世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~   作:嘉神かろ

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第225話 戦の終わりに佇む月よ

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 煌びやかなシャンデリアの明かりに照らされる大広間。かつてフランスの貴族たちが輝かんばかりの栄華を示し合い、あるいは陰険に糸を張り巡らせていたそこに、生き残った天使達とたくさんの料理が並んでいた。

 彼らの表情は、一様に明るい。それは権謀術数を隠す仮面なんかではなくて、ただ、戦勝の喜びを表したものだ。

 

 人間とその生活を守るために行われた天使とドラゴンの戦争は、私の勝利からさほど時をおかずして終わった。王が滅びたと知った各地のドラゴンたちが一斉に降伏したからだ。

 

 たぶん、初めから決めていたことなんだろう。サマエレアとアバデアが敗れたら、その時点で負けを認め、撤退すると。なんとも潔いというか、らしい決定だと思う。

 

 天使達はそんな彼らをどうこうするわけでもなく、ただ住処である大迷宮に帰らせた。こちらもらしい選択だ。領地を奪い合うような戦争ではなかったし、そういう欲がある種族でもないから。

 

 その大迷宮の現在の主はサマエレアから私に移っているわけなんだけど、この座については、後でドラゴンの誰かにでも渡すつもりだ。彼らと、その庇護下にある人々には必要なものだろうから。わざわざ私が管理するのは面倒だし。

 

「ハロ殿、楽しんでくれているだろうか」

「ああ、グラシアンか。うん。美味しい料理がたくさんで、私的には大満足だよ」

 

 嘘ではない。本場のフランス料理が余る前提で山のように用意されているんだから、十分楽しめている。材料も戦争のための備蓄を解放したもので遠慮せずに食べられる。

 

「そうか。あまりそうは見えなかったが、そもそも表情の変わらぬタイプであったな」

「そういうこと。それより、もうみんなの相手はしなくていいの?」

 

 さっきまで多くの天使に囲まれて大変そうだったのに。

 

「ああ。ようやく満足したようだ」

「そう」

 

 本当なら、ああいうのはユドラス君が散らしていたんだろう。今残ってる幹部はそこまでするタイプじゃないし、仕方ない。

 

「貴殿には、改めて礼を言おうと思ったのだ。それと、謝罪を」

「謝罪? ああ、ユドラス君のことか」

「そうだ。本来であればあってはならぬユダの所業、その始末を貴殿らに押しつける形になってしまった。すまなかった」

 

 目礼で済ませているのは、他の天使達に見られて騒ぎにならないようにだろう。私がそれを嫌がるのは、さすがにもう分かっているだろうから。

 

「いいよ、別に。頼まれた仕事を頼まれたようにやっただけなんだし。そういうのはウィンテと令奈にして。二人がいなかったら、そもそも私はこの戦いに参加してない」

「ふ、二人の言ったとおりの返しだな」

 

 もう二人とは話してたのね。ならいいのに。ユドラス君も、ドラゴンたちも、なんならこの地の人間達だって、私にはどうでもいい存在なんだから。

 

 ただ、少し、思うところがないわけではない。

 一つは、今見えるこの景色にウィンテと令奈を除いて天使以外の姿がないことだ。あれだけ激しく、広範囲での戦いに、当事者であるはずの人間が誰一人として参加しなかった。ドラゴンが彼らを嫌う気持ちも多少理解できてしまう。

 

 もう一つも、その人間に関わること。

 

「話はそれだけ? なら少し、月でも眺めてくるよ。ここの照明は少し目にチラついてね」

「そうか。ならば向こうでホットワインを貰っていくと良い。環境を整えてあるとは言え、いくらか冷える」

「ありがと。そうするよ」

 

 純粋な善意を無下にすることもない。素直にホットワインを受け取ってから、いつかグラシアンやユドラス君とお茶をしたバルコニーに出る。あの時と同じように綺麗な星空が頭上を覆うそこからは、月明かりに照らされたヴェルサイユの庭園がよく見えた。

 

 肌を撫でた夜風は、グラシアンの言うように多少冷たい。変温動物と近しい体質の私だと、魔法による制御なしじゃ辛いかもしれないほどだ。

 

以前使ったテーブルは、使う気分ではない。手すりに両腕を乗せて体重を預け、ホットワインの香りを胃に流し込む。

 

 脳裏にあるのは、あの日、サマエレアにブレスを浴びせた後の記憶だ。

 

 

 世界が私の魔力で真っ白に染まって、再び色を取り戻した時、地上には胸から上以外のほとんどが消し飛んだサマエレアの姿があった。

 

「驚いた。そんな姿になってもまだ息があるんだ」

 

 眼前に降り立った私に、サマエレアは憎々しげな目を向けて、ふっと力を抜く。いっそう弱々しくなった眼光は、彼の命が風前にある灯火に等しいと告げているようだ。

 

「一つ、聞か、せろ」

「なに?」

「何故、天使どもに力を、貸した?」

 

 なんだ、そのことか。

 

「人間らしくあるため、かな。友達が命をかけようとしてるのに、面倒だからって断るのはらしくないでしょ?」

 

 それだけで済ませられない部分もあるんだけど、まあ大きく分けたらその為だけっていうのには違いない。

 でもサマエレアは、私の言った内容がすぐには飲み込めなかったらしい。一瞬ばかり呆気にとられたような間があった。

 

「人間らしくあるため、だと……? 本気で、言っている、のか?」

「そうだよ?」

「フンっ、それだけの理由で、他者の命を踏み、にじる者が、人間らしい、だと? 滅ぶべき人間であろうと、もう少し、躊躇する」

 

 サマエレアの巨大な顔が笑ったように歪む。ただ正直に答えただけなんだけど、まあ、彼の言っていることを否定することはできない。

 

「そうかもしれないね」

 

 どんどん弱くなる彼の気配を前に、肩を竦めてみせる。それすらも彼にとってはおかしなことだったようで、嘲るような色が彼の纏う魔力に浮かんだ。

 

「そういう、ところだ。逆上して、トドメをさすならば、まだ、多少は、人間らし、かっ……」

 

 

 言葉と共に彼の生は途絶えて、私の意識も月明かりの下に還る。あの時、彼の目に私はどう映っていたのか。たぶん、相当に滑稽に見えていたんだろう。

 

「――分かってるさ、それくらい」

 

 光を消した彼の翡翠を思い出し、つい、声に漏らしてしまう。

 続きかけた溜め息は、ホットワインで無理矢理流し込んだ。

 

 どれくらい月と庭園を眺めていただろうか。ホットワインはすっかり冷めてしまって、魔法以外に体を温めるものがなくなっていた。

 仕方がない。残りは中で飲もう。

 

 踵を返そうとすれば、よく知った気配が二つやってくる。

 

「やあ、二人とも。お疲れ様」

「ハロさんも、お疲れ様です」

「お疲れさん」

 

 二人が来たならもう少しここにいよう。話しておきたいこともあるし。

 

 端のテーブルへ視線を向ければ、二人もそちらへ向かってくれる。余計な言葉が要らないのは本当に楽だ。

 

「まあ、今回は色々助かったわ」

「ですね。あの宣戦布告は誤算でした」

 

 本当に。もっと時間があれば二人ならどうとでもできたんだろうけど。

 

「でもまあ、アバデアにはちゃんと勝ってたし」

「あれは、力を制限される仕組みをあちらが理解していなかったからですね。不意を突けたおかげです」

 

 否定する意味は無い。事実だし、そうなると思ってたから安心して送り出せた。

 最初に二人がアバデアと戦ってからかなりの数のドラゴンを屠ってたからね。僅かな差が戦力に大きく影響するような仕組み上、本気の魔法なら問題なくあの鱗を貫けるようになってたわけだ。

 

 だとしても、だ。

 

「それでもかなり力を制限されてたままだったのは間違いない。相性も良くはなかった。ウィンテも令奈も流石だよ」

「そうですか? ありがとうございます!」

「まあ、そう言われて悪い気ぃはせん」

 

 ふふ、相変わらず令奈は素直じゃない。耳と尻尾はそうでもないみたいだけど。

 

 本当に、二人ともどんな経験をしてきたんだろうね。しっかり見れなかったものも色々あるんだろうし、なんというか、二人の気持ちが本当に嬉しい。

 

 だから、こうしてはっきり伝えておかないといけなかった。二人になら別に言わなくても伝わったとは思うんだけど、こういうのって、やっぱり口にする意味があると思うんだ。

 それに、もし万が一、伝わりきってなくて二人がまた無茶をしたら。それで二人が死んでしまったら。

 

 悲しいし、それ以上に、怖い。だって私は、割り切れてしまうだろうから。

 

 これだけ大事に思ってる相手でも、死んでしまったなら仕方ないとすぐに切り替えられてしまう。私は、そういうやつだ。

 

 それが分かっているから、二人を失いたくないんだ。

 

 もう一つ、伝えようと思っていたことがある。

 

「あのさ、これからのことなんだけど」

 

 色々考えたんだ。もう少し一人であちこち回るとか、三人で旅行するとか。

 でもやめた。もう痛感してしまったから。私が挑んでいる証明は、無謀で無意味なものなんだって。

 

「私、このまま日本に帰ろうと思う」

 

 どれだけ足掻いても、けっきょく私は、人間らしくあろうとする人間らしくない何かでしかない。どれだけそれらしく振る舞っても、けっきょくどこかでズレてしまう。そうでないと思わせてしまう。

 

「……ええんか?」

「うん」

 

 中国から順に回ってきた中で、よく分かった。

 そもそも矛盾してたんだ。私は龍だと傲慢さを肯定しておきながら、どこにでもいるごく普通の人間だって証明しようとすることが。

 

 神と言われ、化け物と言われ、人間らしいつもりの振る舞いを嘲笑われた。

 こうも続くと、流石に認めざるを得ない。

 

「ああ、でも、諦めたつもりはないよ。これからも私は、人間らしくありたい」

 

 それは変わらない。母に刻まれた呪いは、まだ脈打っている。

 

「だからそんな心配そうにしなくても大丈夫。安心して」

 

 表情は、変わらない。それはそうだよね。

 でも本当に大丈夫なんだ。もし仮に、夜墨が止めきれなくて、化け物であるしかなくなったとしても、私には二人がいるから。

 

 だから、帰ろう。私たちの故郷に。私たちを崇める、あの場所に。

 龍神、八雲ハロとして。

 

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