「はあ、はあ……!」
なんで、なんでこんなことに。私は、ただ。友人たちと三人で肝試しに来ただけだったのに。なんで私は、
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃっかしゃかしゃか
不気味な音が背後から響き渡る。この音だ。森の中から聞こえてきたこの音が気になって様子を見に行った友人の悲鳴が聞こえ、音が大きくなって近づいてきたので私達は逃げた。でも、暗闇の中から伸びてきた細長い腕に掴まれて引きずり込まれていった。その後聞こえたバキボキという音は、頼むから枝が砕けた音であってほしい。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃっかしゃかしゃか!!
「ひっ!?」
音が大きくなってきた。すぐ後ろまで迫ってる。なんなんだこの音は。まるでイヤホンから漏れる音楽の様な、もしくは何かを研いでいる様な、いや洗っているかのような小気味いい音は。こんな場所では絶対聞こえないだけに恐ろしい。いっそ正体を見てやろうか、という気持ちになる。このまま死ぬぐらいなら、せめて何に殺されるかぐらいは見たい。
「キシャアアアアッ!」
「…!?」
振り返って、絶句する。一メートル以上の骨ばった、というか青白い皮と骨しかない異様に長い腕の指を擦らせてしゃかしゃか音を立てている、小豆色の着流しというか襤褸切れを身に纏った、両端に髪がある頭頂部が禿げていて牙が生え眼が怪しく黄色く輝いている老人の様なバケモノがすぐ近くまで迫っていた。
「しまっ…!?」
木の根っこに脚を取られて転倒してしまう私に、バケモノは立ち止まって指をしゃかしゃかと鳴らしながらゆっくりと歩み寄ってくる。その開いた口は赤い液体で濡れていて月光で煌めいた。友人たちの末路を理解して、私は震えあがる。いやだ、これはいやだ。寿命で死ぬのはしょうがない。事故なんかで死ぬのは仕方ない。でも、でも。こんな形で死ぬのだけは嫌だ。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃっかしゃかしゃか!!
「やだ、死にたくない!」
咄嗟に両腕で顔を庇った、その時。偶然、月光で照らされた私の腕の影が、犬のような形をとっていて。そして。
『ワッオッッオッッッオオォオオオオンッッッ!!!!』
「キシャッ!?」
深紅の獣毛に覆われて黒く鋭い爪が伸びた腕が影から伸びて、バケモノの顔を掴んで木に叩きつけ、そのままブンッと勢いよくぶん投げる。投げられたバケモノは宙を舞い、頭から地面に落ちて見えなくなった。
「え……?」
「オレの獲物に手を出そうたあいい度胸じゃねえか!!」
そう言って腕がもう一本出てきて影の縁を掴み、ずるんっとそれは出てくる。深いピンク色にも見える深紅の獣毛に包まれた両腕に、太腿から下は逆関節の獣の足、腰から伸びる尻尾、紅い獣毛の様な肩まで伸びた髪の頭頂部には三角の耳が生えている、女だった。桃色の勿忘草が描かれた膝丈までの白い浴衣を身に纏ったその身体は今にも零れ落ちそうなプロポーションで、気が強そうな整った顔が怒りに歪んでいたが、私の方を向いて「にっ」と笑みを浮かべて着地する。狼女……なのかな?
「封印を解いてくれてありがとな!ならさっそく……」
「あ、ありがとうございます…?狼女?さん…?」
「あ?誰が狼だ!あんな畜生と一緒にするな!オレは
「あ、ワンちゃんだったんだ……」
「馬鹿にしてんのかお前?やっぱり反省してねえみたいだな?」
いや、尻尾をブンブン振りまわしながらそう言われてもかわいいとしか……。って!?
「う、後ろ!」
「あ?っ!?」
いつの間にかイヌガミさんの背後まで戻ってきていたバケモノがその顔を掴み、先ほどのお返しとばかりに長い腕で振り回して地面に叩きつける。「きゃいん!」と悲鳴を上げるイヌガミさん。
「ちっ……鼻が効かねえ!血の匂いをぷんぷんさせやがって……何人喰った!」
「キシャシャッ」
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃっかしゃかしゃか!!
「うるっせえ!」
耳を押さえて吠えるイヌガミさん。耳がいいのかあの異音は不快なようだ。イヌガミさんも引っ掻いて応戦するも、掴まれたまま振り回されて次々と木に叩きつけられる。このままじゃ…!
「イヌガミさん!」
「ちっくしょう……封印から出たばかりで力が出ねえ……てめえ、この音で人間を引き寄せて喰らうヒトグライ、小豆洗いか…!」
「きっしゃあ!」
そのままイヌガミさんを持ち上げ、こちら目掛けて投げつけてくるバケモノ……イヌガミさん曰く小豆洗い。ぶ、ぶつかる…!思わず手で顔を庇い、衝突に備える。しかし、その時は何時まで経っても訪れなかった。目を開ける、イヌガミさんの姿はどこにもいなかった。
「……くっ、ははははははははっ!テメエは犬神を知らない様だな!犬神は、人に憑りついてからが本領発揮だ!」
すると、私の口が勝手に開いてイヌガミさんの声で喋り出す。憑りつくって……まさか、私の中にイヌガミさんが入ったってこと!?
「同調率が悪いせいか髭と中途半端な爪しかないが……十分だ!」
私の頬に生えた犬の髭をピンッと少し爪が鋭く伸びた指で弾いて身構える私の体。小豆洗いがシャカシャカ鳴らしながら腕を叩きつけてくるが、イヌガミさんは私の体で宙返り。自分でも信じられないぐらい体が軽く、二回転してから小豆洗いの顔を踏みつけにしてから地面に着地すると、四つん這いになって構える。
「知っているか?お前なんかの人を誘き寄せるだけの音と違って、犬の遠吠えには、魔除けの力があるんだ!すぅうう……ワッオッッオッッッオオォオオオオンッッッ!!!!」
「きっ、しゃああああああああああ!?」
そして私の口から犬の咆哮が放たれ、それは可視化されて小豆洗いを飲み込み、耐え切れずボロボロと崩れ落ちて言って、そして消えた。
「ざこが。……しかし、偶然とはいえちょうどいいな」
私の体でニヤリと笑うイヌガミさん。え、なにが…?そろそろ返してほしいんだけど……。と思った瞬間、いきなり私の手で首を絞めてきて。なに、を!?
「勘違いしてるみたいだから教えてやる。オレはお前の先祖に殺された飼い犬から生まれた呪いだ。末代まで祟ると決めている…!奴に殺されるのは許さないが、このままオレの手で死んでくれ!」
え、え、え!?と困惑していたら、手を放して過呼吸を始めるイヌガミさん。そのまま私から重なっていたのが幽体離脱する様に出てきてゲホゲホえづいている。あ、身体の自由が戻った。
「オレも苦しいのは聞いてねえ……」
「馬鹿なのかな?」
おバカだった。でもおかげで助かった。今のうちに、と踵を返そうとしたら、目の前まで回り込んでくるイヌガミさん。
「逃がさねえよ!このままその首、噛みちぎって食い殺してやらあ!」
「っ……」
これじゃ何も変わらない。寿命でも事故でもないのに死んでしまう、そんなの嫌だ。なにか、なにか、イヌガミさんを止める方法……犬、だったら?
「おすわり!」
「はい!……えっ」
「えっ」
咄嗟に叫んでみたらその場で背筋を正して座って制止した。気まずい空気が流れる。どうしよう……。
「えっと、その、絵面が……」
「誰がさせてんだよ!?」
おすわりしたまま吠えるイヌガミさんに私は苦笑いを返す。命は助かったけど、これからどうしよう。私は途方に暮れた。
・妖怪紹介コーナー
①犬神
四国などの西日本に伝わる憑き神の一種で式神としても使役できる呪い。強力な呪詛の力を持ち、憑りついた相手を祟り殺すとされる。氏神として祀れば大いにその家は繁栄するとされるが、犬神への贄が尽きればあっという間に没落する諸刃の剣。その作り方はあまりに残酷で悍ましいと有名。一説には弘法大師の空海も使役していたらしい。
今作では忽那の家に伝わる呪いのアヤカシ。其のままの状態でも鋭い爪で戦えるが、真骨頂は憑依した後。例え相性が悪くともその肉体のフルパワーを発揮でき、特に退魔の咆哮は強力無比で並大抵のアヤカシならば消し飛ばせる。相性が良ければ良いほど犬神と同一化される。普段は忽那の影を媒体にしていて召喚には犬の影絵を用いて実体化するが、時間制限がある。
②小豆洗い
別名は小豆とぎとも。小豆を洗う音がどこからか聞こえてくる、というだけの怪異。今作では指の関節を擦って小豆を洗うような音を響かせて人々を誘き寄せて頭を喰らうアヤカシ。「ゲゲゲの鬼太郎」第五期では妖怪横丁で饅頭屋をやっているが「小豆鉄砲」「小豆大砲」「小豆パワー」など小豆を操る能力を持ってたりするつよつよ妖怪だったりする。
小豆洗いみたいな一見害がない奴でも恐ろしい怪物な世界。犬って呪いになったり魔除けもできたりすごいよね。
一応続きを書くための設定はできてるので反響が良かったら続きます。よければ評価や感想などをいただけたら嬉しいです。