転生腹黒幼女は装者たちを曇らせたい   作:靉靆 

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光と闇の交わる刹那

 

 

 荒れ狂う殺意が、世界に歪みを生み出し理を捻じ曲げる。

 顕現するのは、斯くも凄惨な神話の闘争。

 

「おォォォォッ゛██████──!」

「──っ!」

 

 傲慢の蛇が漆黒に染まる鎧と威圧を纏い突貫する。

 もはや人語を忘れた獣の慟哭。

 痛みがあった。苦しみがあった。

 不死殺しの権能が再生能力を遅々とし、怪物殺しの権能が人間性を削りながら死痛を超える程の絶痛絶苦をその身に刻む。

 

「──終わるか……終わるものかァ! 貴様が私の死神などと断じて認めん!」

█████(然り然り然り!)███████████(赤海を別ち十の戒律を刻み主の御心を成せ)█████(──我がモーセ!!)

 

 虚空に浮かぶ幾百の黄金。其処から放たれる聖遺物の雨霰はまさしく死の大喝采(カーテンコール)

 

 されど凶剣は諦めない。挫けない。

 再生を遅らせる不死殺し、痛みと辛苦を齎す哲学兵装の数々に対して回避の選択すら浮かべず、ただ突き進み、身を削る。

 

 狂気を糧に突き進む凶剣の一振り。

 巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るなよ塵屑が。

 それは、今まで演じて来た後付けの憤怒ではなかった。

 正真正銘紛れもなく、アイリス・フェイルノートの抱いた原初の赫怒。

 

「──もっとだ。足りるものかよ! もっともっともっともっとォッ! もっと寄越せ、ネフシュタン!!」

██████████(オオォォ! おぉぉおおオオオ゛ッ゛!)

 

 永劫回帰。肉体の損傷などまるで最初から無かったかの様に、凶剣は無類の不死性を獲得し荒れ狂う。

 聖遺物の暴風雨をその身で受ける姿はまさしく狂気。攻撃を防御などしない。まともに受けて理不尽な硬さで弾くでもなく、目視すらできない速度で紙一重に躱すでもない。

 まるでその実体をすり抜けたと錯覚するほどに瞬間的かつ絶対的な再生能力と不死性を以て、アイリス・フェイルノートは黄金の財宝に単騎で立ち向かう。

 

 殺意に漲る肉体が前へと進む力をくれた。

 怨嗟に満ちた思考が、目の前の絶望的な雨霰を掻い潜る最適解を導き出す。

 

 絶死をくれてやる。死ねよ終焉。己を終わらせるのは断じて貴様ではないと、漆黒の凶剣が傷を強さに、痛みを力に、怒りを冴え渡る一振りへと還元しながら一歩、また一歩と存在規格とでも言うべき“魂”を削りながら生に於ける最大の宿敵へと距離を詰める。

 

 撤退などするものか。逃げる? 論外だ死ね。

 思考回路は攻めあるのみ。ただ殺すのみで、滅ぼすのみ。

 

「死ね。死ね──呼吸をして良いと誰が言ったァッ!」

 

 嗚呼、まさしく無慙無愧。

 恥じるものか。悔いるものか。

 底知れぬ凶念が絶望を好む彼女自身の性癖を凌駕する程の怒りと共に猛烈な渦を巻き、全て滅ぼせと只管に叫んでいる。

 

 

「──ぐ、がぁァ……ッ!」

 

 そして、神秘を纏いし武具の雨に打たれる凶剣を俯瞰するフィーネもまた、アイリスに劣らぬ辛苦を味わっていた。

 

 ──巫山戯るなよあの傲慢王め……ッ! こんな馬鹿げた防御網(セキュリティ)があるものか!?

 

 怒りの対象は凶剣に非ず。遥か彼方にて、最初期の輪廻にて仕えた黄金の君──即ち、この宝物庫の真の所有者。

 

 そも完全聖遺物とは、励起すればたとえ只人であろうとも行使が可能な異端技術(ブラックアート)ではあるが、その“宝物庫”に関しては毛色が異なっていた。

 

 かの時代。神秘が色濃く残り創世女神の死後に僅かながら神性存在(アヌンナキ)が根を下ろした時代にて、太古の王が収集せし財宝を納めるために造り上げた(くら)──それこそが、バビロニアの宝物庫。

 虚数空間を超え異世界とでも言うべき次元の向こう側に存在する宝物庫は、その存在そのものが収集した財の神秘を上回り一種の哲学兵装と化した。

 

 即ち、人類の叡智と錬鉄の結晶。

 過去、現在、未来の軛すら超え、時の流れすらも是正し人の生み出す“宝”を奉納せし無限の財。

 

 故に、それを扱う事が容易いはずもない。

 

 ソロモンの杖を機能拡張し用いようとも絶えず編纂され続ける鍵の金型。ノイズ以外への干渉を行おうとすればまるで宝物庫そのものが意思を持ち合わせているかの様に揺らめき、世界法則とも言える数式が書き換えられ、更には無限に等しい財宝の目録がダイレクトに脳へと刻まれる。

 

 もし只人がフィーネと同じ利用方法を成そうとすれば、その瞬間に膨大な情報の奔流と強固なセキュリティにより頭蓋を弾けさせているであろう程の無茶無謀。

 

 ──舐めるなよ。私が、どれだけの時を歩み続けたと思っているッ!

 

 されど終焉の巫女(フィーネ)は、その埒を無理矢理にこじ開ける。

 視認、演算。そして回答。手順を繰り返し宝物庫の全知全能(セキュリティ)を解き明かせ、一秒毎に死滅する脳細胞を、門の一つ毎に焼き切れる脳神経をネフシュタンの再生能力で即座に臨戦態勢へと回帰させろ。

 

 嗚呼、これぞ幾千年の時を暗躍せし終焉を司る者の本領。

 蓄え続けた叡智こそ月を穿つまでに究めし摩天楼。

 歩み続けた時の長さこそ不朽不滅なる精神力の証左。

 

 幾千年の時の流れは、恋する少女が人類最高峰たる智慧の王へと至るのに十分すぎる時間であった。

 

 多くの出逢いがあった。多くの別れがあった。

 多くの外道を成してきた。多くの救済を成してきた。

 光に属した黎明の時。終焉に近づく度に闇の属性へと堕ちる己の魂。

 

 光も、闇も、境界線も──ああ今こそ分かる。己はその全てを魂に刻んだぞと、覚醒を迎えし神巫。

 即ち、かの者こそ人界(ミズガルド)を統べし超克者。

 無限の希望も絶望も、重ねた全てが己の力と謳いし人類(ヒト)の極致。

 

「まだ、まだまだまだまだまだまだァッ! 貴様が死ぬまで終わるものか──傲慢の蛇(サマエル)ゥゥゥッ゛!」

 

 この叡智が尽きるものか。この精神(たましい)が壊れてなるものか──全ては、心一つなり。

 

 

「まだだッ!」

 

 “漆黒”が、喝破を轟かせた。

 血に飢えた魔剣に両腕を切断され、滅びを告げる妖刀に胴を裁断され、不可逆の魔槍に心臓を穿たれ、百を超える叡智の魔杖が放つ咆哮に身体を焼き焦がされながらも敵への歩みを止めない。

 

 肉体と概念の両挟みで死痛を味わう最中ですら、冷徹な殺意は一切途切れる事なく世界に歪みを生み続けていた。

 

「まだだァッ!」

 

 “黄金”が、不可能を是正した。

 刹那の油断すら許されぬ薄氷の均衡。

 宝物庫へ接続(アクセス)する毎に脳は熱暴走を起こし、細胞は死滅し灼き切れる。

 傲慢の代償はそれでも止まらない。目から、鼻から、口から、耳から──人体の限界などとうに超えたその無茶無謀により身体中から血液が噴き出た。

 

 それでも巫女は止まらない。廻る脳と演算回路。

 数式設定による緻密な値の入力に、黄金の波紋が呼応する。

 

『──まだだ!』

 

 互いに、勝利を吠える。

 漆黒と黄金。

 化け物と怪物。

 凶剣と魔杖。

 

 もはや意味不明な蹂躙闊歩。

 限界などとうに超えた両者が今も尚慮外の権能を行使し続けている理由(ワケ)──そんなもの、気合いと根性以外にありはしない。

  

 心一つ。想い一つ。愛を抱いて希望を胸に──彼女たちは、物理法則すら超克し殺し合っていた。

 

 

「──捉えたぞ、終焉の巫女」

「嗚呼、そうだな──来いよ、傲慢の蛇」

 

 

 やがて互いの距離が、縮まる。

 あれ程までの不利苦難に陥ったアイリス・フェイルノートはしかし、幾百幾千の聖遺物を退け巫女への接触を果たした。

 

 然し、その代償もまた膨大。

 右腕は度重なる裁断と切断面から魔剣の呪詛に侵され再生がもはや停止し、心臓は不可逆の魔槍に穿たれこちらも既に消失。肉体操作で無理矢理に血流を操作し心臓(ポンプ)の代わりを他で代用してるのが現状。

 

 破魔の石矢に貫かれた脳天はネフシュタンの再生でも完治には時を有する──否。それどころか、神獣鏡と似通った性質を持つ浄化の権能により頭蓋の内は一部消失していた。

 

 一歩踏み出す度に、百を超える死線を経験した。

 敵を睨む度に、幾千もの絶痛を感じた。

 

 それでも、その意思に微塵も翳りはなく。

 殺意と赫怒に模られたアイリスを前に、フィーネは宝物庫より一振りの剣を取り出し相対する。

 

 一瞬の、静寂。

 まるで達人同士の間合いにて──両者は、同時に動いた。

 

「──っ!」

「言っただろう。()()()と」

 

 フィーネの剣が、僅かにアイリスの肌を裂いた。

 しかしそれで凶剣が止まるはずもない。

 大剣を担いし殺意の塊は、そんなかすり傷などに一才の怯みを見せずにフィーネの心臓を貫いた。

 

「安心しろ、殺し尽くすのはまた別の機会にしてやる。さあ、共に英雄譚(みらい)を見るとしよう──アクセス

「ぐっ、貴様……っ!」

 

 アイリスが、フィーネの纏う模造品(ネフシュタン)へと干渉を開始する。

 殺意と赫怒の怨嗟が鳴りを潜め、いつもの傲慢な英雄譚信者の少女へと回帰する。

 決着は付いた。故に後は原作通りに針を進めるだけ。

 親機(マスター)子機(スレイブ)の関係性をネフシュタンの鎧を通して築き上げ、アイリス・フェイルノートはこれからの英雄譚に都合の良いように今目の前で覚醒を果たしたフィーネを()()()しようと企む。

 

「……は?」

 

 あの黄金も、不屈の魂もお前には過ぎたものだと悪魔は嗤い──血を、吐いた。

 間の抜けた声が、小さな口から漏れ出す。

 

「なに、が……?」

「嗚呼、否。“勝つ”のは私だ」

 

 巫女が嗤っている。

 血を吐く漆黒を見下し、滑稽だと言わんばかりに。

 

 一瞬の空白の後に、アイリスの身の内を駆け巡ったのは──哲学兵装で貫かれた傷などとは比べ物にならない“痛み”であった。

 

「あ、ぁ──あぁああ゛ァ゛ア゛ァ゛ァッ゛!!」

████████(████████)

 

 痛い。痛い。痛い──否、そんな言葉では語り尽くせぬほどの絶痛。

 先ほどまで幾度も概念的な絶死を味わい続けたアイリスであろうとも耐えられない程の“痛み”が、彼女を襲った。

 

 剣の先端より滴る毒が、漆黒を蝕む。

 

「ヒュドラの死毒。不死の賢者がその権能を捨て去ってでも逃れようとした絶死だ──そして、()()で漸く貴様は終わる」

 

 波紋が揺らぐ。

 怪物を討ち倒さんと紡がれた太古の縁──最後の聖遺物が、フィーネの手に宿る。

 

 銀に煌めく、一振りの死鎌。

 

 かつて、女神から怪物へと転墜した蛇の頸を刎ねた勇者の寵愛が──アイリスの頸に、そっと宛てがわれた。

 

████████(だめだ。ダメだダメだダメだ!)████████(あれだけは駄目だモーセ!)

███████████(逃げろ! 死痛を振り解き逃げろォ!)』 

 

「まだだ……私は、(わたし)は! (わたし)はまだ──!」

 

 本来なら指の一本を動かすことすらままならず、思考の一片を紡げぬはずの激痛の中で言葉を発し超克を口にするアイリス。これだけでも十分に驚嘆に値する。

 

「否。()()()()()──終に煌めき散華しろ、貴様の嘆きは漸く終わる」

 

 だが悲しきかな、後は根性論の鼬ごっこ。故に勝敗は此処に定まった。

 覚醒を果たしながら藻掻くアイリスを、更なる天元突破にて終焉が捩じ伏せる。

 

 静謐な死の宣告と共に、死鎌の斬首が光を絶った。

 怨嗟と赫怒に彩られた世界ごと切り捨てながら──漆黒の旅路は漸く終わる。

 

 切断面より、血潮が噴き出した。

 撒き散らされた赤い命の雫は彼岸花の如く咲き誇る。

 

 英雄譚はこれにて終幕。

 絶望と希望の尊さを胸に修羅道を歩み続けた少女の地獄は、永遠の虚無を以て観客席からの永久退場。それが結末。

 

 落ちる首。

 光を失う双眸。

 活動を停止する脳細胞(ニューロン)

 

 少女は今、二度目の終焉を迎える──その、刹那。

 

 

 

 

 

 

『「──いいや、まだだ」』

 

 

 喝破が、轟いた。

 

 

 

 










「くは、クハハハハハハハ! そうか! そうか! ()()()()()()()!」

『嗚呼、そうだとも我が代行。故に礼賛しろ──創世神話(エヌマ・エリシュ)の幕開けだ』

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