首相官邸地下の会議室。
艶を帯びた黒曜石の長机には、霞が関各省庁の官僚や防衛省、自衛隊の高級幕僚たちが顔を揃えていた。
空気は重く、会議室を満たす沈黙には、昨夜の“出来事”が色濃く影を落としていた。
大型モニターには、DU地区の監視カメラ映像が繰り返し映されている。
襲撃直前の輸送車列。路上に吹き上がる炎。逃げ惑う周囲の市民達。──そして、銃を構えて市街を走り抜ける、黒と赤のヘルメットの集団。
「おかしい。どう考えても、侵入経路が不明すぎる」
最初に口を開いたのは防衛省の情報統括官だった。
「DU地区は条約締結以来、ヴァルキューレ警察学校によって厳重に封鎖されていたはずです。にもかかわらず、武装したヘルメット団があれだけの規模で侵入、しかも市街地中心部で襲撃を仕掛けるなど……状況の整合性が取れない」
「しかも、彼女らの装備は品質も高い。私はキヴォトスの銃火器流通について詳しく知っている訳じゃないが──あの火器、素人が用意できる代物じゃないんじゃないか?」
続けたのは陸幕防衛部の陸上幕僚長。
画面に映る、銃を抱えて移動するヘルメット団の姿を見つめながら、静かに言い添える。
「つまり、何者かが裏で資金と物資を供給している。──我が国の支援物資輸送を襲う目的で、だ」
「連邦生徒会には連絡済みですか?」
外務省の対キ外交局の局長が問うと、若い官僚が小さく頷いた。
「はい。先程、公式に問い合わせました。が──“ヘルメット団の動きは把握していなかった”との回答です」
「……把握していなかった?」
誰もがその言葉に眉をひそめる。
連邦生徒会はキヴォトス全域の学園秩序を管理する組織であり、その情報網は桁違いだ。ましてや、武装勢力が輸送中の、それも友好国の車列を襲うなどという事態を、見逃すはずがない。
「さらに問題なのは──ヴァルキューレ警察学校側が、封鎖体制に関する情報開示を拒んでいることです」
外務省官僚が苦い顔で補足する。
「そもそも、あの封鎖が完全だったのか。あるいは、“意図的に穴を開けていた”のではないか……と」
一同に走る沈黙。
やがて、首席内閣官房参与が静かに言った。
「これは……封鎖の不備ではなく、組織内の腐敗、あるいは隠蔽の可能性も視野に入れるべきでしょうな」
「つまり、ヴァルキューレの中に、ヘルメット団と通じている者がいると?」
誰も即答はしなかった。
だがそれが最も現実的な仮説であることは、会議に集った全員が理解していた。
そのとき、内閣情報調査室の者が立ち上がり、言い放つ。
「──シャーレに依頼しましょう。彼等の学園の枠を越えた調査権限…今の我々に足りないのは、現場に潜り込める目と耳です」
「異論はありません。公安からも捜査団を送ります」
「警視庁公安部の連絡官を現地に。……先生と接触を」
数分後には、東京からD.U.地区へ向けて、新たな任務を帯びた一行が動き始めていた。
◆
D.U.地区の西部地区。
その地区の中央にあるひときわ高い建造物の前に、一輌の黒塗りの高級車が止まる。
中から出てきたのは、警視庁公安部所属の捜査官三名。
いずれも無骨なスーツに黒のバッジを胸に付け、周囲にただならぬ緊張感を放っている。
彼らは素早くその建物──シャーレの受付の前まで移動すると、受付のロボットにバッチを見せながら言う。
「我々は警視庁公安部・外事第四課特別情報室です。事前に訪問の連絡は入れてあります」
「警視庁公安部の方ですね……はい、連絡は承っております。どうぞ、お入りください」
受付のロボットの言葉を聞いた捜査官らはエレベーターに乗り込み、シャーレの事務所がある階まで移動する。
階に到着したことを示す音が鳴り、扉が開くと、一礼をした後に言った。
「初めまして、警視庁公安部です。あなたが……“先生”ですか?」
"はい、私が先生です。わざわざ遠いところまでご足労いただきありがとうございます"
握手を交わすと、先生はソファを勧めた。
公安の捜査官たちは一礼しつつ腰を下ろす。
「今回の訪問の目的は──」
"はい、分かっています。……ヘルメット団の件ですね?"
先生の返答は、予想以上に早かった。
"彼女達がどうやってD.U.の封鎖線を突破し、輸送車列を襲撃できたのか。……それに、装備の出処も不明。連邦生徒会もヴァルキューレもだんまり。不信感を持つのは当然でしょう"
「お察しの通りです。そして、我々はあくまで外交関係を持っただけであり、キヴォトスの内部組織に干渉するほどの立場を持ち合わせておりません」
"……それで、超法規的組織であるシャーレに?"
「ええ」
先生はわずかに視線を落とし、目を閉じた。
そして静かに息を吐いてから、言った。
"捜査の件、喜んで協力しましょう。あの事件には不可解な点が多すぎますからね"
その言葉に、公安の捜査官たちは顔を見合わせた。
彼らの仕事は、確かにシャーレに対する協力依頼だった。だが、これほどあっさり了承されるとは思っていなかったからだ。
「……宜しいのですか?」
"はい。これが彼女達の独断なら良いのですが…どうも、裏が匂いまして"
先生がそう言うと、捜査官の一人が少し畏まってから、口を開いた。
「ですが、今のままでは動きようがありません。拘束されたヘルメット団のメンバーは今、どこへ?」
"ヴァルキューレ警察学校の留置所にいます。ただし、取り調べには応じない──つまり、完全黙秘です"
「……なら、装備の出処を探るのが先決ですね。装備は確か、我々の管轄下だった筈です」
"であれば、それを見に行きましょう。多分、あの銃──どこかで見覚えがある気がするんです"
先生はコートを羽織り、そう言う。
こうして、公安とシャーレによる共同捜査が始まろうとしていた。
◇
D.U.地区中央部──第1普通科連隊の臨時駐屯地。
この駐屯地は条約締結に伴って派遣された少数の自衛官の兵舎と、ゲートの封鎖施設の役割を果たしていた。コンクリートで囲まれた仮設施設の奥、保管庫には、先日の戦闘で押収された武装がずらりと並べられている。
自動小銃、カスタム拳銃、即席爆発装置と見られる未使用パーツ。
そのすべてが、汚れこそついていたが、状態は極めて良好だった。
「こちらが押収品です」
案内役の自衛官が言う。
先生はそのまま黙って、保管ラックに近づいた。
銃器に目を走らせ、ひとつ、またひとつと手に取り──ある一点で、動きが止まった。
"これ……グリップのラインが不自然ですね。整形痕もある……元は別のメーカーのロットかも"
先生は拳銃の一丁を裏返し、スライドフレームの側面に目を凝らす。
──そこに刻まれていたはずの製造番号は、削られていた。
"やっぱり……削ってますね。しかも素人の仕事じゃない。専門の設備と技術者が必要なレベルの精巧さです"
「ご指摘通り、番号は全て削り取られていました。分析に回しても痕跡が薄すぎて判断不能とのことです」
自衛官の言葉に先生はうなずきつつ、銃身の形状や素材の質感を慎重に指でなぞった。
"この材質、グリップのゴムコーティング、照準器のネジ……これ、カイザー製ですよ。かなり古い型ですけど、間違いない"
「……カイザー・コーポレーション?」
公安の捜査官が呟く。
その名前は既に、先の輸送襲撃における“裏”の候補として、外事第四課特別情報室の中で囁かれていた存在だった。
"ええ。以前、ひと悶着あった事があるんです。その時に色々とカイザーの物品については学びましたから"
「そうでしたか…つまり、少なくとも武器の出所に偶然はない、という事ですね。問題は……どうやってヴァルキューレの封鎖網を突破したか」
公安の捜査官の言葉に、一同の顔が引き締まる。
それは、つまり──キヴォトス内部に“手引き”が存在するということだ。
"シャーレとしても、カイザーに対する調査を優先します。必要なら、ヴァルキューレへの接触も含めて動きます"
「では……正式に依頼しましょう。それで、これからですが…」
"一先ずは黒幕の目処は立ちましたので、一度シャーレの事務所に戻り、情報を整理する事にしましょう"
「分かりました」
◆
公安とシャーレの駐屯地訪問から二日後。
その日のシャーレは、いつにも増して賑やか──決して良い意味ではないが──だった。
執務室のデスクで忙しなく書類を捲り、自前のノートパソコンに情報を打ち込む三人の公安捜査官達。
そんな中、先生は事件資料を手に執務室の机に腰を下ろす。
机の上には、襲撃時の記録、押収された武器の鑑定報告、そして──ヴァルキューレの出入境記録が並んでいる。
"やっぱり……誰かが、ヘルメット団を通したとしか思えない。でも、それが意図的だったかと断定するには証拠が乏しい…か"
先生は視線を落としながら、眉間にしわを寄せる。
彼の言葉に、向かいのデスクに座っていた捜査官の一人が応えた。
「ただ単に、武器を仕入れたヘルメット団が偶然封鎖の穴を潜り抜けて車列を襲撃した線も捨てきれませんからね。彼女達の主力が逃走した以上、詳しいことも分かりませんし…」
一通りそう言い合えると、ため息を吐きながらコーヒーを飲んで心を落ち着かせる。
と、その時。
「先生、よろしいですか?」
"どうぞー"
部屋のドアがノックされ、青髪の少女──ゲヘナ風紀委員会行政官の天雨アコが顔を覗かせた。
「先ほど──あら? 貴方達は…」
先生へ書類を手に駆け寄ろうとし、彼の周囲に居る三人の人影に気付き、その足を止めた。
少しばかりの警戒感を抱きながら、彼等に問い掛けた。
「失礼、我々は日本国警視庁公安部の者です。先生と共に、先日の車列襲撃事件に関する捜査をさせて頂いています」
「そうでしたか……私はゲヘナ風紀委員会行政官の天雨アコです、今日のシャーレの“当番”として来させて頂きました」
不慣れな大人の男性に、初対面でもしっかりと礼儀正しく対応してる様子を見て、感心する捜査官達。
だが、そんな彼等に一つだけ引っ掛かる事があった。
それは──
(あの服装は……大丈夫、なのか…?)
もしかしたらキヴォトスの価値観では別に普通の服装──いや、数日間捜査でD.U.中心街を駆けずり回ったが、あのような服装の生徒を一人として見なかったので大丈夫ではないんだろうが。
あまりにも、初対面で未成年の女子学生へ服装に関するセンシティブな指摘をするのには後ろめたい気持ちがあった。
一通りアコとの挨拶を終えた捜査官の内の一人が、耐えかねて流石に先生の元まで駆け寄り、耳打ちをする。
「すみません、あの服装って……」
"あれは…取り敢えず、無視で構いませんよ。私の初対面の時は度肝を抜かれたものですから……ははは"
「そ、そうですか…」
こんな服装の少女とこれから半日以上、同じ部屋で過ごさなければいけないのか、と考えて天を仰ぐ捜査官。
その傍ら、アコが先生の側に駆け寄り、書類を見せながら言った。
「先程、万魔殿の情報部から新しい報告が届きました。あのタヌキ共の手を借りるのは癪ですが…有能な情報が出てきました」
"へぇ…どんなの?"
「ヘルメット団の一部が、“あるルート”を通ってDU地区に出入りしてたとの事です」
そう言いながら、アコは書類に記された地図に指を滑らせた。
その会話に、捜査官も興味を示しながら彼女の近くに寄る。
「これです。『旧下水道網』…DUの都市基盤の下に、昔の公共インフラが残っているとのことでして」
「旧下水道、ですか。ですが、警察組織ともなればこれを見逃すというのは、職務怠慢として別の問題になってしまうのでは?」
捜査官は、アコにそう問い掛ける。
すると、彼女は呆れたような表情で答えた。
「それが…この下水道、現在は“保安対象外区域”として運用されてるんです。封鎖ラインの監視対象からも外されて……」
"完全な抜け道……それを利用したって事だね"
「恐らくは」
それを聞いた捜査官達は顔を見合わせた。
ここまで見え見えで隠す気のない癒着があったのか、と。それと同時に、軽く他校の治安維持組織や生徒会を動かして情報を得るシャーレの権力の大きさにも驚かされていた。
こうして、新たな情報を得た公安とシャーレは、更に捜査の根を広げるべく、作業に取り掛かったのだった。