近未来ファンタジーなゲームに転生したと思ったら俺が転生したのはモブだった 作:科学と魔術ってロマンでしかない
『君と彼女のラグナロク』
そう銘打って世に出されたこのゲームは、前世の俺が生きていた二十一世紀の日本で絶大な人気を誇っていた。美麗なイラストと高い自由度が売りのストーリー。中々面白いゲームだった。本当にゲームならの話だがな!
時代設定は近未来で、主に現実の日本とは違う歴史を辿った別の日本国が舞台となる。ある事故によって偶然世界に侵入してきた幻想生物たちが跳梁跋扈する明らかにやばい世界である。そしてそんな世界を統制する為、世界中の国々はこぞって強力な神秘を宿した人間を集めていた。
ゲームの主人公はこんなクソみたいな世界で珍しく幸せに暮らしていた少年だ。だがそんな幸せは突然崩壊する事になる。父と母、それに妹と四人家族で過ごしていた主人公だが、主人公の少年を除いた全ての家族が皆殺しに遭ってしまう。犯人は勿論神秘生物だ。ここら辺はあまり詳しく描写されていなかったから分からんが、どうせ悪魔とかそこら辺だろう。
一家皆殺しに遭った少年は存在する全ての神秘に復讐を決意し、政府の部隊に入隊する。そして彼は戦いの中で類まれなる殺しの才能を開花させていき……といった作品だ。
このゲームにはある特徴がある。それはエンディングの種類があまりにも多いという事だ。確かに主人公は神秘を憎んでいるが、全ての神秘が人間に敵意を持っている事は無い。寧ろ人に好意的な生物もいる。代表的なもので言えば、九尾、悪魔や天使の一部、など。主人公はそんな彼らに絆されていき、なんとストーリーの途中で神秘陣営に肩入れする事も出来るのだ。
最も主流なルートは『神秘殲滅』ルートであるが、他にも神秘に肩入れし人類を滅ぼす『人類殲滅』ルート、世界の国を征服し全てを一切合切滅ぼす『世界殲滅』ルートなど、他にもあるが人気があるのはこの三つだ。多種多様なストーリーはこのゲームを彩る要素の一つであった。
俺は前世ではこのゲームの所謂ガチ勢に分類されるほどのヘビーユーザーだった。多分大体の要素は回収したし、イラストも全部見た筈だ。悔しいがそれだけこのゲームは面白かった。
確かに売りは重厚なストーリーなのだが、人気があるのは他にも理由がある。それは各ルートにそれぞれ居るヒロインの存在だ。美麗なイラストで描かれた彼女らの姿はめちゃくちゃ可愛いし、えろい。
だからこの世界に転生したと分かった時、俺はそれなりに興奮した。画面越しに見ていた彼女らに会えるとなるとやはり気持ちが昂ってくる。
でも、俺は勘違いしていたのだ。
俺はこの世界では主人公なんかじゃない。ただのそこら辺にいるモブなんだと。でもそれに気づくのは少し遅すぎた。
俺はこの世界では裕福な家庭に生まれ落ちた。まぁまぁ幸せだった。優しい母と、厳しい父。チートは無いし人並み程度の能力しか無かったがそれなりに楽しかったのだ。
そう思えた時、瞬く間に全てが壊れた。
首都東京に突如として現れた神秘生物、八岐大蛇が全てを破壊した。母は炎で溶かされ、父は瓦礫の下敷きになった。母は姿すら無くして液状になり、父は無惨な姿になって発見された。
そんな姿を眺めていた時、俺は思わず震えた。父母の死への悲しみからでは無い。目の前の肉親の惨状すら気にならない程、胸の中を埋めつくす死への恐怖があった。
何故、俺はもう一度死ななければならないのだ。今の俺に物語の主人公の様な幸運は無い。容易くゴミのように死んでいくだろう。背景の様に死ぬのがモブにふさわしい最期だ。でも俺はそれを受け入れる事は出来なかった。
既に死んだ筈なのに、またあの死を味わうのか?
前世で死んだ時の事は一生忘れることは無い。恐怖、怯え、疑問、寒さ、孤独。
ああ、死にたくない。やはり俺には耐えられそうに無かった。何処までも寒い孤独。非情なまでに広がる無。それをもう一度体験出来る程、俺は肝は座ってはいない。
だから決意した。全てを跳ね除ける強さを身につけると。それでも死に抗えないのなら、死ぬその時まで目の前の敵に抵抗してやる。ゲームの筋書きなんて知った事では無い、それは俺の命程重要ではないのだから。
俺の生を邪魔する奴は、どんな奴であろうと殺す。剣の様に冷たく鋭い決意を胸に俺は政府の特殊部隊に入隊した。何処までも高い塔を登り始めた、強者という名の果てしない程高い塔を。そしていつか、死をも跳ね除ける為に。
■
昔の事を思い出しながら、俺は自宅の高層ビルの一室で椅子に座って朝食を摂っていた。今日の朝食は卵かけご飯とサラダだ。この世界では卵すら貴重な食材な為、大量に入手出来るのは国家公務員の特権だ。
高級食材に舌鼓を打ちながら優雅に朝食を食べる。やはり出勤が遅いというのは素晴らしい。早々から働く一般会社員の人達には敬礼だ。俺は勤務時間の関係で出勤は昼からの予定の為、そのお陰でゆっくり家で過ごす事が出来る。
『だらけていていいのですか、そんな体たらくだと次の任務で死にますよ』
確かに俺は死にたくないし強さを求めているが、鍛錬は質が何よりも大事だと思っている。だらだら日が暮れるまでやるより、ある程度の時間集中して訓練した方がよっぽど有意義だ。
「大丈夫だ、鍛錬にも休息が必要って事だよ。でも心配してくれてありがとうな」
『心配などしていません』
壁に打つように即座に帰ってくる声に苦笑いした。
傍から見れば独り言を呟く精神異常者だろうが流石に人目がある所では喋らないし、彼女も気を遣って黙っている。刺々しい言葉を頻繁に使う彼女だがそんな態度とは反面に、戦闘中などでは口を閉じ、俺が集中出来るようにしてくれている。他にも疲れている時は優しく話してくれるなど、案外彼女は優しいのだ。
この内から響く女性の声の正体は誰にも明かしていない。検査の所為で存在は組織に知られた様だが、詳細は話すつもりは無い。最近は魔術工学部がしつこく実験を迫ってくるが鬱陶し過ぎて無視している。
『それにしても最近は悪魔の出現が多いですね、この一ヶ月の間で対応した任務の十件中、七件は悪魔関連のものでしたよ。黒くて何処からでも出て来る、まるでゴキブリですね』
美女の声が鬱陶しげに呟いた。
確かに彼女の言う通りだ。日本で出現する神秘は基本その土地柄に沿ったものだ。地元の伝承に語られる化け物など、歴史があればあるほどその神秘は強力になる。だからこそ大妖怪八岐大蛇は強力なのであり、最古の叙事詩に記されるギルガメッシュ王は世界最強と呼ばれるのだ。
だから最近の任務の内容は少しおかしい。何故この日本に西洋の神秘が出現するのか。平時でまったく出ないと言う訳では無いが、限りなく少ない。その理由は恐らく。
「人為的なもの、か」
箸を指でクルクルと回す。顎に手を当て思考を巡らせる。
悪魔召喚の儀式は庶民でも行える程簡単なものだ。捕まえた動物の血を使い、魔法陣を描くだけ。それだけで悪魔はこの世に顕現する。だがそれを知っていても実行する人間は殆どいない。何故ならば悪魔というのは本能的に人間への敵意を刻み付けられているからだ。本能に抗えて人間と会話を交わせるのは、敵意を押しつぶせるほど力のある悪魔だけだ。それ程の悪魔を呼び出そうともなれば、相応の代償が必要となる。
だが最近出現傾向にある悪魔達はそれ程力を持っていない雑魚共だ。悪魔憑き共もそんな悪魔と契約している為か、俺一人で瞬殺出来る程弱い。一件だけまあまあ強い奴も居たが、結局俺だけで片が付いた。
雑魚共を散らしてこの国に混乱の渦に陥れるのが目的だろうか。そしてその中で本命の一撃を放ち、抵抗することすらさせずに沈める。
「……他国か」
『君と彼女のラグナロク』のストーリーの中では、神秘だけではなく人間との争いも勿論起こる。神秘に操られた戦闘員や敵国の工作員など、ある程度手を血に染めなければならない。あいにく俺の手は血でベッタベタだが。そして恐らく最近暗躍している敵の正体は他の国の工作員だ。
今は原作ゲーム開始の一年前だ。ならば俺の原作知識はあまり通用しない。現在日本国に敵対している国は分かるが、どれが仕掛けてきたのかが分からん。
「どうすっかなぁ……」
『ご主人様の知識が使えないのでしたら上の連中に頼るしかありませんね』
「隊長ぐらいなんだよな、信頼出来るやつは」
他にも上の人間の候補は居るが、今の信頼関係では答えてはくれないだろう。何故か隊長はやけに俺に好意的な為、様々なお願いを聞いてもらっている。だが都合良く扱っていると隊長は暗い笑みを浮かべて俺を見るので何をされるのかとその度に戦々恐々としている。
「……まぁ、情報が集まってからでも遅くは無いだろ。決め付けるのは早急すぎる」
『手遅れにならないように気を付けてくださいね。ご主人様が死ぬのは困りますので』
「怖ぇこと言うなよ、多分大丈夫だ」
現にゲーム開始時点ではそんな事件の影響はとっくに消えていた。恐らく隊長あたりが解決したのだろう、もしくは他の隊員か。特神部隊の奴らはどれも化け物みたいな能力を持って戦っている。奴らなら簡単に解決出来ていても驚かない。
……いや、待てよ。こんなに原作の事を考えているが、そもそもそれは合っているのか?だって現にストーリーを崩す異物が居るじゃないか。特神部隊の中枢まで入り込み、切り札とまで呼ばれている転生者が。とてもじゃないが元の物語と同じルートを辿るとは思えない。
既に、原作は崩壊しているのでは無いのか?
「……やっぱ怖くなってきたな。ちょっと暇つぶしに訓練しに行くわ」
『このビビり』
「うっせぇ死ぬよりは良いだろ」
■
雨が降り注ぐ中、拳銃を構えて辺りを見る。土砂降りの雨に晒されている高層ビル群は妖しい光を放っていた。雨音に耳を澄ませて警戒は解かない。
「……!」
僅かな音が鼓膜を震わせる。雨音に紛れて聞こえたそれは間違いなく人が起こした音であった。静かに拳銃の引き金に指を備え、様子を見る。そこにはボディーアーマーに身を包んだ兵士が五、六人程の集団で歩いていた。彼らは十分に訓練された兵士の様で統制された動きを繰り返す。
それをビルの陰から確認して、俺は忍び足で歩く。手に持つ拳銃は俺の手と同化しているように思い通りに動く。その感触に満足しながら右脚に手を当て、戦闘の準備をする。音声を抑えるために着いているボタンを押し、ホログラムを展開。
” ABYSS SYSTEM ALL GREEN ”
”黒魔術魔法陣機構の正確な形状を確認”
”衝撃吸収機構に損害は無し”
”『悪魔の爪』は正常に稼働”
”出力は八十パーセントを維持”
”全体をスキャン……淵天に損害無し”
”淵天、戦闘モードに移行”
浮かび上がるホログラムを確認すると、義足である右脚から蒸気が吹き出し熱が高まる。機械の脚が唸る様に駆動する。
既にサイバネ化済みである俺の右脚は拳銃と並んで俺のメインウェポンである。科学工学部と魔術工学部に無理を言って作らせた『淵天』は様々な機能を搭載した戦闘用義足だ。最も強力な武装はアビスシステムだが、他にも悪魔の爪、黒魔術など多彩な攻撃を可能とする武装が揃っている。小回りの利くこの脚は常に酷使しているが、こいつはいつも俺の要求に応えてくれる。
「……」
足を巧みに動かし足音が無い特殊な歩法で駆ける。高速でビルの景色が通り過ぎていき、拳銃を片手に持ち替える。目標はあの兵士たちだ。建物の陰に隠れて様子を伺う。
「……!何者だ!?」
「姿を表せ!」
兵士たちが騒ぎ始めた。どうやら俺の存在に気付いたらしい。生体反応を検知できる装備か、僅かな音すら逃さない感覚器官でも搭載していたのだろうか。この世界は様々な人体改造が可能だ、強さを求めて脳味噌すら薬で変えていてもおかしくはない。頭部のみでの生命活動すら可能にした科学技術は前世には無かった代物だ。気をつけなければ死んでしまう。
そう、一瞬でも油断したら死ぬ。だから気合いを入れろ、死にたくは無いだろう?
「……ああ、まだ死ねない」
そう呟いて拳銃に両手を添えた。
そしてすぐさまビルから飛び出し、銃撃。だが予期していたように兵士たちは装備の力場装甲を展開し、銃弾を防いだ。装甲が不規則な光となって飛び散り衝撃を受け流す。兵士たちはすぐさま俺に銃口を向けて引き金を引くが、放たれた銃弾が目標に命中することは無かった。行き場を失った銃弾達が虚しくビルの壁に着弾する。
そして、
”悪魔の爪、再現率六十パーセント”
”次元切断機能は発動済み”
俺は右脚の延長線上に禍々しい紫色の刃を生やすと兵士たちに飛びかかった。脚から蒼色のブースターを吹き散らし手頃な兵士目掛け右脚を振るう。彼は近付いてくる俺に驚きながらも咄嗟に力場装甲を発生させており、その高い練度が伺えた。紫色の刃と兵士のボディーアーマーが一瞬拮抗する。力場装甲が悲鳴を上げて軋み、火花を散らして刃を押し返す。
だがそれも一瞬。拮抗は直ぐに破られた。
「ぐ、ぁ」
紫色の透き通る刃が力場装甲を歪ませ、そして突破した。そのままの勢いで刃は兵士の首元をアーマーごと切り裂く。途端に噴き出す血を見ながら身を翻して振り向きざまに一閃。
「ぐぅ!?」
「なっ!?」
兵士たちを禍々しい刃が撫で斬るように通り過ぎる。頭、首、腹を切り裂かれた兵士達は、呻き声を漏らして倒れ込んだ。刃を脚に戻し、兵士たちの息の根を止める。ご丁寧に首を切り刻んでいき生命活動を停止させる。残酷な事をしているとは思うがこうしないといけない理由がある。そして全ての兵士が息絶えた事を確認した時。
”お疲れ様です、如月特務官。目標の撃破を確認、全てのシミュレーションが終了致しました”
”評価はA+です。素早い対応力と一撃で仕留めた技術力は感服に値します”
”それでは、仮想空間から現実世界へ戻ります。VR酔いにご注意下さい”
目の前にホログラムが現れ、次のような文字列を紡ぐと世界が歪み始めた。ビル群や土砂降りの雨が歪んでいき、白い世界に包まれる。そしていつの間にか俺は頭に機械を被って寝ていた。
「……ん」
『お疲れ様です、ご主人様』
俺が行っていたのは所謂VR、仮想空間を利用した訓練だ。この世界では発達した科学技術により仮想空間を創り出す事に成功しており、社会の至る所に使用されている。これもその一つだ。仮想空間を利用した訓練は特神隊の中でも好評で、実際の戦闘に限りなく近い状況を再現出来る事が理由だ。さらに、読み込めば自らの専用装備すら中に再現できるので俺も良く使っている。
機械を外してゆっくり起き上がり、基地内のシュミレーション室と名付けられた殺風景な部屋を見渡す。東京の一角に拠点を構える特神部隊はある程度の敷地を政府から与えられている。なのでこんな部屋を作る余裕もある。
部屋の隅にモニターがあったので見てみると、今回の訓練の評価が表示されていた。
「なになに、全体評価はA+。迅速な判断は戦場でも必要な能力でありそれを持つ貴方は非常に優れた戦士だと言える。これからは基本的な――――」
モニターを見ていると背後から軽く肩を叩かれた。素早く振り返る。
「……久しぶり、如月」
それを見て、背筋が冷えた。
そこには金髪の少女が無表情で俺を見ていた。背中には魔術式が刻まれた大剣が背負われており彼女が戦士であることが分かる。時代とは合わない不釣り合いな武器だが、背負う大剣の重厚な厚みと鋭さは鉄すら両断できそうだった。
「久しぶり、元気だったか?夜桜」
そう言うと彼女は無表情な顔を朱に染めた。
「……うん。会えて、嬉しい」
何故頬を染めるのか分からないが、言葉から考えて嫌われてはいないのだろう。それだけ分かれば良い、彼女とは必要以上に関わりたくないのだから。
彼女の名は、夜桜凛。
原作ゲームにおいて特神部隊の隊員であり、あるルートで主人公のヒロインになる可能性がある人間である。その戦闘能力は絶大で彼女一人で大悪魔と互角の戦闘を繰り広げることが出来るらしい。設定集に書かれていたので多分本当だろう。
そして俺は彼女と出来るだけ関わりたくない。
何故かって?
それは彼女がヤンデレの素質を持っているからだ。原作では主人公が夜桜の好感度を上げすぎた場合、他の女性との接触が禁じられることになる。そしてそこからは他のルートへの変更すら出来ない。ゲームクリアするまで通称凛ルートをやらなければならないのだ。
彼女と出会った時、俺は思わず寒気を覚えた。流石に一生監禁なんて冗談では無い。もしかしたら俺を守ってくれるかもしれないが、自由の無い生なんて死んでいるのと一緒だ。
でも考え直してみたが、そんな事は起きないだろうと思った。彼女が惚れたのは原作主人公のみだ。こんなどこにでも居る凡夫に惚れることなどあるまい。そう高を括っていた。
だが最近、様子がおかしい。
明らかに出会った当初と比べて接触する回数が増えた。表情は変わらないが俺を見る目が輝いている気がする。気の所為かもしれないが、やはりおかしい。何かやばくないか?
「……ねぇ如月。お腹減った、一緒に昼ご飯食べよ」
「あ、ああ。分かった」
『この女、やけにご主人様に馴れ馴れしいですね。どうしますか、殺します?殺しましょうねぇ早く』
頼むから辞めてくれ。
俺は重い気持ちを引き摺りながら夜桜と共に食堂に向かった。