君に恋したその時から。   作:ほしう

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自分の意思で。

「悟史くん、気分はどうですか?」

入江がそう尋ねたが悟史は黙っていた。

「とりあえず、何処まで思い出したか聞いてもよろしいですか?」

「…魅音の格好をした詩音が沙都子を殴ってるところ。」

「そうですか。それ以上は?」

「それ、以上…?い…っ」

過去を思い出そうと思考を巡らそうとしたその時、悟史は頭を抱えた。入江はもう考えなくていい、と悟史に促した。

「悟史くんは今の詩音さんを見ても、過去のことは許せませんか?」

「どういうことですか?」

「そのままの意味です。今まで関わってきて、ほんとうにそんな事をする子なのか、とか。あと、現在詩音さんは沙都子ちゃんとかなり仲が良いのです。」

「そんなの、詩音が隠してるか、沙都子が無理してるかじゃないのか。」

疑心暗鬼に囚われてしまっている。入江は顔をしかめた。自分が点滴を外すと判断しなければ、あんな事にはならなかったかもしれないのに、と。

「詩音さん曰く和解したそうです。私から見ても沙都子ちゃんが無理をして詩音さんと一緒に居るようには見えません。」

ほら、と入江は悟史に数枚の紙を差し出した。

「…これは?」

「詩音さんの忘れ物です。一緒に見るって約束してたんじゃないんですか?」

入江が手渡したのは沙都子の写真。詩音が忘れていった鞄に入っていたものだ。写真は悟史が失踪して一、二年後の写真が多く、変化を知るのが怖いと言っていた悟史への配慮だと思われた。

「ほら、これなんかいい笑顔じゃないですか?」

「あ…」

沙都子と詩音のツーショット。詩音が楽しそうなのは勿論、沙都子の顔は悟史が記憶していた時期の暗そうな面影は全くと言っていい程感じ取れなかった。沙都子は演技でこんな顔が出来る子じゃない、つまり沙都子は詩音に心を許している。その時流れ込んできた一つの言葉、前に詩音が沙都子について言った時の言葉。それに悟史はいいお姉さんを見つけたね、と言った。そして今日のこと。震えて謝る様子は虐待を受ける沙都子の姿と重なった。あんなに優しいのに、疑ってしまった。沙都子の事だって今は反省していると少し考えたら分かったはずなのに。悟史はぽろぽろと涙を流した。

「…僕、すごく、ひどいことしちゃった。」

「悟史くん…」

「僕…詩音にたくさんしてもらったのに、なんてことを…!」

悟史は声を震わせ、声をあげて、泣いた。入江は静かに悟史の背中をさすっていた。

 

「はぁ…」

エンジェルモートの従業員出入口から詩音が出てきた。ここのところミスが多いと、長い事働いているのにたるんでいる、と怒られてしまったのだ。自分でもらしくないミスが多いとは思っていた。いつもいつも気を引き締めようと頑張っていても何処かで緩んでしまっているらしい。

「あれ、詩ぃちゃん?」

後ろから声をかけられる。その声や名前の呼び方で振り返らずとも誰か分かった。

「レナさん。こんな時間に会うとは珍しいですね。家出ですか?」

「ち、違うよぉ〜!部活帰りだよぉ!」

詩音はくすくすと笑い後ろを向いた。レナは困ったようにわたわたとする。意外だった。こんなら遅くまで残る部活と言えば運動部くらいだろうか。レナは文化部のイメージが強かったために詩音は驚いていた。

「詩ぃちゃんはバイト終わり?」

「はい。ま、最近ミスばっかでたるんでるーって怒られたので絶不調なんですが。」

詩音は笑って自虐するが、レナはじっと詩音を見つめていた。

「無理に笑わなくてもいいんだよ?ミスも、あんな事があればしょうがないと思う。」

「…お姉って口軽すぎませんか?」

何かを知ってるような口ぶりから魅音がレナに詩音の事を伝えたのは明白だった。詩音は小さくため息をついた。

「詩ぃちゃんご飯まだだよね?」

「え?は、はい。」

「お金はある?」

「ある程度は。」

「じゃあ、レナと何処か食べに行こうよ。」

「え、今から?」

「うん!」

にこにこと笑うレナに対し困惑した顔の詩音。詩音は友達が多い訳では無いために身内以外との食事はほぼしたことがないに等しかった(ルチーアでの経験は例外)。レナの誘いが迷惑な訳ではなく詩音が慣れてないために困惑しているのだ。

「嫌じゃないかな、かな?」

「あ、はい。今日はマンションに帰る予定でしたので…」

「じゃあ決まり!レナね、お気に入りのお店があるんだ〜!」

レナは詩音の手を握り歩き出した。詩音は引かれるがままについていった。連れてこられたのは興宮の駅からも少し離れた洋食店。園崎が経営している訳では無いためか詩音は存在すら知らなかった。

「こじんまりとしてますが、お洒落なお店ですね。」

「ふふ、でしょ?しかもね、ここにはかぁいいものも沢山あるんだよ!」

目を輝かせ少し息を荒らげながらも楽しそうに言うレナ。中に入ってみるとレトロな雰囲気が漂っていて、確かにレナが好みそうなものも多かった。

「はうぅ、いつ見てもこのレコードかぁいいよぉ!」

「駄目ですよレナさん。」

素早い動きでレコードに近づくレナの肩を掴み急いで止める。レナはえへへ、と笑い詩音は仕方ないな、と口元を緩めた。案内された席へと移動すると、メニューを見ながらレナは各料理の特徴を教えた。この店は創作料理も多いらしく詩音はせっかく来たのだからと創作料理を注文することにした。レナはそれに合わせ幾つか副菜を注文。シェアしようという流れになった。

「ん、これ結構美味しいですね。」

「でしょでしょ?レナもね、このお店でこれが一番好きなんだ。」

「創作料理のお店って正直なところ当たり外れが大きいんですが、当たりを引けばいい物を得られるんですよねぇ。」

詩音はうきうきした様子で店の感想を述べていく。レナはそれを微笑みながら相槌をうつ。店の話から最近の話、レナの友達の話へと話題はコロコロと変わっていく。ある程度話が落ち着いてきた頃に少しは気分転換になったかな、とレナは詩音に尋ねた。

「気を遣わせてしまいましたね。すみません。」

「詩ぃちゃん、前もそれ言ってたよ。レナは詩ぃちゃんに沢山助けてもらった。だから恩返しをさせて欲しい。」

「そんな大袈裟な…」

詩音はレナの意見に苦笑した。その反応にレナは悲しそうに眉を下げた。

「何よりね、詩ぃちゃんが辛い時、傍に居たいの。お友達としてさ。」

「…友達、ですか。」

「あ、い、嫌だったかな、かな?」

詩音は首を振った。嫌なわけがない、でも戸惑いはあった。

「私、友達と呼べる友達が居なかったのでレナさんのこと友達と呼んでいいのか、仮に呼んだとしてどのように接したらいいのか分からなくて。」

「呼んでよ!いっぱい呼んで!レナと詩ぃちゃんはお友達だよ!」

はぅ!とレナは嬉しそうに詩音に伝えた。詩音はというと、気恥ずかしくなったのか視線を逸らし髪の先を弄っていた。

「それで、どのように接するかって話だけど…まぁ無理に身構えなくてもいいよ。色んなお話をする存在…とかで捉えてもらえたら嬉しいかな。」

「なるほど…出来るだけ頑張ります。」

「あはは、詩ぃちゃんはあんまり人とお話するの得意ではなさそうだもんね。」

「そう見えます?」

「うーん、なんとなくね。社交辞令のお話は出来ても、たわいないお話はそこまでって感じに見えるな。」

「凄い、的中。」

詩音は目を丸くして拍手をした。えへへ、とレナは可愛らしく笑った。そこから話は雑談へと移った。レナが定期的に詩音に話題を振ったため、聞いてばかりではなく話すこともあった。

 

「あら、詩音さん。」

「こんにちはなのです。」

「沙都子、梨花ちゃま。興宮まで買い出しですか?」

セブンスマートにて、入って一番最初にある野菜コーナーで買うものを選別している詩音を背後から呼ぶ中学生が二人。自転車の鍵を服のポケットに仕舞う沙都子の仕草から着いたばかりだということを察することが出来た。

「みぃ、お世話になっている八百屋が今日お休みだったのです。」

「そろそろ買い出しに出なきゃまずかったのでここまで来たのですわ。」

「なるほど。二人は偉いですねぇ。」

詩音は梨花と沙都子の頭を優しく撫でた。そしてたわいのない話をしながら野菜コーナーを見て回る。その間に梨花はあることに気がついた。

「詩ぃ、少しいいですか?」

「ん?」

沙都子が少し離れた場所にいる時に梨花はこっそりと声をかけた。詩音はきょとんと首を傾げる。

「何かありましたですか?」

「え?…あ、コンペの結果の話ですか?」

「あ!それずっと聞こうと思っていたのに忘れていましたわ!どうだったんですの?」

いつの間にか戻ってきていた沙都子がいきいきしながら尋ねてきた。梨花は不服そうな顔をしつつ、結果を促すように沙都子に向けていた視線を詩音に向けた。

「あー、落ちちゃいました。人生そんなに甘くないですねー。」

「えぇ!あんなに美味しかったですのに!」

「他の方のビターなスイーツのウケが良くて。実際そっちの方があの店に少ないビター系商品として売れるだろうという決断に至ったわけです。」

「次がありますです。詩ぃ、ふぁいと、おーなのですよ。」

「ありがとうございます、梨花ちゃま。」

梨花がいつものように拳を上に突き出し、その様子を見て詩音は微笑んだ。だが、何処か不安そうな顔なことに代わりはなく、梨花はその後も何かと詩音に視線を向けていた。買い物も終盤になってきたころ、沙都子が梨花の様子に気づき声をかけた。

「どうしたんですの?詩音さんをじーっと見て。」

「詩ぃの様子に違和感があって。」

「コンペの話で、じゃありませんの?」

「僕の勘ではそうじゃない気がして…あ。」

梨花はぽん、と手を打った。その様子に沙都子は怪訝そうにしていた。

「詩音さん詩音さん。」

会計も終わりそろそろ帰ろうという流れになってきていた時、沙都子がぽんぽんと詩音の肩を叩いた。

「今日はお二人によく声をかけられる気がしますね。どうしました?」

「帰る前に二人で少しお話できませんこと?」

「え?良いですけど…梨花ちゃまはどうするんですか?」

詩音は隣で袋に野菜を詰めていた梨花に尋ねる。

「僕のことは気にしないでいいのですよ。」

「そう、ですか?では…」

詩音はどうして沙都子が改まってまで二人きりになろうとしているのか検討がつかず、何も分からないまま沙都子と店を出た。

ある程度ぶらぶらと興宮を回り公園のベンチでたわいない話も弾んできたときに沙都子は詩音の顔を伺うようにして言った。

「詩音さん、やっぱり元気がありませんわね。梨花の言う通りですわ。」

「そう見えます?元気なんですけどね。」

あはは、と詩音は笑うのを見て沙都子はむっとした顔をした。

「何年詩音さんの妹やってると思っているんですの?詩音さんの落ち込み具合くらい見たらすぐに分かりますわ。」

口角が下がり、目を見開く。詩音は静かに沙都子を見つめた。

「沙都子は、私のことを恨んでいますか?」

「…は?」

沙都子は信じられないと言わんばかりに目を見開き眉を顰めた。冗談でそんなことをいう人ではないのは分かっていたがその質問自体を上手く飲み込めずにいた。

「どうしてそんなことを聞くんですの?」

「改めて確認しておきたくて。沙都子が私がああやって関わるのを嫌がっているのなら、やめますし。」

「...誰かに何か言われたんですの?」

静寂のせいかカラスの声がいつも以上に響いたように感じた。身体をぴくりと震わせ、詩音は沙都子を見つめた。

「あら、図星ですの?」

「あ、あはは。誰かにって言っても夢の中なんですけど。」

「...兄にでも言われたのですか?」

わざとらしく頭をかいていた手が止まる。沙都子の勘が冴えている。今日は下手な嘘でも見破られるのではないかと詩音は彼女の洞察力に驚いていた。

「沙都子、無理に兄なんて呼ばなくていいんですよ?」

「そんなのどうでもいいですわ。これもまた図星なのですわね?」

「...はい。」

肩を丸め小さくなり詩音は頷いた。夢ではなく現実だということはさすがに隠した。沙都子は全く、とため息をついて立ち上がった。詩音が沙都子を見上げる状態となったとき、沙都子はぽんと詩音の頭に手を乗せた。

「また出てきたら言ってくださいまし。詩音さんは私のねーねーだって。」

「沙都子。」

詩音はくしゃりと顔をゆがめた。沙都子はあらあら、と呟き頭を撫でた。沙都子に見抜かれた驚きやもう怒っていないことがこの涙を誘ったのは勿論だ。だがそれ以上に、沙都子が悟史に宣言してくれる程の存在になれていたことが、詩音にとっては嬉しくて堪らなかったのだ。

「過去は過去ですわ。大切なのは今。仮に許してくれそうになかったとしても、ちゃんとごめんなさいすれば許してくれますわよ。というか今の詩音さんを知らないくせにあーだこーだ言うんじゃありませんわよ!」

「いや、言われても仕方ないかと...」

「いーえ!そう言い聞かせでもしないと夢の中でまた兄に酷いこと言われますわ。また何か言われる前に詩音さんが意識を変えないと!」

夢はその人自身の脳が見せるものだから、と沙都子は詩音の罪悪感の払拭ができるような言葉を次々と述べてくれた。いつの間にここまで頼もしくなったのだろう、と詩音はまだ溜まっていた涙を流し、目を細めた。

「沙都子。」

「なんですの?」

「私、沙都子のねーねーになれて、本当に幸せです。」

 

「よ、悟史!」

圭一は勢いよく病室の扉を開けた。付き添いの看護師がじろっと圭一を睨むと、圭一はぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げた。ベッドに接している壁にもたれて本を読んでいた悟史はゆっくりと圭一の方へ視線を向けた。

「圭一。久しぶりだね。」

「だな。実は何度か会いに行こうとしたが監督が駄目って言って行けてなかったんだよな。」

ぴくりと悟史の肩が跳ねた。圭一はそれを見逃さず悟史を見つめた。

「何かあったのか?」

「...えっと。病気が悪化しちゃって...」

圭一には病状は何一つ明かしていない。しかしその病気によって精神がやられることもある、というのは説明をした。なるほど、と圭一は頷く。悟史は視線を段々と下に下げていった。

「話ならいくらでも聞くぞ?」

「...詩音に酷いこと言っちゃった。」

「え?」

「過去のことなのに、今は違うのに。僕は本当に何を...!」

「お、落ち着け!一つずつ話を聞かせてくれ。」

悟史は髪をぐしゃりと乱暴に掴み後悔を叫ぶ。圭一は異常さを察し背中をさすり落ち着くように促した。看護師も悟史の傍により安心させるような言葉を述べた。ある程度落ち着くと悟史は深呼吸をしてまた語り始めた。夜、沙都子が殴られる情景が見えて、殴っている相手が魅音のふりをした詩音だったことを思い出した。それで問い詰めてしまったが現在は関係が良好だったらしく、反省していることが素振りで分かったはずなのに見抜けず傷つけてしまった、と。

「なるほどなぁ…でも、仕方なくないか?実際にやったのは事実で、悟史にとって許し難い行為なことに変わりはないんだから。」

「そう、かもしれないけど。」

「詩音にも悟史にも悪いところがあった。だから互いに謝って解決、じゃないか?」

「謝って許されることなのかな。それに僕は…」

悟史は何かを言いかけて口を噤んだ。言いたくないという感情を漂わせていたため圭一は気を遣わせて何も聞かなかった。

「なぁ悟史。」

「何?」

「お前は何に罪悪感を感じている?」

「…へ?」

悟史はきょとんと首を傾げた。何に。全てに。だが圭一が求めている回答はそうではないと理解していた。

「それを言語化できなければ詩音に謝ったところで意味のない謝罪になる。関係回復に繋がるとは思えねぇ。」

「な、なるほど。」

「てことで具体的に言ってみろ。特に申し訳ないと思っていることを。」

悟史は目を瞑り静かに考え込んだ。病室に緊張感が走る。圭一も看護師も静かに回答を待っていた。

「詩音を、信じられなかったこと。」

「なるほどな。それが言えたなら充分だ。次はその想いを詩音にぶつけるだけだ!」

「で、でもどうやって…!」

答えを急かすように前のめりになって悟史は圭一に迫った。こうなってしまった以上前のように詩音から会いにきてくれるとは思えなかったからだ。

「お前が行くんだ。」

「え…え?」

「悟史、お前が詩音に会いに行くんだ。」

傍に居た看護師も目を見開いた。興宮の練習試合に顔を出すことはあったがあれは仮にも入江同伴だ。だからなのか悟史は自分の意思で外を歩き回ることに抵抗を覚えていた。そんな中の提案に悟史は困惑と恐怖を抱いた。

「ぼ、僕自分で外出できないよ。多分…」

「お前の意思はそんなものか!」

圭一は声を張り上げた。悟史はびくりと体を震わせる。申し訳なくも思ったがここは引いてはならないと感じ、圭一は続けた。

「お前はそんな制約を跳ね返してでも詩音との関係を回復させたいんじゃないのか?その制約で諦めるような想いなのか?!」

圭一の言うことは正論だった。だが恐怖心や緊張、自分の立場を考えるとどうしても動けなかった。悟史は自身の手をぎゅっと握りしめ、俯いた。それに悟史は自分の罪について思い出している。詩音はこのことを知っているのだろうか。知られたら、もう会ってくれなくなるんじゃないか。恐怖、緊張、不安…全てが心の中でぐるぐると渦巻いていた。

「後悔のないようにして下さいね。北条さん、貴方も近いうちに元の生活に戻るでしょう。その時に園崎さんとどう接していくのかを視野に入れて。」

看護師もしっかりと悟史の目を見て助言をした。後悔のないように、その言葉を受けて悟史は顔を上げた。

 




次回、最終回です。お付き合いくださいますようよろしくお願いします。
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