本日2話目の投稿です。
草木も眠る丑三つ時、人の営みなき闇夜にて暗躍を成す一人の女がいた。
昏い背景にて不相応に浮かぶ黄金の髪。同じく万象を睥睨し見下す金色の色彩をした瞳。
まるで”美“という概念を凝縮したかのように華麗な女は、それとは異なる悍ましき雰囲気を醸し出していた。
「漸くだ」
女は御前に捧げられた供物の如く
その眼に煌めく光は希望を騙る絶望。己が
「狂えよオルランド。哭けよヘクトル──かの絶剣が再び、
女の狂笑が意図せず口より漏れ出す。無理もない、仕方がないだろう。こんなにも胸が躍る事など数百年振りなのだから。数千年にも及ぶ別離からの逢瀬まで、後一歩のところまでたどり着いたのだから。
金色の
そして終焉の先に迎える再会の刻を、”巫女“は心から待ち望み──諸人への怒りを吼える。
「──嗚呼、覚悟しろ人類史。戦慄けよ
恍惚に満ちた表情が一瞬にして憎悪のそれに染まる。
紡がれ満ちるは斯くも心に滲みいる怨嗟の想い。
「私は憎悪する」
この汚穢なる“世界”を。
──かつての調和たる“統一言語”を奪いしバラルの呪詛。それによりどれだけの汚泥がこの世に溢れた? こんな世界の為にあの
「私は嫌悪する」
この世界に生きる総ての“人類”を。
──共鳴と調和を失い、その果てに
殺し争い犯しただ無意味に死する愚かな塵屑。
巫山戯るなよ。なんだそれは? 剪定されたあの優しき刹那は、こんな愚物に劣るとでも云うつもりか?
「そうだ、認めない。こんなものが“あの御方”の望んだ世界であるものか」
──然り、その通りだ。認めるものか、赦すものか。森羅万象天地万物一切合切もの皆尽く砕け散れ。滅尽滅相、破壊と絶滅の後に己が創る楽園を待ち詫びろよ塵屑が。
お前たちの生は己が管理し、”あの御方“を至高の天とする箱庭にて平伏するが為にあると覚えろ。
それこそが我が情、我が総て───我が“神”に捧ぐ愛と知れ。
「だから、待っていてエンキ──私はもう一度、貴方に手を伸ばすわ」
もはや彼女の瞳には未知への恐怖など微塵もありはしない。総ては楽園の創世の為、既存文明の破壊が為、己が
故に滅びろ、
永劫の刹那を生きし
█
時刻は正午を回り午後の時を迎え、陽光が万象を例外なく照らす。
平日の昼時。本来ならば活気が満ち溢れる筈の都心に、人の営みは一切存在しなかった。
人々の言葉は紡がれず、アスファルトの地面を鳴らす革靴の足音も自動車の駆動音もない。人の生活音の一切が消えた街中。しかし、そこは静寂に非ず。
『████████』
雑音が蔓延り、満ち溢れる。
耳にするのも疎ましい不協和音。それは一体どころではなく、何十、何百と──これまでに無い猛威と数を誇るノイズが、地上と空中を跋扈していた。
都心の住民はその悉くが既に地下シェルターへの避難を完了し、犠牲は最小限へと抑えられた。
それどころか全くの損害なし、二課の情報網でも、未だ確認された死者は存在しなかった。その理由の大半は、そもそもこれらのノイズの目的が人ではないからであった。
東京スカイタワー。
全長六百三十四メートル。2030年代後期より建設された日本でも最新の電波塔。首都東京、その中心に聳え立つ巨塔を目指し四方八方からノイズの大群が顕現する。
二課が雪音クリスより聞き出した情報の中でも、未だ謎に包まれた終焉の名を冠する黒幕“フィーネ”の計画の要と思われる“カ・ディンギル”。その単語のみを調べ上げ二課がたどり着いた情報はしかし、余りにもか細い糸であった。
かつてそれの名を冠した”塔“──メソポタミア最古の王都、”
ノイズ自身の目的が人の鏖殺ではないこともそうだが、今こうして死者が皆無と言っていい状況は事態を事前に把握していた二課が住民の避難を最速で済ませた事に依るものも大きかった。
そして既に、
「……まさか、あんたとこうして並ぶなんてな。昨日の敵は今日の友ってやつか?」
可憐な白銀と対を成す赤色のギアを身に纏う少女──雪音クリスは今の状況に対して溜息交じりの言の葉を紡ぐ。
雪音クリスにとって、この数日はまさしくこれまでの生に於いて重大な転換点となった。
冷たい鉄柵しか知らなかった自分を包む、大切な親友の抱擁。
今まで経験したこともないような、同年代の少女たちと優しい時を過ごす暖かな刹那。
今まで出会ってきた大っ嫌いな嘘つきな大人とは違う。
そして、歌で世界を平和にすると語った父と母を想起するような、見事な旋律を歌い上げて海の向こうへ羽ばたく宣誓を成した風鳴翼のライブ。
親友であるアイリス・フェイルノートとの和解を機に、色づく世界の美しさを知った雪音クリスは、こうして誰かの大切な日常を壊すノイズの暴虐を阻止せんと此度の戦場にて彼女たちと共に降り立った。
「私としても同じ
クリスの言葉に返事を寄越すのは蒼穹を思わせる程に清廉な少女、風鳴翼。
つい数週間前まで敵対し、一度は殺し合った両者であるが、その対峙には一切の憎悪や嫌悪など悪感情の悉くは存在せず両者はただ純粋に言葉を交わしていた。
「──だけど今は、こうして一緒に居る」
手を握る。人は分かり合えないと、痛みだけしか繋がりは存在しないのだと教えられてきた哀しみを背負った雪の少女の美しい手を。
「どれだけすれ違っても、どれだけ交わることができなくても、人が永遠に分かり合えないなんて事はないの」
手を握る。かつての夢と愛を失いもはや自分に歌女としての資格はないと、剣であるしかないと思い続けていた少女の手を、優しく。
「今は掲げる槍なんて必要ない。私のこの手は、きっと──こうして誰かを繋ぐ為にあるから」
「……本当、お人好しだなお前」
「変わったのか、変えられたのか──嗚呼、立花らしいアームドギアだな」
神殺しの撃槍は死闘の為でなく、“誰か”と”誰か“を繋ぐ為に。
寿ぐ光は遍く世界を照らす、争いも諍いも不和も何もかも、人が憎悪や怒りと言った
「よし! それじゃあ頑張ろう! アイリスちゃんも二課で待ってるし!」
「ふむ、アイリスの名を出されては時を掛ける訳にもいくまい──なあ、
「! いま、あたしの名前……」
仕方ないと言った様に肩を竦め自身の名を呼ぶ翼の言葉に、クリスが反応する。
「共に
「……ほんとに、いいのか?」
「それこそ愚問だ、雪音。愛する者の為に歌う貴女を、如何して疑うことができようか」
凛々しく微笑み、翼はクリスを
かつてあれほど抱いていた敵への憎悪など、今はありはしない。
立花響という人々を照らす日輪の如き優しさと、アイリス・フェイルノートと言う自分と彼女たちとを繋ぐ護るべき少女を介し、翼はクリスの手をとった。
もはやこの場に孤独などありはしない。誰かの為にと立ち上がるその意思を胸に、少女たちは手を繋ぐ。
自分には救えなかった彼女の心に寄り添える貴女にただ、ありがとうと翼は謳う。
「地上の敵は私と立花が承る。頭上は行けるな?」
「はっ! 誰に言ってやがる──やれるに決まってるだろ!」
まるで長く付き添いあった戦友の様に背を預け、信頼し合う二人。
かつて不和を奏していた彼女たちのこの光景に、立花響は歓喜を呼び起こし力強く言の葉を紡ぐ。
「翼さん、クリスちゃん。一緒に歌おう! “誰か”の
一陣の風が鳴る。
雪の音色が鼓膜を愛撫する。
戦慄けよ
█
あぁ、漸くだ。
待ち望んだ終幕にて、漸く私の宿願に区切りがつく。
今までの逢瀬も、運命も──全てはこの為に。
雪音クリスは今頃繋いだ手だけが紡ぐものを歌い上げ新しく得た仲間の温もりに酔いしれているだろうか?
風鳴翼は漸く乗り越える事ができた片翼の死と海の向こうへ羽撃く決意と共にノイズを討ち滅ぼせているだろうか?
立花響はこれまですれ違ってきた二人や陽だまりとの相互理解を得て、繋ぐその掌を己自身のアームドギアと吼える事ができただろうか?
刻んでくれ、英雄譚を。
成長と共に光に満ちてくれ、戦姫たちよ。
その希望が私と言う異物により絶望へ堕ち──そしてまた、新たな希望の花を咲かせてくれる至高の循環を、私は望んでいるのだから。
凶剣としての暴虐性。ネフシュタンの鎧に侵食された偽りの人格。
戦場で幾度も致命の傷を負いながら戦い続けた狂気の戦歴。
何事も狂うほどにやってみるものだな。クリスの説得へ赴いた時とは違い、予見されていた東京スカイタワーへのノイズ襲来という“陽動”に対して私は派遣されず、むしろ装者たちの方が私を戦場から遠ざけてくれとの懇願。
繋いだ手だけが紡ぐもの──雪音クリスが初めて他者のために歌を歌う物語を鑑賞できないのは残念だが、これから私が蒔き上げる絶望の種と、それを乗り越えて月を穿つ巨砲を食い止めるであろう彼女の勇姿が最も熟れた状態で観れると思えば溜飲も下がった。
『████████』
「黙れよ雑音。私の思考の邪魔をするな」
さて、そんなわけで私は絶賛弦十郎さんたちの保護を抜け出してリディアン周辺に原作通り奇襲をかけてきたノイズを片っ端から狩ってる最中である。
これからの目的はそう──とりあえずフィーネとバトって敗北する事である。
フィーネがリディアンを襲撃して、戦姫たちが訪れたのは原作だと確か日も沈んだ夜中あたりだから数時間近くは余裕があるっぽいんだよね。
その間に適当にフィーネにボコボコにされて死にかけるからビッキーたちにはその姿に絶望しながらも最後は原作通り狂乱に堕ちた巫女を打ち倒し、その業を理解して、言葉と歌で彼女の未練を解き放ってほしい。
『
良いじゃん別に〜どうせ死にはしないんだし。
この侵食具合……と言うか一体化なら漫画版のフィーネみたく数センチ四方の肉片にバラされても即復活できるくらいの再生はお茶の子さいさいでしょ?
てか君そんな事言って私の身体好き勝手に魔改造してるの知ってるんだからね? 最近だとそのせいか味覚も喪失して睡眠と排泄と食事の機能も完全に不要になってたし……二課に保護されてたとき人間の振りして味のない食べ物ばっか食べるの結構キツかったんだけど?
『
全然良いよ相棒♡ むしろ神獣鏡でも取り返しのつかないくらい中身ぐちゃぐちゃにして二期でビッキーの侵食度情報と合わせて翼さんとクリスちゃんを曇らせようね♡
とりあえずその後はネフシュタンの再生能力のおかげ〜って言い訳すれば生き残ってもなんとかなるでしょ(適当)
「──やはり、貴様が私の前に立ちはだかるか」
相棒との語らいを遮る声がした。
荒廃するリディアン音楽院の残骸を足蹴にし、終焉の名を刻まれた巫女が私を睥睨する。
「そう、やっぱり貴女だったのね──櫻井了子」
「ほう。私の奸計に気づいていたか」
黄金が荒れ狂う。
纏った鎧こそ私の身体より分かたれた偽りの蛇。
されど融合症例として覚醒したであろう彼女の現在のスペックは無論、シンフォギアの出力など遥かに凌駕しているのが相対して分かる。
「流石にあからさま過ぎだよ。クリスが来た途端に長いお休みなんて、疑ってくれと言ってるようなものじゃない──弦十郎さんも気づいてたでしょうね」
「されど結果はご覧の通りだ、異分子よ。結局はお人好しの偽善者。陽動に陽動を重ね、私を誘き出したつもりが最後は友愛に足を引かれ奴は地に臥した──後は貴様だ。殺して首でも掲げれば装者の心を折る一助にもなろう」
良いね
肉片ばら撒くのも良いけどそんな感じで一回自分の死を偽装して見るのも良さげなんだよな〜。
試した事ないけどネフシュタンの再生なら大抵の無茶はこなせそうだし。
悩むなぁ……どうしたら良いと思うネフちゃん?
『
ふむ、まあいっか。当初の予定通りにやって行こう。
此処から始まるのは私の一人芝居。英雄譚の踏み台として華々しく散るとしよう。
「抜かせよ、阿呆が。
凶剣としての己を覚醒させる。
後付けの殺意と赫怒が空間に歪みを生み、荒れ狂う怨嗟が口から漏れ出す。
さぁ、さあ! やろうかフィーネ!
ノイズの大群を召喚しろ! 棘鞭でこの柔肌を切り裂け! 菫色のバリアを纏った正拳で内臓を穿て!
いずれこの場を訪れる戦姫たちが目を背けたくなるような惨状を、私と言うキャンパスに描け────あれ?
一応。戦いの
『
『
声が、聞こえる。
慣れ親しんだ相棒の声。だけどその後に続いて何か別の音階も混じった様な気がした。
けど、そんな疑問も答えを得る前に──途方もない痛みが、私の身を蝕んだ。
「ぐっ……が、ァああああア゛ッ゛!?」
痛い。痛い。いたいイタイ痛い痛い痛い──!
あのライブの惨劇以来感じたことの無い激痛。ネフシュタンとの融合で極限まで鈍化したはずの痛覚が、私の身体に牙を剥く。
痛みの元凶に視線を寄越せば──其処には、肩から先を右腕ごと裁断された空虚な切り口のみだった。
何が、起こった……?
意味が分からない。理解が出来ない。情報が完結しない──痛みに犯される脳内で、必死に現状を再確認して私は、ちらりと後ろを振り返った。
其処には、斬り飛ばされて地面に転がる私の右腕と大剣──そして、一振りの剣が地面に突き刺さっていた。
分からない。なんだあれは……あんな……
まごう事なき完全聖遺物が、大地に無造作に突き刺さっている現状が、またしても私の脳細胞の働きを止める。
『
哲学……兵装?
知っている。私はその存在を知っているとも。
世界に刻まれた逸話をなぞった特攻能力。無論聖遺物にも存在するその概念は、立花響の
「損ねたか。やはりまだ照準がぶれるな……それにノイズを操るのとは比べものにならん難度と消耗。全く、使い勝手が悪いにも程がある──ならば、
「──は?」
思わず、唖然が言葉として紡がれた。
先ほどから意味不明な現象の連続に頭がどうにかなってしまいそう。
私と言う存在が原作に影響を与える事は重々承知していたが、真逆この様な奇天烈極まる現象に見舞われるなど想像もしていなかった。
平行世界の記録ですら見たことの無いその手管に、私は言葉を失った。
フィーネの背後を、
黄金色の波紋が虚空に揺らめき、現実との狭間より現れたのは──聖遺物の群れだった。
十を超え、二十を超え、五十を超え、三桁に及ぶ波紋から放たれる威圧感に怖気が走る。
「礼を言うぞ
妖刀が、魔剣が、魔槍が、聖剣が、魔弓が、魔杖が──多種多様な武具が億劫になる程の神秘を纏い、その矛先が私に向けられる。
「元来、ソロモンの杖とはバビロニアの宝物庫を開く“鍵”だ。ノイズを操る権能など、今こうして開拓した可能性に比べれば塵に等しい──嗚呼、
『
『真逆、魔杖を通じた宝物庫への接続権限を拡大したと言うのか──嗚呼、趣味が悪いにも程があるぞエンキよ。貴様の巫女はもはや精神性、叡智共に“人外”のそれだな』
感じるとも、その矛先が示す
もはや考察すらため息が出る様な絶死に、眩暈がする。
「貴様ァ……!」
「ほう、良い
吐き気がする。気持ちが悪い。
既に再生を終えたはずの右腕が、今も痛みに犯される。
──“ぞわり”と、真の意味で私を殺す可能性を秘めた幾百の黄金の波紋に、背筋が凍った。