雨生龍之介はヴィランであります!   作:えくレア

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第8話

 雄英高校1年A、B組は、揃ってヒーローチーム『プッシーキャッツ』の私有地にて林間合宿を行っていた。それというのも、ヴィラン連合によるUSJ襲撃が、内部の情報を得た上で行われたものだと睨まれているからだ。よって今回は、関係者以外はほぼ全員が合宿先すら知らないという厳戒態勢の下、強化合宿が行われていた。

 オールマイトも、狙われているのが彼であるという理由から来ていない。生徒以外で居るのはプロヒーローであるプッシーキャッツの四人、A、B組それぞれの担任である相澤とブラドキングのみ。

 

「狙い目だな。特に、教師たちを合宿所に縛り付けられりゃ、やりたい放題できる。なにせプッシーキャッツは救助活動が本職だ。戦闘タイプじゃない」

「それはそれでツマンねえなあ。強いヤツと戦いたいってのもあるからよ」

「今回はあくまで狼煙だ、生徒との戦いで我慢しろよ」

「俺がプロ未満の学生に負けるはずがねえだろ」

 

 逸るマスキュラーを、荼毘が制する。戦闘狂である彼は、荼毘にも扱いづらい人材であるようだ。こういうタイプは、厄介な相手を任せておけば戦いに満足してくれる。が、今回それに適する相手はいない。

 

「陽動は俺の分身を行かせる。教師連中をそこに留まらせりゃ良いんだろう。殺られても逐一復活させて、ちょこちょこ襲撃かけてやりゃ少なくとも片方、上手くいきゃ両方縛り付けられる。頼むぜ、トゥワイス」

「しょうがねえなあ、俺に任せとけ! ふざけんなよ荼毘!」

「オーケー。じゃ、荼毘クンとトゥワちゃんは合宿所。他の面子は、生徒の誘拐か殺害ってことで。あ、爆豪クンは殺しちゃダメだってさ。他にも有望そうな子がいたら攫ってスカウトね」

「アンタはどうすんだ、マッドクラフト」

「俺は例の彼女の確保かな。誰かがやんなきゃいけないし、旦那のためにもなるかもしんない。んで、時間空いたら生徒を狩るよ。ま、最悪彼女だけでも捕獲できれば旦那的には困らない」

「そうかよ。……よし。襲撃は明日の夜、生徒連中が肝試しに森に入った時だ。直後にゃ襲うなよ、少なくとも何組か奥まで進ませてからだ」

「ヤるならバラしてからじゃないとねー」

 

 荼毘の音頭を皮切りとして、各々が持ち場の確認に就く。教師連中は生徒たちの面倒で手一杯だし、生徒たちは訓練の疲れで外出どころではない。必然、森は無人の静けさを保っている。

 肝試しのコース、折り返し地点には既に教師による目印の設置が済まされている。つまり、ここが教師たちと最も離れたポイントとなるわけだ。

 

「フーン。なるほどね」

 

 メインターゲットは爆豪であるから、彼がこの地点に到達した瞬間が最も望ましい開幕のタイミングである。

 今回は、爆豪を奪うことが連合最大の目的。彼を素材にどうこうすることはできないが、他の生徒をどうするかは、各々の判断に任せるとのお達しだ。特に誰をどうするというのを決めているわけではないが、適当に肉塊にしてミスター・コンプレスと黒霧の個性で持ち帰ればいいだろう。まあ、彼らがやられなければの話だが。

 

 爆豪を攫う手順は、詳しく決められたものではない。全員で暴れて、爆豪を見つけた奴が捕獲する。それを黒霧が回収する、とそんな流れだ。かなりアバウトである。

 血気盛んで考えなしな者も多いことだから、そういった細かく詰めた作戦はヤメにしたのだろう。最悪でも黒霧とコンプレス、トゥワイス辺りさえ失わなければ、補充は可能だ。

 

 アバウトが故にアドリブも効く。とりあえず、なるようになるさ、と軽い気持ちで龍之介は事に臨んだ。

 

 

 

 

 開幕は、蒼炎が告げた。

 荼毘の起こした青い炎による山火事を皮切りにして、敵連合開闢行動隊が一気に動き始める。マスタードは毒ガスを起こした。スピナーとマグネは、子守のヒーローに襲いかかった。ムーンフィッシュとマスキュラーは、生徒たちを殺そうと山中を駆け回る。そんな中、龍之介はといえば、厄介かつ便利な個性を持つ、ラグドールを捕獲しにかかっていた。

 目視した相手の位置や弱点を掴む『サーチ』を持つ彼女に、連合のメンバーが目撃され、尚且つ、彼女が健在だった場合。連合のアジトは、一瞬にしてヒーロー側に知れ渡ってしまう。また、マンダレイの『テレパス』と組み合わせた場合、敵の居場所、弱点を全体と共有できるという、情報戦において凄まじい有利を取れるという理由もある。まあ、テレパスの方はスマホで代用できなくもないが。こうした理由から、龍之介としてはラグドールの方を狙った次第である。

 

 中間地点にいたラグドールは、生徒たちの救助に向かうべく走っていた。彼女の『サーチ』で、生徒たちの位置は把握出来ている。孤立してしまった生徒たちを一先ず集めることを優先したのだ。敵が何人かも不明の現状、生徒を一人にしておくわけにはいかない。

 しかし、単独行動が危険なのは、プロも同じだ。

 

 この速度で走られては、隠れて接近するのは難しい。龍之介は、個性を持つ前まで愛用してきたナイフを構えて、走るラグドールの脚を狙って投げた。

 狙い通り、ふくらはぎに命中したナイフは、派手に赤い血を撒き散らしながら、深々と突き刺さる。

 

「あっ!!」

 

 激痛が走る脚から力が抜けて、ラグドールは地面に倒れた。

 

 完璧な不意打ちだった。夜の森、暗闇の中。意識の外からの一撃。しかも、機動力を奪うこれは、狩人のように鮮やかな手口だ。森の地面を転がるラグドールは、木の枝やら何やらで余計に擦り傷を負ったようだったが、やはり足に受けたナイフの傷が一番痛むらしい。足を押さえて、悶絶している。

 

「いけないなあ。こんな夜中に一人で歩いちゃ、悪い狼に食べられちゃうよ?」

 

 龍之介はいつものように、人好きのする笑顔を浮かべている。しかしそれはラグドールに通じることはない。

 この状況のため、というのもあるだろうが、より直接的な理由があった。

 

「……お面?」

「カッチョいいでしょ」

 

 龍之介は、お祭りの屋台で売られているような、粗末な出来の仮面を着けていた。顔が割れると趣味を続けづらい、という理由から、最低限顔を隠すものとして選んだのがコレだった。

 

「ラグドール。災害救助専門のヒーロー、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのメンバー。個性は『サーチ』、目視した相手の百人まで位置、弱点を把握できるらしいね」

「よく……調べてるね。あちきらのこと」

「良い個性だ。持って帰れば、旦那も喜ぶってもんだよ」

 

 とはいえ、勝負は決したようなものだ。彼女の足は潰されており、また龍之介は彼女にタッチすれば勝ちなのだ。彼女に遠距離攻撃がないのは分かっている。回避が不可能な以上、彼女に勝ち目はない。

 

 さあ、あとはゆっくり料理してやろう。そんなつもりで倒れ伏す彼女に歩み寄る。

 

「あなたは……」

「ヴィランだよ。襲撃に来た内の一人さ」

 

 ラグドールの目に強い敵意が浮かんだのが分かった。龍之介は笑い出しそうになる。

 ラグドールは、強い目で龍之介を睨みつける。しかし、龍之介は余裕の姿勢を崩さない。ラグドールの所属するワイルド・ワイルド・プッシーキャッツは災害救助専門。しかも彼女の個性は『サーチ』とくれば、戦闘能力は他のヒーローと比べ大きく劣ることは想像に難くない。

 

「随分、楽しそうだね。人殺しがそんなに楽しい?」

 

 面で顔が見えないはずだが、ラグドールはそう言った。それほど、龍之介の態度はあからさまだったようだ。

 龍之介はといえば、ラグドールのそんな質問に対し、不快になるどころか更に笑みを深めた。

 人殺しが楽しいか?

 雨生龍之介の答えは決まっている。

 

「サイッコーに楽しいね」

 

 ラグドールは、返答に困った。あっさりと、なんの葛藤もなく、寧ろ嬉しそうに彼は殺人を肯定した。

 

「すげえよ、この個性はさあ。俺が思い描きながらも、とうとう作り上げることができなかったようなCOOLな作品を、素材の耐久性を無視して作り上げることができちまうんだ。ただ死体で作るアートは、割と前例がある。裏社会なら結構色々あるし、そうじゃなくても、実は歴史上、いくつか例があるんだ。エド・ゲインとか知ってるかな。他にも、メジャーどころなら、あの織田信長も髑髏を盃に使ったって説もあるよな。ホントかどうかは知らないけど」

 

「まあ、そんなこんなで、死体をアートするって行為自体はオリジナリティに欠けるわけ。俺もその手の作品は作るし、嫌いじゃないけどね。ただ、真に死を表現するには、死んでいるものよりも、まさに死に向かっているものこそがよりリアルだと考えるワケよ。生と死の狭間っていうの? そういうギリギリの境界線にこそ、本物っていうのは見えてくるもんだと思うね」

 

「スプラッター映画とか見る? 俺、ああいうのは受け付けないんだよね。エンターテイメントとしては悪かないけど、どうしたってリアリティは感じない。作り物だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、そもそも死の本質を掴もうともしてない。ほら、今のアンタは感じてるだろ? 流れ出る血の温かさ、それとともに失われていく体温。どんどん寒くなっていく。かじかんでいく。仄暗い暗闇へ、僅かずつ進んでいく……そういう死に向かっていく様を観察するのが、なにより好きなんだ、俺は! だから人殺しがやめられない。無限に楽しめる娯楽だよ」

 

「だって人間は一人一人、死への感じ方が違う。そこに、さまざまなアプローチで死への道を自覚させてやるのが俺の役割なんだ。こんな刺激を与えたら、こいつはどう反応する? 痛みは、苦しみは、憎悪は、哀しみは、絶望は、素材にどういう反応をもたらすのか? 興味は尽きない。俺が作品を作るのは、単に俺が楽しいからっていうのも勿論そうなんだけど、これを俺だけが知っている、っていうのももったいないと思ったんだ」

 

「死って万人に訪れるものじゃん? つまり、誰でも死ぬってこととは隣り合わせで生きてるはずなんだよ。これはあのオールマイトですら変わらない。赤ん坊でも老人でも、男でも女でも、肌の色が違くても、話す言葉が違くても、変わらないんだよ。だからこそ、『死』に関心のない人間なんていない。断言できるね。中には俺の作品を鑑賞して、死というものに対して思いを馳せる人もいるかもしれない、そう思ったんだよ。まあ、ほんのわずかな一部にしか評価はされなかったけどね。芸術家は世間一般とは感性がかけ離れてるって言うし、仕方ないとは思うけど。とはいえ、受け入れられないからって創作意欲が失せるわけもない。だから俺はこれからも作品を作り続けるんだ。殺して、殺して、殺しまくって、最ッ高にCOOLな作品を作り上げる!」

 

 ラグドールは確信した。

 コイツは、救いようがない。もし神がこの世界にいるのであれば、この男をこの世界に生んだことこそ、最大のミスであると確信を持って言える。

 もうヒーローとかヴィランとか以前の問題だ。コイツは、誰かが殺さなければならない。痛みによる憎しみであるとか、そんな理由での発想ではなかった。悪意は微塵もなく、ただただ義務感として、ラグドールは彼が死ぬべき存在だと理解した。

 

 しかし、惜しむらくは彼女にそれを為すだけの力がなかったことだろう。

 

「んじゃま、とりあえず丸めて、黒霧サンに運んでもらうかなぁ」

 

 丸めるというのが何を指すのかは分からない。しかし、このままでは殺される。そう理解したラグドールは、ともかくどうにか足搔けないかと龍之介に一矢報いる策を探す。彼は質のよくないお面をしている。夜ということもあり、視界は最悪のはずだ。

 石礫でも投げるか、と考えたところで、ラグドールは気付いた。もっと手近なところに、これ以上ない武器がある。

 ラグドールは、己の脚に突き刺さったナイフを手荒く抜き、痛みに耐えながら龍之介に投げつけた。

 

「うおっ!?」

 

 動作をきっちり見ていた龍之介は、驚きながらも避けること自体は容易くこなした。しかし、バランスは崩れ、そこに決死のラグドールがタックルを仕掛ける。

 

「ぐあっ」

「はあっ、はあっ!」

「マジ? 自分に刺さったナイフ投げる、普通? 死んじゃうよ?」

 

 龍之介はそう嘯くが、ラグドールからしてみれば異常なのは龍之介の方だ。

 

「死ッ……!」

 

 首を絞めようと手に力を込めるラグドールだったが、龍之介相手に、接近戦は悪手に過ぎた。

 首を絞められ苦しみながらも、龍之介はひた、とラグドールの手に触れる。瞬間、ぐにゃりと彼女の体が捩れた。

 

「なっ……」

 

 驚く暇もなく。続けて両足に触れられ、ラグドールの肉の形が変形する。ふくらはぎからの出血も強制的に止められるくらい変質している。

 感覚がある。が、痛みはない。

 

 自らの体が『変えられた』のを感じとり、ラグドールは体に怖気が走るのを感じた。

 

「言ってなかったよね、俺の『個性』。なのに近付いてくるなんて、ウカツだね。まあ、救助専門のヒーローらしいし、そんなもんか」

「あなた……『マッドクラフト』!?」

「お、よく分かったね」

 

 人を粘土のように変質させてしまう個性。セルキー事務所襲撃事件により、名前の知れ渡ったヴィランだ。当初は行方不明となった士傑生徒、肉倉精児がその正体ではないかと目され、しかし、彼の『精肉』では他者の体を切り離したりはできないことから否定された。尻尾を掴むことすらできなかったヴィランの正体が、目の前の優男。

 ぎり、とラグドールは歯を噛み締める。

 襲撃に来ているのは敵連合。マッドクラフトが連合のメンバーである可能性については、相澤とも情報共有していた。しかし、まさか触れただけで詰むタイプの個性とは。

 

(凶悪な個性……でも、本人の身体能力はそこまで高くない! この情報をどうにか皆に渡せれば、きっとこの殺人鬼を捕まえられる!)

「あー、もしもし黒霧サン? サーチの人捕まえたからさ、回収に来てよ。俺も、必要な分は仕事したしもう引き上げようかなって」

 

 龍之介の電話の直後、ズズズ、と空間に黒い穴が開く。映像で何度も確認した、敵連合の移動手段、黒霧によるワープだ。

 思考を巡らせる。ここから逃れる方法を。あるいは、情報だけでも残す方法を。

 しかし、思い付いた幾つかの方法には、どれも手足が必要になる。ぐにゃぐにゃに捻じ曲げられた今、それを成す術が、彼女には見つからなかった。

 黒い渦が、龍之介と、彼が引っ張るラグドールを飲み込む。

 

 ワープした先は、機械の駆動音が低く唸る不気味な施設だった。

 パソコンのモニターが光を放ち、点滴や輸血パックの管が一人の人物の元に集まっているのが見て取れる。椅子の背もたれ越しにそいつの姿を見たラグドールは、龍之介の時以上に背筋を凍らせる。

 

「やあ、ラグドール」

 

 きぃ、と音を立てて、椅子が回る。男がこちらを向き、その顔が露わになる。傷跡で目や鼻、頭などがすべて潰れている。怪我人……と同情する気にはなれなかった。

 巨悪。

 龍之介の狂気とはまた違う、底知れない力を持ったことが肌で感じられるほどのプレッシャー。対面するだけで汗が滴り落ちる。

 

「キミの個性……『サーチ』は非常に有用な個性だね。百人もの人数の位置と弱点を把握できる個性とは」

 

 個性の有用性に言及する男。もし自らの個性に価値を見出しているなら、まだ希望はある。

 そう、当然の勘違いをしてしまった。気を抜いた。

 

「だからね」

 

 オール・フォー・ワンはにやりと邪悪に笑う。

 

「キミの個性を貰おうと思ってね」

「え……?」

 

 個性とは身体機能の一部だ。

 生まれた時から各個人に備わっているものだ。

 それが失われた時、彼女は一体何を思うのだろう。

 それを知ることは叶わない。なぜなら、これから個性を奪われた後、ラグドールは龍之介の作品の素材になるからだ。

 人としての尊厳を破壊し尽くされた彼女が発見されるのは、もう少し後の話となる。





今話でラストって言ったけど梅雨ちゃんの公開までは書きたいかも
時間かかるかもしれんけど
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