わいわいと騒がしい昼の教室で、一人の女子生徒がレナの机にやってきた。
「ねぇレナちゃん。最近あの男子とはどうなの?」
「は、はぅ…ユキちゃん、直球すぎない?」
「レナちゃんはぐらかすんだもん。」
ユキと呼ばれた女子生徒はレナと親しげに話す。この子こそがレナが恋愛相談を持ちかけた人だ。
「え、えっと…どうだろう。意識してもらっている感覚はないけど…」
「押しが弱いんだよレナちゃんは!こういうふんわりした子が積極的に来るのが男子はオチるんだって!」
「は、はうぅぅ…」
「頑張れ、レナちゃん!応援してるよ!」
ユキはガッツポーズをしてレナを見る。レナは顔を真っ赤にし、手で顔を覆った。その姿に見惚れていた男子がその場に何人かいたことに、レナは気づかなかった。
「あとさあとさ、イメチェンしたりとかは?」
「イメチェン?」
「そうそう!その男子とは近所なんでしょ?待ち伏せとかしちゃってさ、イメチェンしたの、どう?って聞いてみたら?」
髪型アレンジは任せてよ、と自信満々なユキ。レナは少し不安げな視線をユキに送った。
「気に入らなかったら解いてもらって構わないし、無理に会わなくてもいいから。」
「…うん、ならお願いしてみようかな、かな?」
「ふふふ、よし来た!」
ひぐらしの合唱が聞こえない季節になり、空の様子でしか夕方と夜の境目を感じられない季節。圭一は一生懸命に自転車を漕ぎながら坂道を駆け上がっていた。
「くっそぉ、こんな遅く帰る予定じゃなかったのになぁ。」
息を荒げ、そんなことを呟く。今日は早く帰れるはずだったのに、あまり仲良くないクラスの男子に絡まれ断れずにこの時間まで遊んでいた。確かに仲良くなれたし、楽しかったのだが、自分の考えていたプランを崩されたのは許していない。
「け、圭一くん!」
坂道を越え、平地を漕いでいると前から聞き覚えのある声がした。その場所は分校に通っていた頃にレナと待ち合わせていたところだった。
「おぉレナ、どうしたん…」
圭一が何かを言いかけ、止まった。夕焼けで暗くなった影と照らされて明るくなっている輪郭の境目とのコントラストが美しい。そしていつもと違う姿に、心を打たれた。
「えへへ…どう、かな、かな?」
「あ、あぁ…すげぇ似合ってる。髪巻いたのか?」
「うん、少しね。」
肩につくかつかないかの髪をおさげにし、毛先を緩く巻いている。レナの優しく可愛らしい雰囲気を一層際立たせる髪型だった。影の割合が大きい中でも分かるレナの頬の赤らみが、圭一の鼓動を加速させる。
「どうしたんだ、そんなところで立って。」
「え、えっとね。この髪型…圭一くんに、見せたくて。」
「え…?」
二人の心臓はばくばくと音を立てる。互いに視線を合わせるのが困難になって、俯いてしまう。圭一は先日の沙都子、梨花、詩音からの言葉でレナのことも意識してしまっていた。
「な、なぁレナ。レナは…俺のこと、どう思ってんだ?」
はっきりとしないモヤモヤが焦ったくて、いやで、圭一は勇気を振り絞って聞いてしまった。自惚れるな前原圭一。そう心で連呼していた。
「は、はぅ…」
レナは手を両頬に当て、顔を包む。恥ずかしいのが伝わってくる。
「す…好き、だよ?圭一くんは、特別。」
「…へっ?」
まさかこんなにはっきりと言われるとは思っていなくて、圭一は目を丸くし素っ頓狂な声をあげた。レナの顔は茹でたこのようだった。
「えっと、今日は、待ち伏せしてごめんね!またね!」
そう言うとレナは走って自分の家の方へ去っていった。圭一はそこで自転車を跨いで立つことしかできなかった。待ち伏せの言葉から、偶然あの場に居たわけではないことが確信に変わる。そして。
「俺…告白された?」
『レナさんって結構行動派なんですね。正直ちょっと意外です。』
詩音の声がいつもより上ずっていた。それはレナの行動が詩音にとって想定外だったことを示している。
『まぁそれは置いといて、お疲れ様でした。よくがんばりましたね。』
「詩ぃちゃぁ〜ん…泣いちゃいそうだよぉ。」
詩音は少しでも労らおうとよしよし、と言った。レナは本当に今にも泣いてしまいそうな声で何度も名前を呼んでいた。
『これからは圭ちゃんからの返事を待つ他ないですね。』
「そうだよね。迷惑じゃないかったかな…?」
『大丈夫ですって、自信もってください!』
「ありがとう詩ぃちゃん…」
また泣きそうになるレナを詩音は電話越しに励ます。泣きそうなのは詩音による励ましによるものだということに詩音は気づいてないらしいが。
「えっと…魅ぃちゃんは何か行動したのかな?」
『いいえ、そんな話は出ていませんよ。でも圭ちゃんはお二人を意識していた、という事は分かっています。』
「意識はしてもらえてたんだ…良かった。」
『ふふ、レナさんはやれる事はやりましたよ。後悔してないのなら、もう大丈夫ですよ。』
後悔してないのなら。その言葉がレナの心に強く響く。後悔をしていないか、それにレナは素直に頷くことが出来る。
「うん、ありがとう。」
入江の許可を貰い、看護師を付けて地下室に入る。彼奴は長いことこんな所にいたのか、と思うと少しぞっとした。「着きましたよ」と看護師が手で部屋に入るのを促した。
「よっ、悟史!」
「あ、え、あっ…こ、こんにちは…?」
圭一は出来る限り警戒させないようにと明るく振る舞う。悟史は久々の人の訪問に驚いている様子だった。そして圭一についてきた看護師に視線で助けを求めていた。
「交流がしたいとのことで。大丈夫です、何かあれば私が居ますので。」
「そ、そうですね。」
大人が居るなら安心か、と悟史は小さく息を吐いた。少なからず三年はこの病室の中だったと推測される。だから当たり前だが、魅音や詩音…なんなら自分以上に幼いと感じさせるような雰囲気が滲み出ている。
「改めて自己紹介をさせてくれ。俺は前原圭一、二年前に雛見沢に引っ越してきたんだ。高校一年生、よろしくな!」
「うん、よろしく。えっと…僕は北条悟史、です。」
元気溌剌という言葉が似合う自己紹介をした圭一に対し、悟史の自己紹介は大人しく必要最低限のことしか伝えられなかった。まぁ起きたばかりだし、グイグイ人と付き合うタイプではないのは見て取れたので圭一が不快になる事はなかった。
「どうしたの?僕と交流がしたいって…」
「あぁ、ちょっとお前の力を貸してほしくてな。」
悟史は僕に力はないよ、と謙遜する。圭一はいいやそんなことはない、と首を振った。
「悟史の覚えている園崎魅音と竜宮レナを教えてくれればそれでいいんだ!」
「僕の覚えてる魅音とレナを?」
想像の斜め上の協力を求められ悟史は首を傾げた。
「なんでもいい、エピソードでも、イメージでもいい。教えてくれないか?」
「レナのことは知り合って日が浅かったからあまり分からないけど…魅音なら。」
お、と圭一は期待に満ちた目を悟史に向けた。その様子に少し困惑しながら、悟史は話し始めた。
「委員長で、僕なんかよりずっとしっかりしてて、でも照れたら取り乱して…可愛い子だよね。」
「可愛い子」、その言葉にぴくりと反応した。確かにあの時可愛いと思った。でも悟史も可愛いと思っていた。…あれ?と圭一は頭にある疑問を恐る恐る言う。
「魅音が好きなのか?」
「え?えっ、いや、そうじゃなく、多分恋愛感情はないと…思うけど。」
「そ、そうか、ならいいんだが。」
圭一はほっと胸を撫で下ろす。そんな自分に気づいて、ますます自分の感情が分からなくなった。
「どうしてここに来てまでそんな質問を?」
「え?あ、いや…さ?俺、レナに告白されて、魅音にも…少しドキッとしてさ。漫画みてぇな感じになって、何となく他者から見える二人を知りたいなって。」
「告白…」
悟史は目を丸くして圭一を見る。なんだかその純粋そうな瞳を見て、世話好きにはモテそうだな、と感じた。
「圭一はどうするの?」
「まだ決めきれてねぇんだよな…これが恋愛感情なのかと言われたら、分かんねぇから。」
「…そっか。」
悟史は悲しそうに目を細める。圭一はその様子を見過ごさなかった。何か元気づけれる話題はないだろうか、と少し考え圭一は発した。
「詩音とは、どうなんだ?」
その言葉を聞いた悟史の顔は少なくとも良いものではなかった。沈んだような、そんな。
「…忘れろって言われて、それから会ってない。」
「へ…?な、なんで詩音…だって彼奴、お前のこと…」
「分かんない。僕の為とか言ってたけど…」
すごく悲しそうな顔だった。話題をミスった後悔と、詩音へ真相を確認したい探究心で心は埋まった。
「悟史は詩音とまた会いたいか?」
やろうと思えば圭一がここに連れてこさせることも出来るだろう。そう思い尋ねると、悟史はすぐに答えた。
「会いたい。」
と。おい詩音、お前すげぇ想われてないか?なんて心で思いながらそうか、と悟史の言葉に返した。
「…でも、しおんが嫌がることはしたくない。」
「お前…少しは我儘な方がいいぞ。あいつはそっちんが喜ぶ。」
「え、えぇ…?」
悟史は困惑した様子で不安げな顔を浮かべた。
「俺もレナや魅音に関して聞きたいことがまだまだ山ほどある。その時にこっちが知ってる詩音の事も話すから、これからもこうやって話しに来てもいいか?」
「あ、うん、僕は全然構わないよ。」
悟史は圭一からの提案にすぐこくりと頷いた。看護師も終始のやり取りを見ていたためか、何かを言ってくることもなかった。
「先輩、お疲れ様でした!」
「うん、お疲れ!みんなも気をつけて帰ってねー!」
部活後、着替えて帰路に向かおうとしたとき通りかかった後輩が魅音に声をかけた。その声に元気よく返すもんだから、魅音は後輩人気が高かった。人懐っこい性格というのもあるが、園崎家次期当主として年上と話す機会が多かったためか、先生や先輩との仲も良好だった。
「やっぱり園崎先輩って感じ良いよね!」
「ねー、高校では良い先輩に会えてよかったよ。」
なんて後輩の話し声が聞こえてきて、魅音も悪い気はしなかった。この地域では園崎家の人間という扱いを受けない。だから魅音にとって、この地域は人の視線が気になりにくく家とは別の開放感があった。…とはいえ、今の魅音には尽きない悩みがあった。
「はぁ…先延ばしにしすぎかなぁ。」
先延ばし…それは圭一に対してだ。先延ばしも何も告白はしてないし、詩音たち…魅音の恋愛感情を知ってる人からすれば中三から延ばして延ばして、今更先延ばしにしてるとか言うのか?とツッコミを受けそうだが。でも、やっと覚悟を決め、動けるようになって三ヶ月。季節も秋へと差しかかる頃。魅音は特別大きな行動をしていない。最近詩音は行動に対してのアドバイスをしてくれなくなった。放任してみるのもいいかなって、なんて言っていたが魅音としては腑に落ちなかった。また何かあったのだろうか、と。下ばかり向いていたそのとき、魅音は急に勢いよく顔を上げた。
「また、圭ちゃんに心配されるような顔してたかな。」
あの時の圭一の気遣いに、魅音は恋愛的な驚きは勿論、仲間としての絆も感じていた。心配してくれたのは、嬉しくて、申し訳なかった。できる限り笑顔でいよう。そしたらいつの間にか自分自身さえも騙せるだろうから。魅音はそんな事を考え、帰路を辿った。
興宮に着いた時、電車の別の出口から誰かが出てきた。
「あれ、圭ちゃん?」
「魅音!奇遇だな!」
その誰か、とは見覚えのある圭一だった。二人きりになるのはあのボランティア以来だった。というかボランティア以降に会っていない。
「圭ちゃんも部活帰り?」
「あぁ、大会後だってのにハードだったよ。」
「お疲れ様。」
自転車置き場に向かって歩きながら二人は談笑した。互いの部活事情や、最近あった出来事など。その話は段々と盛り上がりを見せ、そんな約束はしていないのに自転車を押しながら歩いて話を続けていた。
「やっぱりお前と話すのは楽しいな。」
「へ?どしたの急に。まさか圭ちゃん、学校で友達いないの?」
「流石にいるわ!」
けらけらと笑う魅音を圭一は拗ねたような視線で見つめていた。ごめんごめん、と魅音は一言謝った。
「でも、そう思って貰えるのはやっぱり嬉しいね。私はいつまでも圭ちゃんの…」
親友でいたいから。そう言うつもりだった。でもそれは今自分が頑張って恋愛対象になってもらおうとしている努力を無駄にしてしまう言葉なのではないか。そんな不安が不意に頭をよぎった。
「魅音?」
「えっ、あ…いや、なんでもないよ!なんでもないなんでも…」
なんでもない、本当に?自分でも違和感を抱いたし、圭一からの視線からも同じ質問を感じた。…もしかして、今がチャンスなのではないか。自分の気持ちを正直に伝える。でも心の準備なんて出来ていない。でもここで誤魔化したら昔となんら変わらない。チャンスを逃してしまう。
「…圭ちゃんっ!」
「なんだ?」
「少し、付き合ってもらっても…いい?」
魅音たちは興宮に沢山ある公園のひとつのベンチに座っていた。もう辺りも暗くなっているので、人は居ない。二人きりだ。二人は何も言わなかった。沈黙が続く。
「…飲み物、いるか?」
「え?」
「そこの自販機で…買ってやるよ。何がいい?」
「えっ、いや悪いよ。というか別に…」
魅音が両手を前に出して申し訳なさそうに振る。その頬は赤らんでいて。暗いにも関わらず圭一にははっきりと見えていた。
「いいから。」
「…じゃあ、りんごジュース。」
チョイスの意外さに圭一は「ん゛っ」と声を上げた。魅音にぎろ、と睨まれ、圭一は額に変な汗をかいた。
「意外だな。」
「悪い?」
「そんなへそ曲げんなって。いいと思うぞ、俺は。」
圭一ははは、と笑い魅音は少し拗ねたような顔をした。そして圭一は自販機の方へと足を進めた。一人になり、魅音はふぅ、とため息をついた。チャンスは今しかない。何度も言い聞かせているのに好きの二文字が声に出せない。口を手で覆い、ボソボソと呟く。するとふと視界が暗くなった。顔を上げるとジュースを持った圭一が立っていた。
「はいよ。」
「ありがと、圭ちゃん。」
ジュースを差し出され、魅音は両手で受け取った。買ってもらったのにずっと持っておくのは申し訳ないので今開けて一口飲んだ。
「んで、なんだ?何か悩み事か?」
「ん…と。えっと、ね。」
たわいのない話をして告白をするか、今するか。多分詩音に聞いたら後者を推してくるんだろうけど、なんて考えながら意志を固める。誰かの後押しがないと何もできない自分に少し嫌悪感を抱いたが今そんなことはどうでもいい。魅音は目を瞑る。
「みお_」
「好きだよ、圭ちゃん。」
何も飾らず、ただそのままを伝えた。目を開け、圭一をじっと見る。目を逸らしたくなる気持ちを堪え、ずっと。
「ぅえ…?」
「何さ。」
魅音は少し頬を赤らめて、拗ねたようにいった。風で靡かれた髪が宙を舞う。圭一にはそれがなんとなく美しく思えた。
「ええと…言ってくれてありがとう…でいいのかな。でもすぐにはいもいいえも言えないんだ。」
「レナにも告白されたから?」
「えっ?!」
なんで知ってるんだと言わんばかりに目を見開く圭一がおかしくて、魅音は吹き出してしまった。
「なんとなくだよ、なんとなく。その調子だとレナにも返事してないの?」
「あ、あぁ。あの時は言われてすぐレナが帰っちゃったからな。」
「そっか。」
くす、と魅音は笑った。親友パワーでレナのことがわかったのだろうか。そう考えると友達で、恋のライバルの関係も悪くなさそうだと圭一はなんとなく思ってしまった。
「ま、圭ちゃんなら私の気持ちもレナの気持ちも無碍にしないだろうから。誠意でぶつかってくれるから。…待ってるね、返事。」
「…あぁ。」
悲しそうで、でも優しい笑みのまま魅音は言った。それに応えるように圭一も優しく、でも辛そうな顔になった。
「ついにお姉も告白しましたかぁ…私もう泣きそうですよ。」
詩音がうっうっと泣き真似をしてみせるとすかさず魅音が大袈裟だとツッコミをいれた。詩音はレナが告白したことは伝えていなかったのに圭一の様子から察したことには内心驚いていた。
『あとは返事を待つだけ。まぁ、悔いはないよ。』
「お、言い切りましたね。」
『うん。私の気持ちを伝えて、聞いてもらえただけで充分。』
圭一はどちらを選ぶだろうか。詩音も見当がついていない。色々葛藤を聞き、アドバイスをした身としては、どちらが優勢かなんてわからなかった。どちらもすごく頑張っていたのを詩音は痛いほど感じていたから。
「返事が二ヶ月以上来なかったらまた連絡してください。圭ちゃんを問い詰めに行きますので。」
『そんなことしなくていいよ!本当に悩んでたところに行ってしまって結果を急ぐようなことはしたくないし!』
「あら…そうですか。」
少し落ち込んだような声色で詩音は返す。魅音はその声で少し申し訳なくなり慌てた様子で「気持ちは有難いんだけど」なんて言葉を必死に紡いでいた。冗談なのになぁ、と詩音はくすりと笑った。
電話を切り、独り部屋で物思いにふける。
「私も、向き合わないといけないのかな。」
目を伏せて小さな声で呟いた。
pixivの方では、来週で最終回を迎えます。