さて、圭レナ魅編が終わり、サトシオン編にまいります。よろしくお願いします。
「マネージャー!そっちのボール取ってー!」
「はぁい、今投げまーす!」
詩音は近くに転がってきたボールを手に取り、声をかけてきた男子に投げた。今日は興宮タイタンズとの合同練習。詩音は悟史が診療所に居ると分かってから、幽霊マネージャーを卒業しようと何とか頑張っている。そのため練習場所が興宮の場合は出来る限り参加するようにしている。
「よ、園崎。今日は来てるんだな。」
「あらこんにちは、亀田くん。興宮タイタンズでは一番乗りですね。」
「遠いはずの雛見沢ファイターズが早ぇんだよ。」
悟史がいた時から興宮タイタンズに所属していた亀田が詩音に声をかける。仲が良いわけではないが、挨拶くらいはする関係であった。
「早めに集まるように私が日々伝えていますからね。」
後ろから男性の声がした。この声は…
「監督。こんにちは。」
「こんにちは、詩音さん、亀田くん。」
入江はにこやかな笑みを浮かべ二人に挨拶をした。ここまではいつもと変わらなかった。変わったのはここからだった。
「さてさて突然ですが、二人にサプライズがあります。」
「サプライズ?変なことすんなよ?」
「メイド服は着ませんからね。」
「うぅ、お二人からの信頼のなさを痛感しております…」
入江は泣き真似をしてみせる。実際詩音はメイド服を着さされかけたことがあったのである意味その反応は至極真っ当であった。入江は泣き真似をしながら自分の車へ戻った。そして、帰ってきたら。
「っお前…北条か?!」
「亀田くん、久しぶり。」
入江の後ろには悟史が、少しぎこちなさはあるが自分の足で着いてきていた。
「お前…生きてたんだな!良かった…っ!」
「お、大袈裟な…」
「大袈裟なんかじゃねぇ!俺にとっては大切な戦友だ!」
亀田はかなり人に情を注ぎやすい人物らしい。挨拶くらいしかしなかった詩音には分からなかった。
「これから合同練習なんだが、俺も少しは強くなったんだ。ちゃんと見とけよ!」
「…うん。見てるね。」
キラキラした目で言う亀田とは反対に悟史は少し悲しそうな顔をして返事をした。そんな悟史を横目に詩音は散らばったボールを拾いに行くことにした。
「あ…っ待って!」
突然背後から悟史に呼び止められ、詩音は一度足を止めたがすぐに歩き始めた。悟史はきゅっと握りこぶしを作った。そんな時背中にポンと手が乗った。
「彼奴結構ドライだからちゃんと行かなきゃ話すら聞いてもらえないぞ。」
亀田がそうアドバイスをしてくれたが、悟史には到底そうは思えなかった。魅音のフリをしていたからそう見えただけだろうか、とも考えたがもし本当にドライならいちいち自身の正体を明かし忘れろなんて言わないと思った。
「しおんはドライなんかじゃないと思うよ。」
そう言って悟史は詩音を追いかけた。亀田はそもそも知り合いだということを知らないため首を傾げていた。
「しおん。」
ボールを籠に返していると、後ろからまた声をかけられた。詩音は少しの間黙っていたが、振り返らずに反応した。
「歩けるようになってきたんですね。」
「うん。まだぎこちないし、早くは歩けないんだけどね。」
そこで話は切られてしまった。詩音は黙々と作業を続け、見向きもしない。悟史はそんな様子を見て俯いた。誰かに助けてほしい、助言してほしい、と悟史は不安な気持ちに駆られていた。
「沙都子とは、まだ会っていなんですか?」
「え?う、うん。まだ本調子ではないからね。」
「そうですか。早く回復するといいですね。」
その言葉から悟史は少しの希望を抱いた。彼女は自分の元気を祈ってくれている。社交辞令の可能性も捨てきれないが、悟史にとってそれがとても嬉しかった。
「うん、心配してくれてありがとう。しおん。」
そう言うと詩音はぴくりと反応した。そして恐る恐る、に近いほど慎重に後ろに居た悟史の方へ視線を向けた。忘れろと言われた時以来だった。ちゃんと目を合わせるのは。少し頬が赤らんでいて、困ったような顔をしていた。
「そりゃぁ、悟史くんが帰ってきたら沙都子は喜びますし。ねーねーやってる身としてはやっぱり幸せになってほしいですもん。」
「ねーねー?」
「あっ」
詩音は口を手で覆った。しまった、一応は「魅音」がお願いされたことで、しかも綿流しの日の前日の話だった。もしこれで思い出したらどうしよう。詩音は不安でいっぱいになった。
「沙都子と親しい関係にあるのかな。」
「え、は、はい。私にとっては家族同然に守ってあげたい大切な子です。」
詩音は少し言うのを戸惑いながらも、しっかりと言い切った。そのまっすぐな瞳に悟史は優しく微笑んだ。
「沙都子はいい友達…いや、いいお姉ちゃんを見つけたね。」
その言葉に詩音はちくりと痛んだ。悟史から「いいお姉ちゃん」と言ってもらえたのは嬉しいのだが、彼に言われると尚更過去の出来事を思い出してしまう。
「そうそう、一つ聞きたいことがあったんだ。」
「なんですか?」
「しおんって、どうやって書くの?」
「えっと…詩を詠むの詩と音で、詩音です。」
「そっか。前から思ってたけど、いい名前だね。」
にこやかな笑みで悟史は詩音を見た。周りは練習試合か何かをしているはずなのに詩音の耳には届かなかった。詩音はずるりと地面にしゃがみ込んだ。
「し、詩音?!大丈夫?」
悟史もしゃがみ、詩音の様子を確認する。顔を覗くと詩音はぽろぽろと涙を流していた。
「何か気に障ること、言っちゃったかな…?」
「違うんです。懐かしくて。」
一生懸命落ち続ける涙を拭い、詩音は笑う。悟史はそんな笑顔をする詩音の頭を撫でようと手を伸ばした、が。
「…あ、れ?」
「悟史くん?」
悟史は手を引っ込めた。何か心で引っかかり本能が撫でるのを拒んだ。その間にくい、と詩音は涙を乱暴に拭い、立ち上がった。
「よし、ちゃんと仕事しますか。」
「手伝うよ。」
「いいですよ、別に。私一人でも回るので。ゆっくり休んでてくださいな。」
「…うん。」
興宮での練習の場合、入江は悟史も連れてきていた。気づかれるのではないか、と詩音が尋ねたが興宮の方で目撃情報をなんとなく出しといて、いつの間にか戻ってきていた風に見せたいためらしい。警察に見つかったらどうするつもりなのだろう。大石は退職してはいるが大石の意思を受け継いだものは居るだろうから、なんて心配を詩音はしていた。
「こんにちは、みなさん。」
「カントクこんにちはー。」
既に集まっていた団員が入江に挨拶をする。今や悟史と同い年だったり、同時期に入っていた団員は居ない。だから今所属している子からすれば最近ついてきているお兄さんでしかないのだ。
「やぁ、詩音。」
「悟史くん、こんにちは。」
悟史と詩音も最初のわだかまりが無くなりつつあり、普通に挨拶を交わせるようになっていた。
「あれ、今日は髪結んでるんだね。」
悟史は詩音の髪を指さした。詩音は耳より下で髪を一つに結んでいた。
「気づきました?今日は私も動くことが多くなりそうですからね〜。」
「というと?」
悟史はじっと詩音を見つめた。詩音はにっと笑い団員に声をかけた。
「マネージャーちゃんとできるの〜?」
「こう見えてもマネージャーちゃんと投げてくるよ。」
集まってきた数名の小学生が詩音に思うことを次々と言う。悟史は状況が呑み込めなかった。
「見ててくれますか?」
「うん、見てるね。」
その返事を聞いて詩音は嬉しそうな顔をした。そして詩音はボールとグローブを手に取った。
「行きますよー!」
「よしこーい!」
元気よく小学生が返事をしたので詩音は勢いよくボールを投げた。小学生が持ったバットが良い音をたてボールを飛ばした。そのボールはホームランと言えるほど遠くには飛ばなかったが、試合でやれば褒められるほど遠くへ飛んだ。
「おー!マネージャー、飛んだよ!」
「えぇ、結構良いとこ行きましたね!」
詩音はピッチャーの練習の手伝いをしていたのだ。まさか詩音がそんな事をしていたとは思わず悟史は目を丸くした。
「凄い、詩音も野球できるんだ。」
「最近やっと出来るようになったんですよ。監督のご指導のお陰で。」
詩音によると、小学校低学年の子同士でピッチャーキャッチャーの練習をするのは難しいということで、監督が相手をしていたのだが一人じゃやはり厳しいということで詩音に頼んだ、とのこと。練習期間は年単位。効率的とは言えなかったが、監督は助かっているらしい。
「じゃあ、復帰するときには僕も詩音に手伝ってもらおうかな。」
純粋無垢な笑みを浮かべ悟史はそう伝えた。その言葉で詩音の頬や耳は真っ赤になっていった。
「マネージャー大丈夫?」
「水飲んでる?」
団員が心配そうに詩音を見る。詩音はあわあわしながら違う、と言う。その慌て様は団員にもしっかり伝わっていて「休んで!」と言われてしまった。
「違うのに…」
「でもまだ顔赤いよ?」
日陰で持参した水筒の水を飲み、詩音はため息をついた。悟史もさっきの団員同様心配そうに詩音を見つめていた。そして手のひらをぴたりと詩音の額につけた。詩音はびくりと体が跳ね、退いてきていた熱が戻ってきた。
「だ、誰のせいですか誰の!」
「えっと、ご、ごめん…?」
ふいっと詩音は悟史から顔を逸らした。何年も会っていなかったのに、直近で忘れろなんて突き放すような言葉を言ったのに、悟史はそれでも関係なく話しかけてくれて。詩音はそれが嬉しくてたまらなかった。だが、こういう不意な攻撃はやめてほしい、と切実に願った。心臓が持たないから。
「ねぇ、詩音。」
「…なんです?」
「あ、えっと…君は僕のこと、好き?」
「さっきからなんなんですか!私に総攻撃かけてます?!」
詩音は大声で怒ったように言った。悟史は総攻撃がなんの事かよく分かっていないようで困りながら謝っていた。
「で、どうしてそんなこと聞くんですか?」
「あの、僕は詩音と話すのが好きで、君が嫌じゃなければ前みたいに練習の時だけじゃなくて、病室にも来てほしいなって。」
「悟史くん、言葉は選びましょうね。」
勘違いするから、とは流石に言えなかった。悟史はなんの事か分からず頼りない声をあげていたが。
「あの…覚えてますか?私が前に言ったこと。」
詩音は悟史の提案にすぐにはい、とは言わなかった。過去が蘇って辛い思いをするきっかけになるのは御免だ。しかし悟史はすぐに言葉を返した。
「分かって言ってる。僕はそんなことどうでもいいと思うくらい、君と話すのが好きなんだ。」
「『詩音』として話すようになったのはつい最近なのに?」
「魅音の格好してたときからだよ。割と癖が出てて、冷静に振り返れば魅音との違いを感じるし。」
「あら、そんなにお姉になりきれていませんでしたか。」
それか彼の前だから、なのか。まぁこの際どうでもいい。悟史が詩音と魅音を見分けようと思えば見分けられることに詩音は感心していた。
「…少し、監督と相談してもいいですか?」
「うん、どうぞ。」
詩音はありがとうございますと言い、練習が一区切りついたのを確認し、入江の元へ向かった。
「監督、お疲れ様です。」
「詩音さん。体調を崩されたと聞きましたが大丈夫ですか?」
「はい。というかあの子たちが勝手に騒ぎ出しただけなんです。元々元気です。」
ならよかった、と入江は表情を緩ませる。詩音もふふ、と笑って見せた。
「ところで監督、少しいいですか?」
「どうしました?」
「悟史くんの件なんですが…私は、彼と関わっていいのでしょうか?」
今更だと言われるかもしれない。悟史がここに来るようになってまぁまぁ経つから。
「むしろ来てもらわないと困るレベルですよ。悟史くんが孤独でおかしくなってしまいます。」
「え…?」
「悟史くんは、変わってしまった世界に混乱しています。時が止まってしまった自分に嫌気が差していると、聞いています。だからこそ、変わる前を知らない君と話すのが落ち着くんだと思いますよ。」
変わる前を知らないから落ち着く。まさか自分がそんな存在になれているとは思わなくて目を見開いた。いいのかな、そんな存在になって。悟史には幸せであって欲しいからこそ、すぐに決められなかった。
「仮に、思い出してしまってもそれはいつかはするものです。それに寄り添える存在であれば良いのではないですか?」
「…そう、ですね。」
そんな存在になれるだろうか?最低なことをしたのに。そんな不安が渦を巻く。しかし、詩音だって出来ることならもっと話したい。仲良くなりたい。入江は一度も会わないべきだとは言わなかった。あくまで詩音が勝手に辞めとこうと避けただけだ。
「覚悟が出来ました。ありがとうございます。」
詩音は入江に感謝を伝え、悟史の元へ向かった。