「…ドジっ子って言われても、何がドジになるんだろう。」
天井を見上げ、さっきの詩音のアドバイスについて考え始めた。前の転けかけたのはドジの類なのだろうけど、ドジなんて意図的に起こせるものではない。
「私は圭一くんと…本当になりたいのかな。」
触れ合いたい、振り向いてもらいたいのは事実だが、誰かに取られたくないから恋人になる。今の自分の行動はそれに近いと感じることもあった。でもレナは背中を押された。学校の友達に。相談に乗ってもらった。詩音に。ここまで行動しているのだ。迷うことはあっても自分の意思はわかっていた。
「ダメ、レナ!圭一くんの特別になりたいことに変わりはないんだよ!」
自分に喝を入れる様に両頬をばちんと叩く。そしてよし、と声をあげる。
「次に圭一くんに会うときにはドキッとさせられるように頑張る!」
そう意気込んだそのとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。この声が聞こえていただろうか、と恥ずかしくなりながらも「はぁい」と玄関へ出た。
「よ、レナ。」
「け、圭一くん?!」
次会うとき。今。突然の訪問にレナの心臓は鼓動を早めた。ちゃんと恋だと自覚して会ったのは初めて。レナは高まる体温を感じながら言葉を紡ぐ。
「ど、どどどどうしたの?」
「お袋が煮物作りすぎたらしくてさ。お裾わけだ。」
「そ、そうなの?ありがとう、圭一くん!」
圭一が差し出してくれたタッパーをレナは両手で受け取る。圭一の母とはよくおかずをお裾わけしあう仲だ。いつもはレナが持っていってそのときに交換と言わんばかりにおかずをくれる。だから前原家の人が竜宮家を訪ねるのはたまにしかない。だからこそレナは緊張してしまう。
「レナ、顔赤くないか?なんだ、俺と会えたのがそんなに嬉しいのか?」
揶揄う様に圭一は意地悪そうな言い方でレナに言った。図星でしかなく、当てられたレナは口をパクパクとさせた。
「えっ、な、どうしてっ、は、はうぅ…」
「そうかそうか嬉しいかぁ!」
本気で恥ずかしがっているのに圭一にはいつものレナの様にしか映っていないらしい。この男は主人公特有の鈍感が炸裂しすぎている。
「え、えっとね!今度また作ったらお裾わけするって言っといてもらえないかな、かな!」
「おう!楽しみにしてるぜ。」
そう言うと「じゃ!」と圭一は背を向け帰路へと歩みを進めた。レナはというと、扉を開けっぱなしでその場で固まっていた。楽しみにしている…レナの作るおかずに対してだろうか。そう思うと恥ずかしくて、嬉しくて。
「はうぅぅ〜っ!」
そんな声しか出なかった。
「レナが詩音に相談を持ちかけた?」
『はい。レナさんにお姉が私に相談を持ちかけてきたことを伝えたのでお姉にも。』
魅音が詩音に連絡…レナも圭一が好き問題の当日から一週間。詩音が電話越しにそう伝えてきた。
『お姉に申し訳ないことしたって言ってましたよ。レナさんは、そう後悔しながら、悩みながらお姉に宣戦布告をしてきたんですよ。』
「…うん、そうだよね。」
魅音は、レナがなぜ急にそんなことを言ったのかがいまいち理解しきれていなかった。綿流しの祭りの前ならまだかろうじて分かった。その祭りの時に仕掛けるからという警告だと思えたから。でも今は?夏にどこかで会うのだろうけど、今のところそんな話は上がっていない。
「やっぱり分かんないんだよなぁ。なんで今なんだろう。」
『これは私の憶測に過ぎませんが、レナさん自身も覚悟を決めたかったんじゃないですかね。』
「え?」
『あるじゃないですか。今日から俺毎日勉強するから!って宣言するやつ。他者がその決意を聞いてる以上そう簡単にやーめたってできないんですよ。』
「はぁ、なるほど…」
後悔しながら、悩みながら言ってきた。この不自然なタイミング。これなら辻褄が合う。
「ありがとう詩音。まだ、レナに私の意思を言って、勝負する勇気はないけど…レナの考えが理解できてよかった。」
『いえいえ。』
「…すごいなぁ、レナは。」
レナは本気なんだ。圭一の彼女になりたいんだ。それを痛いほど理解した。でも魅音は自身にそんな覚悟が、想いがあるとは到底思えなかった。詩音もそうだ。三年前のあの日、地下で想いを語った。それだけ本気だったんだ。私も、確かに恋をしている。でも何かの壁が現れると身を引いてしまう。怖いから。
「意気地なしがすぎるでしょ、私。」
自室の布団で仰向けになり寝転ぶ。腕で視界を隠し、真っ暗にした。
自信が無い、意気地無し。勿論それも圭一にアタックできない理由だが、それに加え「鬼」を背負う者としてという圧を圭一にもかけていいものなのかと魅音は悩んでいた。結婚する訳じゃないのだからそんな重く考えることは無いと言われそうではあるが、頭に一度過ぎってしまっては忘れられずいた。
「なんだいせっかくの休日だというのに二度寝かい?」
「せっかくの休日だからだよ…って母さん?!」
思いもよらない声がして、魅音は勢いよく起き上がった。声の主は魅音の部屋の襖を開けて立っていた。園崎本家に住んでいるのは魅音とお魎の二人のみ。お手伝いさんは住み込みではない。そう、魅音の母、園崎茜は特別な用がない限りここに居るはずはないのだ。
「どしたの、なんかあった?」
「いや、ただ寄ろっかなぁって思って。元気してた?」
茜は部屋に入り魅音の頭をわしゃわしゃと撫でる。「んもう」と魅音は不機嫌そうな声をあげつつも茜の手をどかすことはしなかった。
「何が意気地なしなんだい?」
「き、聞いてたの?!」
「そりゃ襖開いてたし。」
そうだった。詩音と電話して部屋に戻ってきて。ひぐらしが鳴くこの時期なので風を通そうと襖は開けていたのだった。
「私で良ければ聞くよ。」
茜は魅音の隣に座り、そう言った。そういえばこの人も…。
「…母さんはさ、なんでばっちゃと大喧嘩してまで父さんと結婚したかったの?」
「唐突だね。でも答えは一つさ。大好きだった、愛してた。ただそれだけだ。」
魅音は茜の姿にかっこいいと同時にこの人もか、と思った。好きが、愛がどうしてここまで人を動かせるのだろうか。
「なんだい、圭一くんに彼女でもできたのかい?」
「そ、それは知らないけど!レ、レナが、圭ちゃんを好きなのか聞いてきて。レナは圭ちゃんのこと好きって。」
「ほぉ、恋のライバルか!面白いことになってるねぇ!」
茜はすごく、それはもうすごく楽しそうに言った。それとは反対に魅音はだんだんと元気をなくしていった。
「私、人に宣言できるほど、壁ができてもその好きで貫き通せるほど、圭ちゃんのこと好きなのかなって。」
「魅音はできると思う?」
「…多分、できない。」
「みんなそんなもんだよ。」
お魎と大喧嘩した茜には言われたくない台詞だ。そう思いながらも魅音は茜の方を向いて目で根拠を尋ねた。
「うーん…今でこそそういう事件があったからはっきり言えるけど、本気で結婚したいってなるまではあまり言えなかったね。好きとか、愛してるとか。」
「そうなの?」
少し意外だった。さっぱりしてる母にもそういう時期があったのか、と。
「追い詰められた、に近いよね。」
「え?」
「本気だと思われてないんだって、生半可な気持ちでって、言われたさ。だからあんな騒動になったんだよ。」
追い詰められたから…生半可な気持ちだと思われたから。そう言われたら、そう言い切った詩音に納得がいった。あの時、お魎に…。
「じゃあ、当主が云々とかは…?」
「あの人がそんなので怖気付くとでも?」
「う…そうかもだけど。」
「正直、本当に愛し愛されてたら、あんまり苦じゃないと思うよ?気持ちの高ぶりがあれば夫婦の試練ってことで、前向きに受け取るかもしれない。」
なるほど…なるほど?魅音は苦ではないという茜の言葉に首を傾げる。そんなことはないと思うのだが、と。
「ま、堂々と言えるのが正義ではない。心の中にあるその想いが大切なんだよ。」
茜は魅音の頭をまた撫でた。今度は優しく、包み込むような温かさをもって。
「あるでしょ?魅音の中に、しっかりと。」
「…うん。ある。絶対ある。ありがとう、母さん。」
茜はその言葉を聞いてにかっと笑った。それにつられ、魅音の口角も上がる。そうだよ、ここにあるんだよ。それを堂々と言えるかは、とりあえず置いておくとして。この気持ちのままをレナに伝えて、正々堂々圭一と向き合おう。魅音はそう思い、受話器の方へ向かった。
「もしもし、レナ?」
いつものように声が出ず、様子を伺うような不安そうな声になる。
『魅ぃちゃん。こんにちは、どうしたの?』
「…えっとさ、返事。前の返事。」
分かっているはずなのにレナは何の用か、と魅音に尋ねた。
『前の返事?』
「あの、前の...一週間前の。」
『何があったっけなぁ...?』
流石に意地悪しすぎか。揶揄うのもこれくらいにして、冗談だと告げようとしたその時。
「わ、私も、圭ちゃんが好き。譲りたくない。それだけ...だよ。」
レナは受話器越しに目を丸くした。魅音がここまではっきりと言うとは思ってもみなかったからだ。
『ふふ、魅ぃちゃんかっこいいね。』
「え、え?」
『その言葉、受け取ったよ。私も、容赦はしないからね。』
「...じゃあ、二人だけの部活だね。」
互いに声色に違和感があったのをちゃんと理解していた。それだけ怖くて、緊張しているのだ。でも、後には引けない。押し進むだけだ。
『会則第2条、勝つためにはあらゆる努力も惜しんではいけない...だね。』
「そういうこと。レナも分かってんじゃん。」
『ふふ、負けないからね?』
「私だって!」
笑い合う、二人。どっちが負けても恨みっこなし。その契りが受話器越しに静かに結ばれた。