脳裏に今日の魅音の顔が焼き付いて離れない。魅音は揶揄う内容によってああやって顔を真っ赤にさせることはあった。でもあの顔はずるい。
「そうだよ。彼奴も女の子なんだよ…分かってないわけじゃないけど。」
変に意識してしまう。圭一は布団の上でゴロゴロとしながら魅音の事を考えていた。レナがあんな風に言ってきたなら、何一つ気になることはなかっただろう。いつも通りのレナだ、で終わり。でも今回は魅音だ。昔何度かレナに言われたことがあった。魅音はすごく可愛い女の子なのだと。今になって、しかもこんな形で意識することになるなんて思わなかった。
「くそぅ魅音め…」
人の恋愛沙汰は嫌いじゃない。でもいざ自分がとなると、どうも恥ずかしい圭一だった。
「あら圭一さんやぁっと乙女の気持ちにお気づきになられましたの。」
「魅ぃも待ちくたびれていたと思いますですよ。」
後日、魅音のあの表情にすっかりやられてしまった圭一は仲間に相談すべく分校の沙都子、梨花の元へ訪れていた。なんと二人の反応はやっとか、と呆れているようにも見えた。
「え…魅音、て俺のこと…え?」
ただ意識してしまった事を相談しにきたはずなのに、二人の言葉はやっと魅音の感情に気付いたのかこの鈍感、という意思を感じた。
「え、この相談持ち掛けてきたのに気付いていませんでしたの?」
「圭一はその鈍感とデリカシーのなさでどれだけ惨劇を起こしてきたのか…。」
「梨花ちゃん?」
「なんでもないのですよ。にぱ〜。」
梨花ちゃんの意味深な言葉は誰にも理解出来なかったが、流すことにした。
「でも意外ですわ。てっきり私は圭一さんはレナさんばっかりに気があるのかと。」
「え?どうしてだ?」
「年頃の男子が女子と触れ合って意識しないわけないじゃないですの。」
「沙都子偏見がすぎないか?」
圭一はじとっと沙都子を見る。でも圭一がレナを意識していないと言ったら嘘になる事を思い出し、少し頬を赤らめる。そして圭一は気付いてしまった。
「俺もしかしてすごいハーレム状態にある…?」
「ほんっとうに何も分かっていなかったのですわね?!」
「一周回ってそれは才能なのです。」
依然として沙都子と梨花の目は呆れを表している。年下の子でさえ気付いていたというのに自分は気付けていなかったことに圭一は恥ずかしくなった。
「圭一はどちらを選ぶのですか?」
「へ?選ぶって何を?」
「レナか魅ぃ、どちらを選ぶか、なのですよ。」
「でも梨花、レナさんが本気で圭一さんに気があるかは定かではないのですわよ?」
「きっとレナも気がありますですよ。」
「り、梨花ちゃん、その自信はどこから?」
「オヤシロ様からなのです。」
圭一がいなくなってから梨花は冗談をよく言うようになった。圭一は梨花の変化を感じながらも、自分の現状に頭を悩ましていた。
「まぁ、そこは圭一さん次第ですわ。自分の心に素直になって、考えてみるのですわ。」
沙都子はどこか見守るような笑みを浮かべた。それはどことなく沙都子を見る詩音と雰囲気が似ていて。圭一は一番成長していないと思ってしまっていた沙都子の成長を感じた。
「はろろ〜ん、沙都子、梨花ちゃま…とあら、今日は圭ちゃんもいるんですね。」
「詩音。」
ビニール袋を腕にかけた詩音がひょこりと教室の扉から覗き、入ってくる。圭一は詩音の様子に安堵した。姉の魅音があんなに心配していたから何か変化が起きたものだと思っていた。詩音は磁石でもついているのかのように沙都子の元へ寄って抱きついた。
「詩音さん、圭一さんがやっと魅音さんの気持ちに気づいたんですよ。」
「えっ!ど、どんなとこで?!」
「おい沙都子、なんか本来の相談内容からかけ離れてねぇか?」
飛び跳ねるような詩音の声に圭一は少し驚いたがそれ以上に魅音に恋愛的な感情を抱かれていると慢心しているわけではないので否定したい。
「ていうか双子の妹にこれ言うの軽い罰ゲームだろ。」
「部活で慣れっこじゃないですか。何を今更。」
詩音はきょとんとした顔でそう言った。その様子に圭一は分かって言ってるだろ!と言い返し教室に笑いを呼んだ。
「で、どうなんです〜?恋バナってことに変わりはないんですよね?」
嬉しそうに聞く詩音は生き生きとしていて。圭一は恥ずかしい反面、例の一件で落ち込んでいたのではないかと心配していたので同時にもう大丈夫そうだ、と安心した。
「ええと…昨日ボランティアがあってな。」
「あぁ、お姉があるって言ってましたね。」
「そこで魅音と話したんだけどさ、まぁ…不意の表情にドキッときたというか…なんというか。」
ふ、と顔を上げるとにまにました詩音の顔があって、一発叩こうかと思った。それくらい圭一は口にするのが恥ずかしかった。
「お姉良かったねぇ〜、何年待ったことか…」
「え、えっとさ、これって恋だと思うか?」
嬉しそうに言った詩音の言葉を遮るようにして圭一はおずおずと質問した。その言葉にこの場に居た全員が固まる。
「ドキッとして恋してないなんて有り得ないんじゃないんですの?!」
「鈍感の次はヘタレか…惨劇が目に見えるわ。」
沙都子は怒って、梨花は呆れて各々の意見を言った。梨花は呆れまくってちょくちょく本心の口調が出てしまっている。そんな中、一番意見してきそうな詩音が口を噤んでいた。
「…詩音?」
「…最初は恋って中々自覚できないものなんですよ。圭ちゃんの言いたいことも分かります。でもきっと、いつか分かりますよ。」
沙都子が「そうなんですの?」と尋ねる。詩音はこくりと頷いた。何かを悟ったようなそんな目に圭一は少しの恐怖を覚えた。
「詩ぃ、その袋はもしかして…」
「はい、例のあれですよ。」
梨花ちゃんが詩音が持っていたビニール袋の方を見て尋ねた。さっきから腕にかけて下そうとしないのは圭一も不思議に思っていた。
「例のあれって?」
「ふふふ、この度私、エンジェルモートの商品開発に携わらせていただけることになりまして。コンペまであと少しなんですが、味やらなんやら、第三者の意見も聞きたいなと。てことで沙都子と梨花ちゃまに食べて頂こうと思いましてね。」
「え、なんかずりぃ!」
「ずるいって…圭ちゃんが偶然この場に居合わせたんじゃないですか。」
「ざまぁないですわね!」
沙都子が勝ち誇ったような顔をして圭一を煽る。圭一は本気でずるいと思っているわけではない。だが試作品とはいえ、無料で美味しいスイーツが食べられるのであれば少しくらい羨ましく感じるのも致し方ない。
「圭ちゃんと二人きりになったらお姉にもレナさんにも嫉妬されるのでごめんですね。」
「なんで二人きりが前提なんだ?」
「くくく、なんでだと思います?」
その笑い方で圭一は揶揄われていることを察し少し不機嫌そうにしたのだった。
朝の暑さも落ち着き始めた頃の駅で、待ち合わせもしていないのにもう当たり前のように会うようになった二人が、ベンチに座って重々しい空気を纏わせ話をしていた。
「そうだったんだ。」
レナがそう言うと魅音は小さくこくりと頷いた。詩音が抱えていたことは、話したくないことで、少しの間は恋愛相談も控えた方がいいかもしれない、と魅音は伝えた。
「でも詩音、すごく苦しそうだった。私にぶつけた声も悲鳴だった。だから、そっとしすぎるのも良くないと思う。」
「私が詩ぃちゃんに実際に会ったわけじゃないから素直にうんとはいえないけど…そうだろうね。」
お姉さんの魅ぃちゃんがそう言うんだから、とレナは付け加えた。
「とりあえず今は自分たちで考えて攻めていこう。」
「うん。」
一応はライバル同士なはずなのに同じ作戦を行う仲間のような会話に魅音は違和感を覚え吹き出してしまった。レナも笑った意図を理解し、笑った。
「なんだか変だね、私たちの関係って。」
「親友でライバル、みたいなね。スポーツの世界ではよくある話なんだろうけど、恋で、ってのは珍しいというレベルをゆうに超えてるね。」
「でもよかった。一時はどうなることかって、言わなきゃよかったって後悔したけど…結果的には正々堂々とできて正直気が楽かな。」
「分かる。互いが好きな事を知ってるから罪悪感が少ないというか?」
そうそう、とレナはこくこくと頷いた。恋敵なのにこんな風に仲良く会話が出来るのはありがたいことだ。恋愛沙汰により関係が悪化することはレナが一番恐れていたことだから。
「あら、お姉にレナさん。」
コツコツとローファーがスニーカーであれば鳴らない音をたて、レナと魅音の元に近づく。
「詩音、今日は早いね。」
「早く目覚めちゃいましたし、たまにはいいかなって。」
「おはよう、詩ぃちゃん。」
「おはようございます、レナさん。」
詩音は二人が座っているベンチの隣に立ち、後ろの壁にもたれかかった。魅音が「こっち座る?よろうか?」と尋ねると「お気になさらず。」と詩音は返した。その後少しの沈黙が続き、誰も声をあげなかった。何を話していいのかわからないから、かといって二人だけで話すのはだめだし。
「気を遣わせてしまいましたね。」
「そ、そういうんじゃないんだよ!ちょうど私たちも話すことがなくなっただけで…。」
「レナさん落ち着いて。」
詩音は早口で訳を話すレナに少し驚き、なだめる。「はうぅ…」とレナは早口で話した事を恥ずかしく思っている様子だった。
「今もそうですが、先日の件で。昨日圭ちゃんに会う機会があったんですが、圭ちゃんからもすごい心配そうな視線向けられて。お姉は珍しく引き下がらなかったし。」
「あのときは、ほんとごめん。」
「その謝罪、いっぱい聞いたのでもういりません。ごめんの安売りは信頼を失いますよ。」
詩音は魅音の頭にこつんと軽く拳でついた。レナは詩音の方をじっと見つめていた。その視線に詩音は小さなため息をついた。
「レナさんにも何かしら思うことがありますよね。でもいつか言えるときが来たらちゃんと一から十までしっかり説明しますので、詳細を聞くのは待っていただけませんか?」
詩音は魅音とレナをじっと見つめた。二人はその視線で詩音を信じた。魅音はこの子が言うまで待とうと、レナは言ってくるまで余計な詮索はしないと決心し、頷いた。