運命の日
目を醒ませば、地獄が其処にあった。
悲鳴が轟き、絶望が満ちる。
無力故に逃げ行く人波に圧し潰されるこれまた無力な人々。
そして──
「シンフォギアの世界って……嘘でしょ……」
思い出す、かつての己を。
押し寄せる情報の荒波に頭を痛めながら、私はこの
戦姫絶唱シンフォギア。
ばっさばっさと死んで行くモブたち──その最初の
と言うかなんなら初手から主要キャラの片割れが死んで主人公も死にかけるのだ。あまりにも厳し過ぎる。
「あー……こふっ。無理、かな
喉を超え口から溢れる血を溢しながら、『私』は息絶え絶えと言った感じに呟く。
前世の記憶を思い出して数分。私は絶賛生死の境をまたもや彷徨ってる。
小さな幼女ボディは逃げる観客に蹴られ踏まれの好き放題でボロボロ。
肺に肋骨でも刺さってるのか地獄のような痛みが内側を犯し声を出すことすら地獄の苦痛──一緒に訪れた
詰みでは?
まさかこんなにも早く第二の生が終わりを迎えるとは思わず絶望よりも先ず呆然とした気持ちになってしまう。
生後8年の幼女である。なんなら前世を思い出してから10分も経ってないんだけど……やはりこの世には神も仏もアヌンナキもいないのか。
理不尽な現状に対して少し遅れて絶望が胸を満たす最中──歌が聴こえた。
『
『
戦姫が、戦場を駆る。
人類の敵を討ち滅ぼす聖なる歌声。
羽撃く風が全てを斬り伏せ、奏で調べる撃槍が穿ち暴れる。
ツヴァイウィング──風鳴翼と天羽奏。
物語の
死にかけの肉体、地獄の苦痛。それら全てを頭の端に追いやり、私は二人の戦いを目に焼き付ける。
「がん……ばえー」
私は死ぬ。もはや治療も何もかも間に合わない。
この幼女ボディには重過ぎる怪我と出血を自覚しながら、それならばと最期の最期まで推し続けた
風鳴翼がノイズを切り伏せる。
天羽奏が血を吐きながらノイズを粉砕する。
「ぁ……ビッキー、だ」
ふと──ガングニールの欠片に胸を貫かれる少女の姿が目に映った。
誰よりも優しくて強くてカッコいい、この世界の主人公。
『──生きるのを諦めるな!』
あぁ──素晴らしい。
この世界に於いて重大な意味を持つ名言を生で聴ける幸せを噛み締めながら、私は傍観者に徹する。
絶えそうな己の呼吸すら、今は邪魔だ。
──Gatrandis babel ziggurat edenal
──Emustolronzen fine el baral zizzl
『忘れないでくれよ。私の歌は、私の生きた証』
歌う。歌ってしまう。
天羽奏にとっての滅びの歌を、絶唱を──適合係数が基準値を下回り、更にはライブに備え
──Gatrandis babel ziggurat edenal
──Emustolronzen fine el zizzl
高く奏でる明日の調べ
天羽奏はノイズを殲滅し──そして、地に伏す。
『──奏!』
風鳴翼が、狼狽しながら相棒を抱き上げる。
物語の大部分で見せていた凛々しい彼女の姿からは程遠いその姿。
『いやだ、やだよ奏! かなでぇ!』
泣き虫で、臆病で、喪失を恐れるただの少女。
『行かないで! 行かないでよ奏……っ』
あぁ、あぁ! すごく、すごく──
不謹慎だと言われようとも、この思いが止められない。
喪失に咽ぶ少女の泣き顔が、私の脳を刺激して止まない。
すごい、すごいすごいすごい──!
溢れる涙の一雫すら、まるで宝石のよう。
「う……ぁ。き、れい」
言葉にしたい。この感動を。
人でなしの塵屑だと罵られようとも私は彼女の──風鳴翼の曇り行く姿に見惚れてしまった。
遠い未来でいずれ晴れると信じているからこそ、この地獄を乗り越えると知っているからこそ──苦悶の
もっと、もっと近くで。
既に半死半生の肉体を引き摺りながら、私は尊い双星を目指す。どれだけ離れていようとも、例えその過程で死ぬと分かっていても私は、その涙を1mmでも近く近くで見て味わいたい。
──ミシリ
身体を引き摺る。血が溢れる。
──ミシリ ミシリ
身体を引き摺る。肋骨が深く肺にめり込む。
──ミシリ ミシリ ミシリ
身体を引き摺る。引き摺り、引き摺って──わたしは、おちた。
落ちる、堕ちる、墜ちる。
物理法則に従いながら落下していく自分の肉体。痛みにより断絶と覚醒を繰り返す意識を自覚する。
絶唱に緩んだ地盤が地割れを起こしたのか、ひび割れた地面の隙間に私の小さな身体が吸い込まれる。
そして、やがて到達する落下地点。地面に打たれた小さな身体が一度弾み、波打ち際にうち捨てられた魚のように無様に地面を転がる。
折れた肋骨が肺に食い込むのが理解できた。
痛い。いたいいたいいたいイタイ──!
絶景への感動で痺れた痛覚が正常性を取り戻し、再び地獄の痛みが身体を侵す。
「ひゅ……かひ……」
あぁ、あぁ──あんまりだ。
あんなにも光り輝く
身体が痛い。もう死んでしまいそう──それでも、あの美しい絶景を最期まで見届けられなかった事実が、この心を深く穿つ。
「死にたく、ない」
ふと、か細い本音が溢れた。
死にたくない。生きていたい。先程まで抱いた諦観は既に晴れて、ただ散り積もる“口惜しさ”だけが心中に満ちた。
ここからだ! ここから始まる──戦姫絶唱シンフォギアという美しい
少女たちの地獄のような道程とその果てに乗り越え描いた華のように絢爛な生き様を『観る』ことができないと言う現実がただ、今は口惜しい!
「あぁ──わたし、は」
──まだ、終わりたくない。
◼️
「───りん、ご……は……うかんだ……お空に……りんごは、落っこちた……地べたに……」
歌を、唄う。
原作知識に基づいた民謡歌にも似た安らぎを感じさせる旋律を奏ながら、二度目の終止符を予感した少女は胸の歌を口にする。
「ほしが……生まれて、うたが……うまれて……」
ひと吹きすれば消えてしまいそうな命の灯火を限界まで持ち堪えさせ、肺に突き刺さる肋骨の痛みに喘ぎながら何故歌を唄うのか。
もはや彼女自身にも分からない。遺言の代わりとでも言うのか、少女なりの断末魔とでも言うのか──それとも、命を燃やす戦姫の絶唱に感化されたが故にか。
「ルル……アメル……は、わらった……
心の臓腑が鳴らす鼓動は緩やかに静止へと向かい、脳細胞はその殆どが活動を停止し身体的な死を迎えかけていた。
カラン コロン
『A───Aaaaaa、aaaaa───』
歌が、聞こえた。
譜面もなければ歌詞もない。機械的な音の紡ぎでしかない音色───崩れる瓦礫がたてた雑音のようでもあり、限界を迎えた少女による幻聴のようでもある。だがそれは紛れもなく“歌”であると、朽ちかけた脳は判断する。
───なんで、此処に……?
数秒後にはその機能を喪失する視力が虫食い状態の黒く染まる視界に捉えた存在は、白銀の塊だった。
カラン コロン
重厚な見た目に沿ぐわない軽い音をたてながら転がる物体。目に毒な色彩を放つ白銀の塊を、存在するものとして形容するならば鎧だろう。
着込み、身を護るための道具。この場には不似合いな代物であることは言うまでもなく、更にその鎧はまるで意志を持つかのように少女の身許へと先と同じ音を鳴らしながら転がり、停止する。
その存在の正体を、少女は識っていた。
ネフシュタンの鎧。このシンフォギアの世界に於ける数少ない完全聖遺物。
会場地下にて覚醒を果たした白鎧が、彼女の目前に現れた。
───へびが、いる。
死にかけの少女が最期に思考を紡いだ───その時。
『
声が、聞こえた。
視力はもはや喪われ、死の前段階にて残された五感は聴覚のみ。その唯一の感覚器官が、何某かの声を拾う。
『──Aaaaa、aaaa───モーセ……モーセ……我を掲げよ、人を導け。海を別ち、十の戒律を刻みたもう……████の御心を斯くあれかしと……』
神々しく宙に浮かび上がる“鎧”から無数の触手が伸び、少女の肢体に絡みつく。
すると“鎧”はまるで逢瀬に歓喜する少女のように叫喚をあげ、千切れかけの右腕を優しく包み込みながら柔軟に右往左往する触手の群れに口腔を犯させ、喉を越え、食道を突き破り内臓の其処彼処に触れていく。
「──────ぁ」
途端に感じた異物感。触覚すらも感じられないはずの少女の脳が──死すら生温い程の“痛み”を解する。
「あ、あぁぁああぁあ゛あ゛あ゛っ゛!!!!」
発狂、気絶、覚醒。
発狂、気絶、覚醒。
発狂、気絶、覚醒。
痛みが作り出す地獄の連鎖に少女は絶叫をあげる。致命を負ったはずの肺が空気を限界まで取り込み吐き出し、砕けたはずの右腕が痛みに喘ぎながら虚空を空振る。
傷が癒える、激痛に喘ぐ。
傷が癒える、激痛に喘ぐ。
傷が完治し、蛇が身体を蝕む。
生き地獄とも呼べる連鎖に陥りながらも、少女の肉体は人としてのみずみずしさと形を取り戻していた。
『名を
激痛により困惑に陥る脳で少女はなんとなしに理解する。これは、契約だ。只人が己の寿命を悪魔へと捧げるが如く、
さあ如何する、異端なる魂よ。人として死ぬか、人ならざる者として生きるか──その決断こそ、この世界の
少女は歯を食いしばり、完治した肺が破裂せんばかりに息を吸い、混乱する思考回路を無視しながら言葉を紡ぐ。
「アイリス・フェイルノート」
決断は下された。遡れぬ契約が成される。
故にさぁ、黄泉還れ
「
偽りの平穏はもはや泡沫の夢と瓦解した。ならば征くべき
紡がれた
「が……ぁ。くっ──かふっ」
八千夜声 鳴いて血を吐く
その小さな鳥は死ぬまで──否。死すら経ても歌を唄う。
「わたし、生きてる……?」
少女は自分に起こった現象に目を眩ませる。
先程見た二人の戦姫を思わせる鎧の装束に疑問符を浮かばせ続けながらも、今自分が死を乗り越え生きているという事実に吐息を漏らし──嗤う。
「ふふっ」
浮かぶ笑みは、生存への喜びにあらず。
邪悪な心意気を思わせる程に下卑た狂笑が、少女──アイリス・フェイルノートの口から溢れた。
『いやだ、やだよ奏!』
思い出すのは、狼狽する風鳴翼の姿。
年相応に涙を流す彼女が、親友にして相棒である片翼の死と言う尋常ならざる残酷に胸を穿たれ絶望する姿が、アイリスの脳を焼き尽くす。
「ふふ、あはっ。アハハハハハっ──あぁ、
愉悦が胸中を満たした。
前世にてスクリーン越しに観た少女の絶望が、幾重もの世界と時を超え網膜にて直に焼き付くその絶景をただ想う。
「嗚呼、私は今生きている! この
曇りゆく少女に見惚れてしまった、絶望に満ちたこの世界で煌めき輝く人間讃歌を求めてしまった。
もっと観たい。もっと観れるはずだ。
この身に纏う鎧の出自とそれを巻き込む因果を俯瞰者としての知識で識っているからこそ、己が彼女たちの嘆きとその果てにて描く
「あの美しい
漆黒に染まる魔鎧を纏い、邪悪が咲いた。
⚫︎アイリス・フェイルノート
原作知識アリの転生者。原作開始2年前時点で8歳の白髪赤目幼女。
推しアニメの世界に転生して初手で防人曇らせを観た事で脳を焼かれ色々と拗らせちゃったヤバい子。愉悦部と言う名の邪悪。
厄ネタリョナラー鎧ことネフシュタンの鎧とエンカウントして無事復活。