世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~   作:嘉神かろ

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第129話 風が吹いた

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 星々は巡り、人の世も大きく移ろった。伊邪那美(いざなみ)さんを(くだ)し、龍神の呼称が人々に根付いてから百年。この歳月は、短命の種族にとっては長すぎる時間だ。

 

「そろそろ配信、しなきゃかな……?」

 

 そんな私の声が響いたのは、百年前とほとんど変わらない迷宮最下層、コアルームに作られた自宅の中。変化と言えば本棚の数が増えた事と、部屋の所在地が出雲の大迷宮になった事くらい。

 その変わらない部屋で、いつものソファに寝転がって、いつものように本の上の文字を追いながら、もう一体の住人に声をかける。

 

「それが良かろう。前回の配信からもう六十年ほど経っている」

 

 もう一体の住人、夜墨は、その墨汁のように黒い身体でとぐろを巻いていたまま、片目だけを開いて答えた。私のすぐ横、ソファの足元で、金色の龍眼が瞬く。

 

 しかし、ふむ、六十年。人間や獣人なら、そろそろ寿命が見えていてもおかしくない位だね。

 私にとっては、夏休み、は言い過ぎにしても大学生をする期間くらいの感覚になってしまったけど、それでも十分に長い時間、配信をしていなかったことになる。

 ぼちぼち海外旅行にも出発するつもりだけど、その前にやっといた方がよさそうだね。

 

「仕方ない。やるかぁ」

 

 正直、今更迷宮の配信をしたところで、消化試合というか、作業感が半端ない。それでも待っててくれてる人もいる訳で、何より、私が人間らしくあれる数少ない場所だからって事で、一応続けてはいる。

 

 まあ、今回の配信が終わったら旅立とうかな。

 

 ちょうど読み終わった本を閉じ、起き上がって、ただの人間だった頃から着続けているバスケの練習着を脱ぐ。そのまま、着た状態になるようにいつもの黒い着物を私の魂、正確にはそれを満たす魂力から取り出せば、着替えは完了だ。

 

 おっと、髪だけ自分で出さないとね。道理で引っかかると思った。

 腰のあたりまである白髪は我ながら綺麗で、自慢出来るものではあるんだけど、ちょくちょく面倒くさい。お風呂の時とか。

 

 さて、どこの迷宮に行こうかなって、あら、珍しい。

 

「ちょっと入り口まで行ってくる。来る?」

「必要あるまい」

「そだね」

 

 玄関に移動して、迷宮の支配者の権限を行使。出雲大迷宮の入り口にある、古の時代のお社の麓まで転移する。別に玄関まで行く必要は無いんだけど、気分の問題。

 常人では殆ど認識できない程度の視界の暗転を経て、景色が変わる。その中にいたのは、十年ぶりくらいに見る鬼の顔。

 

 額の左右に二本ずつ、中央に一本の、計五本の角。それに、神通力を持つ証である、白目と黒目の色が逆転した目。鬼の始祖にして、北九州一帯を纏める長、鬼秀だ。

 黒髪を後ろへ撫でつけた髪型だとか、やや野性味のあるイケメンって面だとかは二百五十年前にあった時のままだけど、ここ最近はどことなく老獪な雰囲気まで纏っている。

 

「こっちに来るなんて珍しい。また食事のお誘い?」

「まず挨拶くらいしたらどうだ?」

 

 それもそうだ。

 

「おはよう、久しぶりだね」

「おはよう。もう昼過ぎだがな」

 

 む、確かに太陽の位置が高い。

 

「じゃあこんにちは」

「……まあいい。桜の季節だからな。花見でもしながら、と言いたいところだが、今回は別件だ」

 

 ふむ?

 食事のお誘いなら吝かではないというか、最早恒例って感じで十年くらいおきに招待を受けてはいたんだけども。

 

「あー、その、なんだ。子分共が煩くてよ」

 

 この男にしては歯切れが悪い。続きを待っていると、日本海沿岸特有の強い春風が吹いて、白髪が視界を塞ぐ。髪の隙間から見える彼の顔は、やや赤らんでいて、けど、とても真剣だった。

 

「つまり、あれだ。俺と結婚してくれ」

 

 また風が吹いた。桜の花びらが青空に舞って、金に染まる私の龍眼でも見えない程遠くへ行ってしまう。

 

 ……ふむ。

 

「わんもあたいむぷりーず」

「配信の時のノリになってるぞ。だから、俺の妻になってくれ」

 

 あー、聞き間違いじゃなかったか。面倒くさい。

 これならさっさと海外旅行に出発してれば良かったなぁ。本当は伊邪那美さん倒してすぐ行くつもりだったんだけどさ、ほら、疲れたし、ちょっと休んでからでいいかなって。

 

 ん-、面倒な。

 いや、元々彼が私に好意を寄せていたのは知ってたけどさ。知ってた上で美味しいごはんとお酒目当てに誘われてたけどさ。うん、その点は私が悪い。その気ないのに。

 

「そんなあからさまに面倒だってオーラ出されると流石の俺も傷つくぞ?」

「あ、ごめんごめん。大抵の人は気づかないから油断してたよ」

 

 まあ、こいつもウィンテや令奈に近い枠ではある。彼女ら程楽に話せる相手ではないけど、それなりに近いレベルで会話が成立する。だから誘いにも乗るし、尋ねられたらこうして態々出てくるわけなんだけど。

 

 でも結婚てなると話は別なんだよ。面倒。その辺は鬼秀も分かってると思ってたんだけど。

 

「何もお前を縛ろうって話じゃねぇ。俺が好きなのは、何よりも自由なお前だ。それを縛るだとか、俺だって本意じゃねぇ」

 

 ふむ。とりあえず、いつもの調子は取り戻してきたらしい。とりあえず聞くだけ聞こう。なんか面白い事になる気がする。

 

「さっきも言ったが、子分共がうるせぇんだ。早く跡継ぎ作れってよ。まあ実際、いつ死ぬかも分からねぇしな」

 

 鬼の寿命は、まだ確定していなかったか。個人差が大きすぎるらしいね。たぶん、角の数、つまりは力の強さに比例するんだろうけど。

 そういえば巨人の王も少し前に逝ったらしい。聖戦で兵を率いた始祖としては、獣人に続いて二人目に寿命を迎えたことになる。二人とも、一般的な種族寿命の倍程度の人生だった。

 

「で、だ。子を為すにしても、誰でも良いわけがねぇ。王としての資質は勿論だが、俺の個人的な感情でもな」

 

 まあ、それはそうか。彼も政略結婚が必要な家で育ったわけではないし。

 それで、わざわざ出雲まで来たってわけね。

 

「つーわけだ。後のことは好きにしていい。だから、俺の子を産んでくれ」

「なるほどね。話は分かった」

 

 鬼秀が意外そうに眉を上げる。

 

「けどヤダ」

「まあ、そうだろうな」

 

 うん、断られてホッとしてるのはなんなのか。私の認識について問いただした方が良いかもしれない。

 

「私にメリットないし、タダでって言われてもね」

「そう言うと思ってな、色々考えたが、残念ながらお前を動かせるほどのメリットは用意できなかった。てことでだ」

 

 うん?

 

「戦おうぜ。俺が勝ったら、話を吞んでもらう」

 

 ふーん?

 

「まあ、それなら良いよ。私が勝ったら、どうする?」

「何でもいいぜ。要求を何でも一つ聞いてやろう」

 

 今、何でもって……? とふざけようと思ったけど、これは本気のやつだね。

 

「要求の期限は?」

「もう勝った気でいやがるな? いつまででもいいぜ。俺が生きてるうちはよ」

 

 太っ腹だね。

 

「じゃあ、やろうか」

 

 鬼秀ごと迷宮支配者の権能で強制転移する。抵抗は当然されない。

 向かった先は、かつて伊邪那美さんと刃を交えた地。出雲迷宮の最下層、その守護者の間。

 

 お手並み拝見だ。

 

 

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