を継ごうとか、そういうアホな輩をウチに引き入れるって寸法だ」
「USJの襲撃で、下っ端がごっそり減っちゃったからねえ。今の人手不足を解消しようってワケだ」
こうしてみると、死柄木も随分リーダーとしての器が出来てきたような気がする。組織のことを考えて、上手く運用しているような。
(やっぱ旦那の教育の賜物かな)
「んで、勧誘のためには、お前の作品はジャマだ。何しろ、今の連合のイメージは完全にヤツのものだからな。余計な印象は持たせたくない。メンバーを引き入れてからだ、公開すんのは」
「入れちまえばこっちのもんだって? なんつーか、詐欺師みたいだ」
「良いんだよ。ヴィランだからな」
死柄木の身も蓋もない言い草に、思わず龍之介は噴き出した。龍之介は、死柄木のこういうところが案外好きだ。
「んじゃ、作品は保存しとくかな。あ、そうそう。こないだ話した女子高生ヴィランちゃんだけどさ。あの娘も例の動画見たらしくて、彼のファンになっちゃって。連合のこと言ったら、是非入りたいです! ってさ。良かったね弔っち、JKだよJK!」
「ガキは嫌いだって言ってんだろ。強個性のヴィランだろうから、一応見てはやるが」
「ん? なんで彼女が強個性だって思ったの?」
「てめえが連れ歩いてるんだ、中身がヤバイか個性がヤバイのどっちかに決まってんだろ」
以前と比べて本当に成長してるな、と龍之介は感心する。まあ、正解は両方ヤバイ、なワケだけれども。
(ツメが甘いなぁ、弔っちったら)
「おい、何ニヤニヤしてんだ。気色悪い」
「ゴメンゴメン。弔っちがますますヴィランらしくなって嬉しくてさ! このままサクッとヒーロー共をぶっ潰して、COOLな世の中にしてくれよな、弔っち!」
龍之介の言葉に気を良くしたらしい死柄木は、ふん、と鼻を鳴らしてグラスを煽った。
◆
その後、数週間が経過した頃。
ステインに触発されたヴィランたちを集め、統率するのに少々時間を要した。特に凶悪犯罪者である血狂いマスキュラー、ムーンフィッシュなどは己の本能に忠実で、死柄木も何度手が出そうになったことか。それを諌める中間管理職・黒霧には、龍之介も同情したいところだ。
しかし、中々のメンツが集まってきたことも確かだ。特に、トゥワイスやコンプレスの個性は有用だろう。トガの個性も合わせて、連合の行動の幅が大きく広がるはずだ。
ぐるりと、バーに召集された、新たな連合のメンバーを見渡す。
ステインによる連合の宣伝効果は凄まじい。彼の思想を信奉する者だけでなく、連合という組織の下で思う存分暴れたいだけの者、犯罪への後ろ盾が欲しい者など様々だ。
「よう。オマエが例の『マッドクラフト』だって?」
そんな無法者共の中で、一際目立つ巨躯の男がぼうっとしていた龍之介に語りかけてくる。その義眼、凶悪な面構えは、血狂いマスキュラーのものだった。
「そうだよ。俺もオタクのことは聞いてる。血狂いマスキュラー、ヒーローを何人も殺したらしいじゃないの」
「おうよ。俺は人間をぐちゃっと潰してやるのが趣味なんでな。案の定ヒーロー共にもジャマされたんたが、返り討ちだ」
得意げに話すマスキュラーだったが、龍之介が食いついたのは殺す対象の話ではなく、殺す方法であった。
「へえ。潰すって、どんな具合に? 万力のように締め殺す感じ? それとも、腕や足から順繰りに、プチプチって潰したのかな? 俺は昔、工場のプレス機使って潰したことあるけど、結構楽しかったなあ、アレは。そいつは工場の人間だったんだけど、普段自分が使ってる機械だから、あれに挟まれたらどうなるかよぉく分かってたみたいでさ。ぎゃんぎゃん泣き喚いてたよ、ちょっとスイッチを押したり切ったりするだけで」
「おっほ、オマエやるなあ! そうか、プレス機かぁ。俺は腕力でプチッと潰してやるのが好きなんだが、それもオツなもんだな」
「俺は殺し全般が好きなんだ。スプラッター映画の血糊ってさ、チープじゃん? その点、本物の殺しはスリルと興奮に満ちてる! 俺はあの鮮やかな赤色が堪らなく好きだ!」
「オマエ分かってんなあ! 良かったぜ、オマエみたいなヤツが居てくれてよ。例のステインとかいうヤツの影響受けた連中なんかは、殺しのなんたるかが分かってねえ」
気付けば、ステインに影響を受けた連中……スピナーや荼毘などのヴィランたちと、龍之介やマスキュラーといった悪事が好きで仕方ないヴィランたちでグループが分かれている。
これで組織として纏まるのか、少し不安だ。龍之介側はともかく、ステイン派閥は殺人者派閥をあまりよく思っていない節がある。ちなみにトガはあっちに行ったりこっちに来たりしていた。
「集まってるな」
そんな中、連合のリーダーである死柄木が、黒霧を伴って姿を現した。両派閥のヴィランたちは、揃って死柄木を見つめている。見定めているのだろう。自分たちの頭に相応しいか、あるいはステインの同志として相応しいか。
実際は、死柄木はステインの行動を好ましく思っていない訳だが、知らない方が良いこともある。
「今日、お前らを集めたのは、話をするためだ」
「話?」
「雄英に襲撃をかける」
静かだった空気が、一気にざわめきに呑まれた。連合は以前一度、雄英に襲撃をかけて失敗している。
周囲の視線が厳しくなるが、死柄木とてそんなことは理解していた。
「この間みてえな無茶な特攻じゃねえ。今回は、ヒーロー社会に一石を投じるための行動だ。殺しも良し。殺さずも良し。それは勝手にテメエで決めろ。目標は、ヒーローの卵、その誘拐」
ヒーローの誘拐。素質のある者はヴィランに、無さそうなものは見せしめに。
優先すべきターゲットは、爆豪勝己。彼は雄英体育祭で優勝した際、その勝ち方に納得できず暴れたというちょっとした不祥事を起こしている。普段の素行も合わせて考えると、確かにヴィラン向きと思われても仕方ない。
死柄木は爆豪をご指名だが、余分に生徒を攫っても良いという。龍之介は愉快そうに笑った。
前回更新分はここまでになります。