さとりとさなぎ 作:河原
ウッドサイドアパートに入ろうとしたさとりと犬のミラであったが、アパートの入口に手をかけると…さとりは気づいた。
「…また罪人ですか…少し冷たいですね」
このアパートに歪みが出ている。心を読む力に特化したサトリ妖怪にとって、精神面を元にした攻撃の類はすぐにわかる。その答え合わせのように中から音が聞こえだした。
『俺は違う!違うんだ!』
何かから逃げる者…少し経つと扉が閉められる強い音。どうやら中の罪人は立ち向かう事はしなかったようだ。
「ワン!」
「ミラ、そっちですか?詳しいんですね」
アパートの入口には鍵がかかっていた。どうするか考えるとすぐミラが導き、2階への階段を上り、扉の空いた部屋を見つけてくれた。ミラは軽々と飛び越えて中に入るが、さとりの体力的に追いかけるのが重労働であった。
「ふぅ…何で中途半端に防犯意識が強いんですかね」
中に入ると、冬になったかのように寒い空間となっていた。さとりは中にいる罪人の心境を大まかに察した。
「ジェームスさんやアンジェラさんのように罪と向き合う形でいるなら楽だったのですが…これは逃げですか」
さとりは二人の見る世界は心境風景であると理解している。ジェームスなら妻との思い出の場で自らの罪と向き合う。アンジェラなら過去とのトラウマとその全てを燃やすまでに至った全ての自分自身への向き合い。両者の見えているサイレントヒルの町並みは違っている。
ジェームスは基本として自身の罪と向き合いたいと本能的に願っている。そのため、その罪がより強く具現化しやすい性質がある。血痕を見た、サイレントヒルへ引きずられた等、サイレントヒル内に誘導する類の異変は自ら断罪を望む結果の具現なのだ。
対してアンジェラは罪に対して向き合うのではなく、立ち向かう事を望んでいる。己をこのような状況にした存在に対する怒りが根本にあり、そもそも向き合うべき罪という概念が違うのだ。自らが最終的に至った炎の中が再現され、記憶が喪失している現状理解できないだろうが。
今回出会うであろう罪人は、罪であると自覚はしている。だが立ち向かう事をしない様子だ。行動の時点でわかる、ジェームスなら立ち向かう、アンジェラなら戸惑いながらも逃げはしない。自分の精神面を反映させる場だからこそ、その第一の行動で内心を把握できるのだ。
(面倒ですね)
「ワン!」
「貴方は…なるほど、そもそも罪を認識もできなければ問題ないと」
自分はサトリ妖怪故に問題ない寒さだったが、犬のミラは感じないように尻尾を振っている。人間の価値観、裏面性を理解できなければ罪もわからない。人間ではないが、人間の思いを理解はできるからこそ妖怪である自分が影響を受けているのだ。
「まあいいです、行きましょう。1階ですね」
アパート内部へ向かうと氷の世界が広がっていた。ところどころに人間の死体らしき物が散乱している。さとりはすぐにその死体は具現化された作り物だと理解した、1階に向かうにつれて死体の量が僅かに増えていく。同じ死体のように見える、一瞬殺害に対する罪悪感かと考えたが…よく読み取ればこの死体は変だ。近くにある死体を確認すると血を流し、致死量だとわかる血の海を衣服や床に流れた血で確認できる。一見すると殺されたようだが…別の死体も確認すると同じ人物の死体のようだ。
「やっぱり」
同一人物であろう存在の死体が複数ある。その時点で異変であるが、同時にその死因を見ると様々なのだ。頭部からの出血死、胸、腰、足…まるで様々な死因を想像し、それが現実となったという非現実が成していた。つまり、この死体の人物は本当は死んでいない、あるいは死んだと確認していない状態で罪悪感に囚われ具現化された。
「馬鹿らしい」
この寒い空間も相まって、つまりこの人物を傷つけたことに対する罪悪感が一番の原因であるのが、このアパートにいる罪人の全てだとわかったのだ。死傷を与えたのかは知らないが、その罪悪感が具現化し同時に逃げたい意識がこの寒い空間を具現化した。ジェームス達と違い、実にわかりやすく面倒な相手だとさとりは思った。
簡単に言えば引きこもりな罪人なのだ。罪だと認識しながら、その罪に対し向き合う気が無い。それどころか逃げる始末…自分の役割を考えると、骨が折れる相手だ。他の二人は放っておいても勝手に罪と相対するので比較的楽なのだ。
「はぁ…はぁ…寒い、何なんだよ…何なんだよ!…」
吐く息が白く、その吐息すら凍える程の辺りを包む極寒の中、一人の若い青年が部屋の洗面所近くで嘆いていた。その青年の近くに見たくもない、あの男の死体がある。いいや、青年はもう何度もその死体を見ている。
バケモノも見た。まるで皮膚が剥がれた犬だった、足の部分が血みどろで嫌悪感と罪悪感が己を支配する不気味な存在だった。それから逃げているうちにここにいた。
手に持った父親の拳銃…まだ弾は撃ってない。あのバケモノに撃とうか迷って、それで自分は逃げることを優先した。この部屋を出ればまた出会うかもしれない…。
「…」
不意にその拳銃を死体に向ける。引き金を引こうと自然と指に力が入り…それをやめる。
違うのだ、こんなはずじゃなかった。何でこんなことになる!
『゛ブタの穴から生まれたブタクソ野郎 ˝』
怒りだ…この死体を見ていると自然と湧き上がる。憎悪とすら表現してもいい感情の波…見たことない、会った事もない・・・人物のはずだ。
『ワン!』
「ひっ!?」
ガリガリと自分がいる部屋を搔いている犬が外にいる。
犬だ、犬は嫌いだ。何で嫌いなのかはわからない、だが犬は嫌いのだ、あのバケモノも犬のようだった意識もあるが、脚だ…脚がある犬が怖い。傷がある、傷つけてしまう、そんな自分でも表現できない感情を思い出させるから嫌いなのだ。
『ミラ、急ぎすぎですよ』
『ワン!』
犬がどこか行くのを待っていると、声からして女性が来たのがわかった。
一瞬迷った、外にはバケモノがいる。女性だけでは危険だ、拳銃を持っている自分が助けるべきじゃないか?…。
『そこに誰かいますか?』
コンコン…部屋をノックされ気づく、音の位置、そして甲高い少女特有の声…部屋の外にいるのはまだ子供ではないかと。
「ぉ……」
自然と扉を開けようと体を動かし、だが大丈夫なのか?自分のことでも大変だぞ?自分なんかで助けることはできるのか?
…俺なんて…
自信がない。怖い、どうすればいい、何で俺がこんなめに、様々な感情がせめぎ合い…結局行動に移せない自分が残る。そしてそんな自分に対し謎の怒りが溜まっていく。
『…助けてほしいんです。誰かいるなら貴方しかいない』
俺しかいない…そう聞いた時…白い息を吐き…扉のドアノブを引いている自分がいた。自分という存在を求めてくれる言葉に反応したんだと無意識に思ったのだ。
扉の前にいたのは、ヘッドホンを装着した柴犬を抱えた…見たことないような可憐な少女だった。
「初めまして…エディー・ドンブラウスキーさん?」