雛見沢や興宮はもう既に雪が沢山積もっていた。辺りの店はクリスマスの準備を既に終わらせていて赤、白、緑の装飾品が目立つ。輝かしい装飾に目を向けてエンジェルモートで何か取り入れられるものがないかと詩音は冷え込む興宮を散策していた。その時ガシャンと金属が重なる音がした。知っている。この音は…と身構えたが目の前に想像していた景色は意外な形で広がっていた。小学校高学年ほどの女の子がやってしまったと言わんばかりに床にしゃがみこんでいた。その女の子の目の前には倒れた自転車が三台ほどあった。
「お前何してくれてんだよ!」
「凹んでるだけじゃなく装飾まで削れてんじゃねぇか!何してくれんだよ!」
「金寄越せやぁ!」
すぐ傍に居たガラの悪い中学生が女の子に寄って集って罵声を浴びせる。女の子は「だって」と何か言いたげで怯えながらも謝る様子はなかった。詩音は違和感を抱いていた。なぜ女の子は床にしゃがみこんでいたのか。それは転けたからなのではないか?そして詰め寄る前から距離が近い中学生。転けたのは中学生のせいなのではないか。憶測に過ぎなかったが充分に可能性はある。
「小さい子にそうやって集るのはどうかと思いますよ。」
詩音はすっと女の子の前に入り中学生と目を合わせる。中学生たちはメンチを切り威嚇を始めた。詩音はそれに怯まず目を見つめ話した。
「まずこの子の意見を聞いた方が良いのではないでしょうか。さっきから彼女の話を聞こうともしない。」
詩音はしゃがみ女の子の視線に合わせ大丈夫ですよ、と語りかけ話すように促した。すると女の子はぎゅっと詩音の服の裾を握り震えた声で話し始めた。
「あの人たちが、後ろから当たってきたの。だから転けちゃって…」
「あぁ?!オレ達のせいってのか?!」
中学生は顔を近づけて怒鳴る。女の子は即座に詩音の背中に隠れた。
「まぁまぁ、どっちもごめんなさいで済む話じゃないですか。そんなかっかしないで。」
「お前部外者だろ?!どっか行ってろよ!」
「嫌です。」
高圧的な態度を取り続ける中学生を詩音はきっと睨みつけた。それにより中学生は逆上し声が大きくなった。
「いい加減にしろよお前!正義のヒーローぶってよぉ?!」
「そんなにそのガキを守りたいたらお前が弁償してくれんのか?あぁ?!」
「修理が必要なようには見えませんけど。」
「おま…クソ女がよぉ!」
上部から握りこぶしが降り掛かってくる。詩音はしゃがんだ状態かつ女の子を庇うように包み込んでいる体勢なので簡単に避けることが出来ない。スタンガンも持ち合わせていなかった。まずい、そう身構え女の子に危害を加えられないように抱きしめた。その時。
「その子に手を出すな!」
聞こえてきたのは愛おしくて、でも避けたくなってしまう声だった。
「悟史、くん…?」
詩音はゆっくりと顔を上げ、少し離れた場所に居る悟史を信じられないと言わんばかりに見つめた。
「あぁ?またなんか来たぞ?」
「ひ弱そうなやつだなぁ?」
中学生たちは突然現れた悟史に対して散々な言いようだった。詩音は首を振りこっちへ来るなという意志を伝えようとしたが、悟史は構わず詩音たちの元へ向かう。
「殴られてぇのか?」
「殴ればいいじゃないか。僕だってやられてばかりじゃないけどね。」
そう強者感を漂わせるが詩音は知っている。体力はまだ回復しきっていない。過去の、あの運命の日と同じ結末になるのでは、と詩音の頭に不安が過った。あの時は正義感で突っ込んできた変なやつ、でしかなかったが今は違う。傷つく姿なんて見たくない。
「やだ、やめて…悟史くん…っ!」
その悲鳴も虚しく、悟史は中学生にぼこぼこにされてしまったのだった。
夕日が差し込みだす時間に、前に沙都子と二人で話した小さな公園に悟史と女の子を連れ、詩音は濡らしたハンカチで悟史の傷の手当をしていた。
「ほんっとうに!なんであんな無謀なことするんですか毎回毎回!」
ベンチに座った悟史の身体を丁寧にハンカチで撫でながらも文句は止まらず溢れていた。
「む、むぅ…つ、つい。」
「ついじゃないですよ!本当に心配だったんですから!」
そんなやり取りを続けていると女の子が申し訳なさそうに寄ってきた。
「お姉さん、お兄さん、ごめんなさい。」
「え?」
「どうして君が謝るんだい?」
二人とも突然の謝罪に困惑した。だが女の子は泣きそうになりながら言葉を紡いだ。
「だって、私がちゃんと前を見てたらあの人たちに絡まれなかったし、お姉さんが怖い思いする必要もなかった。お姉さんが私を守らなければお兄さんが怪我することもなかった。だから…」
女の子は声を我慢して静かに泣き出した。詩音はハンカチを悟史に手渡し、女の子に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「自分を責めないで。」
「…っでも!」
「大丈夫、私たちはそんなヤワじゃないですから。」
ね?と詩音は悟史に視線を送る。悟史も迷わず頷いた。それを見た女の子はまた泣き始めた。次は声を我慢せず思いっきり。
「ありがとう、お姉さん、お兄さん。」
「気をつけて帰るんだよ?」
「うん、ありがとう!」
数分後、女の子は安心したように笑って帰路をたどっていった。公園に残ったのは詩音と悟史だけだ。沈黙が続いて悟史は何を話せばいいのか分からなかった。
「あの、しお…」
「なんで興宮に居るんですか?」
「え?えっ、と…」
詩音は公園の出口を見たままで、目を合わせることが出来ない。だからどういう意図でその言葉を発したのか分からなかった。だから悟史は何も取り繕わず本音を言おうと決めた。
「会いに来たんだよ。」
「へぇ、何方に?」
「君だよ。」
悟史がはっきりとそう言い切ると詩音はぴくりと身体を跳ねさせ、左手を右腕に添えた。そして詩音は悟史の方を向いた。
「ごめんなさい。大切な人を傷つけてしまって。沙都子の心に深い傷を作って、取り返しのつかないことをしてしまったと理解しています。許してもらおうだなんて思っていません。でも、言わせてください。」
詩音は悟史の前で深々と頭を下げた。震えた声で謝った。悟史は少し困惑した様子だった。
「詩音、頭を上げて。」
その言葉に躊躇いながらも詩音は従った。そして不安そうに悟史を見つめる。悟史はそんな表情を見て罪悪感を覚えた。
「僕も酷いこと言っちゃったし、少し考えれば今の詩音は沙都子のこと大事にしてるって分かったのにあんなふうに言っちゃって…それに僕に人を許す権利なんてないから。」
目を見開く詩音と対称的に悟史の顔はだんだんと曇っていく。詩音は恐る恐る彼に尋ねた。
「全部、思い出していたんですね。」
「…詩音はなんでも知ってるんだね。」
悟史は下を向き、詩音と顔を合わせなかった。
_彼女は知っているのだ。僕の罪を。
「詩音は僕の罪を知って尚、なんで僕なんかに会いに来てくれるの?」
詩音は目をぱちくりとさせたのち、くすりと微笑んだ。
「だって、大好きですから。」
「それだけ?」
「はい。それだけです。」
理由が思った以上に呆気なく、悟史は小さくため息を漏らした。
「私にとって、君の罪は些細なものなんです。そう簡単に嫌いになんてなれっこない。」
詩音は座る悟史の両手を優しく包み、額をくっつける。
「君がしてもいいと言うなら、私は君の罪を一緒に背負う覚悟だって出来ています。」
「え…」
「本気ですよ?」
少しおちゃらけたように詩音は言うが意志は本物だろう。悟史は見つめ返して、感じた。
悟史の中にずっとあった罪の重さを彼女は好きだからという理由で一緒に背負うと言った。正直な話、悟史は馬鹿げていると思った。こんな自分なんかに、と。冷えた風が吹き、詩音の髪が悟史の顔を擽る度に夢では無いのだと実感させられる。罪の他者への証言と、詩音の意志。怖い。病気のせいと言われても人を殺した自分が。そんな怖さすらも詩音は抱きとめてくれるだろうか。自然と詩音に期待をしていた。
「詩音。」
「なんですか?」
「僕を…許してくれるの?」
不安そうに上目遣いで尋ねる姿に詩音の心はきゅんと締め付けられた。それと同時に安心させたい、私は許してもらえるのだろうか、など色々な感情が溢れてきた。
「それはこっちの台詞です。」
見つめ合い、目を細めくすりと笑った。そして一緒に言った。
「君を許します。」と。
季節は移り変わり、七月。この日は沙都子の誕生日会。使われていない北条家に部活メンバーは集まっていた。圭一、梨花、沙都子は飾り付け、レナ、魅音、詩音は料理を担当していた。なぜ沙都子が準備を担当しているかというと、じっとしていられないかららしい。
「ねぇ詩音、なんかちょっと多くない?」
キッチンにて。魅音が詩音が買ってきた材料を見て言った。
「そうですか?」
「でも圭一くんも沙都子ちゃんも梨花ちゃんも食べ盛りだよ。多分大丈夫だよ。」
「そうですよ。私これでも飲食店のバイト三年やってるんですから。」
「そう?ならいいんだけど…」
魅音は納得している様子ではなかったが、大丈夫ならと料理の支度を始めた。ある程度下処理が終わり火をかけようとした時、詩音がちらりと時計を見た。
「ちょっと二人にここ任せてもいいですか?」
「え?いいけど、詩ぃちゃんはどこに?」
「ふふ、サプライズの支度をしてきます。」
「抜かりないねぇ、詩音も。わかった了解。」
サプライズと聞き、二人とも快く詩音のお願いを承諾してくれた。詩音は支度が終わり次第戻ります、と伝えキッチンを出た。
「ふー、これくらい綺麗なら盛り上がれるだろ。」
「そうですわね。ちょくちょく掃除に来ていたのもあり早く片付きましたわね。」
「これから飾り付けなのですよ。」
圭一は掃除機を元あった場所に戻し一息つく。沙都子や梨花は買ってきた飾りを取り出し、どこに飾ろうかと話をしていた。そのときだった。外から笑い声がしたのだ。北条家の庭は広いとは言いきれない。だから近所の人という可能性はあるが、その笑い声には詩音の声も混じっていたのだ。
「詩音さん、サボってるんじゃないですわよね?全く仕方のない方ですわ。」
沙都子は呆れたように溜息をつき、部屋を離れる。圭一が「あ」や「待て」と小さめな声で沙都子に訴えかけていたが沙都子には届かなかった。梨花は出ていく沙都子と様子のおかしい圭一を交互に見ていた。
玄関前に来て人影があるのを確認した。背の高い人が多いようで、一人が詩音だと言うことは分かる。しかしあとのふたりが分からない。人影が見えると言っても少し離れた場所だからだ。沙都子はがらりと扉を開けた。
「詩音さん、何をおしゃべりしていま_」
ため息をひとつついて顔を上げると、そこには。
「にー…にー?」
行方不明のはずの兄が家の玄関前まで来ていたのだ。昔欲しいと我儘を言ったクマのぬいぐるみを抱いて。沙都子が唖然としている中、悟史たちもどうしようかという空気が流れていた。その場にいた入江、詩音、悟史は互いに目を合わせた。一番初めに動いたのは詩音だった。詩音は悟史の背中をぐいっと前に押し出した。悟史と沙都子の間はほんの数十センチになった。何を話せと?と言わんばかりに悟史は離れていった詩音に視線を送るが、ばちこんとウインクとグットサインをするだけで何もしようとはしなかった。
「…えっ、と。沙都子。」
しゃがまなくてもほぼ同じ視線にまで高くなった身長。もうこの子は悟史が眠ってしまっていた歳になっている。悟史は怖かった。だからもう一度後ろを向く。後ろに居る詩音は少し困ったような顔をしたあと、優しく微笑み両手の握りこぶしを胸の前に持ってきて、頑張れとサインを送る。それを見て悟史は不安そうな顔から安心したような微笑みに変わった。そしてもう一度沙都子の方を向く。
「勝手に居なくなってごめん。悲しい思いをさせてごめん。そして…ただいま。」
その言葉を聞き、沙都子の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「…っほんとですわよ、今までどこほっつき歩いてたんですの!にーにーのばか!ばかばか!」
しゃくりあげながら言葉を紡ぐ沙都子が本当に愛おしくて、悲しくて。そんな気持ちを抱き沙都子を見ている悟史に詩音が隣に来て小さく腕を広げた。なんだろう?と首を傾げると詩音が指でクマのぬいぐるみを指した。なるほど、と悟史は詩音にクマのぬいぐるみを預ける。そして沙都子を優しく抱きしめた。そこで沙都子の気持ちが頂点に達し、泣きわめいた。沙都子が「おかえりなさい」と繰り返すので、悟史も何度も何度も「ただいま」と言った。
いつの間にか玄関からこの様子を覗いていた部活メンバーが目を細めこの場を見守っていた。
「詩音のサプライズってこれね。いやぁこりゃ泣いちゃうよ。」
「沙都子ちゃん、良かったね。」
「クマのぬいぐるみの話は聞いてたが、なるほどそう来たか。」
分かったような口ぶりをする三人を怪訝そうに梨花が見つめる。
「みんなは悟史が生きていて、目を覚ましたことを知っていたのですか?」
「まぁ色々あってな。」
「そう、なのですか。」
この狭い世界内に自分の知らないことがある、というのが久々でなんとなく複雑な気持ちになった梨花も、沙都子の様子を見てそんな気持ちはすぐ忘れてしまった。
「良かったわね、沙都子。」
そうやって、梨花は目を細めたのだった。