さとりとさなぎ 作:河原
罪悪感を感じる人間をまともと表現するなら、罪を感じなくなった、あるいは罪を忘れている人間はまともと言えるのだろうか。贖罪の気持ちだけで動く肉塊、それは人か?それとも人でなし?罪の意識だけが残る違和感、不快感、人生を蝕む何かを求めて動く存在。
「実に滑稽ですね」
墓地の後は牧場を抜け、サイレントヒルの入口へ…そこは廃墟の町と表現してもいいだろう、町のいたるところは劣化して色あせている。霧で町全体が覆われ先も見えず、人通りもない、まさしくゴーストタウンであった。
ジェームスは町に入りすぐに気がついた…何かを引きづった血の跡がある。尋常でない事が起こっている予感がした。
「さとり!」
危険かもしれない。もしもの可能性を考え、少女には待っててもらおうとするが彼女は何も見えていないかのように奥へと進んでいく。
「どうし…ああ、なるほど…そう見えますか」
納得したように彼女はジェームスの近くに寄って来た。
「危ないようなので、少しここら辺で待っています」
「ああ、話が早くて助かるよ…大丈夫か?」
「それは血液を見て不安になったか?それともこの誰もいないと感じるこの場所故ですか?」
「大丈夫そうだな、強い子だ」
「貴方が弱いんですよ」
「ふ、そうかもな」
彼女の返し言葉に彼女らしさを感じつつ、自分が先に向かうことにした。近くを探索し、民家だったと思われる安全そうな建物を見つけ、さとりを連れて来た。
「緊急時とはいえ、物を拝借するのはいけませんよ。懐が膨らんでますね、栄養ドリンクですか」
「…返せたら返すさ」
「それは死ぬまで返さないと、どこぞの白黒魔法使いと同じですね…いえ、まだ返す時期を伝えてるだけマシでしょうか?」
メルヘンな感想を受け入れながら待っているように伝え、ジェームスはサイレントヒルの奥へ進むことにした。
廃墟の民家…ジェームスを通して見える世界ではここは廃墟であり、事実廃墟なのだろう。町は人通りは少なく、霧が立ち込め、異界にいるかのような感覚に支配される。彼の眼には自分が見え、見たくない真実が形をなしている。
「世界が反転?…これは鏡ね、心の具現化に合わせて形を変える。どうしてこんな性質が町全体にあるのかしら?」
ジェームスが民家を出て行ってすぐ、さとりも民家を出て探索を開始した。辺りは色あせてはいるが、血の跡はなく、ただ寂れた町と感想が出る風景が目に映る。
「なるほど、元となる人物がいないと変わらないと」
少し困った。情報を集めたくても情報源がない。文字が読めないのは致命的だ、何かしらの看板などがあっても意味が理解できない。さとりは日本語しか知らないのだ。
「弾幕もダメ、空も飛べない…サードアイも無くなってるけど能力は使えるのよね」
古明地さとり。彼女は妖怪サトリと呼ばれる人間ではない怪物だ。サトリという妖怪は、人間の心を読んでヒヒのような姿とされるが…伝承はあてにならないのである。
「そういえば、もう一人罪人がいたわね」
サイレントヒルに来る道中で出会った女性…自己紹介をしようか迷っていたようだが、私を見てトラウマを連想し、読み取ってしまい不快になったため話を切った人物。確か、アンジェラと名乗ろうとしていた。
罪として思ったことは忘れるが、精神的に辛い過去は別枠として消えない仕様らしい。中途半端に過去への意識が残り、記憶も欠落あるいは補強?自分に都合がよい結果に結びつけていたようだが、その結果更に歪な記憶になっていた印象だった。
改めてこの世界、この町についてさとりは考える。ここを表現するなら、ただ地獄と表現できる。彼女は既にサイレントヒルの性質をある程度認識できていた。出会った人物はまだ2名だが、どちらも死と生の堺をさ迷っている魂と変わらない。生前の記憶を頼りに動くだけの罪人…その罪を忘れていたが。
「閻魔のいない地獄でしょうか…裁く者がいないとさ迷うだけ、死神もいないようですし…」
生前の行動を繰り返している。古明地さとりが住んでいた幻想郷という場所では、幽霊などはいたが、幻想郷内で死んだ者は肉体の消失と共に過去の記憶を忘れてしまう。過去のトラウマに囚われるのは地縛霊など自らの意思に比例して起こる結果に結びつくのが常識だった。それに賽の河原で待っている死神もいた為、万が一現世で迷ってもお迎えが来てくれる。
「八雲紫も来ない…唯一の救いはここでは妖気を失わないだけマシ程度…」
幻想郷の管理者、八雲紫。ありとあらゆるスキマと呼ばれる現象を発生させ、〇〇のスキマという人を遠ざける結界や単純に遠くの場所に繋げる入口作りなど基本なんでもできる凄い妖怪だ。普段から紫の服装をしている為、愛称で紫ババア、あるいは隙間ババアと陰で呼ばれている。また妖気とは妖怪にとっての栄養源のようなエネルギーだ。人の恐れと表現されたりするが、人には理解できない物質である。
少し来た道を戻り、ジェームスが見えていた血の跡も綺麗さっぱり消えている。やはり罪人にしか反応しない性質らしい、近くにいた際だけ世界に変化が訪れるようだ。
「あ、さっきの」
「どうもアンジェラさん。お母さんを探しに前に進めたんですね、貴方にとっては大事な一歩でしょう」
「え、あ…自己紹介したっけ?」
「お気になさらず。貴方の場合はジェームスさんと違った形のようなので」
「えっと、貴方のお父さんは…どこ?」
「少し先に向かってますね。もう少し経てば戻ってくるでしょう」
「そ、そう…よかった。さとりちゃん…でよかったよね、お父さんの事どう思う?」
「私から言わせれば自責の念に囚われた大馬鹿としか言えません」
「…」
さとりは呆れた口調で返しながら相手を見た。目の前のアンジャラの過去もまた、囚われた罪人の記憶が見え隠れしている。ジェームスもそうだったが、記憶に欠落と幻記による補強が目立つ…ああ、少し違う…目の前の彼女は罪と認識していない。罪であると認識したいだけのようだ。
男性に対するトラウマ…なるほど、そのトラウマを維持する為に優しい母を求めてサイレントヒルに来た。そのようになった自分自身に対する怒りと憎しみ、理不尽と恐怖…優しい
「あの…どうしたの」
「男性が苦手なようですね」
「ッ…わかるの?」
「貴方に必要なのは、繋がりを断つ覚悟でしょうね」
「なに…を言ってるの!?」
「…おや、刺激しすぎましたか」
アンジャラは混乱していた。先ほど会った子供から言葉を受け、父親と兄…を思い浮かべてしまった瞬間…先ほどまで寂れたサイレントヒルの至る所から火の気が出始めたのだ。
「あ、ああ!?ひ、火が、母さんが!?」
「同じ女性として忠告です。過去に囚われるのは本人の自由です、同時に乗り越えるのも…貴方次第ですよ、アンジャラさん?」
「だ、駄目!燃えてしまうわ!?え…」
火の気が道にまで広がって来た。早く逃げなければ自分に燃え移ってしまう、そんな恐怖感に怯え足がすくむ中…彼女、さとりは逆に火の中心に向かって消えていく。
「この程度のトラウマで私は傷つきませんよ。ではまた先で会いましょう」
「ま、待って!ひッ熱っ」
「…貴方に必要なのは、あの紅白巫女のような図々しさかもしれませんね。あれレベルは災害ですが」
アンジェラは意味が分からなかった。燃える中に入ってあの少女はなんともないように歩みを進めている。対して自分は恐怖と熱に負け、後ずさるだけ。
怖い、未知の恐怖が
熱い、全てを包むあの熱が
誰か助けてほしい、誰か私を連れて行ってほしい、誰かあの先へ…ああ、お母さん…
どうして置いていったの
憎い、私を助けない全てが
全力でネタバレするサイレントヒル。