「…そっか。」
風が冷たくなり、秋になった事を実感するこの頃、分校に通っていた頃に魅音が待っていた水車のある場所に集合し、圭一は答えを魅音に伝えた。勿論の事だが悲しそうな顔で、圭一は胸を痛めた。
「どちらかを選んでも、結局はどちらも傷つけそうで…」
「あはは、圭ちゃんは優しいね。本当に誠意でぶつかってくれたね。」
「すまない、答えられなくて。」
謝る必要はない。分かっているがその顔を見るとどうしても言わないと落ち着かなかった。魅音はそんな圭一の肩をぽんと叩いた。顔を上げると、魅音は悲しそうだが何処か自信ありげな顔をしていた。
「まだ、希望はあるんだよね。」
「え?」
なんの?圭一は首を傾げた。そんな様子を見て魅音はくすりと笑った。
「だって、他に好きな人がいるわけでもない。レナと私、どっちが彼女にして理想的か、しっくり来なかったって事でしょ?」
「…んん?」
「え…違う?」
「ま、間違っちゃないような気もするが…」
圭一と魅音の解釈があっているようなあっていないような。二人とも首を傾げ固まった。先に声をあげたのは魅音だった。
「ま、これから圭ちゃんをときめかせたらまだまだ希望があるんでしょ?私、圭ちゃんだけは諦めないから。」
にやりと笑ったその顔に、圭一はどきりとした。さっきの悲しそうな顔から変わって、強気な、部活で見たような顔になっていた。そして大人になっていく顔つき、そして諦めないという発言。冷静でいろと言う方が無理な話だ。
「今回はありがと!また…次会うなら冬休みかな?じゃあね!」
肩から手を離し、魅音は自宅への帰路を戻っていく。その姿は昔から変わらない。魅音が見えにくくなって、圭一は大きくため息をついた。精神疲労がすごいのだ。申し訳なさに、罪悪感に駆られる。どうしようか、このままレナの元へも行こうか。いや、この勢いのまま行こう。じゃないと逃げてしまいそうだ。頑張るんだ、前原圭一。喝を入れるため圭一は両頬を叩く。そしてレナの家まで早足で進んだ。
「どうでした?」
「詩音。」
園崎家の入り口の門の前に詩音はもたれかかっていた。何故詩音がここにいるのか。それは昨日魅音から圭一に呼ばれたと話を聞いていたからである。
「だめだった。でもね、他に好きな人がいるわけではないらしいし、レナを選んだわけでもなかった。だからまだ希望はあるかなって。」
「お、いいんじゃないですか?その考え。」
詩音は話しながら門から離れ魅音に近づく。そして腕を伸ばす。
「私は好きですよ。」
伸ばした腕を魅音の首の後ろで曲げる。そしてきゅっと抱きしめた。魅音は困惑した様子だったが、詩音はそれを分かってなお頭を撫でた。
「やめてよ詩音…泣いちゃうじゃん。」
「泣けばいいんじゃないですか?」
その言葉が魅音の中に響いたらしく、魅音は詩音の身体に腕を回し、涙を流した。詩音は泣き止むまで魅音を強く抱きしめていた。
「はぁい。あぁ圭一くん。こんにちは。」
「エッ…アッ、コンニチハ。」
思わぬ事態に圭一はカタコトで挨拶してしまった。まさかレナの父が出てくるとは。心臓がバクバク音を鳴らす。ただでさえ緊張しているというのに。
「あ、あの、レナ、いますか…?」
「あぁ、いるよ。呼んでくるからちょっと待ってね。」
レナの父は家に入りレナを呼びに行った。イレギュラーすぎる、やばい。圭一はそんな言葉ばかり頭を巡っていた。こんな調子で本当に返事ができるのか?
「おまたせ、圭一くん。」
そんな気持ちを落ち着ける時間もくれず、レナはすぐに圭一の元へ現れた。
「よ、よぉ、レナ。」
「…何か御用かな、かな?」
小さく首を傾げるレナの仕草に鼓動が高鳴る。この様子を、悲しみの顔に変えてしまう言葉を言わなきゃならない罪悪感に駆られる。
「えっと、告白の返事、みたいな。」
「あ、う、うん。あんな言葉を、告白ととってくれてありがとぉ…」
レナの頬は朱色に染まっていく。レナの緊張もひしひしと伝わり、鼓動が早くなるばかりだ。
「あの、な。ごめん、俺は、レナとは付き合えない。」
「_…そ、か。」
ふ、と頬の朱色が消える。圭一は急いで言葉を紡ぐ。
「あの、魅音からも同じタイミングで告白されたんだが、どちらかを選ぶなんて俺はできなくて。」
「…レナってそんなに魅力なかったかな。」
「ちが…っ!」
圭一は大声で言いかけたが、レナの顔を見て何も言えなくなってしまった。だって、泣いているから。
「圭一くんのばか…っ!あんなに、思わせぶりな事をして、選べないって…ひどいよ。」
「…っ」
今まで圭一が行ったからかいの数々は、そう取られても致し方ないものばかりだった。レナの言葉に圭一は酷く苦しんだ。
「…なんて、ね。びっくりした?」
「レナ…」
無理に笑顔を作るレナを見て、胸が痛くなる。
_笑うなよ、叩けよ、酷いって言えよ、俺を。
誰だって仲間の悲しい顔なんか見たくない。圭一は必死に言葉を探した。
「でも、正直に言ってくれてありがとう。嘘をついて、付き合うより、良かったかも…かも。」
「…ごめん、レナ。結果的に弄んだような形になって。」
「いいよ、そんなに本気で受け取らないで。」
ばいばい、またね。レナは手首を圭一に向けて振る。これで、良かったんだ。圭一はそう心に言い聞かせ、手を振り返しレナに背を向けた。
「おはよう、レナ。」
「魅ぃちゃん…おはよう。」
半袖では肌寒くなってきて、長袖を引っ張ってこなければならない時期。あの夏からいつの間にか当たり前のように集まったいつもの駅で、いつも通りの挨拶を交わす。そして何も言わずベンチに座る。二人とも目が腫れていて、少なからず元気には見えなかった。
「…終わったね。」
「結果は引き分けだったね。」
自分自身に現実を突きつけるように昨日の事を語る。悔いのない結果だったかと言われたらそんな事は無い。それだけ二人は本気だったのだ。胸にぽっかりと穴が空いたような、そんな。
「鬱々としてますねぇ、平日ですよ。お姉、レナさん。」
ローファー特有の音を鳴らし二人が座っているベンチの前に詩音は立った。俯いていた二人はじっと詩音を見る。そして無言で魅音は詩音の右手、レナは左手をきゅっと握った。
「えっ、わ…全く、しょうがないですねぇ。」
詩音は両手をきゅっと握り返した。よく頑張りました。そう優しい声色で言って。そんな事を言うもんだから二人に朝から泣かせるな!と怒られたが。
こんこんと扉を叩く音がして、扉が開く。入ってきたのは圭一といつもの看護師だった。
「よぉ、悟史。」
「圭一、こんにちは。学校帰り?」
「あぁ。部活は休んだ。」
圭一は壁に立てかけてあるパイプ椅子を開き、悟史のベッドに向けて座った。圭一の目の下には隈があり、寝れなかったことを物語っていた。
「お疲れ様、圭一。二人に言ってきたの?」
「あぁ、魅音はなんかポジティブに捉えてくれたから良かったが…レナには泣かれちまった。結局こうなる、かぁ。」
圭一は天を仰いで呟く。そんな姿を見て悟史は泣きそうな顔をする。
「え、なんでお前がそんな顔するんだよ。」
「圭一も辛かったよね。でもレナや魅音の事を想えるって、凄いなぁって。」
「…はは、そうかな。」
本来は相当な最低野郎なのに。というのは圭一の心に留めた。
「ま、これ以上はこの話はおしまいだ。また誰かに恋したら相談する。」
「あはは、僕でよければいつでも言って。出来る限りのことをするよ。」
悟史は爽やかで可愛らしい笑顔で励ましてくれる。同性の圭一でさえ、可愛い寄りの笑顔だと思うのだ。こういうのがタイプな人なら一発だろうな、と圭一は考えた。
「んで、お前はどうするんだ?」
「僕が…?何を?」
「とぼけんなって。詩音と、あれ以降一度も会ってないんだろう?」
悟史の顔が強ばる。忘れていたのか、はたまた考えないようにしていたのか。
「俺のは終わった。次はお前の番だ。俺も全面協力するさ。だからお前が今詩音とどうなりたいか、もう一度教えてくれ。」
圭一は真剣な眼差しで悟史を見る。悟史は圭一から目を逸らす。
「逃げるな悟史!」
「ひぃっ、ご、ごめんなさいっ。」
頼りない悲鳴をあげる悟史をため息一つついた。圭一には何故彼が詩音のストライクゾーンに入ったのか不思議だった。むしろ呆れて相手にもしなさそうな性格なのに。
「んで、お前はどうなりたい?」
「ど、どうなりたいと言われても…また、話がしたい、くらいしか。」
「んー、足りない!他にもっと将来的にはどうなりたいとか!」
「ええぇ…?あの…えぇ?友達になりたい?」
「よし、とりあえずそれでいこう。監督に少し話をしてくる。俺が何か言うより監督から何か言われた方が詩音は動きそうだ。」
そうだろ?と同意の視線を求めたが悟史は俯いてしまった。
「しおんは…僕は嫌いなのかな?もしそうなら無理させたくないな。」
「嫌いなわけねぇよ。気にすんな。」
圭一はわしゃわしゃと悟史の頭を撫でる。むぅ、と悟史はお決まりの声をあげるが、圭一は初めてその言葉を聞いたがために何も感じなかった。
「お前はとりあえず元気になって、沙都子や詩音に元気な姿見せてやれ。」
「うん、頑張る。」
悟史はこくんと頷いた。圭一はそれを確認して部屋を出た。