「おーい、レナー、みおーん!」
大きな声が聞こえる。聞き慣れたのに、どぎまぎさせられるその声に、二人はびっくりしたように振り返った。
「圭一くん!部活帰り?」
「あぁ、お前たちもか?」
「そんなとこ。圭ちゃんもおっきくなったねぇ。」
「前にあったの二ヶ月前だぞ。」
すかさず圭一は魅音にツッコミをいれた。魅音はへへ、と笑い、レナはくすくすと笑った。二人の部活が始まって、二人はなんだかんだよく会うようになった。レナが敢えて魅音に会えるよう仕組んでいるからだ。かといって険悪な雰囲気にはならない。ただたわいない話をするだけ。そして、二人は静かに探りを入れていた。詩音から手に入れられるのは実行したことと、前に連絡してきた時期のみ。探りを入れなければ相手の得られる情報が少なすぎる。...というわけで二人はよく居ることが増えたのだ。
「そいや魅音、勉強はどうだ?」
「うぇっ」
「...まぁそうだろうな、魅音は勉強になるとてんでだめだからなぁ。レナは大丈夫だろうけど。」
魅音は苦そうな顔をする。圭一は呆れて「なんかあったら教えるぞ?」と言った。こういう所はレナにはないところだ。自然に圭一が寄ってくれる、世話を焼いてくれる、という点でだ。
「魅音?」
突然何処かから魅音が声をかけられた。辺りを見るが目立った人影はない。しかし魅音と、そしてレナは心当たりがあった。その声に。
「悟...史?」
小さく呟かれたその名前が声の主に聞こえたのか。それは分からないが、レナが「あそこ!」と指を指した。診療所へ行く時の裏道として使っている小道から、人影が、悟史が居た。
「え...っ、い、いつ帰ってきたの?!どうして?!」
「悟史くん、無事なの?!」
魅音もレナも自転車を置き走って車椅子に乗っている悟史のほうへ駆け寄る。圭一も状況が飲み込めずにいたが、二人について行くように駆け寄る。
「いつって...」
悟史は不思議そうに魅音を見つめる。魅音もそれを見て困惑した表情を浮かべた。
「毎週来てくれるじゃないか。」
その言葉は全ての時を止めた。知らない、何の話?その言葉は過去のままのこの純粋な眼差しを前にしてはすぐには言えなかった。じゃあ誰?レナは魅音の顔を見て直ぐに何かおかしな事が起こっていると察した。
「...魅音?」
「...だ。」
「み、魅ぃちゃん?」
「詩音...だ。」
悪巧みをしてる訳では無いから、目を瞑ってほしい。その言葉を思い出した。それは悟史と会うためだった?
「北条さん、そろそろ戻りますよ…あら、園崎さん、竜宮さん、前原さん。」
困惑状態のまま時が過ぎていたようで、いつの間にか看護師が来ていた。看護師は顔色を変えることなく言った。
「御三方は先生からお話を伺ってください。」
その言葉に三人の背筋に寒気が走った。なぜかなんて分からない。でも悟史が生きているのを知られることは誰かにとって都合が悪いことになるのだと、察した。
「監督!どういうことなの?!」
一番最初に詰め寄ったのは魅音だった。レナもこくりと頷く。圭一は…いまだ状況が飲み込めていなかった。そりゃあそうだ、悟史に関しての情報は沙都子の兄で、行方しれずだということしか分からないのだから。
「…まず、このことは誰にも言わないでください。」
「沙都子にも、か?」
「はい。特に沙都子ちゃんに伝えないでほしい、というのは他でもない本人の希望なので。」
本人の希望?何故だ、大切な妹じゃないのか。圭一は首を傾げたが、誰も何も言わないまま監督が話を進めた。
「悟史くんはとある病気を発症してしまい、ここに入院していました。」
「でも行方不明ってことになってますよね?」
「彼が発症した病気はとても特殊で、治るかどうかも分からない。伝えると皆さんを不安にさせるだけだと思い、隠していました。」
真剣な監督の目を三人は黙って見つめた。監督が…入江がとった行動が正しかったのかは分からない。でも大人の、医者の意見だ。これが一番の策だったのだろう。
「でも、なんで詩音は悟史に会ってるの?」
魅音は言った。その時、入江はすごく辛そうな顔をした。
「詩音さんは…終末作戦の時死ぬ気だったと聞いて、彼女には先に伝えておこうということで。それから彼女は毎週眠り続けていた彼の元に通っていたのです。」
「あ…っ!」
声を上げたのは圭一だった。あの時に耳打ちされたのは圭一。「私の想い人はもう居ないけど、お姉には居るもん。」と。そして沙都子を頼まれたという過去の発言から、詩音にとって悟史がどういう存在なのかを理解した。
「え、待って?詩音はかなり前から悟史が生きてたのを知ってたってこと?」
「はい。」
「なのに…詩ぃちゃんとして、会ってないんですか?」
魅音とレナはさっきの急かしようから変わり、不安そうに尋ねる。
「私からは何も言えません。」
長い沈黙の後、返ってきたのはその言葉だけだった。
「詩音…なんであんな回りくどい事をしてたんだろう。」
魅音の頭にはあの日から自分の恋愛事情や学校の事より詩音の心配ばかりになっていた。もう「詩音」として生きていていいのになんで魅音になりすまさないといけないのか分からなかった。
「園崎主催のボランティアで次期当主様が上の空、ねぇ。」
「うわぁぁぁぁぁ!!!...って圭ちゃん!」
後ろからぼそりと声をかけられ魅音は反射で大声を上げた。その原因が圭一だと分かり、今度は顔を赤らめていく。
「あれ、レナは?」
「学校の用事だってさ。次の時は参加するってさ。」
「あーなるほど。学校違うからそういう違いもあるのかぁ...」
圭一は少し寂しそうに呟く。今のレナとの部活の事を考えると、本来なら少し拗ねたりするだろうが、魅音にそんな感情は芽生えなかった。
「魅音?」
「...あ、あぁ。さぁて、雛見沢を綺麗にするぞー、おー!!」
「お、おぉ...!」
無理やりな盛り上げに圭一は少し違和感を抱いたが、圭一は魅音について行くしかなかった。
心当たりはあった。きっと先日の件。心優しい魅音は詩音のことが気になって仕方がないのだろう。
「魅音は、人を想いやる天才だな。」
「へ?何?」
圭一は雑草を黙々と抜く魅音に声をかける。魅音は聞こえていなかったようで圭一の方を向いて首を傾げる。すると圭一は手につけていた軍手を外し魅音の頭に手を乗せた。
「へっ...?!け、圭ちゃん?!な、何急に!」
「お前、今日ずっと眉が八の字だぞ?詩音を心配する気持ちも分かるが、ずっとそうだとお前がしんどいぞ?」
右に、左に魅音の頭の上で手を動かす。魅音の眉の角度は変わらなかったが、顔を真っ赤にし目を見開いていた。
「し...心配、してくれたの?」
震えた声で魅音は尋ねた。すると圭一はこくんと頷いた。そんな様子を見て魅音はより一層顔を赤らめた。その様子を見て圭一もやっと自分がやった事に気づき顔を赤らめた。
「わ、悪ぃ!い、嫌だったか?」
「えっと…あの、その...」
魅音は口ごもった。しかしその時とある言葉が脳裏に浮かんだ。それは、詩音にされたアドバイス。そうだ、向き合うと決めたのだった。
「う...嬉しかったよ...っ!ありがとう、圭ちゃんっ!」
上手く顔が見れない。恥ずかしい。本来なら言いもしない言葉だった。でも...後悔はしてない。だって。
「へ...っ、そ、そうか?な、なら良かっ...た?」
圭一は、意識してくれたみたいだから。
ざぁっと雫が強く打ち付けられる音が室内からでも聞こえてくる。そんな室内の風呂場から魅音が出てきた。
「ありがとう詩音。まさか警報級のが来るとは思ってなくて。」
「よかったですね、私が偶然こっちのアパートに居て。母さんたちのとこ行くってなったらもっと濡れてましたよ。」
朝は快晴だったのに夕方には大雨が降っていた。しかも自転車で帰るには厳しすぎる。夕立にしては長すぎるし止む気配もない。今日はここでお世話になる、という話だ。
実は悟史のことがわかって詩音と会話するのはこれが初めてだった。魅音もレナも気を遣って電話をかけていなかった。
「ねぇ詩音。」
「なんです?」
「あのさ…ごめんね、悟史のこと。」
雑誌をめくっていた詩音の手が止まる。まさか、まだ知らなかった?魅音は冷や汗をかいた。
「気にしないでください。いつかはバレることでしたし、悟史くんを見つけたのがお姉たちでまだよかったです。」
視線は雑誌に向けたまま詩音は返した。それだけで終われば何もなかったのに、魅音は続けてしまった。
「なんで、私として接したの?詩音はもう詩音として生きていいんだよ?なのにどうして?」
「お姉、少しは気遣いって言葉覚えません?」
「あ、えっと、ごめん。」
詩音は魅音がしてきた疑問に少し腹を立てたような口調で返す。魅音が空気が読めないのは健在だ。でも知りたいという好奇心は身内のたった一言で抑えることは出来なかった。
「…でもさ、知っときたい。私たちが相談乗ってもらってるお返し、という意味も兼ねてるけど、詩音が悩んだ時に頼ってほしいから。」
「ごめん、話したくない。」
だって話したら。詩音は分かっていた。この気持ちを誰かに吐露したら、もう終わりだって。でも魅音は諦めなかった。詩音の目を見て、話を促した。
「でも詩音相談してくれないじゃん。魅音として接するのだって嫌だったんじゃないの?」
「だからお姉…」
「私じゃ、力になれない?」
「話したくないって言ってるでしょ?!」
ついに耐えきれなくなって、怒鳴った。反対に魅音はびくっと身体を震わせた。
「私言いましたよね、話したくないって!」
「そ、そうだけど…今聞き出さないと詩音今後誰にも頼らず一人で苦しむじゃん!」
「私が勝手にやったことです。ちゃんと言えるようになったら言うからほっといてよ!」
詩音はそう言って立ち上がり魅音と距離を取るため別の場所へと足を進めた。一人リビングに残された魅音はじっと詩音の向かった場所へ視線を飛ばすことしか出来なかった。詩音の声は怒鳴り声なんかじゃない。悲鳴だった。好奇心が勝ってしまった自分に苛立ちを覚える。
「ごめん…詩音…」