世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~   作:嘉神かろ

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第219話 ユダの一石

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 先手は譲ってあげよう。

 槍を下段に構え、待ちの姿勢をとる。意図はそれで伝わった。

 

「ふん」

 

 サマエレアの胸が大きく膨らみ、膨大な魔力が現象に変換される気配を感じる。鼻で笑いながらも無意味に反発はしない。やっぱりアバデアに比べてずいぶん冷静だ。

 

 なんて感心してたらさすがに丸焦げになってしまうね。今まさに吐き出された火炎はそれだけの熱量を秘めている。

 それを一閃。槍の一振りで断ち切って、お返しに魔法の蒼炎をお見舞いしてあげる。

 

「嘗めるな!」

 

 まあ効かないか。

 鉄も容易く蒸発させる温度のはずだけど、ドラゴンの王の鱗を溶かすには足りない。青を突き破って現れた赤が瞬く間に肉薄してくる。

 

 高層ビルのような巨体が迫ってくるとなるとやはり凄まじい迫力だ。パリの街を歩いたときに感じたものに近い、しかし明らかに違う感覚。その源が腕を振り上げ、爪で空に傷を描いた。

 

 先程までなら後ろに避けていた攻撃。今回は、前に躱す。

 そのまま胸部まで接近し、捻りを加えて槍を振るう。

 

「ぐぅっ……」

 

 やや斜めの一文字に鱗とは違う赤が走った。噴き出すそれが黒い着物に新たな色味加える。

 生暖かさが若干気持ち悪いけど相手はこの巨体だ。仕方ない。すぐに意識から外し、回転の勢いを活かして蹴りを突き刺す。

 

 きりもみしながら吹き飛ぶドラゴンの王は、当然それで終わる器ではない。追撃の雷を躱してみせ、更には炎のブレスを吐き付けてきた。

 

 今度はさっきの広く広がるようなブレスじゃない。圧縮した、レーザーのようなブレスだ。

 この槍の持つ力を使えば弾くこともできるけど、流れ弾がどこに行くか分からない。それなら方向が把握できる回避の方がいい。

 

 宙を蹴り、距離を詰めながら戦闘機のごとくブレスを回避する。極力幅を狭く、回転を駆使しして味方を巻き込むことを許さない。

 

 互いに近づくんだ。瞬く間に彼我の距離はゼロとなる。

 そうなれば始まるのはインファイト。人間大と高層建築の肉弾戦。拳を突き出し、尾を振るい、牙を突き立てる高速戦闘だ。

 

 常人なら目で追うことも不可能な速度で繰り出される絶え間のない連撃を、紙一重で躱し、槍で捌く。時には迫る尾を蹴りで押し返し、巨体に向けて拳も振るう。

 

 まったく、ドラゴン相手にする戦いじゃない。こういう格闘は鬼秀みたいなのとするものだと思ってたんだけど。

 そんな軽口を音にする余裕は与えてくれない。

 

「おのれちょこまかと!」

 

 外へ薙ぐように振るわれた腕を上に躱し、その上を伝って駆ける。接近を嫌って吐きつけられたブレスは、加速して後ろに置き去りにした。

 そして肩へ向け、踵落とし。一回転して遠心力を乗せた一撃が、頑健なドラゴンの体を大きく凹ませる。

 

「ぐっ……」

 

 やはりこの巨体と堅さになると斬撃より打撃の方が効いていそうだ。もちろん全力で切りつければ違うけど、そこまでの隙を晒してはくれない。

 

 順当な強さ。だからこそ、私には届かない。

 

「あなたは確かに強い。でも、私はもっと強いし、油断もしない」

 

 エメラルドの瞳に私の金眼が映った。奥底を覗き込むように光る自身のそれへ、愛槍を投げる。

 

 一条の白い線となったそれは、しかし直撃はしない。辛うじて反応され、角の一本に深い傷を残すに留まった。

 だがそれで十分。一瞬ばかり完全に彼の視界から外れた。その一瞬があれば、選べる手札は一気に増える。

 

 再び手元へ召喚した槍に魔法を乗せる。運動エネルギーを増大させ、影響範囲を拡張し、そして切断に必要な圧力そのものを具現化させる情報として魂力に込める。

 ここまでやれば、あとは体捌きと、槍捌きだ。数百年で培った技術の粋を集めた一閃を、パリの街を巻き込まないよう、下から上へと振り上げる。

 

「グアァァァアッ!」

 

 飛び散る血潮。紅玉の鱗は砕かれさえせず、滑らかな断面を作る。

 

「うん、良い勘してるね」

 

 宙を舞い地に落ちたのは、サマエレアの巨大な腕ばかり。胴体を真っ二つにするつもりで放ったんだけど、直感が働いたんだろう。すんでのところで体を反らされてしまった。

 

 苦し紛れに吐き出された炎を魔法の残滓のみで切り払えば、サマエレアは大きく距離をとっている。更に奥に見える光は、アバデアとグラシアンの戦いか。

 

「向こうはけっこう良い勝負してるみたいだね。諦めて退却した方がいいんじゃない?」

 

 アバデアとグラシアンが互角なら、私がサマエレアを降した時点で全てが決まる。はっきり言って、決着が付いたようなものだ。

 

「それはできぬ相談だ」

「あ、そう」

 

 別に私もわざわざ追いかけるつもりはないのに。大局的には大した意味が無いから。

 

 アバデアはどの道グラシアンとの決着をつけようとするから、彼の死は確定的だ。ドラゴンの戦力も今回ずいぶん削った。となると、もう私らが協力しなくても天使たちだけでどうにかできるわけだ。

 

 仮に決着まで協力を要請されるなら、それはそれでかまわない。次の頃には二人も十全の力をふるえるだろうから、何の懸念もなくなる。

 

 決着がついたのは、私たちの戦いじゃなくて、この戦争そのものの話。つまりサマエレアにできるのは、ここで死ぬか、残った同胞を纏め、人間に拘わらず暮らしていくことだけ。

 

 龍としての傲慢さが見せた慈悲だったわけだけど、彼は分かった上で断わった。

 

「分からない価値観だね。別の道も選べるのに、わざわざ完全な終わりを選ぶなんて」

「我らは使命をなせなかった。ならば滅ぶが運命というものだ。もちろん、足掻きはするがな」

 

 本当に、分からないよ。足掻くというのは、この戦争の動機を思えば理解できはする。でも終わりを選ぶのはなんなのか。

 

「グラシアンを笑えないくらいには理想主義者だよ、あなたも」

「ふっ、そうかもしれんな」

 

 でなかったら、わざわざ堕落した同胞を私たちに殺させはしないでしょうに。

 

 まあ、なんでもいいか。あまり話してても痛みが長引くだけで可愛そうだし、さっさとトドメを――うん?

 

「ユドラス君?」

 

 それと、部下の天使達……。

 

「グラシアン様! 加勢に参りました!」

 

 彼らはほとんどのドラゴンをウィンテ達が仕留めた空を、まっすぐグラシアンに向かって飛ぶ。こうして見るとかなり過剰な戦力だ。

 

 自分の持ち場は終わったんだろうか。主力がほとんどこっちに来ていたなら、不可能ではないと思うけど、それにしたって早い気がする。

 

 これがユドラス君だけなら別の可能性が強かったんだけど、でも、百近い兵と一緒となると……。

 

「どうやら、他の道も選べそうだぞ」

 

 サマエレアの瞳に、揶揄うような色はない。

 

「まさかっ――グラシアン! 離れて!」

 

 その声は、少し遅かった。

 彼方でグラシアンが虹色の光に包まれた。そのまま、ユドラス君の持つ赤と黒の宝玉へ吸い込まれていく。

 

 グラシアンが何かを叫んだようだけど、ここまでは届かない。魔法で音を拾おうとすると、聞こえたのは別の声、ユドラス君の声だ。

 

「大丈夫です、グラシアン様。全てが終わった後に、再びお会いしましょう。その頃にはもう、グラシアン様を縛るウジ虫どもはおりませんので」

 

 ああ、やっぱり、それが理由か。あのコラボ配信に使った迷宮を見つけたときから、そうだろうとは思っていた。人間達に向ける視線から、理由があるとすればこれだろうと思っていた。

 

 だからユドラス君の気配がしたときに警戒したのに、部下を連れていたことで今裏切りはしないだろうと断じてしまった。まさか、彼に賛同する天使がこれだけいるなんて。

 

「グラシアンを封じるためだけに作った宝具だ。自力では絶対に出てこられぬ」

「だろうね」

 

 本当に、グラシアンの為だけって感じだ。他の存在を封じようと思っても一割の力すら発揮できないだろう、そんな宝具。

 実際、私たちさえいなければ彼を封じるだけで決まる戦いだ。彼に接触できるユドラス君の手を借りられるなら、作るのは難しくないし、そうなれば作らない選択肢は無い。

 

 せいぜいアバデアが葛藤するくらいか。

 

「裏切りじたいには驚いていないな」

「まあ、予想通りだから。軍勢で後ろを突いたのも彼の支配する迷宮を経由したんでしょ?」

「ふん。裏切りの指摘もできぬような新参に全てを邪魔されるとはな」

 

 それについては怒られても仕方ない。私たちがいなければまず間違いなく勝ち戦だったんだし。

 

「だがサマエレアよ。それも、ここでこやつを殺してしまえば問題あるまい」

 

 話している間にアバデアが合流してきた。どことなく不満げなのは、できれば封印ではなくそのまま殺したかったからだろう。でも封印作戦自体には納得していたと。

 ユドラスは、パリを守っていた天使の指揮官と何か言い争ってる。あっちに関しては、私はまだ手を出さなくていいか。

 

 それならば、だ。

 

「ふーん、貴方たちに私が殺せると思ってるんだ?」

「あの小僧程度でも均衡を崩すことはできよう。なれば、不可能ではあるまい? 仮にサマエレアの腕が片方無くなっていようとな」

 

 正直、認めざるを得ない。ユドラス君なんて普段ならものの数に入れない。でも、このドラゴンの王たちの相手をしているときに横槍を入れられると話は別だ。万が一があり得る。

 

 巻き込むことに配慮もできなくなるだろうし、夜墨に何が何でもウィンテ達を守るよう伝えておこう。

 

 まあ、負けるとはまったく思ってないんだけど。

 

「そっか。それじゃあ、第三ラウンドを始めようか。天使達も戦い始めちゃったしね」

 

 さっさと勝って、さっさとグラシアンを出して、それからまた二人とパリ観光をしよう。うん、それがいい。

 

 

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